プロローグ
初めての投稿ですが、気軽に読んで貰えたら嬉しいです。
社会人なので、中々時間が作れず遅筆かも知れませんが、少しずづでもしっかりと書いて行きたいです。
とりあえず、完走目指して頑張ります。
感想や評価なども頂けると励みになります、良かったらお気軽な感じで送って貰えたらと思います。
人類が文明を築く遥か昔、創造神『ヌル』が創り出したとされる広大な大地『ゼナハ』大陸―――。
魔物と人類、亜人種が入り乱れるこの大陸において、七人の魔術師が集まり建国した国『マナアギア』は独自の文化を持つ国家として建国された。
大陸の北西に位置し、国民の実に9割が、魔術師で構成され、始まりの七賢者と呼ばれる魔術師の子孫が王侯貴族に名を連ね政権を振るう、正に魔術師の為に造られた国である。
建国から1000年の歴史を刻み、魔術大国として大陸中に名を馳せたこの国には『王立魔導学校』通称『魔術師の杖』と呼ばれる宮廷魔術師の育成機関があった。
魔術の才ある者は皆、魔術師の杖を目指す。
古くからこの様な格言がある程に、マナアギアの国内だけではなく、近隣諸国の魔術師を目指す若者は年頃になると故郷に別れを告げ、一流の魔術師になる夢を持って、魔術師の杖のある『王都マナティ』へ向けて旅立って行くのだった。
王都マナティ近郊の街道を、一人の若者が歩いていた。
名をエドワード=グリフォード、ややつり上がり気味の鋭い眼つきに、ボサボサの黒髪、余程の長旅だったのか裾のボロボロになったフード付のローブを纏っている。
よく見ると、痩身ながら程よく引き締まった身体には、革ベルトで幾つかの装備を巻きつけていた。
皮製の水筒に、柄が特徴的な二本の短剣、金色の装飾の入った羊皮紙の本が一冊、そして先端に青い宝石の嵌め込まれた金属製の短杖―――。
一見すると悪漢や野盗の類に見える彼だが、その装備を王都に住む人々が見たのなら、彼の職業はすぐに判明するだろう。
柄が特徴的な短剣はアゾット剣と呼ばれる儀式用短剣、羊皮紙の本の装飾は水神マナティを模したマナアギア王家の紋章、金属の短杖は正しく魔術師の杖である。
そう、彼は紛れもない魔術師、それも王家の紋章の入った魔導書を持つ王立魔導学校の生徒だったのだ。
街道を歩くその足取りは重く、疲労から顔色は悪く、眉間に皺を寄せた表情は険しい。
何故、魔術師たる彼がここまで疲弊しているのか?
その答えを語るには、今から一ヶ月ほど時間を巻き戻す必要がある……。
『魔術師の杖』は王都の中心部に建つ全寮制の学校である。
華やかな王都の街から隔絶するかの如く、分厚く高いレンガの壁と、対岸まで10数メートルはある深い堀に囲まれた、城砦の様な無骨な外観をしていた。
中心にある一棟の時計塔は、まるで大地に突き刺さった杖の様に見え、その周りをぐるりと4棟の建物が囲っている。
青い屋根が男子寮、赤い屋根が女子寮、緑色の屋根は主に魔術理論を学ぶ学科棟、そして、黄色い屋根が魔術訓練室のある実技棟である。
一教育機関が、ここまで厳重な造りをしているのには歴史的で政治的な深い理由があった。
魔術大国であるマナアギアの中枢を担う魔術という概念、これを学び、育て、発展させて行くことは国家にとって最も重要な出来事であると同時に、厄介な側面を孕んでいた。
そう、優秀な人材の流失と、情報漏えいである。
国家の為に育て上げた人材が、最新の研究結果や、最先端の魔導の知識を持って他国に亡命する。
そんな最悪のシナリオを回避する為、今から300年前のマナアギアの国王『シュメール=マナアギア』は王立魔導学校で学ぶ者に三つの制約を課した。
一つ、行動の制限
本校生徒は入学と同時に、学生は寮に住み卒業までは許可なく外出する事は出来ない。
二つ、接触の制限
本校生徒は家族であっても、本校の関係者以外との面会、文通などのやり取りを禁じる。
三つ、活動の制限
本校生徒は、許可なく冒険者協会等に登録し外部での魔術行使をしてはならない。
以上の制約を破りし者は、魔術師としての資格を失うものとする。
『王意の制約』と呼ばれるこの三か条は、魔術的な契約を以って入学する魔術師達の魂に刻み込まれ、半永久的に作用する様に仕組まれる。
解除する方法はただ一つ、卒業後に宮廷魔術師として王家に仕え、国家に奉仕する事のみ。
厳しい王意の制約の発令は、マナアギアの貴族を中心に多くの魔術師の反発を生んだが、シュメール王は新たな入学者に向けてある条件を提示した。
曰く、種族年齢出自を問わず、才ある者には魔術を学ぶ権利を与える。
貴族向けに設定されていた学費を下げ、特待生枠を作り庶人や国外に門戸を広げたのだ。
これらのシュメール王の政策により、魔術大国マナアギアは大陸中に名を轟かせる事に成功したのだった。
「後の世で賢王として称えられるシュメール王、彼の功績は王立魔導学校の、いや、マナアギアの発展に大きく貢献した事でしょう―――。」
緑色の屋根の学科棟、その一室を覗くと、50人程の生徒が机に向かい授業を受けていた。
マナアギア国史Ⅰ、シュメール王の軌跡について黒板に板書しながら大仰に語る白髪頭の老年の教師シザール=マグノイア先生の言葉に耳を傾けつつ、エドワードは教室の片隅で大きな欠伸を噛み殺して眠気に耐えていた。
「……ヤバイ、眠い……」
昨夜遅くまで、友人とカードゲームで賭け事に興じていた自分に、今更ながら後悔しつつも、ゆらゆらと頭が揺れている。
「…エド、大丈夫ですか?」
こっそりと小声で、隣の席に座る男子が話し掛けてきた。
「……大丈夫そうに見えるか?」
「出来損ないの腑死者みたいな顔色ですね」
金色の長髪に碧眼、何処か優雅な貴族然とした雰囲気のある柔和な笑みを浮かべながらも、辛辣な事を言う友人に、エドワードは毒づいた。
「おい、半分以上はリオンの所為だろうが」
リオンと呼ばれたその男、リオン=グルシアは笑みを崩さずに肩を竦めた。
「はてさて、負けが込んで熱くなってたのは誰したっけ?」
「…ぐっ」
「まぁ、暫くは美味しいランチに期待してますよ」
さらりと返されて、ぐうの音も出ないエドワードの背中に、さらに追い討ちの声が掛けられた。
「私は、午後のお茶に美味しいスウィーツを付けて貰おうかな」
ウサギの様な耳をピコピコと動かしながら、にこやかな笑顔で、後ろの席に座る獣亜人の少女が話し掛けてきたのだ。
「クゥさんは甘いお菓子に目が無いですからね」
「そう、私は話題のスウィーツ系女子だからね」
クゥと呼ばれた少女、クゥ=ククルクルは愛らしいウィンクをしながら、ぶりっ子気味の決めポーズをする。
「カモは美味しく頂く主義なのですよ」
「うぜぇ」
ぶりっ子ポーズに辟易しながら、そっぽを向くエドワードの様子を見てリオンとクゥは盛り上がる。
「次は、カードじゃなくてチェスでもやりますか?」
「いいね~、私の駒捌きは華麗だぞ」
「はぁ~、博打はもうやらねぇぞ」
溜息交じりのエドワードの宣言に、リオンととクゥは顔を見合わせて一言呟いた。
「無理ですね」
「無理だね」
シザールのマナアギア国史Ⅰの授業は、様々なランクの生徒が学ぶ授業の一つであり、必修では無い事もあって、教室全体に弛緩した空気が漂っており、私語をするグループが幾つか見受けられた。
魔術師としての特性や力量により、魔術師の杖では生徒達にランクをつけている。
ランクはA~Eまでの5段階あり、最上位のエリート達はAクラスに分類され、将来的には宮廷魔術師として国政に関わる人材として期待される。
Bクラスは魔法戦闘に特化した魔術師の集まりで、卒業後、彼らは軍に士官候補生として迎えられる。
Cクラスは魔法科学の研究者を育成するクラスで、新しい魔術の開発や杖や本など魔道具の開発が彼らの仕事になるだろう。
Dクラスは一般クラス、平均的な魔術師達の集まりであり将来は役所などに勤め、A~Cの上記のクラスの補佐を行う人材を育てて行くクラスである。
そして、Eクラスはその他特殊魔術となっている。
その他特殊魔術とは、魔術の基礎である火、風、土、水、光、闇の6大属性に属さない魔術の事で、数万人に一人の確立で生まれる特異な魔術である。
Eクラスに所属する生徒は現在3人しかおらず、エドワード、リオン、クゥの3人はこのEクラスに所属していた。
事件が起こったのは、次第に大きくなって行く声の波に、流石に教師であるシザールが注意しようと黒板から振り返った瞬間だった。
そんな雰囲気に耐えかねたのか、一人の女子生徒が机を叩いて勢い良く立ち上がったのだ。
「いい加減にしない!!」
銀色の髪に、燃えるような赤い瞳、堂々としたその姿に一瞬で静まり返る教室―――。
その少女、メルト=アイゼン=スノウは周囲を一瞥すると更に言葉を続けた。
「貴方達はこの誇りある魔術師の杖の生徒でしょう、反省なさい」
その言葉を受けて、次々に近くにいた取り巻きの少女達が騒ぎ出す。
「そうよ、メルト様の授業の邪魔をするんじゃないわよ!」
「本当、これじゃあ魔術師の杖全体のレベルが低く見られるわ」
始まりの七賢者に連なる貴族スノウ家の息女、Aクラスに所属し、氷雪の魔術師の異名を持つ彼女の威光は魔術師の杖の中では飛び抜けていた。
「ス、スノウ君、わっ態々、声を掛けて貰ってすまんのぅ」
それは、ベテランの教師であるシザールですら、教壇の上から冷や汗まじりに声を掛ける程である。
「いえ、主席として当然の行いです」
冷淡な口調のまま、メルトはシザールの声に答えると自然な仕草で生徒達へ向きなおる。
「特に、そこの3人あなた達は反省なさい」
ビシッと指をさしてエドワード達3人を批判するメルト、その言葉を聞いてスノウと一緒にいたAクラス所属の取り巻きの少女が、侮蔑的な笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
「ふん、これだからEクラスは駄目なのよ、本当無能ね」
この無能と言う呼び方に過剰に反応したのはクゥだった。
「誰が無能じゃぁっ!!」
教室に響くほどの大きな声で、抗議の声を上げる。
「なっ、何よ文句でもあるの?大した魔術も使えないんでしょ、無能は無能じゃない」
その声に怯みながらも、Aクラスの意地でその少女はクゥに食って掛かる。
「取り消しなよっ!!!」
厳しい自然環境を生き抜く為、社会での序列を第一に考える文化を持つ獣亜人にとって、その一言は到底許せるものではなく、クゥは怒りから獣亜人特有の大きな瞳を真っ赤に染め、身体能力を活かした強靭な脚力で取り巻きの少女に飛び掛った。
「ヒッ!?」
鬼の形相に悲鳴を上げ、尻餅をつく少女。
「凍てつく壁」
「にぎゃっ!?」
メルトは飛び掛るクゥと少女の間に一瞬のして氷の壁を作りだし、その動きを遮るとゆっくりとクゥに近づいていく。
「野蛮ね、だから無能呼ばわりされるのよ」
「っく、無能って言うな!」
邪魔をされて気が立っていたクゥは、さらに標的をスノウに変えて殴りに懸かる。
「邪魔よ、寝て反省なさい氷の剣」
手刀に冷気を纏い、メルトがクゥを迎撃しようとするその刹那、二つの影が動いた。
「落ち着いてください、二人とも!!」
二人の間に割って入り声を掛けるリオン―――。
「っ、放なさいよ」
そして、背後からメルトの手首を掴み動きを止めたのはエドワードだった。
「ぐっ、あんたが落ち着けば放すさ……」
触れているだけで熱を奪う魔力の奔流に、エドワードの右手は一瞬で凍りつき、指先から激痛が伝わって来ているが、その手を放す事はしなかった。
暫しの沈黙が教室を支配するが、それを破ったのはメルトであった。
「……あなた名前は?」
「っ…エドワードだ」
唐突に名前を聞かれて、つい反射的に名乗ってしまったが、エドワードは名前を言った事を酷く後悔した。
「そう…」
一言そう呟いて目を閉じると、メルトは魔術の行使を止め、手を振り解いた。
「覚えておくわ」
凍えるほどに冷淡な瞳に睨みつけられ、エドワードは時間が止まった様に身動きが取れないでいた。
その姿を後目にメルトが出口に向けてサッと踵を返すと、同時に授業の終わりを告げるチャイムが教室に鳴り響いた。
「いくわよ」
「はっ、はい!?」
慌てて後を追う取り巻きを引き連れて、メルト=アイゼン=スノウは去って行った。
「エド、手は大丈夫ですか!!」
「助かったよ、エド~」
我に返って落ち込んだ様子のクゥと、慌てて怪我の様子を見に来たリオンに声を掛けられて、止まっていたエドワードの時間は動き出した。
「あっ、あぁ――、って何じゃこりゃ」
エドワードの右手の手の平は、重度の凍傷で酷い状態になっていた。
「その様子だと大丈夫ですね」
過剰なエドワードの反応を見て、苦笑するリオンはそっと右手に触れると魔術を使い始めた。
「とりあえず、凍傷は治しておきましょう。宿れ生命の息吹」
メルトの冷たい魔力とは違うリオン暖かな魔力に包まれて、徐々に右手の感覚が戻ってくる事を実感すると、エドワードは左手でクゥの頭を鷲掴みにした。
「ったく、お前はよぉ~。いきなり喧嘩をふっかけるなよなぁ」
「あぅー、ごめんよぉー」
左手でクゥの頭を乱暴に撫で回し、右手にリオンの回復魔術を受けながらエドワードは別の事を考えていた。
(……やべぇ、あいつの目超怖ぇー)
内心でメルトにビビリながら、不安を隠す様に左手に力を込める。
「あぅ?エッ、エド?!」
(……今度会った時に、俺殺されるかも)
「あわわわぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
エドの左手に翻弄されるクゥの悲鳴が鳴り響く中、リオンはこれからの学校生活を憂い、静に深い溜息をついた。
「はぁ~、これから学校が荒れそうですね」
後に学生の間で『氷解の落日』と呼ばれるこの事件―――。
これが、エドワード=グリフォードとメルト=アイゼン=スノウの因縁の始まりでした。