エンドミュージック
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
君は、ピアノを弾くことに興味ある?
先生はからっきしだが、弟はピアノがうまいんだ。
弟は何かしらで行き詰ると、大人が一服するのと同じ要領で、ピアノで曲を弾く。レパートリーはそれなりにあるから、クラシックから最近の映画のテーマソングまで、幅広く演奏していたよ。
ほぼ毎日、我が家はタダで演奏会を開いているかのよう。もはや習慣になっていたから、一人暮らしをすることになった時には、少し寂しさを覚えたもんさ。
生演奏はいい。同じ曲でも、調子が違う日があったりすると、「ありゃ? 奏者に何かあったのかな?」と想像を巡らせるのも、またオツだった。
おかげさまで聞き手として、妙な事件に出くわすことがあったんだけど……どうだい、聞いてみないかい?
一人暮らしをするアパートは、一部の楽器の演奏が許可されているアパートだった。。
それでも夜や休日になると、真下の部屋からギターを鳴らす、熱心なお方がいたんだよ。
当時はエレキブームだったからね。聞こえてくる音色もエレキギターのそれなんだが、私はアンプを使った歪みサウンドというのが、肌に合わなかった。
弟のピアノが、耳になじんでいたこともあるんだろう。門外漢の私なりに、もっと耽美で繊細な音色を聴きたいと思っていたんだ。
休みの日。部屋にいてはまた、延々とギター練習に付き合わされることになりかねない先生は、外へ退避した。
本格的なお出かけじゃない。ちょっと辺りを散策するだけのつもりだった。
引っ越してからまだ一ヶ月足らず。近所にもまだ足を運んでいないところがたくさんある。地理の確認も兼ねていた。
アパートの裏手は急な上り坂になっている。この小さい山を越えると、地図上では国道へのショートカットになる。だが、角度はなかなか危ないものがあって、もしも自転車で行く場合、サドルにまたがったまま上り下りするのは、命がけ。
先生はやんちゃな盛りに、坂道で自転車を飛ばした結果、思わぬ出っ張りに引っかかって、危うく死にかけたことがあったんでね。てくてくと、のんびり歩いていったわけさ。
坂を登り終えると、区画が変わる。ぶつかった十字路の脇を見ると、自治体が設置している掲示板があった。
地域の催し物の告知、幼稚園が発行している定期広報誌の一面が貼りつけられているが、やがて先生は、そのうちの一枚に目をとめる。
「ピアノ教室やっています。あなたの生活、音楽をお供にしませんか?」
下に、教室の住所と電話番号が記載されている。
電信柱に貼り付けてある、区画の番号と照らし合わせながら、先生はピアノ教室へと向かう。
教室へ通うことが目的じゃない。教室から流れ出る音楽を聴くことが目的だった。
下り坂に差し掛かろうという地点の脇道。ブロックを積んで作られた簡易のゴミ捨て場を入り口とし、行き止まりとなっている道の途中にある一軒が、件のピアノ教室らしかった。
ゴミ捨て場には、透明なゴミ袋がひとつ。「指定の日に出してください」と書かれたステッカーを張られていて、中身は丸まった新聞紙だった。
しかし、誰かが蹴飛ばしたりしたのか。合わせた部分がほどけて、包んであったものが袋の内側にこぼれてしまっていたんだ。
青い花柄にふちどられた、小さい皿とティーカップだった。端が少し欠けてしまっているのが、捨てられた原因だろう。
しかも、欠けていない部分にも口紅らしきものの後がついている。ろくに洗わずにゴミに包んだとは、よほど腹に据えかねたのかもしれない。
そんなことを考えていると、足を踏み入れようとした小道の奥から、ピアノの音色が響いてきた。
以前、弟が演奏していたクラシック音楽のひとつだ。名前までは把握していないが、音色は覚えている。
弟の演奏はストレスからか、曲調を乱しきらないほどのアップテンポのことが多いのだが、こちらの演奏は比較的、ゆったりとしたペース。同じ曲でも落ち着きが感じられる。
私はしばらく、その場で聞き入っていたよ。そして実感する。
ピアノの音色。それも熟達したものを聴く時が、ずっと心が安らぐのだと。
演奏は小一時間ほどで終わる。先生はいったんその場所を離れたが、内心では「いい場所を見つけた」と、気分がよくなっていたよ。
それからというもの、先生は休みの日に時間があれば、ここに来るようになる。
いつもすぐに曲が聴けるわけでもないし、流れても先生の知らない曲の方が多い。それでもあのエレキギターの音を聞かされるくらいなら、ここで音楽鑑賞している方が、ずっと心地よかったからだ。
演奏はいずれも高レベル。素人の耳で聞いた限りでは、気になるミスは感じられなかった。
通っている生徒の腕が、いずれも素晴らしいものなのか。あるいは――いささか失礼な想像ではあるが――ピアノの先生自身が演奏を続けているのか。
いずれにせよ、さほどの問題じゃなかった。私自身はよい演奏に心をゆだねることさえできれば、それでよかったんだ。
でも、そうはいっていられない事態が、表面化してきた。
演奏を聴き始めて、だいたい二ヶ月ほど経ってからのこと。
その休日も、先生は10時過ぎにあのゴミ捨て場の近くまで来ていた。ピアノの演奏はこの午前10時と、午後4時の二回はほぼ定時で行われ、他はまばらな時間帯に行われることを、すでに私は把握していた。
だが、少し早めにやってきても、私はピアノ教室に通う生徒の姿を、これまで一度も目にしたことがないのが、気になっていた。
――やはり、あまり通っている生徒がいないのかもしれない。
ふとよぎった一抹の不安も、しょせんは他人事。私は知られざる観客として、ひたすらに演奏の時を待ちわびていた。
ところが、10時を15分過ぎても、演奏が始まらない。今まではどんなに遅くても、10時10分にはピアノの音が聴こえ始めていたのに。
何かしらのトラブルがあったことは、十分に考えられた。だが、もはや習慣と化していた私にとってはまだ誤差の範囲。
もう少し待ってみようかと思った時、後ろから車のエンジン音が聞こえてきた。
見ると、近くの家の車庫から出た車がこちらへ向かってくる。道幅は狭く、歩道代わりの路側帯がかろうじてあるだけ。先生はゴミ捨て場の近くへ寄って、道を開けた。
その時だった。ブロックの影にあった何かが、先生の足に当たって「カシャン」と小さな音を立てたんだ。「なんだ」と音の源を見て、先生は鳥肌が立ったよ。
あの日。初めてピアノの演奏を聴いた時に、ゴミ捨て場へ置いてあったゴミ袋。あの新聞紙に包まれ、身体をはみ出させていた皿とティーカップがそこに横たわっていたんだ。
柄も同じ。捨てた主が、新しく同じものを買って捨てた可能性も考えられたが、先生の驚くところはそこじゃなかった。
あの時、ほんの口紅がついているだけだと思った、カップの汚れ。それが明らかに広がっていた。
いや、それどころか、カップの底に赤黒い液体が少し溜まっている。皿にも同じ汚れがこびりついていた。
――汚れが広がっている? いや、むしろ、増えている?
そう思うや、先生のすねの裏側がズキンと痛んだ。思わず、うずくまってしまうほどで、先生は反射的にその部分をさする。
袋から飛び出した皿やカップの破片が刺さったにしては、時間差があった。急に痛むこの感じは、こむら返りに近い。
そばに誰もいなくて助かった。立って歩くことさえ、一気に辛くなった先生は、自分の家へとできる限り急いだよ。
布団に寝転がり、すねの裏側を見ると、赤黒いあざができていた。心なしか、あのゴミ捨て場で見た汚れと、同じ色のような気がする。
嫌な想像が、頭を駆け巡った。
――もしも、あの皿とカップを汚したもの。それが先生の身体から出たものだったとしたら……。
その日は足の痛みが引かず、休養にあてたよ。次の日は学校だし、休みたくはなかったからね。
だが、次の日。学校から帰って来た先生は、アパートの敷地に入ったとたん、またすねの裏に痛みが走るのを感じた。
ダメなんだ。まっすぐ伸ばしていられない。まるで筋肉の内側の筋が、「ブチン」と力任せにちぎられたかのよう。それでも這うようにして部屋の前まで来た先生は、目を見張ることになる。
あの花柄の皿とティーカップ。先生の部屋の前に揃っておかれていた。これからお茶でもいただこうとするかのように、きっちりと。
そのいずれのふちにも、赤黒いものをなみなみとたたえてね。
戻れない。足を向けるだけで、ひどく痛みが増す。
先生は足を引きずりながら、敷地の隅にある木の根元に寄りかかって、腰を下ろす。
カタカタ、カタカタ……。
陶器の震える音が聴こえる。しかも、それはどんどん、どんどん大きくなっているような気がした。
――罠だったんだ。あのピアノ演奏は。本命はあの皿とカップで、演奏を聴きに来た者の血を吸いとるためだったんだ。
もうカップたちは、すぐそこまで来ているように思える。増してくる足の痛みに、もうどうにでもなれ、とやけになりかけた。
その時、ピアノの音が聴こえた。二ヶ月前の、あの曲。ゆったりとしたタッチで響く、名も知らない曲だ。
ジャー、と水が流される音が、先生のすぐそばで聞こえた。見ると、先生が手をついていたほんの数十センチ横で、カップと皿が横倒しになっている。中身を地面に流し、すっかり空っぽになると、風もないのにころころと敷地の入り口へ転がっていく。
そんな彼らを迎えるように顔をのぞかせたのは、グランドピアノだった。
実家にもあるのと同じ形のそれの上へ、ぴょんとひとりでに飛び乗った皿とカップ。その直後、グランドピアノは塀の影に隠れてしまった。
ものの数秒のできごとで、気づくと先生の足からはアザも痛みも引いていたんだ。
あのピアノの音。もしかしたら、罠じゃなかったのかもしれない。
あれはきっと、人の血をお茶とし、ケーキの代わりとするティータイム。それを管理するために必要な音色だったんじゃないかと、先生は思うんだ。