元最強魔王現最強女子高生
「ケケケ。手応えねえの。なーにが勇者だ」
『元勇者』などと自称した男から奪った財布を、男たちは戦利品として手玉にとっている。
「――貴様ら」
そこへ、少女が声をかけた。
振り返る男たちが見たものは、ひとり、たたずむ少女。
「念のため聞いておくが、貴様らの強さはこの世界の何番目に値する?」
「うおっ⁉ すっげえかわいい⁉」
「へっへっへ……俺らが何番目かって? そりゃあ最強っしょ」
「ほう?」
キッ、と少女がひとりを睨み付ける。
すると、男が突如吹き飛ばされ、建物の壁に激突した。
そのまま気絶し、起き上がる様子はない。
「……これで最強だと? 笑わせる」
「て、てめえ⁉ なにしやがった⁉」
「あの男は――我が生涯最大の宿敵。貴様ら程度の小物が、手を出していい相手ではないぞ」
「なにをわけわかんねえことを――ッ⁉」
少女に殴りかかった男だが、少女の顔面に触れる寸前、硬い壁のようなものに当たる。
「いっ……てェ……!」
「この程度の障壁も破壊できんとは」
拳を押さえうずくまった男の額に、少女が人差し指を曲げ――ぴん、とデコピンした。
男の身体が後ろへ跳ね、ゴロゴロと凄まじい勢いで転がる。
泡を吹き、白目を剥いた。
「ひ、ひぃッ⁉」
「殺しはせん。この世界での人間への殺生は、いろいろと面倒なことになるからな。だが報いは受けてもらうぞ」
すっかり戦意喪失してしまった最後の男の顔に、少女は手を触れる。
「我の獲物に手を出した罪、しっかりとその魂に刻んでやろう」
怯える男は少女の瞳の奥に――『魔王』の姿を見た。
◇
聖伯楽学園2年、冴木京華。
この学園において、その名を知らぬ者はいない。
「ああ、なんて美しいのかしら……」
「京華さま~!」
ひとたび廊下を歩けば、女子からは黄色い悲鳴。
「なんて神々しいんだ」
「ため息しか出ねえよ……」
男子からはすでに神格化されている。
容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能。
この3点セットを当然のように揃え、テストは常に学年トップをキープ。
「ね、ねえ冴木さん、よければ今日の放課後、私たちと――」
「ごめんなさい。あいにく今日は予定が入っているの」
大抵の場合、付き合いは断られる。
冴木京華は、必要最低限の人付き合いしかしない。
生徒会、部活動からの勧誘は山ほどあったが、すべて断っている。
けれどそれがまた神秘性を増し、さらに――
「また、誘ってもらえる?」
にこり、と、女神のような笑顔でほほ笑まれては、許さない人間はいないだろう。
だがそんな京華にも、右腕となる存在がいる。
パァン!
音を合図に、少女が駆け出した。
最初から他の走者を一気に突き放し、そのままゴールする。
「ま、また記録更新……」
「金剛さん、すごい……もう、向かうところ敵なしね」
陸上部のエース――金剛真。
ショートカットの黒髪、小麦色に焼けた健康的な肌。
息も乱れた様子なく、周囲を驚かせている。
「あ」
真が、京華の視線に気づく。
「今日はもう上がるね♪ お疲れ~」
言って、真は京華に駆け寄った。
「ほんとお似合いよねー、あのふたり。よく冴木さまの家にもお邪魔してるみたいだし」
「もしかして、付き合ったりしてるのかしら」
冴木京華と、金剛真。
何かと常に行動を共にしているこのふたりは、無敵コンビとして評判になっていた。
◇
とある高級マンション、最上階。
そこに、京華はひとりで暮らしている。
「お邪魔しまーすっと」
先に上がった真が京華に向かい――ひざまずく。
「魔王さま、本日も打倒勇者の試練、お疲れさまでした」
途端、京華の清楚な顔付きが、禍々しいものに豹変した。
「ふ、ふはは、ふははははは!」
高々と笑う京華に、真は小首を傾げる。
「どうかしました?」
「ふふ、これが笑わずにいられようか! 見つけた、ついに見つけたのだ! 我が長年の宿敵を! この世界に転生してまで追いかけた、勇者を!」
「ほんとですか⁉ わーすげー! ってことは、魂縛の印が反応したんですね⁉」
「そう、我が死の間際、ヤツの左腕に植え付けた呪印――あの呪印は対象者の身辺へと我が魂を導き、転生させ、復讐の機会をうかがう……まさか、別世界の住人だったときは驚いたがな」
京華が広々としたベランダに出て、道行く人々を見下ろした。
「本来ならば人間に転生などするつもりはなかったが、この世界の高度知的生物は人間しかいなかった」
「ほんと、こんな身体じゃろくに力を出せませんって。前世のおれ――魔王四天王の見る影もないですよ~」
金剛真の正体もまた、異世界からの転生者――魔王四天王、闘将ヴィゴーレ。
魔王が転生の際、従者として魂を道連れにした者のひとりだ。
「それは我とて同じこと。全盛期の半分以下の力しか出せん。だからこそ力を蓄えつつ、人間社会に溶け込み期を待ったのだ。勇者を倒すためなら、恥辱などいくらでも耐えられる」
魔王の存在を勇者に悟られぬよう、京華は切磋琢磨した。
喋り慣れた口調を封じ、この世界を知るため勉学に励み、着実に地位と名誉を築き上げてきたのだ。
すべては、勇者に復讐を果たす――そのためだけに。
「だが、気がかりがある」
「気がかり、というと?」
放り投げられた物体を、真がつかむ。
「――財布?」
「勇者のものだ。カツアゲされていた」
「かつあげ? うまそー……」
「カツ揚げではないバカ者! ……ただの人間の雑魚に一方的に殴られ続け、財布を奪われていたのだ」
「あの勇者が? そ、そんな馬鹿な……あいつ、おれを瞬殺したバケモノですよ⁉」
真の脳裏に、笑いながら一刀両断する勇者――トラウマがよみがえる。
「それに、クソボロのコンビニで、働いていたのだ」
「ええ⁉ 世界を救っておいて、た、ただのコンビニで⁉」
しばらくの間、沈黙が続く。
「これは我の推測なのだが、ヤツは、我々の存在に気付き、勇者であることを隠すため、わざと弱いフリをしているのではないだろうか」
「も、もうおれたちの正体がバレてるってことですか⁉」
「いや、接触したときはそんな様子はなかった。仮にバレていたなら、すでに我の命はなかったろう。この世界を統べるくらいの力は取り戻しているが、それでも、まだあの勇者には遠く及ばぬ」
ごくり、と真がノドを鳴らした。
「じゃ、じゃあ魔王さま、今後の作戦は、なにかあるんですか?」
「うむ。魔王四天王、知将グノスィが言うには、敵を知るには、敵の輪へ入るべし。我は早速、その作戦を決行する」
ヒソヒソ、と元魔物たちの会議が行われる。
「くく、覚悟しておけ、勇者よ。今度こそ、我が勝つ!」