シザール先生の試練その②
無限に続く螺旋階段の罠を抜けると、無骨な鋼鉄製の扉のある広間に辿り着いた。
「なかなか立派な扉ですね」
広間の入り口からでもわかる巨大な扉、装飾を廃し、頑強さを追求したその大きな鉄塊を見上げながらリオンが呟く。
「ふーん、見た感じは大きくて頑丈なだけの普通の扉っぽいねぇ」
目を細めながら、より注意深く周囲を観察していたシィーナもリオンに続いて感想を漏らした。
「さぁ、この扉を抜けた先が今日の目的地になります」
先導していたシザールは広間の中ほどで立ち止まり、後に続く生徒達に向かって、にっこりと微笑んだ。
「うっ、あの表情絶対何かあるよ」
野生の直感か、その表情に対して警戒感を示すクゥの一言に頷く一同―――。
「…っちょっと、はぁ、何か…やるにしてもっ…少しっ…休ませて…うべぇぇ…」
列の最後尾で、いまだ息を切らし顔色の悪いエーコを除き、生徒全員が、この扉にも何かしらの仕掛けがあるのでは無いかと勘ぐっていると、シザール先生は一呼吸置いて言葉を続けた。
「さて次の試練は簡単ですよ、皆さんで協力してこの扉を開けるだけですから」
そして、改めて扉を指差し、指先に魔力を込めると、空中に文字を書き始める。
「―――時間の観測者、制限時間は一時間、この魔術文字が消えるまでです」
魔術文字の光は数字へと形を変え、秒刻みでカウントダウンを始めた。
「ちなみに、駄目なら教室に戻って少しばかりヤンチャな補習授業をしますからね」
この先生のヤンチャを見てみたい、そんな奇特な生徒は居ないようで、エドワード達は慌てて扉へと駆け寄っていくのだった。
いの一番に扉に辿り着いたエドワード、物理的な罠を警戒して扉の一歩前で立ち止まると、足元の小石を拾って扉に向かって投げつける。
カァーーーーーン!
甲高い金属音を響かせて反射した小石は、ころころと転がって床の上に落ち着いた。
「~~~っ!!エドっ!!今のは兎に対する嫌がらせか!!」
エドワードに続いて、両耳を押さえながら涙目になったクゥが走りこんでくる。
人間の数十倍の聴力を持つクゥは、不意の大音、特に甲高い金属音が苦手なのだった。
「えっ、いや、すまん、考えてなかった―――っうぉ」
「う~~兎は繊細なんだっ!!びっくりしたら、最悪死ぬんだぞっ!!」
クゥは勢い良くエドワードの胸元を掴むと、前後に揺さぶりながら詰め寄った。
「あっ、おいバカ、放せ、わざとじゃない」
そんな二人の様子を無視して、追いついてきたリオンとシィーナは、エドワードの投げた小石と扉を見比べる。
「どうやら物理的な罠は仕掛けられてないみたいですね」
「まぁ、とりあえず、普通に開けてみる?」
シィーナとリオンは取っ手にてを掛けて、力任せに押し引きしてみるが、鉄の扉は当然の様にびくともしなかった。
「流石に普通には開きませんね……」
「だねぇ、次は魔術的な確認をしてみる?」
「そうですね、シィーナさんは開錠の魔術が使えるんですか?」
「んーっ、無理、基本私は治癒専門だからなぁ」
何故か決め顔で自信満々にそう答えるシィーナに対して、更に後方から声が掛かった。
「……だったら、私がやるわよ」
エーコを伴って最後に悠々と歩いてきたメルトは、腕を組んで、余裕の笑みを浮かべていた。
「…いぇっ、メルト様の…手ぼっ…煩わせるなら…わだしがっ…」
「……いいから、あなたは少し休んでなさい」
無理して走って、更に顔色の悪いエーコが前に出るが、メルトは強引に下がらせる。
「……はぁ、この程度の扉なら物理的に破壊しても良いのだけれど……」
メルトがチラッと振り返ると、涙目のクゥにエドワードが組み敷かれてポコポコと殴られていた。
「エドワード=グリフォードっ!!」
メルトの唐突な大きな声に、一瞬で辺りは静寂に包まれる。
「よく見ておきなさい、これが魔術よ―――」
鉄の扉にメルトが手を触れると、いくつもの魔術文字が、扉の表面に浮かび上がった。
封印―――、強化―――、強奪―――、反射―――、計測―――。
メルトの呼吸に合わせて次第に大きく溢れ出す魔力の奔流が、うねりを伴い彼女を包み込む。
「―――凍りつく楔」
魔術文字からいくつものツララが生えると、氷が砕ける音と共に一瞬にして霧散する。
「……さぁ、次の部屋へいくわよ」
あっけに取られる一同に振り返る事無く、輝く銀糸の髪を撫上げて、メルトは優雅に扉の奥へと足を踏み入れた。
時間の観測者に刻まれた時間は開始から僅か10分、少なくとも30分以上は掛かるだろうと想定していたシザールは、内心、驚きを隠せなかった。
彼が扉に施した魔術は全部で五つ―――。
封印……扉に魔術的な施錠を施す最上位の魔術
強化……扉を物理的に強化する魔術
強奪……触れた者の体力や魔力を奪う魔術
反射……放たれた遠距離攻撃を反射する魔術
計測……魔力を計測する魔術
すなわちこの試練は、物理及び魔術による遠距離攻撃が無効の封印された扉に、直接一定量以上の魔力を注ぐことで扉の開錠がなされるようになっていたのである。
想定では六人全員の魔力を一斉に注ぎ込む事でギリギリ開錠が出来る設定していたが、今回はメルトの能力がその設定を上回った形になったのだ。
本来、自然界において人間一人の魔力はとても小さい、魔術師は世界に溢れる膨大な魔力を特殊な呼吸で取り込み、呪文や儀式を通して魔術に変換しているのである。
メルトは水の属性から派生した氷の魔術を得意とするが、シザールは今の魔術行使から別の可能性を見出していた。
(…………凍結魔術)
設定した魔力量での開錠ではなく、もっと直接的な魔術に対する介入、魔術文字の効果自体を凍結し破壊したこの魔術は、魔術への乗っ取りによる改竄―――。
「―――ちょっと待って下さいよ、メルト様~」
慌ててメルトの後を追いかけるエーコの声に、エドワード達も当初の目的を思い出し動き出す。
「おい、いいかげん降りろよクゥ」
「のあっ、ごっごめんよっ!?」
「ふーん、ウサちゃんってばぁ、三月まではまだまだ時間があるよー」
際どい体勢に赤面して後ずさるクゥに、それを目ざとく見つけて茶化すシィーナは少し楽しそうに見える。
「むーっ、何だよっ!そのニヤニヤ顔はっ!!」
「はいはい、落ち着きなさい、シィーナさんも必要以上にからかわないであげて下さい」
「はぁーい」
いつの間にやら、少しづつ打ち解け始めている生徒の背中を眺め、シザールは一時思考を中断し歩き出す。
「では、次の課題を行いますよ、皆さん移動してください」
ぞろぞろと扉に向かって歩き出す生徒の最後尾をゆったりと歩き、最後に扉から広間を振り返る。
(―――これは中々面白い事になりそうですね)
魔術文字の淡い光を纏って、奥の暗がりへと消えて行く……。
鋼鉄の扉は静に音を立てて再び、バタンと閉じるのだった。