新人魔王アルバイトと暴れるゴブリン
「いらっしゃいま――いててて……」
くそ。
喋る度に、口の中が痛む。
あのヤンキーめ、骨折とかはしなかったものの、好き勝手痛めつけやがって。
財布は奪われるは、身体中軋むわで、もう最悪だ。
さすがに、明日休みもらって警察に行こう。額は知れてるけど、免許書やら、カードやら、大事なものが一気になくなってしまった。
「あの、これ」
お客さまに差し出されたのは、黒い財布。
ん? こんなの、商品にあったっけ――ってこれ、俺の財布じゃないか⁉
「あなたのもの、ですよね?」
目の前にいたのは、昨日の、超絶美少女。
「え、あ、そ、そう! これ、どこで――あ、ててて」
「落ちていたのを拾ったんです。証明写真に、見覚えがあるなって」
「ま、まさか俺の顔を覚えて?」
天使だ女神だ救世主だ。
「ありがとう! とにかくなんでもお礼するよ!」
「……だったら、ひとつ、お願いを聞いてくれません?」
「なんでも言ってよ」
「わたしを、アルバイトで雇ってもらえませんか?」
「アルバイト……?」
「そこの張り紙、アルバイト募集中って、ありますよね」
確かに、募集はしてる。
ただあまりに集まらないから、俺自身もすっかり忘れていた。
「今、ちょうどアルバイトを探してて」
「そんなんでいいの? むしろ助かるのは俺――」
待てよ。
あまりにおかしくないか?
昨日落とした俺の財布をこの美少女が拾い、俺に届け、アルバイトを申し込むなんてあまりに出来過ぎたストーリーだ。
普通は警察に届けてハイ終わりだろう。
それに、アルバイトをするにしても、こんなオンボロのコンビニを選ぶだろうか。
なんか、嫌な予感がする。まさか、昨日のヤンキーの仲間?
美人局ってヤツかあ⁉
それなら合点がいく。
「……率直に聞くけど、どうしてウチを選んだの? きみレベルなら、働き口なんて引手あまたでしょ」
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こ、こやつ、急に顔付きが変わったぞ。
我の正体がバレた⁉
演技は完璧なハズだ。それこそ、17年もの間、人間を演じ続けたのだ。
くっ、だが、表情がますます疑念に満ちたものに……。
まだまだ勇者の勘は鈍っていないようだ。
ここで答えを誤れば戦闘は必至。
この街など軽く吹き飛ぶぞ。
くく、さっそくの心理戦というわけか。さすが我が最大のライバル。
心地よい緊張感だぞ。
だが、人間の雄の弱点は把握している。
我が最強の解に、おののくがいい。
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「ハッキリ言ってごらん。どうせ、昨日のヤンキーもきみの仲間なんだろ? あのね、この店を狙ったって大した物は――」
少女の瞳から流れる、涙。
「え、ええッ⁉ ちょッ、なんで泣くの⁉」
「――だ、だって、う……っ、気に入ったから、じゃ、ダメなんですか……? ここだったら、学校からも、遠くてっ、そんなに忙しくも、なさそうだし……。財布は、ただ早く届けたくて……疑われるなんて……わたし……」
「わ、ご、ごめん! 俺が悪かった! 悪かったから! ほら、ハンカチ!」
――ぐ。
胸が痛む。
そうだ、俺はなんてダメな大人なんだ。
最初から疑ってかかったりして。
俺は、俺はこんな無垢な少女を疑っていたのか⁉
自分が恥ずかしい。汚れていたのは、俺の心だった。
「……きみのこと、誤解してたみたいだ。財布を届けてくれたのに、ほんとにごめん。だから、もしきみさえよければ、ここで、働いてくれないかな。正直、すごく助かるんだ」
こく、と少女が頷く。
「えっと、じゃあ、また都合のいい日に履歴書を持参して――」
「はい! じゃあ明日からお願いしますね! 土曜なので」
「え……」
◇
――次の日。
「冴木京華さん、か……」
ざっと履歴書を見るに、ザ・秀才!
ざらっと名門校しか並んでいない。
「あの、わたしはなにをすれば……」
コンビニの制服に着替えた冴木さんが奥から現れる。
こういうとき、美人は得だとつくづく思う。
だって、なにを着ても絵になっているのだから。
「そうだね、一応マニュアルを作ってきたから、これに目を通してもらって」
パラパラパラ、と冴木さんがマニュアルをめくると、俺に返した。
「一通り、記憶しました」
「はやッ! え、マジで?」
「レジ打ちの仕方は、ここが、こうで――それから検品は――」
どんだけ優秀なんだ、この子は……。
マニュアルを、すでに完璧に覚えている。
「じゃ、じゃあ、次は接客の見本をみせよう。読むと実践とじゃ、全然違うからね」
1時間経過。
客が、こない……ッ。
「お、お客さんが来たら呼ぶから、冴木さんは奥で休憩しててよ」
「わかりました、ゆ――店長」
店長、店長、てんちょう――……。
俺の脳内で何度もリピートされる。
嗚呼、なんていい響きなんだ。
中学のとき、後輩に初めて「先輩」と、そう呼ばれたときの嬉しさに似ている。
それがこんなに可愛い子に言われたなら、嬉しさもひとしおだ。
しかし、冴木さんは即戦力間違いなしだな。
基本俺ひとりで回していたこの店だけど、これを機に他のアルバイトが入ってくれれば、かなり楽になるだろう。
といっても、アルバイトを増やすにはまずは売上を上げなきゃいけないな。
なんか、冴木さんが入っただけでやる気が俄然上がってき――ん?
「ゴブッ」
――なんか、いる。
「ゴブッ!」
お客さんじゃない。
あの緑色の、ちっこい生き物は――ご、ゴブリン⁉
間違いない。あの異世界の、イタズラ好きのモンスターだ。
なんで現実世界に⁉ ていうかどこから入ってきた⁉
「ゴブゥッ!」
ゴブリンは俺にお構いなしにこん棒を振り回し、店中を荒らしている。
「おいやめろ!」
今は冴木さんもいるんだぞ!
くそ、どうする⁉ どうすればいい……とにかく、あいつを倒すしかない。
いろいろと考えるのはそれからだ。
武器になりそうなのは――個人的に防犯グッズとして持ち込んでいる、竹刀。
俺はゆっくりと、下に置いてある竹刀に手を伸ばした。
「ゴブゴブ♪ ……ゴブ?」
ゴブリンが、竹刀を持つ俺を見上げる。
ランクE――最下級冒険者の適性経験値と言われているモンスター。
だが、今の俺に倒せるのだろうか。
思い出せ、あの頃の、勇者だったときの俺はどうやってモンスターを退治していた?
……ダメだ。チートで瞬殺した記憶しかない。
覚悟を決めた俺は、木刀を振り上げ――
「ゴブゥッ!」
バキャッ。
こん棒で、簡単に木刀は粉砕される。
「……は、はは」
俺、死んだかも。
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くく。
我が魔力によって生み出されたモンスターよ。
まずは様子見の雑魚から始め、徐々に強くしてゆくぞ。
さあ、本来の力で倒して見せよ、勇者よ!
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