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一触即発?演習開始

ある日の朝エドワードが目を覚ますと、淡い光を放ちながら空中にとある魔術文字が浮かんでいた。

その文字を見た瞬間、寝ぼけた頭は一気に覚醒した。

勢いよく上半身を起こし、慌てて周囲を見回すが、同室に居るはずのリオンの姿が見えない……。

着替えや洗顔もせずに、エドワードはベッドの横に乱雑に掛けてあったローブと杖を引っ掴むと、目的地へ向かって一目散に駆け出した。


『ただ今より演習開始、直ちにシザール研究室に集合せよ。なお一番遅く出席してきた者は、罰として研究室の資料整理の任に付く栄誉を与えようと思う―――。 シザール=マグノイヤ』


無人の寝室に残された魔術文字は、役目を終えると空気に溶けるように霧散して消えて行った。


エドワードが学科棟へと続く渡り廊下へと飛び出すと、まるで宮廷画家が題材にする様な絵になる走りをする優雅なリオンの姿が目に入った。

「おや、思ったより早かったですね」

一定のペースで速度は落とさずに、エドワードへ声を掛けるリオンは悪びれる様子も無くそう言い放った。

「―――-っおい、コラ待て、リオン!」

持ち前の体力と速度でリオンに追いついたエドワードだったが、起き抜けの全力疾走は流石に堪える様で少し息が上がっていた。

「この薄情者、せめて起こしてから部屋を出ろよ」

「いやぁ、この度の栄誉ある仕事はエドに譲ろうかと思いまして」

白く形の整った前歯を光らせて、愉快そうに笑みを浮かべるリオンに対して、エドワードも負けじと笑みを返す。

「はっ、栄誉なんてモノは色男の方が似合うだろ」

「えっ?!それは、俺って色男だから資料整理は任せろって事ですか?」

「違うわ、今回はリオンに任せるって話だ」

「はははっ、それは御免蒙りますね」

シザール研究室の資料整理は時折Eクラスの生徒に任される事が今までもあったが、興味の無い資料をただひたすらにシザールの指示に従って右へ左へ動かして行く不毛な動作は、エドワード達には苦行でしか無かった。

クゥに至っては、依然資料整理後に魂が抜けたように廃人になっていた事もあった程であり、まさに、効果覿面の罰ゲームそのものなのだった。

学科棟の階段を共に駆け上がり最後の廊下の直線で、エドワードとリオンがラストスパートを掛けようとした瞬間だった。

「なんでアンタらがここにいるんだよ!!」

廊下に響き渡る怒声、声の主は先に研究室に着いたであろうクゥのものだった。

二人顔を見合わせて、恐る恐る研究室を覗き込むと、既にそこは修羅場となっていた。

怒りを隠す事無く殺気を撒き散らすクゥ=ククルクルと、それに相対する二人の女生徒、エーコ=モブリスとシィーナ=オウグ=ルミナが互いに睨み合っていたのだ。

「ふん、私達はシザール先生に呼ばれたから来ただけよ」

「……はぁ、面倒だけど今日の実習はあなた達と一緒に、ここでやるみたいなのよねぇ」

そんな事も解らないのかと挑発的な視線をクゥに向けるエーコと、気だるげに言葉を続けるシィーナの対称的な性格が印象的だった。

「はぁ?!そんな話聴いてないし!!」

「シザール先生もお忙しいし、アンタみたいな雑魚に説明する必要がなかったんでしょ」

「なんだとぅ、今度は本当にぶっ飛ばすからな!!」

火に油を注ぐ性格のエーコとそれを燃料にガンガン燃え上がるクゥの相性の悪さに辟易したのか、シィーナは廊下で様子を見ていたエドワード達に向かって声を掛けた来た。

「ねぇ、あのウサちゃん貴方達の友達でしょ、何とかしてよ」

「だれがウサちゃんだ!!クゥ様と呼べぇえええ!!」

「うっ……私、面倒事って一番嫌いなのよね」

興奮して全方位に喧嘩を売るクゥの勢いに圧されたのか、引きつった表情を浮かべる。

「仕方が無いですね、女性を助けるのが紳士の嗜みですから」

スッと、男らしくシィーナの一歩前に出るリオン。

「色男はお呼びじゃねぇんだよっ!!」

「……おっと、これは失礼をしました。淑女(レディ)

リオンに対しても怒声を浴びせるクゥは、エドワード達の予想以上に狂化している様子だった。

ぽんっ、事態を傍観していたエドワードは、背後から不意に肩を叩かれた。

「もう授業時間です、頼みましたよエドワード君」

振り向くとシザールがにっこりと微笑んでいたが、その雰囲気がいつもの様子と違う事にエドワードは戸惑った。

前門のトラ後門のオオカミ、得体の知れないシザールの威圧感により、気心の知れた友達の暴走を止める事を決意したエドワードは、ローブの中から秘密アイテムを取り出した。

『チャレンジキャロット』滋養強壮に良く、様々な困難に立ち向かう冒険者達の挑戦を支える為そう名付けられた、常備薬として人気の高い薬草の一種である。

「ほぅらクゥちゃん、おやつだよー」

あまり刺激しない様に猫なで声でゆっくりと近づくエドワード、事情を知らない人が傍から見たら怪しい男が少女を拐かしている様にも見えるだろう。

「おいしー、おいしーニンジンちゃんだよぉ」

「…お・い・し・い…にん…じん?」

チャレンジキャロットに視線を合わせたクゥは、エドワードの手の動きに合わせて、右へ左へと首を動かして行く。

その愛らしい動きにエドワードが少し心ときめいていると、氷の様に冷たい言葉が掛けられた。

「……何かしら?教室に変態がいる様だけど??」

今頃になって研究室にやってきたその声の主、メルトの冷やかな眼差しを受けて、咄嗟にエドワードは反論を試みる。

「俺は変態じゃねぇっ!―――っ痛たっぁ!!」

目を放した一瞬の隙を突いて、クゥはエドワードの手首ごとチャレンジキャロットに齧り付いた。

「はむっ、はむぅっ、にんじん、オイシイ」

「あっ、おいイタッ、やめろ、手を放せ、齧るな」

勢い良くエドワードに圧し掛かるクゥに成すすべの無いエドワード、メルトは更に眉間に皺を寄せて険しい表情をしている。

「メルト様っ、おはようございます」

そんなメルトに怯む事無く駆け寄って、エーコはにこやかに朝の挨拶を交わす。

「……メルト、今日は遅かったみたいだけど、シザール先生の魔術文字読まなかったの?」

何時もより遅く授業にやってきた友人の心配をしながら、シィーナもメルトに声を掛ける。

「おはよう二人とも、いいえ読んだわよ、ふふっ栄誉ある役職はこれで私のモノね」

優雅な笑みを浮かべて、自信に満ちた笑顔を浮かべるメルトだったが、チャレンジキャロットを食べつくして正気に戻ったクゥの一言でその笑顔が凍りつく。

「……自らあの地獄に飛び込むなんて、何て奇特な人間」

「えっ?地獄??」

視線を向けたエーコはメルトから目線を外すと、わざとらしく吹けないのに口笛を吹こうとしている。

「―――資料整理って、不毛な力仕事よ」

メルトの耳元で囁く様にシィーナが事情を説明するが、時既に遅し―――。

「それでは授業を始めます、全員起立、礼!!」

いつの間にか教壇の目に立ったシザール先生の号令が、教室に響く。

「着席!!……メルトさん、資料整理の話は演習の後で詳しくしましょうね」

「えっ、ちょっとお待ちなさいシザール先生!」

「さぁ、楽しい演習の始まりですよ」

慌てるメルトを半ば無視して、シザールにこやかに笑みを浮かべていた。


その様子を自身の担当するクラスから、魔術を使ってこっそりと覗き見をしていたAクラス担任マクスウェルは驚愕していた。

自分がいつも手玉に取られる問題児筆頭、メルト=アイゼン=スノウの性格と読みきって早々に一杯喰わせる事に成功したシザール先生はやっぱり尊敬すべき教授(プロフェッサー)なのだと―――。

そして、同時にこれから吹き荒れる実技演習という名の嵐の予感に、少し心躍らせるのだった。

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