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夏に初めて見た陽炎  作者: 紅茉莉
1/2

前編:夏の出会い

前編、後編の二部構成です。

「・・・ここ、どこだ。」


深い山道を車で走りながら霧崎葉月は嘆いていた。

短大を卒業し念願の都会での就職が決まり、色々忙しく去年は帰ってこれなかった曾祖父の家から帰る途中であった。


季節は夏。所謂お盆で久しぶりに親戚達と顔を合わせることができた。1~2年会えなかっただけというのに子供達は見違えるように大きくなっていたり、結婚・離婚だのと随分と自分の知っている状況と違い驚いた。

大人達とは仕事や恋愛などの話を肴に一晩中酒を飲んだり、子供達には遊びに付き合えだの、小遣いをせびられたりと、それなりに充実した里帰りができた。


無事に墓参りも終わり明後日から仕事なので、葉月は一人一足先に帰ろうとしたところ道に迷ったのである。こちらに向かうときは両親と共に来たため問題なく来れたので大丈夫だと思っていたのだろう。あるいはもう一人でも大丈夫であると見栄を張ってしまっていた。


「駄目だ全然分からん。腹も減ったしどっか車止めて休もう。」


都会のきれいに舗装された道と違い、舗装がされていなければ車線も曖昧で一歩間違えれば転落の危険もある山道では気力も体力もすぐに尽きそうになる。大事になる前に休憩しようと考えたが、ここは田舎の山道、そう都合よく車が止められるような場所は出てこないだろう。そんなことを考え気が滅入りそうな矢先に、少し開けた場所に出た。


そこは山道や一車線の道路にたまにある待避所を広くしたような感じで、トラックでも余裕で停められる程の広さがあった。トイレや自販機はないが休憩所としては申し分ない。葉月はこれ幸いとそこで休憩をとるのであった。




「ごちそうさまでした。」


曾祖父の家を出るときに渡されたおにぎりとお茶を空きっ腹に入れ、落ち着いた葉月は車の中で地図を探し始めた。かなり田舎の方だとは思っていたが、このご時世にまさかスマホの電波が届かないとは思っていなかった。数分探したが目当ての地図は見つからず、とりあえず山を下って行くことにした。


今後の方針を決めた後、車から離れ用を足し一服して、ふと車の方を見るとさっきまでは居なかった人影があった。見た目は十代中ごろ、麦わら帽子から覗く腰あたりまで伸ばした黒髪が白いワンピースに映えて思わず見とれてしまいそうな程、絵になっていた。


その人影は葉月の視線に気が付いたのか車の中をのぞいていた顔を上げ、人懐っこそうな笑みを浮かべ葉月の方に歩いてきた。


「こんにちはお兄さん。私は滝川蛍といいます。里帰り中ですか?」


なんの警戒もなく話しかけられ、普通に自己紹介までされ葉月は少々面食らったが、


「・・・こんにちは滝川さん。俺は霧崎葉月だ。里帰りが終わって帰ってるところだよ。」


そこは社会人としての経験が生きたのか、自然と言葉がでてきた。


蛍は、そうですかと何やら考え出した。


先ほど見た時よりも距離が近く顔立ちまではっきり見えるようになり、葉月は煙草の火を消しながら蛍を観察し始めた。


改めて見てみると手足は細いが程よく日焼けしており健康そうな印象を受ける。実際こんな山道をサンダルでうろついているのだ、足腰は弱くはないだろう。顔立ちは可愛いより美人という印象だ。また、立ち振る舞いからいいとこの娘さんであるだろう。しかし何処から来たんだ・・・


「・・・お兄さん、お願いがあるんですが聞いてくれませんか?」


蛍の言葉で葉月は我に返った。思っていたより思考に耽っていたようだ。


「お願い?出来る事なら構わないよ。ただ、交換条件として一番近い町までの道順を教えてくれないか?

道に迷って困っているんだ。」


その言葉に蛍は嬉しそうに微笑みながら、


「それならば丁度いいですわ。私も町に行きたかったので一緒に行きましょう。」


「・・・こちらとしてはありがたい申し出だけど、さすがに家の人の許可は必要なんじゃない?」


「大丈夫ですよ。私以外の家族は先に行ってるの。あちらで合流すれば問題ないですわ。」


「なんで置いて行かれたの?」


聞かれるのは当然だと思っていたのか、蛍は喧嘩してしまいましてと俯きながら言った。


「・・・」


葉月は今この状況を少し考えた。正直物凄く魅力的なことではある。麦わら帽子、白いワンピース、長く美しい黒髪に履物はサンダルと、正に夏のワンシーンに必要不可欠であろう美少女と共に行動できるのだ。しかしながら赤の他人、ましてや未成年であろう女の子と行動を共にするなど警察のお世話になりかねない。山で女の子を拾いましたなんて、どう説明しようと誘拐と大差ない内容になる。他にも・・・


「あの・・・お兄さん?」


また思考に耽ってしまっている葉月を見て心配そうに蛍が声をかけた。


「難しい様なら断って下さっても大丈夫ですよ。無茶苦茶なお願いだとはわかっていますので・・・」


蛍は困ったように笑いながら、少し悲しそうな声音でそう言ったが、


「いや、それだと俺が困る。」


葉月は蛍の言葉を遮るように口を開いた。


蛍は思ってもいなかった言葉が聞こえ、なぜですか?町までの道筋なら教えますよと、驚いたように言ったが、葉月はここで見捨てると後々後悔して困ると、その他色々もっともらしいことを言い、滝川さんを町まで連れていくと言い切った。


「お兄さん・・・ありがとうございます。」


蛍は深々と頭を下げ感謝を表した。


「いやいやそんなお礼を言われることじゃないよ。困った時はお互い様って言うしね。」


困った笑顔と悲しそうな声音で話していた蛍を見たとき、葉月は考えていた事が全て消えこの娘を助けたいと思ってしまった。我ながらチョロすぎると思いながらも、何度も感謝を伝えてくる蛍に気にしないでと言いつつ共に車に乗り込み、町に向かって出発した。

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