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夏に初めて見た陽炎  作者: 紅茉莉
2/2

後編:陽炎


町まで案内をするという蛍の言葉に嘘はなく、指示通りに車を走らせると数十分で見覚えのある道に出た。

運転中、蛍の指示を聞き逃したり、道を踏み外したりしないように緊張していたが、見知った広い道に出てすっかり安心した葉月は今まで相槌を打つ程度しか開いていなかった口を開き、町に着くまで蛍と他愛のない話をした。


年齢は15。来年から一人暮らしをしながら高校に通うようだ。今までは買い物ぐらいでしか町に出ることがなかったらしくすごく楽しみであると。5つ年の離れた弟がいるらしく、最近生意気になってきて手を焼いている。少し前までは可愛かったんですけどね、と懐かしむように笑った。今日はたまたま喧嘩してしまったが普段は家族との関係は良好らしい。


その他、蛍の話は身の上話を聞きつつ、葉月も自分の年齢は22であること、普段は都会で広告を作成する仕事をしていること。その他、家族関係や普段の生活などかいつまんで話した。


蛍は都会での話について興味を持ったらしく、街並みや食事、今流行っている映画など等葉月が困る程質問が続いた。


質問が一段落した頃、2人は無事に目的の町に到着した。


「ありがとうね滝川さん。本当に助かったよ。」


「いえいえ、私も町まで来たかったので。それに道案内も山道の間だけでしたし。」


「その山道が分からなかったからなぁ・・・。本当にありがとうね。」


「そんなに何度も感謝される程のことでは・・・。これでは車に乗る前と逆ですね。」


車に乗る前、蛍は何度も葉月に感謝したことを思い出し笑顔になった。葉月もじゃあこれでお相子だねと、つられて笑っていた。


「これで俺の方の問題は解決したけど、滝川さんはこの後どうするの?家族が何処に行ったかは分かってるならそこまで送るよ。」


葉月の言葉に蛍は遠慮がちに、


「・・・ありがとうございます。では・・・。」


と町で一番大きいデパートの名前を葉月に伝えた。葉月はその場所なら知っていたようで、了解と言いつつデパートに向かった。








「本当にありがとうございました。」


デパートに着き屋上の駐車場に車を停め、車から降りる直前に蛍は今日何度目かの感謝の言葉を葉月に言った。気にしないでと言った後、このままだとさっきの状況になちゃうよと、葉月は困ったように言った。


「だからさ、今度会うことがあればまたおしゃべりしてくれない?それでチャラってことにしよう。」


自分で言ってて臭すぎると思いつつも空気を変えるため、格好つけながら葉月は言った。


「ふふっ、分かりました。お兄さんがそう言うなら。」


笑顔でそう言いながら蛍は車を降りた。葉月も上手くいって良かったと思いつつ車を降り鍵を閉め、蛍の方を見ると目が合った。蛍は、


「では、またどこかでおしゃべりしましょうね。」


と、とびっきりの笑顔で言い、一度お辞儀をした後店内に向かっていった。


葉月は見惚れてしまい、蛍が見えなくなるまで姿を追っていた。


「・・・あんなに可愛いくて綺麗な笑顔なんて初めて見たな。」


また何処かで会えると良いなと思いながら、葉月も店内に向かっていった。








買い物を終えて駐車場に戻ってくると、店内入口近くのベンチに先程別れたはずの蛍がいた。蛍も葉月に気が付いたようで少し困った様な顔をした。


「・・・どうしたの滝川さん。」


「・・・ここには居ないみたいですの。」


どうやら蛍の家族はここにはいなかったようだ。


「そうか・・・。ん?そうなるとこれからどうするの?帰ることも出来ないんじゃない?」


「それは大丈夫ですよ、何とかしますわ。」


「・・・送っていくよ、もう道も覚えたし。」


「でも、これ以上は迷惑になってしまいます・・・。」


蛍は顔を伏せてしまった。それならばと葉月は、


「じゃあさ、約束してたおしゃべりしてくれないかな」


「?・・・もちろん構いませんがここでですか?」


「いやいや、ここは暑いし車の中で話そう。」


話しているベンチは日陰にはあるが、日向では陽炎が出ているほどだ。それにここでは人目についてしまう。それに・・・。


「お兄さんは本当にいい人ですね。」


蛍は葉月の考えていることに気が付いた。車に乗ってしまえばそのまま蛍を家まで送ってしまえることに。


「どうかな?」


「もちろん御一緒させていただきますわ。」


蛍はベンチから立ち上がり葉月の方を向き、


「でも、攫ったりはしないで下さいね。」


いたずらに成功した子供のような笑顔でそう言った。本当にそのまま攫ってしまいたいと思ったが葉月は、俺はいい人だから大丈夫だよと笑って流しながら2人で車に向かった。








「・・・ごめん、クーラーが効くまでちょっと待ってね。」


炎天下の中しばらく放置されていた車内は殺人的な暑さだった。2人はクーラーが効き出す数分間、車外で待っていた。蛍はその間店内入口のほうを見ていた。もしかしたら家族が通るかもしれないと思っていると考えた葉月は特に声をかけるわけでもなく、次の会話の内容を探していた。


「・・・私、ここまで広い範囲の陽炎って初めて見ました。」


葉月が車内の温度を確認し、もう大丈夫と声をかけたときに蛍がぽつりと言った。確かに駐車場全体が陽炎で揺らめいているように見えるが、都会で暮らしている葉月にとっては見慣れた光景だった。蛍にとっては違うようで、先程から店内入口を見ていると思っていたが実は陽炎に見とれていたらしい。


「お兄さん、私お兄さんに言っていないことがあるんです。」


車内に入らずに真面目なトーンで言い、蛍は葉月を見つめた。先に車内に入ろうとしていた葉月だが、その真剣さに動けなくなった。


「本当は言わずに済めばいいと思っていたんですが、お兄さんには言ってしまいたいんです」


「・・・。」


葉月は蛍の言葉を待った。蛍は意を決したようで、


「私・・・所謂幽霊なんです。」


そこから蛍はぽつりぽつりと話し始めた。その日、蛍は親と喧嘩してしまいこの町に連れて来てもらえなくなった。前日まで降っていた大雨のせいで地盤が緩んでいたのか地滑りが起こり、家に1人でいた蛍は運悪く巻き込まれてしまいそのまま帰らぬ人となった。その場所があの出会った待避所だと思っていた所らしい。その後、家族は他の場所に移り住んだようで今は何処にいるのかは分からない。蛍は何故かあの場所からあまり離れられないらしくずっと1人でいた。


「これは喧嘩してしてしまった私への罰なんです。」


そう言う蛍の顔は凄く悲しそうだった。今までもそれなりに車は通ることはあったらしいが誰も蛍には気が付くことはなかった。そんな時初めて気付いてくれたのが葉月だったらしい。


「話しかけて返事が返ってきたときは本当にうれしかったんです。」


自己紹介の後、何か考え出したと思っていたがあの時感情を抑えるために頑張っていたようだ。


「ごめんなさい急にこんな話をして、ですがお兄さんは本当に思っていた以上にいい人で、こんな怪しい私にの為に色々良くしてくれて、今だって茶化さずにこんな突拍子ない話を聞いてくれて。・・・そんな人に本当のことを告げないのは酷く不誠実な事だと思いまして。」


蛍は困ったように笑いながら言った。それは一緒にここに来る前、初めて会ったあの場所で話していた時に見た表情に似ていた。違うのは目に涙が少しにじんで見えていることぐらいだ。


「・・・こんな事聞かされてもお兄さんが困ってしまうだけよですよね。ごめんなさい、またお兄さんに迷惑をかけてしまって・・・」


蛍はそう言うと俯いてしまった。葉月は取り合えず文字通り空気を変えようと、


「クーラー効いてきたし車に入ろうか。流石にこのまま外で話し続けるのは暑い。」


その言葉は完全に予想外だったのか蛍は「えっ」と気の抜けた反応をし、葉月の方を見て何か言いたそうにしたが葉月が気にせず車内に入ってしまったので続けて車内に入った。





「じゃあ滝川さん、今から君を攫って行くね。」


蛍が車内に入ったと同時に葉月はそう言って車を出した。蛍はその発言と行動の意味が理解できずに固まった。シートベルトをしてねと葉月に言われそこではっと我に返りシートベルトを付けた後、


「お兄さんは私の話を聞いていたんですか!?」


これまでで初めて怒った様に、実際に怒りながら葉月に向かってそう言った。


聞いてたよと葉月は普通に答え、それなら何故ですかとの蛍の言葉にかぶせるように、


「帰る場所ないんじゃないの。なら攫ってもいいでしょ。」


とあっけらかんとして言った。


「良い訳ないですわ‼」


叫ぶように言った後葉月が笑っているのを見て、


「何が可笑しいのですか。」


「あぁごめんごめん、滝川さんも怒ったら普通に怒鳴るんだなぁと思ってさ。」


「・・・当たり前のことでしょう、はぁ・・・。」


その後、信号で止まるまで無言の時間が続いた。





「落ち着いた?」


「混乱していますわ。今まで関わったことの無い感じの人なので。」


高速道路に入る手前の信号待ち、数十分ぶりにお互いに口を開いた。ただ、すぐに信号が青に変わり会話は途切れてしまった。


「関わった事が無いってどんな感じ?」


高速道路の本線に入りすぐに葉月は先程の会話の続きを始めた。運転集中しなくていいのですかと蛍が言ったが、結構空いてるし飛ばしたりしなければ大丈夫だよと葉月に言われ、


「見ず知らずの女の子を攫ってしまういい人ですね。」


言っててよくが分かりませんがと窓の外を見ながら言った。


確かに良く分からないですわ。人攫いをするような人間が“いい人”なんて事は普通ないのに。それでも、出会ってからずっと私のために、利害の一致と言う理由もあったでしょうけど事情を深く聞くこともせず付き合ってくれましたし。その後の突拍子もない話も茶化さず、話し終わるまで聞いてくれました。今だってきっと私のことを思ってこんなことをしたんだろうと思ってしまいます。


そんなことを考えながらふと蛍は窓に写っていた葉月の顔を見ると、はっきりとは見えなかったがばつが悪そうな、恥ずかしいのを我慢しているような顔をしていた。何故その様な顔をしているのですかと、聞かれた葉月は何度か言いよどんだ後、


「冷静に考えるとものすごくくさいセリフ言ってたなぁと思って・・・。」


と消え入りそうな声で答えた。運転中でなくとも今の葉月は蛍の方を見れなかっただろうし、顔を何かで覆って誰もいない場所へ今すぐ行きたいとまで思っていた。


「・・・。もしかして“今から君を攫っ「ああああああああ!もう止めて下さいお願いします!」


蛍が言い終わるよりも早くその恥ずかしいセリフを葉月はかき消した。その必死な様子を見て蛍はふふっと、小さく笑った。それを聞いて葉月は更に恥ずかしそうな顔になっていった。


「どうしてあんなことを言ってくれたのですか?」


追い打ちをかけるように蛍は葉月に問いかけた。「この状況でそれ聞くの・・・」と葉月は恥ずかしそうにしながら、あんな困った様に笑うような顔見ちゃうとねぇ・・・、と歯切れ悪く答えた。


そんな顔私何時しましたっけと蛍は思ったが、出会った時とデパートの屋上で両方僕が車に滝川さんを誘う前にしていた、自分が困っているのに相手を気遣ってするような悲しい笑顔だよ、と葉月は言った。


「なんかごめんね、説明が下手で・・・。」


葉月は言い切って恥ずかしさが減ったのか最後の方は普通に話していた。


「・・・やっぱりお兄さんはいい人ですね。」


蛍は葉月には聞こえないぐらいの声でつぶやいた。


「ん?何か言った?」


「いえ、そんな理由で行動に移せるお兄さんが凄いと思いまして。もちろん良い意味でですよ。」


蛍のその言葉に葉月は困った様な笑顔で返した。





「・・・お兄さんのお家は綺麗にしていますか?」


葉月が恥ずかしい思いをした会話が終わり、パーキングエリアに車を停め、休憩のため外に出ようとしていたところに、話の流れもなく唐突に蛍は葉月に問いかけた。


「急にどうしたの?家というかアパートの一室だけど散らかってはないと思うよ。」


質問の意図が分からないが普通に答えた。


「いえ、いくら攫われたからといって私汚いところで暮らしたくはないので。」


「さらっ・・・、ん?そんなことを聞いてくるってことは家に来てくれることに納得してくれたの?」


「こんな知らないところまで連れてこられてしまっては付いて行くしかありませんわ。それに攫われた方に拒否権なんて普通無いでしょう。」


「あんまり攫う攫うって言わないで・・・、まだ結構恥ずかしい・・・」


知ってて言っているのであろう蛍はそれを聞いて小さく笑顔になった。葉月の方は確かに恥ずかしそうではあるが、どこか嬉しそうな表情をしていた。


「何か嬉しそうな顔をしてますけれどもしかしてそういう嗜好の方ですか?」


「え?そんな顔してたかな、自分じゃ分らないや。そう言う滝川さんも笑顔だけど俺苛めるの楽しいの?」


「ええ、お兄さんの反応は分かりやすくて素直で話していて楽しいです。それで何が嬉しいのですか?」


「嬉しいって言うかほっとした感じだけど・・・、ほら、やっぱり無理矢理連れてきちゃったから実はあそこから離れるのは嫌だったとか思ったりしてないか気になってたから、滅茶苦茶恨まれてたらどうしようかと思ってたよ。」


「そもそも私幽霊ですから本当に嫌であれば付いて来ない事もできたんですよ。車なんてすり抜けられますし。」


とはいえ葉月の車に乗った時は予想外の出来事の連続であったためすり抜けられることなど忘れていたが、そんなことは知らない葉月は「確かに」と納得していた。


「ですから私は恨んでないですよ。そこは安心してください。」


「よかった~、幽霊に恨まれるとか洒落にならないし・・・。」


優しい笑顔で言った蛍を見て葉月は一安心と思いそんな軽口まで言えるようになった。


「ただ・・・、攫った責任は取って下さいね。でないとしっかり恨みますからね?」


落ち着いた葉月の心はすぐに乱されることになった。


「ふふっ、本当にお兄さんは分かりやすいですね。お顔引きつってますよ。」


「・・・何か飲み物買って来る」


言うが早く葉月は車を降り自販機へと足早に向かったが「では私も」と蛍が後を憑いて行った。


読んでいただきありがとうございました。

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