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侯爵令嬢の穏やかな生涯  作者: 柏鶏子
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4歳の誕生日

小説家になろう初投稿です。よろしくお願いします。

 違和感を覚えたのは4歳の誕生日。家族で朝食を摂るにこやかな場で私は、「彼らは誰だろう?」と僅かに首を傾げたのです。

 手元にあるフォーク、蝋燭に灯る火と似た金髪の男性と、それに柔らかな日の光を混ぜた髪の女性、そして男性と同じ髪色の、女性と目元が似た私より幾つか年上の男の子を見比べました。

 「エラ?」と呼び掛けられてから、ようやく、ぼんやりとですが「ああ、私のお父様とお母様。そしてお兄様だわ」と認識しました。

 お父様は柔らかな笑みで、誕生日のプレゼントが親戚一同から送られていることを教えてくださいました。


「エラのお祝いのために、週末は公爵家でパーティーがあるからね。楽しみにしておきなさい」

「新しいドレスもありますからね。伯父様たちに会うのは久しぶりね」

「嬉しいねエラ!」


 にこにこと笑いかけられて私はそんな違和感もどこへやら「うん!」と頷いて、ジャムを塗ったパンを頬張っていました。

 思えばあれが自我の芽生えだったのでしょう。ただ何でも吸い込む子どもの脳は直ぐに馴染んでしまいました。

 朝食後にお兄様に駆け寄って、家庭教師が来るまでお喋りに付き合ってもらって。お兄様はこのころからお優しくって私と4つしか違わないのに落ち着いていて素敵だったわ。

 私の手を握り兄様の部屋までエスコートしてもらいながらお話ししました。きっと小さい子が大人の真似事しているのだもの、微笑ましかったに違いないでしょう。

 まだ少し甘さの残る滑舌で私は尋ねました。


「伯父様たちお元気かしら?」

「きっとお元気だよ。グレタ伯母様がパーティーの準備をしてくださるから、エラの大好きなお菓子がいっぱいに違いないよ」

「本当に! 私、グレタ伯母様の作るケーキが好きだわ。クッキーも、お紅茶もよ。ご用意してくださるかしら」

「きっとエラのために特別に用意してくださるさ」

「それと、叔母様方や叔父様方も来てくださるのよね。嬉しいわ」

「アンドリウスお従兄様もヴァルダスお従兄様もお祝いに面白いお話もしてくださるよ」

「楽しみだわ」

「楽しみだね」


 笑いあっていたら直ぐにお兄様のお勉強の時間になってしまいました。8歳のお兄様は秋頃には寄宿学校へ入学してしまいますので準備が多くあります。お勉強もその分多く、その頃のわたくしから見れば膨大に感じられました。

 それを易々とこなすお兄様がまた輝いて見えるので、私は憧れ尊敬して慕っておりました。ですのでどうしても離れたがらず今日も今日とて私のお勉強が始まるまで、お兄様のお傍で分からないなりにもお兄様の真似をして家庭教師のお話を神妙に聞いていました。

 その後で私の家庭教師もいらして、私は文字とマナー、ダンスのお勉強を始めました。年が明けてから私のお勉強が始まりましたから早4か月が経とうとしておりました。ようやく文字を覚えましたので今度は文章を読み単語と文法の習得に移ります。それと文字を美しく書く指導も受けておりました。

 どうしてもペンを持つ手に力が入ってしまって、流麗に書けないのです。バランスが悪く、家庭教師のお手本とはかけ離れておりました。

 家庭教師は「教養は文字から垣間見えるものです」と仰っておりましたわ。私は辛抱が利かなくて、どうしても綺麗に書けないことが情けなくって悔しくって。泣きべそをかきそうでしたが、家庭教師は根気よく丁寧に教えてくださいました。

 反対にダンスは楽しくて仕方なく、心待ちにしている時間でした。家庭教師はダンスのご指導も素晴らしく、やや内向的な私もこの時間ばかりは直ぐにダンスのお相手をしてもらおうと躊躇わず声を掛けに行けたものです。

 ステップも四歳ですから簡単なものです。でもそれよりなにより、家庭教師は「ダンスは楽しく踊ればいいのですよ」と笑顔でいらっしゃいました。


「エラお嬢様、ダンスは芸術に違いありませんが垣根は無いのでございます。楽しむことが第一で、楽しませる技法は二の次にございます。さあ、音楽をお聞きくださいませ。笑ってくださいませ」

「はい先生」


 きっと家庭教師はダンスがお好きだったのでしょう。いつも微笑してらっしゃいましたがダンスのご指導に当たられるときは快活に笑っていらっしゃるのですからこの時間ごと私は好きだったのです。

 家庭教師は乗馬も嗜むそうでございました。一般に広まった貴婦人の運動ですが、家庭教師はこそりと「内緒ですよ」とはにかんで耳元で囁きましたわ。


「私は、横乗りではなく実は馬に跨って駆ける方をずっとずっと好んでいますの」

「私も絵だけですけど見たことがあるわ。きっと気持ちよいのだわ」

「ええ…ですが、女性は横乗りの方が良いとされていますのよ。跨るのは男性だけです」

「えっ」

「横乗りも十分に楽しめますが、私は馬と共に駆けるにはやはり跨るべきだと思うのです。どこまでも、草原すらも越えていきそうな心地がしますもの」

「素敵だわ。私もやってみたいわ」

「うふふ。でも、はしたないと言われるかもしれませんからね。これは内緒話ですよ」

「ええ、ええ! 勿論だわ」


 私はそれで大きくなったら家庭教師のように馬に跨って野を駆けようと心に決めました。花畑をどこまでもどこまでも走り回るのです。

 私が家庭教師とここでお呼びしているのは訳があります。実はこの方は一年間しか我が家にお勤めできず、私は彼女の名前を薄情にも忘れてしまったのです。ごめんなさい先生。

 でも、職を辞した理由は彼女の結婚でした。それも幸せな。

 お兄様の家庭教師がこの時の内緒話を聞いてしまっていたのです。私たちはダンスのために蓄音機のある1階の別室へ移動しており、その部屋の窓からは丁度お兄様達が健康のために運動していらっしゃるのが見えていました。

 聞き耳を立てる人などいないと油断していたところに、邸へ戻ろうと私たちのいる部屋を通りかかった彼が、私の家庭教師のお転婆話を耳に入れてしまったというわけでした。

 しかし、お二人は乗馬の趣味が合いよく二人で遠駆けに行ったり、そのついでにピクニックをしたりと交流を重ねて結ばれたのです。

 最後に出したお手紙のお返事には「幸せです」と書かれていたのを覚えています。


 あら嫌だわ。脱線してしまいましたね。

 兎に角、お勉強の後はおやつをお兄様とお母さまとご一緒していただきました。私はスコーンへイチゴのジャムと真っ白なクリームを塗り頂きました。甘いおやつは幼い私の生活を彩るものにございます。大変美味しゅうございましたわ。今でも好物なんですのよ。

 お母さまは優しく私たちのお話を聞き、それからご一緒していました私たち兄妹の家庭教師たちへ指導のお願いをなさっておりました。

 4歳の私はいつもならおやつの時間にはお勉強を終了しておりましたのに、何か変だわとその様子眺めていました。お兄様はその私を察して、感じていた疑問にお答えくださいました。


「週末には伯父様方のお屋敷へ行くでしょう」

「そうよ」

「だから皆様に褒められるようにマナーのお勉強をもっとしてほしいってお母様がお願いしているんだよ」

「私、マナーのお勉強をもうずっとしてるわ? それでも駄目なの?」

「あと5日しかないから、忘れないようにってことだよ」

「わかったわ」

「お利口なエラ」


 お兄様は私の頭を撫でて褒めてくださるんですもの、午後のお勉強も頑張れたというものです。

 それから毎日マナーのお勉強が午後には詰まっておりました。私の誕生日パーティーにダンスのお時間はあるかしら、あるのだったらずっとダンスをしていたいわと詮無きことを考えてしまうこともありました。

 それをつい家庭教師へ尋ねてしまった時、家庭教師は首を傾げて「ダンスのお時間もあるかもしれませんわね」と苦笑しておりました。


「ですが、ダンスのお勉強に身を入れるのはもう少し後にございますよ」

「どうして?」

「エラお嬢様のお誕生日ですもの。皆さん、踊るよりまずはお祝いをしたいのですわ」


 尤もでございました。誕生日パーティーは夜会ではないのですから、ダンスのお時間はほんの一時ですし、主催者は伯父様方です。私の裁量が許されるパーティーはもっとずっと後のことでしょう。

 私は家庭教師の言葉に頷いてまた一からご挨拶の練習を始めました。


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