元チート勇者現ただのおっさん
――キィン! ――ギィンッ!
ドォン……! ゴォォン……!
ぶつかり合う火花。
鳴り続く轟音。
――勇者と魔王の、最終決戦。
お互いに仲間は倒れ、一騎打ちの状態だ。
「――ふふふ、ふはははは!」
戦いの最中、魔王が高らかに笑う。
「よいぞ! 実によい‼ まさか、ここまでとはな!」
「…………」
「ここまで我と渡り合うことができる生命体は今までいなかった。だが、ずいぶんと攻撃の手が緩んでいるぞ。とうとう、疲れがみえてきたようだな」
「全回復」
勇者が魔法を唱えるとその身体が白く輝き、傷がすべて癒える。
「ほう、まだ我を楽しませてくれるのか。だが、貴様も気付いていよう。我々はまだ、互いに真の実力をみせていない。我は心配なのだ。どの程度の力まで貴様が耐えられるのかとな。せっかくの楽しみを簡単に終わらせたくはない」
「よく喋る魔王だ。さっさとかかってこいよ」
勇者が人差し指を立て、くいくいと引き寄せる。
「くく……」
勇者の指摘通り、魔王がこれほど饒舌になったのは初めてだった。
それほどにこの戦いは楽しく、まさに血沸き肉躍っている。
――気の遠くなる時間、魔族の長、最強の存在として地上に君臨、魔王討伐を謳う人間を蹴散らし、権力争いの同族も、話にならない雑魚ばかり。
本来ならば簡単に滅ぼせる人間も、退屈しのぎに生かしているに過ぎない。
「我に対抗しうる力――それがよもや弱き種、ヒト種とは、つくづくわからんものよ」
「……まあ、これだけチートスキルもらってれば、そりゃ、なあ」
「ちーと? なんのことだ?」
「女神さまは、世界のバランスブレーカーのおまえは消えるべきだとさ」
勇者が剣を魔王へと向ける。
魔王は嗤う。
「女神? それがおまえの戦う理由か? くく、ならば、その女神とやらに感謝しなくてはな」
魔王が魔力を高める。
「では徐々に力を上げてゆくぞ。簡単に、壊れてくれるなよ?」
「じゃあ、こっちも遠慮なく」
再開される激闘。
天が裂け、地が割れる。
両者の戦闘は、もはや他の存在が介入できる余地はなく、さらに激化してゆく。
「く、マジで強いな。さすが、魔王ってとこか」
ほとんどの敵を苦戦することなく屠ってきた勇者にとっても、魔王は出会ったことのないレベルの強敵だ。
「くく、ふはははは! 認めよう人間! 貴様は、間違いなく我が生涯、最大の敵! 我はずっと餓えていた……そして願っていた……貴様のような者が現れることを‼」
常に約束された地位、約束された勝利。
それが魔王にとってどんなに退屈で、生の実感の湧かない日々だったことか。
「魔王、悪いけど――反則スキル全開でいくぞ」
瞬間、勇者の走る速度が異次元のレベルへと上がった。
光をも超える速さで勇者が跳び、剣を魔王へと振り下ろす。
だが、魔王はその速さすら視界にとらえていた。
「十二の壁‼」
魔王が手をかざすと、12層にも及ぶバリアーが展開される。
「くく、このバリアーはどんな攻撃をも――」
「魔力解除」
勇者のつぶやきと同時に、バリアーが消えた。
「なっ――」
カッ――。
とどろく雷鳴。
勇者の剣は、魔王の心臓に突き立てられていた。
「……ふふ、なるほど。これが、敗北――ぐ……がっ」
魔王の口から血が噴き出る。
自分の身体を貫く剣を見つめ、魔王は力なく笑った。
「魔力が……再生が、追いつかん……これも、貴様の力……ふ、ふははは、じ、実に悔しいものだ。こんな感情が、我に……あろうとは」
一方、勇者は疲労しきった表情で、剣に手をかける。
そのとき、魔王が最後の力を振り絞り、その手を掴んだ。
ポワ――。
薄く、魔王の手が輝く。
「だが、次はこうはいかん、ぞ。いつか、我らは再び巡り合う……勇者……そのときこそ貴様を、この手で――」
◇
――……また、あの夢だ。
「……うー……ん!」
背伸びをして、俺は布団から起き上がる。
久しぶりに、あの夢を見た。
異世界の魔王を倒し、現実世界に戻ってきて、17年。
――元チート勇者の俺は、37歳の、平凡なおっさんに成り下がっていた。
「いらっしゃいませー」
コンビニのレジを打ちながら、ふと思う。
人生における絶頂期は、間違いなくあの異世界での冒険の日々だったろう。
女神に召喚され、反則スキルの数々を与えられ、世界を我が物顔で冒険していた。
なんでも無双できて、思い通りにならないことなんてなかった。
勇者さま、と慕われたあの日々が懐かしい。
結局は目的の魔王討伐達成、という形でこの世界に戻れたものの、あの選択は正しかったかと問われれば、なんとも言えないところだ。
そりゃあ、当時の俺は若かったし、両親のことだって心配だったさ。
今さら後悔してもどうしようもないけど、あのまま異世界に残っていれば、なんていうのを時々考えてしまう。
コンビニ店長代理。それが今の俺の肩書きだ。
店長、と聞こえはいいかもしれないが、好きでこの仕事をやっているわけじゃない。
親戚のコネだとかで、親に無理くり紹介された、押し付けられた仕事。
あの異世界での刺激を忘れられず、ダラダラとフリーターで生活してきた俺を見かねてのものだった。
しかもこの店舗は立地最悪のうえ、オンボロ。
潰れないのが不思議なほどだ。
こんなんで、やる気が出るほうが珍しいだろう。
いや、今の俺は勇者の抜け殻で、人生自体のやる気を失っているのかもしれない。
「ありがとうございましたー」
1時間振りにきたお客さまを見送る――と、入れ違いに、新しいお客さまが入店する。
俺は目を見張った。
漂う気品、長い黒髪、抜群のプロポーション。
ただ歩くだけなのに、まるで絵画を見ているかのよう。
美少女という単語はまさにあの少女のためにあるものだろう。
いや、いやいや、あんまりジロジロ見るな。
あの制服は、超名門校――聖伯楽学園の制服。
俺なんかとは、住む世界が違う。
主人公かヒロインになるべくしてなる存在で、今の俺は完全なモブキャラ。
いや、一度主人公をやらせてもらえただけで、ラッキーなほうだ。
少女が置いたのは、ゼリー状の簡易飯。
「200円になります」
1000円札を渡され、お釣りを返そうとして、軽く少女の手のひらに触れる。
――バチッ!
「うわっ……⁉」
「――‼」
途端、手に静電気のようなものが走り、お釣りを落としてしまう。
「も、申し訳ございません」
小銭を拾い、少女の顔を見上げる――と、少女は驚愕の表情で俺の顔を見つめていた。
「あ、あの?」
「…………」
一歩、少女が後ずさる。
「お客さま?」
再び、一歩、少女が後ずさる。
俺が近付いたぶん、少女は後ずさる。
まるで、超警戒して視線だけは外さない野良猫のようだ。
ジリジリと謎の緊張感が続き――ついに少女は走り去ってしまった。
「な、なんなんだ?」
◇
『現実世界に戻れば、あなたの能力、スキルはすべてリセットされます』
それが、別れ際の女神さまの言葉。
午後11時過ぎ。
勤務を終え、俺は帰路についていた。
あーあ、スキルが残ったままなら『空間転移』ですぐに帰れるのに――なんて、思っても仕方のないことを未だに考えてしまう。
しかし、あの昼間の少女はなんだったんだろう。
嫌われるような対応したか?
あんな美少女にあれだけ警戒されたのはショックではあるが、なにより心配なのは苦情の連絡を入れられること。
けどまあ、今さら評価なんて気にしたって仕方ないだろう。
どうせ近い将来、無職になるのは目に見えてる。
「――やめ、やめてくださいっ!」
路地裏にて、三人組の男に女の子が絡まれていた。
こんな場面、漫画でしか見たことないぞ。
周囲を見渡すと、俺以外に気付いてそうな人間はいない。というより、そもそも他に人がいない。
ハッキリ言って、一番利口な選択肢は関わらないこと。
警察を呼ぼうにも時間がかかるだろう。
こんな時間に出歩く女の子にだって非がないわけじゃない。
ここは見て見ぬふりに限る。
――なのに。
「その辺にしとけよ」
「ああ?」
振り返ったのは、いかにもって感じのヤンキー。
「なんだよ、おっさん」
「その子嫌がってるだろ。さ、早く行きな?」
ヤンキーたちの意識を俺に集めた結果、見事女の子を逃がすことに成功。
問題はここからなのだが。
「はッ、勇者ごっこのつもりかよ」
「あのな、信じてくれるとは思わないけど、俺、本当に勇者だったんだぜ」
にんまりと、男たちが笑う。
やっぱり話してわかるタイプじゃなさそうだ。
「へえ……元勇者のおっさんが遊んでくれるのか」
男が拳をふりかぶる。
スキル――『未来予知』――……。
当然、スキルが発動するわけがなく、呆気なく殴られ、蹴られ続ける。
痛い、無様だ、これが――あの、あのとんでもなく強かった魔王を倒した勇者の末路なのか?
思わず乾いた笑いが漏れた。
知らなかった。
反則のない俺は、こんなにも、弱かったなんて。
◇
「……うそだ」
物陰から、元チート勇者が一方的にやられているのを覗く、昼間の美少女。
「み、認めん、認めんぞ」
わなわなと拳を震わせ、少女は叫ぶ。
「我を……我を倒した勇者が……あんなクソ雑魚など、断じて認めんッ‼」
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元チート勇者現ステータス
レベル――0
職業――コンビニ店長代理
スキル――無
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