問題山積み班作り
シザール=マグノイアが自身の研究室で、お気に入りの配合で入れた珈琲の香りを楽しみながらくつろいでいると、不意にドアがノックされた。
「はいどうぞ、開いてますよ」
「失礼します、教授」
部屋に入ってきた男は礼儀正しくお辞儀をし、騎士団特有の流れるような身のこなしでドアの目に直立した。
「マクスウェル君、貴方がここに来るのは珍しいですね」
Aクラス担任マクスウェル=タタ=ノクトは、普段生徒に見せているチャランポランな姿では無く、相手に敬意示す様に、姿勢良く言葉を続けた。
「実は折り入って相談したい事がありまして……」
「ふむ……、取り合えずこちらに座って一緒に珈琲でも飲みましょう」
少し緊張気味の元教え子の様子を良く観察して、シザールは柔和な笑みを浮かべながら対面の空席へとマクスウェルを誘導する。
「恐縮です」
「ミルクや砂糖はいりますか?」
「いえ、ブラックで大丈夫です」
珈琲の香りを嗅いでリラックスしたのか、マクスウェルは一口だけ珈琲を啜ると、さっそく本題を切り出した。
「相談と言うのは、実技演習訓練の班員についてなのですが……」
「実習訓練ですか、うちのクラスはどうしましょうかねぇ……」
実技演習、その言葉を聞いて数日後に迫った今年の実技訓練の課題を思い浮かべながら、シザールは丁度、癖の強いFクラスの生徒三人をどう扱っていこうかを思案した。
「はい、Aクラスは大体の班編成が出来ているのですが、一つ問題がありまして」
「問題ですか?」
再び険しい表情を浮かべたマクスウェルは、溜息混じりに愚痴をこぼす。
「スノウ、モブリス、ルミナの三名が問題ばかりを起こすせいで、他のクラスの生徒達から受け入れを拒否されてしまいまして……」
「……あぁ、スノウさん達ですか」
先日の歴史学の授業を思い出し、シザールも引きつった笑みを浮かべる。
「成績自体は優秀なんですが、如何せん性格に難がありすぎるのが問題で―――」
「マクスウェル君、もしかして私に彼女達の面倒をみて欲しいと言う事ですか?」
マクスウェルの、言葉を遮りながらシザールは彼の願いを察して、質問した。
「えっ、あっ、ハッハイ」
確信をつかれてどもるマクスウェルだったが、そんな彼の様子を見ながら、シザールは考えをまとめる。
(さて、どうしたものですかね……)
可愛い元教え子の頼みとあっては、無碍に断ることも出来ないのか、シザールは目をつぶり熟考する。
(ウチのクラスの三人との性格的な相性は最悪ですが……)
チラッとマクスウェルの顔を見ると、なんとも言えない悲壮な表情をしていた。
「―――解りました。引き受けましょう」
「ほっ本当ですか!」
思わず席を立ち上がったマクスウェルを制する様に、シザールは右腕を前に突き出した。
「ただし、いくつか条件があります―――」
「条件ですか?」
マクスウェルはシザールの顔をみて気圧された様に、ごくりと喉を鳴らした。
「私の好きな様にやらせて貰いますよ」
にこやかに笑みを浮かべているが、その笑顔には、先程とは違い熟練の教師としての圧倒的な凄みがあった。
「久しぶりに本気を出して指導しますね」
「よっ、よろしくお願いいたします。それでは、長居をするとお邪魔になると思いますので、私はこれで失礼します」
最敬礼でお辞儀をし、サッと身を翻すと逃げる様に退室をする。
廊下にでたマクスウェルは、正直、冷や汗が止まらなかった。
マクスウェルは思い出す、学生時代に受けたシザールの実習訓練を……。
20年近くたってもまったく衰えないシザールへの敬意、その根拠となるあの実技訓練の地獄の様な日々を―――。
教授の二つ名は、伊達や酔狂でついたものでは無いのだと。
「すまんが自業自得だからな許してくれよ」
そこに居ない生意気な教え子達をひとしきり拝んでから、マクスウェルはその場を後にした。