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侯爵令嬢の穏やかな生涯  作者: 柏鶏子
17/50

幕間 ヴィオラ・レンテリアが知っていること


「ええ? エラ・ベルレブルク? ベルレブルク侯爵家の? 嘘でしょう?!」


 私、ヴィオラ・レンテリアは椅子から転げ落ちそうになるほど驚き飛び上がった。そのまま後ろに倒れこむという淑女にあるまじき失態を犯すところだったが、そこは日々鍛えられた腹筋で何とか持ちこたえる。淑女のマナーって案外筋肉を使うのよ。


 いやいや、それよりエラ・ベルレブルクの事の方が問題だ。

 エラ・ベルレブルクと言えば、この帝国で知らぬ者はいない有名人だ。それは偏に「銀の色合い」の発現による。

銀の色合いは皇族直系の女児、皇族が嫁入りもしくは婿入りした数代先の女児に発現されることが多い。皇族の薄い色素は、茶髪や黒髪、褐色の肌の多い帝国貴族と交われば、帝位を継ぐ方以外漏れなく失われる、言わば劣性遺伝。

 多分、先天性の色素異常だと思うのよね。女児だけ、というのもよく分からないけれど。駄目だわ、聞きかじった知識じゃよくわかんない。

 「銀の色合い」の悲劇は、最初の発現事例のライサ皇女殿下に始まり、多くある。でも高位貴族への輿入れが多かったのも相まって、当時では最高の医療環境が用意できた。そうなると、何がそこまで「銀の色合い」を有名にさせたかというと、ズバリ恋の話だ。

もう出てくるわ出てくるわ、劇作家でも敵わぬ「名言」と胸響く「ドラマ性」! 波乱万丈で事実は小説よりも奇なりってお話ばかり。

 何時しかそれは劇の演目の定番中の定番になる。そしてそれは人の不幸を面白がるというものではなく人間賛歌の風潮を起こして、予防医療と病気への認知を広めていったのだ。当時の政治手腕は見事だと思う。

 そして、「銀の色合い」の方は、ある意味健気に生き抜く人間の象徴になるので出生を隠す方なんていやしない。それに16歳の成人を迎えれば人並みの丈夫な体に高位貴族の肩書、そして色素の薄さからくる儚げな容貌が人気なのだ。


 帝国でこの対応になれていると気づかないが、私たちはすごく恵まれていると思う。他国では未だに病弱の子息を表に出すことがないと噂で聞いたから。貴族の義務と見栄によって存在を黙殺される人がいるのだ。悲しい。貴族ってシビア。

 そんなことなのであの有名人のエラ・ベルレブルクと文通しているなんて!と声を上げたわけだが、私が驚いたのは実は別の理由がある。



「あの『悪役令嬢』のエラ・ベルレブルク?」


 私は愛読していた少女漫画『ガラスと恋』の世界に転生した。元は、薄っすらとこの漫画を読んでいた青春時代の記憶が幼い頃からあったが、信仰していた宗教が「この世には13の世界がありそれぞれに同じ魂を持った人間がいる」という輪廻転生を説いていたため、割とすんなり「じゃあ、前世の13のうちの一つの世界の記憶ね」と納得してそこまで追求することは無かった。

 そして、読書の楽しさに目覚め本を読み漁るうちにじわじわ~っと「もしかして?」と首を傾げることになった。


 だって、少女漫画の舞台は隣国のフランセイス王国だもの。


 フランセイス王国のガラス産業で食っている男爵令嬢カレンが、王立の男女共同寄宿学校へ入学する12歳から話は始まる。そこで不器用な王子と心を通わせあい、努力と人柄が認められ王子妃候補のライバル令嬢たちと切磋琢磨して、中等部卒業の15歳時には王子の婚約者として認められる、が第一部。

 第二部では王国に留学中の、主人公の恋を応援するような、そして思わせぶりなモーションをかけるミステリアスな第3皇子レシェク殿下の誘いを受けて、王子妃の箔を付けるため大陸一の我らが帝国に留学。実は帝国渦巻く陰謀を共に阻止するために呼ばれていたことで、主人公は帝国の寄宿学校でスパイ活動をしながらようやく辿り着いた黒幕と対峙して(土壇場で駆け付けた婚約者もいる)、陰謀を未然に防ぎその功績を持って留学は終了。

 第3部は花嫁修業のためにまたまた他国や宮廷を巻き込んでのお話なので省略。

 兎にも角にもこの長編作に私はすごく夢中になった。主人公は健気で努力家で好きになっちゃうキャラ造形だし、ヒーローとヒロインはお互いに一途に想いあっていて応援したくなったし、ライバル令嬢たちも誇り高い人たちで発破はかけるけど罵倒しないし、悪かったら謝るし、人の成長を描いた側面もあったのでハッピーエンド大好きな私は安心して読めたのだ。

不要に貶められない、人権最高。

 だが、その作品に珍しい「悪役令嬢」ことエラ・ベルレブルクは、黒幕の手先として利用されたキャラクターだった。

 王家に連なるルーツと常世の春と謳われる帝国に並々ならぬ矜持を持つ、高飛車なお嬢様だ。そして、第三皇子と釣り合うのは自分しかいないということで留学先から連れ帰った(ように見える)主人公に嫉妬して苛めを行う。

まあ、頭から汚水を被せたり、教室の場所を間違えて教えたり、持ち物を壊したり、そんな感じだ。寄宿学校内だから生徒同士の諍い程度だけど、苛めシーンは読んでてしんどかった。

 そして、黒幕の甘言に唆されて愚かにも知らないまま(というか、黒幕の指示が、12時から半刻はこの場所で立っていろとかそんな些末なものだから気付かないのも無理はない)簒奪行為に加担して、「私は悪くない」と泣きじゃくって退場。主人公に別れ際、反省を促されるという役どころだ。

 キャラクターブックではその後、自身の過ちに気付き悔やみながら修道院で過ごしている、という一文が加えられているもののなかなか作中では珍しい悪役っぷりだった。

 

 私が、この世界に転生したんだと自覚した時の感想は「まあ、いっか」だった。私は名前も出てこないようなモブだし、何なら作中の寄宿学校ではなく勉学に力を入れているというフィニッシングスクールに入学する予定だし、作中では事件は主人公と限られた人しか知らない未然の事件、私にいつもと変わらない朝が来ること確定なのだ。気軽に人生楽しもうと思うじゃない。文通相手を募集した矢先、これよ。


 「ここでエラ・ベルレブルクかあ…」


 私は、ここは少女漫画とは違うのかも、と言い切るのは自信がなかった。だって、描写は隣国中心だから確認するのに国境を超えるのは躊躇われるし。

でも、作中で「銀の色合い」なんて設定なかったし、エラ・ベルレブルクが病弱なんて書かれていなかったな。悪役令嬢のエラ・ベルレブルクは眉が吊り上がった凄みのある美少女として書かれていたけれど、本当に? 「銀の色合い」の代名詞である儚い容姿の想像がつかないわ。高笑いしてニヤリと悪巧みの笑顔が印象的だったもの。

 …やり取りをした感じは大人しいマナーの良いお嬢様。勉強が遅れていると言うけれど、たぶん私よりお嬢様として振舞えていると思う。

それに、話の趣味も合うし、優しい文体で私の言葉を楽しんでいるのが分かる。というか多分おっとりしてるんじゃないかしら。手紙の向こうで「そうね、うふふ」って微笑む姿が想像できるぐらいだもの。

 

 私は黒の巻き毛を指で巻いて、逡巡する。

 

 お友達になりたいと思わなければ名前なんて教えないものね。

  

 自覚してしまえばあとは勢いだ。直ぐに、『これから文通相手として宜しくね』と書いた。名前を明かしたからには公園に使いを出すのではなく、直接彼女の居住に届けてもらうことになるから、もっとやり取りできることにニンマリ笑った。

 私は早速、病気予防の面から野で摘んだ菫の花を留めるのをやめて、代わりに私の瞳と同じ紫の封蝋を新しく下ろそうと、いそいそ机の中身を覗き込むのだった。


漸く転生要素が出てきましたね。

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