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そうして来る日曜日の夕方。私は朝から「パーティーの主役なのだから」とお母様とお母様にお付きのメイドたちにおめかしをしてもらっていました。しかし実態は着せ替え人形のようなものです。沢山のドレスの中から一番よく似合うものが選ばれて、髪を丁寧に梳られて編まれていきます。
いつもはお昼に訪問しておりましたから、お気に入りのワンピースでも問題は無かったのですが身内だけとはいえ夜のパーティーともなるとそれなりの正装で行かなければならないのです。それに一同が会する場で私がお祝いをしてもらうのはそれこそ誕生した当時ぐらいのものではないでしょうか。
ですから、お披露目として失敗するわけにはいかなかったのでございます。
朝から揉みくちゃにされてお昼もおやつも手軽に食べられるサンドイッチで済ませてしまわれて大変な思いをしました。お仕度ってそういうものですけれどいかんせん初めてですもの、4歳なのですからぐずっても不思議ではございませんのに私はじっと耐えておりました。
母やメイドたち、ここにはいない父の期待と責務をひしひしと感じてとてもそんな余裕はなかったのです。だって鬼気迫るものがあったのですもの。
お兄様は私のお傍で「お利口だね」「大丈夫だよ」と声を掛けて気遣ってくださいましたから心強くいられました。流石にずっとではありません。お着替えやお風呂はご一緒できないでしょう? その合間合間に声を掛けて、キュウリのサンドイッチを食べさせてくれたのです。
あれがいっぱいいっぱいだった私の心の支えでしたが、あら? よく考えればお兄様もお仕度に追われていたはずだわ。
やはりお兄様はお優しいわ。
私が着たのは淡い赤のドレスです。鎖骨が少し見えるぐらい開いた襟は、いつも首元を隠すワンピースとは違い大人っぽくて少し胸が弾んでしまいました。
私の瞳は灰色ですが陽に当たれば赤く色づいているのがわかります。パーティーは明かりがあちこちにあるだろうということで、瞳に合わせた色のようでした。
だっていつもは、白や青、紺色ですから。
手首を隠す袖は肩のあたりがふんわり膨らんでおり、銀糸の刺繍とレースで飾られておりました。靴は新しく下したものです。何時から購入したのでしょうか、初めて見るものでしたが、すんなりとしたつま先が可愛らしかったわ。
いつも真っすぐに下していた前髪は巻いておでこへ垂らし、髪は綺麗に結ってもらいました。髪留めはドレスと同じ色の細やかな宝石が並べられておりました。
馬車に乗り込み、伯父様方の邸へ向かいます。伯父様方の邸は本当に立派で、私たちの邸よりずっとずっと広く豪奢なのです。また、こちらにしか咲いていないバラがあり、伯母様ご自慢のバラの庭園も併せてまるで物語に出てくるお城のようでしたから、わくわくと馬車に乗り込みました。
「いいかい、これから公爵の伯父様方へ会いに行くよ。エラ、わかるね?」
「はい。ご挨拶とお礼の言葉を言います」
「そうだよ、いい子だ」
「もう、貴方ったら。エラの格好を見て言うことがあるでしょうに」
「エラ、やっぱりすごく可愛いよ。伯父様方もお喜びになるよ」
「アディは紳士ね。貴方も見習ってくださいませ」
和やかな雰囲気のまま半刻を過ぎてうたた寝を挟んだ頃合いで、公爵邸へ到着いたしました。いくつか他の馬車もありますので、先に到着なさっていた叔父様方かもしれません。
邸の玄関で出迎えてくださったのは公爵夫人のグレタ伯母様です。伯母様の焼くケーキと同じ黄金色の髪をした女性はいつも私たちを歓迎してくださいます。
「アダム様、エレナ様ご機嫌よう。良き夜になりそうですわね」
にっこり笑う伯母様にお父様たちがご挨拶をします。その次が私たちの番。
「アディ、エラもご機嫌よう。今日を迎えられて嬉しいわ」
「伯母様もご加減よろしいようで何よりです。本日はお言葉に甘えてご招待にあずかりました」
お兄様が堂々とご挨拶なさります。私も負けじとドレスの裾を持ち、この日のために鍛えられたご挨拶を披露しました。
「伯母様、本日は私の誕生日パーティーを催してくださり本当に嬉しく存じます。本日は宜しくお願いいたします。これからも皆様のご期待に沿えるよう精一杯励みますわ」
閊えずにご挨拶できたことに安堵いたしました。とりあえず一つお仕事を終えられました。見上げたお父様とお母様は微笑んでいらして直ぐにでも「良くできたね」と褒めてくださいそうです。
勿論お兄様は直ぐに私のお耳へこそこそお褒めの言葉を囁いてくださいました。
グレタ伯母様は「良いご挨拶だわ」と仰って、さっそくパーティーを行う広間へご案内してくださいました。そして、グレタ伯母様は私の手を取ります。
「可愛いエラ。伯母様にエスコートさせてくださるわよね」
「エスコートは紳士がしてくださると習ったわ」
「まあ、うふふ。お勉強していて立派ね。でも、パーティーの主役をもてなしたいのよ」
「エラ、お言葉に甘えてしまいなさい」
お父様が声を掛けてくださいましたので、私は不安になりながらも伯母様の手を握りました。マナーのお勉強と違うけどいいのかしらと戸惑っておりました。
グレタ伯母様に連れられて、色々なお話をいたします。
「伯母様、アクセル伯父様は元気かしら」
「ええ元気ですとも。今日のパーティーも張り切っていろいろな手配を手伝ってくれたのよ」
「アンドリウスお従兄様とヴァルダスお従兄様も?」
「寄宿学校から直ぐに帰ってきてくれたのよ。最近は長期休暇も帰りたがらないのにね」
「嬉しいわ。お兄様と一緒にお話も聞きたいの」
「喜んで話してくれますとも」
「叔父様方はもう到着なさってるの?」
「広間で待っておりますよ。領地を空けられない人たちもエラのプレゼントを贈ってきているの。沢山預かっているのよ」
「嬉しいわ。グレタ伯母様のケーキは私頂けるのかしら」
「勿論、たくさん用意しましたからね。他にもお料理沢山よ」
「素敵だわ。私、こんなお誕生日初めてよ」
「光栄だわお姫様。さあ、着いたわよ」
広間には親戚、つまりゲディミナス公爵家率いる派閥一同がおりました。新年以来です。
出席されているのは爵位順だと公爵家、私たち家族を含む侯爵家2家、伯爵家3家、子爵家5家、男爵家8家、それと既に隠居されていたり次期当主として随伴されていたりの諸々を合わせると広間いっぱいの人数です。
私は久しぶりにおめもじ叶えることができましたので嬉しくて仕方がありませんでした。私たち侯爵家は派閥でも上位に違いありませんが私は一族の末子でしたから余計に可愛がられておりました。
兄を除けば一番年の近い方はシシナス子爵家の14歳のロジタお従姉様ですし、ロジタお従姉様だけでなく各家の老若男女が私の世話を焼き、何くれと贈り物をくれ、ピクニックにも植物園にもお留守番にも嫌な顔をせず付き合ってくださいましたから、私も大層慕っておりました。
入室してすぐ、アクセル伯父様が公爵家当主としての挨拶を、グレタ伯母様が主催者として、女主人としての挨拶をし、私が紹介されます。
ここが、第二の関門でした。失敗しないようにと緊張しながら挨拶を述べます。初めての晴れの舞台で、家庭教師と練習した一番長い挨拶をいたしました。
「ご紹介にあずかりました。ベルレブルク侯爵家の長女、エラ・ベルレブルクです。この度は私のためにこのような素晴らしいお披露目の場を設けてくださったことを大変嬉しく思います。この経験を糧に、そして侯爵家の責務と矜持を胸に、邁進していく所存です。
若輩者ではありますが、皆様どうかご鞭撻とご指導くださいますようお願い申し上げます」
そりゃあ、4歳ですもの。若輩者でしょうし、矜持も責務も理解していないでしょう。私もその頃は必死に暗記しているだけで何も理解しておりませんが後々それがこの帝国に住まう貴族の姿だと理解するようになりました。
貴族令嬢としてのお披露目の場。これからは全ての言動がベルレブルク侯爵家及びこの派閥に責任が問われます。その仲間入りの挨拶を大きな拍手で迎えられたあの気持ちを忘れることは無いでしょう。名伏しがたい熱が込み上げて、緊張の糸が切れて、すこし涙ぐんでしまったことも。
お兄様たちもこうして来たのだわ、と感慨深いものがありますね。