3.ケイトのアプローチ
ケイト・ローレムはローレム村の地主の娘である。
ある事件までは嫌悪すらしていた少年のことが今はすごく気になっている。
ある事件とはゲルーと呼ばれる怪鳥が村を襲い幾人かの村人を攫った事件である。
ケイトも村の人々と共に怪鳥に攫われ、その怪鳥の巣で子鳥の餌として拘束し、安置された。
知り合いが何人いても身動きできず昼夜を過ごすと非常に心細く感じるものだ。
怪鳥の卵に罅が入り始め、皆が恐慌に陥ると、ケイトも恐怖にとらわれ始める。
そしてもう終わりかと思った頃に助けの手が差し伸べられた。
助けに来たのは村での評判は良くなく、ケイトから見ると一つ年下のザクスと言う名の少年だった。
少年が熱心に戦闘訓練をしていた頃の実力としては身体能力が最低で、魔法も使えない。
乱取りの成績は村の最下位で、いじめられてもヘラヘラと笑っている気味の悪い男の子だった。
ケイトにとっても訓練の足を引っ張り、邪魔で嫌悪する対象という印象しかなかった。
その少年はある事件をきっかけに戦闘訓練をさぼり始める。
それによっていじめられているところは見かけなくなったが、ケイトから見ても周りの村人たちから見てもより印象が悪くなった。
それから何か月か経っても彼の能力は相変わらず低いため、同じ村の人間として並べられることすら忌避したいという感情をケイトは持っていた。
しかし、彼は妹のためと言いつつ、怪鳥に攫われてから2日後に山奥まで助けに来た。
彼にとっては妹以外はついでだったのだろうが、救出に来た時の彼の安堵の顔を見た時、ケイトの中の彼に対する印象が一瞬で変わってしまう。
この出来事をきっかけに村に帰る4日の間、気が付けば自然とザクスを目で追ってしまっていた。
そして、森や草原の魔物についての非常に詳しい知識や知恵に魅了される。
彼は魔物が危険であることを間近で見せてくれたりもしたが、彼に従った人々を4日かけて全員救い村へ連れ帰った。
だが、皆が村に着いたとき、彼はいなかった。
自分達を助けるために残って犠牲になったのではとケイトだけでなく救われた皆がそのように思って不安に苛まれていた。
そうした中、ケイトは自分の気持ちを自覚する。
数日後にザクス少年は何事もなかったようにいつも通りのマイペースで村のあちこちに顔を出した。
その時、ケイトは安心したと同時に、ただ、遠くから見ているだけではいけないと思うようになる。
そして、1人決意をしたケイトは、ザクス少年に話しかけ、まずは彼のことを知ろうと努力を開始した。
「ザクス君。お久しぶりではなくて?……」
ケイトは緊張し、手に汗を大量に掻きながらも話しかけてみる。
だが、ザクスの耳には届かなかったようで、彼はケイトに視線を向けてくることも立ち止まることもなかった。
傍から見る者達からするとザクスに無視をされたような形で佇んでいたケイトだったが、視線は必死にザクスを追っており、私に気付いてほしいという思いが溢れているような表情をしていた。
「おはよう。今日はいひ天気ね」
「今日はせ、戦闘訓練に参加するのですわね」
「あの、少しお話をしませんか……」
ケイトはザクスを見かける度にザクスに声が届くか届かないかの距離まで近づいて話しかけた。
しかし、緊張で声が上ずってしまったり、尻すぼみに声が小さくなってしまったり、ギリギリすぎて声が届かなかったりして、ザクスを引き留めるに至らなかった。
極めつけは乱取りの組み合わせでザクスが相手になった時、ケイトは緊張しながらも、とても嬉しく喜びが全身からあふれ出んばかりで相対し、話しかけるが、次のようなやり取りが行われた。
「ザクス君。今日は私が相手みたいですわ。よろし……」
「参りました。降参です」
「えっ!? ちょっ……」
ザクス少年はケイトの言葉の途中で構えもせずに敗北を伝え、対戦を避けて離れて行った。
そのため、ケイトの感情は急転直下。
泣きそうな表情になってしまう。
ケイトの頑張りに、奥手で愛らしいと周りは温かい目で見守るようになる。
そして、何とかして手助けをできないかとケイトの取り巻きの女の子達は画策する。
「ザクスく~ん。この後、数人で遊ぶのですが一緒に行きません?」
「ザッコ君。ちょっと男手が必要なことがあって手伝ってもらえないかな?」
等と声をかけてケイトの援護を試みる。
しかしながら、周りの男達は喰い付いてきたが目当てのザクス少年にはのらりくらりと躱された。
そうした態度にケイトの取り巻き達は不平不満を零すが、ケイトには喜んでもらいたいと行動する。
「皆さん、ご協力は嬉しいのですが、私一人で頑張りたいのです」
ケイトは仲間達の善意の協力も効果を得ず、ザクス少年に対する印象の悪化と皆の悪感情が溢れそうになったころに彼女達に断りを入れ、ザクスとの関係を築くための努力を1人ですることを選択した。
タイミングが悪かったのか、1人で頑張る決意をした次の日から数日間、ザクスは戦闘訓練に参加しなかった。
いつものように村の外に出かけていたらしい。
「(決意を焦らして私の心を弱める所もいつものことながら、どうして私はここまで心を奪われてしまったのでしょう。いっそのことこの気持ちも弱めたり薄めてくれたりしたらいいのに)」
ケイトの中で色々とやるせない気持ちとコントロールできない感情に翻弄される。
すぐには結果を出せなかったが、ケイトはザクスを見かける度に話しかける努力が実ったのか、何とか少しずつ話ができるようになっていく。
「ザクス君。今度はどこまで行ってらしたの? 何か面白い発見はあったのかしら?」
「? あぁ、ケイトさん。どこって、今回は山です。ゲルーが居たあの山、面白い素材がとれるんですよ」
「どんな素材なんですの? 見せてもらえません?」
「う~ん。また、気が向いたら持ってきます。では、僕この後用事があるので、失礼しますね」
「えぇ。期待しているわ。また、お話に付き合ってくださいね……(今日は少しお話が出来ましたわ。それにお約束まで、次はどんな話を出来るのでしょう。楽しみです)」
短く話をするだけだったが、ケイトはザクスについて少しずつでも知ることができ、関係が築け、近づいていると実感し、小さな喜びを感じていた。
しかし、小さな進展に喜びを感じているのはケイトだけで、周りからすると遅い進展に何とも言えない同情を抱かずにはいられないのだった。