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侯爵令嬢の穏やかな生涯  作者: 柏鶏子
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ゾフィ

 ゾフィは博識です。それは偏に既存の知識と湧いて出た疑問を結びつける才が抜きんでていたからです。私はただ単にゾフィは察しが良いのだとしか捉えておりませんでしたわ。

ゾフィは私の日々の暮らしの記録から何かを閃き、論文にして高等部の教授へお送りしたそうです。それが称賛され研究室に所属しないかとお声がかかった、ということです。しかし、声を掛けたのは卒業した看護部の研究室ではなく別の学術部らしく、お勉強もするためにも私と離れる選択をいたしました。


「お嬢様に付いてゆくことも考えましたが…私はお嬢様のお世話だけでなく、お嬢様のお体を少しでも楽にする研究をしたいと思いましたから」


 ゾフィは訥々と言いました。しっかりと頭の中で文章を構成してから喋るゾフィには珍しい口調ですが、私は最善を求めるゾフィならその進路で間違いないのだと信じ切っておりました。

いいえ、今も信じております。ゾフィはそれを選び取れる方ですもの。

チクチクと針を進めながら私はお話を聞いていました。マナーが悪いですけれど、あと1週間しかありませんし、バイオリンの練習のこともありなかなか完成が押しているのです。

 私は、ゾフィはまだ迷っているのかしら、と思いました。それを後押しするためにも殊更明るい声を出して言いました。


「そう。ゾフィは判断に優れているもの、大丈夫だわ」

「…」


 ゾフィは俯いて押し黙ってしまいました。私は心配になって、刺繍道具を置き、はしたないですけれど下から顔を覗き込みます。ゾフィは目が合うと、「まあ」と眉が勢いよく上がりました。


「お嬢様、はしたないですよ!」


 ゾフィはマナー違反を注意することにしたようです。私はそれがなんだか可笑しくて、謝ることもせずに「そうかしら?」とおどけました。


「それならゾフィもマナー違反よ。その態度は、私に言えないことがあって? 何だか他人行儀だわ」

「お嬢様…黙ることはマナー違反にはなりません」


 ゾフィは呆れるように言いましたが、私には揶揄われて拗ねているようにしか見えません。ゾフィは表情がコロコロ変わるわけではありませんのにとっても分かりやすいのです。声色かしら。そうね、きっと声が表情豊かなのね。


「では、好きなだけ黙ってらして。でも、言えない何かを聞くまで私、顔を覗き込み続けるわ」

「お嬢様ったら、そんなことなさらないおつもりでしょうに…」

「ええ、ゾフィに怒られてしまうし、私マナーを修めた淑女ですもの」


 でも心意気を伝えるにはこうしたほうがいいと思ったのです。

 ゾフィはふっと気が緩んだようでした。私はそれにほっと胸を撫で下ろします。ゾフィは真面目ですがこうして突き詰めて考えすぎて頑なに、ぐるぐると答えのない迷路を彷徨うところがありました。周りはそれを解そうとゾフィにこうして構うのです。私も、その構う人間の1人でした。

ゾフィは25歳、侍女の中では3番目に年上なのに、私たちに見せるそういうところが却って頼られているように感じて、くすぐったくなります。

 そして、私ったらこんなに意地悪なのねって毎回思うのですわ。


「さあ、ゾフィ。考えは纏まって?」

「はい、お嬢様…。私、お嬢様に心底仕えたいと思っているのですわ」


 私は、ゾフィの言葉に頷きました。


「お嬢様のお世話も楽しゅうございます。お嬢様のこれからの未来、共にいられれば私は幸せにございますわ。それと同時に、私がお嬢様の研究がお嬢様をお救い出来ればこれほどの幸せもないように思うのです」

「そう。そして?」

「はい…。どうか、笑わないでくださいましね」

「笑わないわ」

「私は…、お嬢様に落胆されないかずっと気がかりだったのですわ」

「落胆というか…寂しくは思っているわ。ずっと一緒に居ましたもの。これからもそうだと思っていたもの」

「いいえ、そうではなくて、私はお嬢様がすごく寂しがってくれるように願っておりましたの。そして、私がお嬢様をこんなに敬愛していることを一欠けらでもご存じでいてほしくて、このような考えがあることで私に失望されないかが不安だったのですわ」


 ゾフィはベッドにいる私と目線を合わせるように跪きました。話した内容は不敬と言われてもおかしくありません。主人の心をかき乱す僕なんてってことです。

 ですが、これを私に伝えるゾフィは本当に判断に優れた人です。私がその真心を糾弾するなんて、あり得ませんもの。それが信頼している侍女なら猶更です。

 真っすぐ二つの瞳がぶつかります。私に相対する榛色の瞳は、清々しい清涼の風が吹いているようでした。

 私は、「ゾフィの明るい茶髪は、白薔薇や夏を象徴するものが似合うわ」とつい口から出てしまいました。ゾフィは肩眉を上げて、あら、とわざとらしく目を細めます。


「お話を聞いてくださらないなんてマナー違反ではありませんこと? 私、真剣に申しておりますのよ?」

「ふふふ。大丈夫、聞いているわ」


 私は答えました。ただ、この空間にいる二人が戯言を述べているだけです。私は、ゾフィに笑んでみせました。


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