シザール先生の試練その①
授業が始まるとシザールは研究室を後にし、魔導学校の中央に聳え立つ時計塔、普段は一般の学生が立ち入りを制限されている区画にエドワード達の演習班のメンバーを連れてきた。
「へぇ、ここってこんな風になっているんだ」
「これは、中々壮観ですねぇ」
動物を象った大理石の彫刻が四方八方に並ぶ円形の中央ホールを、もの珍しさからキョロキョロと辺りの様子を伺うエドワードとリオンはその雰囲気に圧倒されていた。
「うわぁーっ、見て見て、あんなに高い天井なのにすっごい綺麗な絵が描いてあるよ」
美しい細工を施された八本の石柱の先は曲線を描き、ドーム状に繋がっているが、その間の全てに人物画が描かれていた。
「……あれは、七賢者ね」
クゥの声に反応して、天井を見上げた一同だったが、その絵を見てメルトがポツリと呟いた。
「おー、家のご先祖様めっちゃカッコよく描かれてるじゃん」
いつもより若干高めのテンションで、シィーナは崖の上で手のひらから光を放つ長老然としたヒゲを生やしたローブの男性の絵を指差した。
「へぇ、あれが光のルミナ様なんだ、あっ、じゃあ、あっちの女性がメルト様のご先祖の水のスノウ様ですか?」
池の畔で穏やかな表情で水を操っている長髪の女性の絵を指差して、はしゃぎながらメルトに問いかけるエーコだったが、祖先の絵を見て思う所があるのか、メルトはその問いに答える事無く、じっと天井を見上げていた―――。
「さて、そろそろ本題に入りますよ」
ひとしきり生徒達が騒いだ後を見計らって、シザールは全員をホールの中央へと集めた。
「リオン君、そこのドラゴンの彫像の口にコレを入れて貰っていいですか?」
「あっ、はい」
シザールが取り出したのは虹色に輝く不思議な宝玉、リオンがそれを近くにあったドラゴンの彫像の口にはめ込むと、低い唸りを響かせて、中央の床がスライドしていく。
「では、演習を始めましょう」
そこに現れた、隠し階段を背にシザール先生はにっこりと微笑んだ。
石造りの薄暗い螺旋階段を松明の明かりを頼りに、下へ下へと降っていく―――。
地上の煌びやかな部屋とは違い、何の飾り気も無い堅牢な造り。
不快に鼻を突くカビの臭い、淀んだ湿気を孕んだ地下へと続くこの道は、まるで冥界への入り口の様に底が見えない。
「うへぇー、シザール先生ーまだ着かないのぉー」
階段を下り始めて半刻ほど、最初ははしゃいでいたクゥですら、げんなりとした様子で歩を進めている。
「……ふむ、あともう少しで着きますよ」
集団の先頭を行くシザールは、壁に刻まれた魔術文字を確認しながらそう答えた。
更に半刻、都合一時間ほど経過したが未だに目的地へは着かない。
「……先生、あとどれくらいですか?」
流石にへばり始めた周囲の様子を察して、リオンがシザールに尋ねる。
「……後、もう少しですよ」
シザール先生は後ろを振り向くことも無く、変わらない様子でそう答える。
「ちょっと、もう少しって言葉もう三回目なんですけど」
その言葉に抗議する様に、頬を膨らませて不満げな様子のエーコが語気を荒げる。
「落ち着きなさいエーコ、みっともないわよ」
そう言ってクールに振舞うメルトの額にも、少しばかり疲労の色が伺える。
「そうは言ってもねぇ、まだまだ底が見えないし、まだまだ掛かるんじゃないの?」
手にした松明で階段の先の様子を伺って、シィーナは溜息をついた。
「止まっていても時間の無駄だわ、先に進みましょう」
メルトのその言葉に、皆が頷き、再び歩き出そうとした時だった。
「……ちょっと、待った」
最後尾を歩いていたエドワードが、そう言って不意に皆を呼び止めた。
「何よ、メルト様の意見に文句でもあるの?」
イライラが隠せないエーコは、八つ当たり気味にエドーワードに食って掛かる。
「いやそうじゃなくて……これを見てくれ」
その勢いに怯むエドワードだったが、指をさして、みんなの視線を壁のある一点に集めた。
「……なにこれ、数字の5?」
壁に彫られたその文字を、クゥが読み上げる。
「そう、数字の5であっている」
愛用のナイフを片手に、その文字の隣に手早く5を彫りこむエドワード、まったく同じ様な形の数字の5が壁に刻まれた。
「だから、それが何なのよ?何、アンタのいたずら??」
エドワードの行動の意味が解らず、更にイライラするエーコだったが、普段からエドワードと一緒に行動しているリオンは、その真意を悟った。
「……エド、最初のその文字いつ彫ったんだ?」
「半刻以上前だ、興味本位で階段がどれくらいあるか気になって500段目に彫った」
二人のその会話を聞いて、メルトとシィーナも同じ答えに辿り着いた。
「……なるほど、この階段はループしているのね」
「うわぁ、面倒くさい奴だこれ」
「「るーぷ?」」
良くわかっていないクゥとエーコは、互いに顔を見合わせる。
「実際に経験した方が早いわね、あなた達、今から走って階段を下りなさい」
「「え?」」
メルトにそう命令されて固まる二人……。
「そうね、蹴落とした方が早いかしら??」
「「い、行ってきまーーす!?」」
にっこりと微笑むメルトに、直感的に恐怖を感じ、脱兎の如く駆け出す二人―――。
一分後―――。
「……った、ただいまぁ」
はぁはぁと息を切らせながら、クゥが階段の上から戻ってきた。
「これで、ループしてるのは確定ですね」
クゥに水筒を渡しながら、リオンが皆に話しかける。
「シザール先生、さっき壁の魔術文字を触ってたけど、アレが罠だったんですよね?」
皆のやり取りを傍観していたシザールにエドワードが向きなおる。
「ふむ一時間ですか、思ったよりも時間が掛かりましたが、おめでとうございます、正解ですよ」
正解に辿り着いた教え子に拍手を送りながら、シザールは笑みを浮かべた。
「不意打ちで罠を仕掛けるなんて、シザール先生って案外鬼畜?」
シィーナの辛辣な一言にも、シザールは余裕を持って答える。
「いえいえ、私は階段を降りる時に演習開始だとちゃんと言いました、それに実際のダンジョンでは罠の発動なんて教えてくれませんよ」
「むぅっ、確かに……」
その言葉に納得したのか、シィーナの文句は鳴りを潜める。
「さて、これでやっと目的地に向かって移動できますね」
シザールがパチンと指を鳴らすと、10メートル程先に階段の終着点が現れた。
「さぁ、行きましょう」
「……あーちょっと、みんな何か忘れてない?」
先頭のシザールが先生が歩き出そうとするのを、ようやく息が整って落ち着いたクゥが引き止める。
「「えっ?」」
一同が、疑問符を浮かべると同時に、階段の上の方からぜぇぜぇと激しい息遣い、そしてゆっくりとたどたどしい足音が聞こえてきた。
「「あっ」」
「あぅぅぅっ、…た、ただいま…もどりました……」
振り返ると、息を切らして満身創痍のエーコがそこには立っていた。