第六章 アイヌの村
急な坂を上って、下りた。夜のとばりの中に、家たちが影になってたたずんでいるのがわかる。
「コタン(村)」
ウォセが家並みを指さして言った。
足音に気づいたのか、松明の明かりが近づいてくる。
「ウォセ!!」
ひげを生やした男の人が、わたしの背中の上のウォセを見て叫ぶ。
「コタンコロクル(村長)・・・・・・」
若い男の人と中年の女の人も駆け寄ってくる。
「ハポ(お母さん)・・・・アチャポ(おじさん)・・・・・」
ウォセを降ろして、弓矢を渡した。肩を貸す。
ウォセのおじさんが、ウォセに肩を貸したのを見て、わたしは、背中を向けた。と、その時。
「愛美、も、いっしょに、ご、はん、食べ、よう」
「え!?」
ふりむくと、ウォセが、ちょっとたどたどしい日本語を話している。
(まさか、もう覚えたの?)
ここまで来る道中、日本語は少し教えたけど、こんなに早く覚えたとは。
「助けて、くれた、お礼」
山津見のほうを見ると。
《好きにしろ。もし、食っていくというならおれたちは外で待っている。》
突っ放された。
「雄太は?」
「おれはあくまで、お前のボディーガードだ。どうするかは、お前が決めろ。」
ウォセがお母さんに一言二言話した。お母さんの顔に、感謝の念があふれる。
わたしは、首を縦に振った。
ウォセが自分の家に案内する。
家の中では、中央に切られた炉に火が入れられ、鍋がかけられていた。中では、熱々の煮物が煮えている。
わたしはいつのまにか、家の最も上座に座らされていた。となりには、雄太もいる。
山人の皆さんがオハウを木のお椀に盛り付けて渡してくれた。じっくり煮込まれた鹿肉が入っている。
あったかい鹿肉を口に入れた。口の中に肉汁がじゅわっとあふれる。
「おいし~!」
ここしばらくは、持ってきていた缶詰のイワシだけだったから、ひさしぶりにためたあったかいご飯は、とてもおいしかった。
「********?」
雄太がアイヌ語で何かをきいている。その肩をちょんちょんと突ついた。
「なにきいてるの?」
「ちょっといろいろ。」
その時、すさまじい叫び声が闇夜を切り裂いて響き渡った。
「********!!!ヴェンカムイ!(人食い熊だ!)」
家中の人たちが食器を放り出して立ち上がる。松明を持って外に出ると、そこには一人の遺体が転がっていた。
「うっ、これはひどいな」
神社内にある野生動物診療所で手術とかの手伝いもしている雄太がそういうほどの状態。腹は破られ、食い散らかされてる。顔は、クマの大きな爪痕がついているが、かろうじて判別できる状態だった。
「ミチ・・・・・・・!(おとうさん・・・・・・・!)」
遅れて出てきたウォセが遺体を見て叫ぶ。
「え!?この人、ウォセのお父さん!?」
「ううっ、ミチ・・・・・・」
ウォセががっくりと膝をついた。その目から、涙が一筋こぼれて落ちる。
「うあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ウォセは、自らの父親に縋り付いて泣いた。もう二度と、動くことのない父親に・・・・・・・・
周りの大人たちが駆け寄ってきて、ウォセのお父さんを家の中へと運ぶ。
「雄太・・・・・・・・」
わたしが雄太に話しかけると、雄太は少しうなずいた。
クマには、自らの獲物を取り戻そうとする習性がある。このままだと、ミナグロが遺体を取り戻しにここを襲うかもしれない。
「槍は砥ぎあげておく。銃もな」
こいつは心配だな。
「ウォセにも武装しておくように伝えて。」
「了解」
雄太がウォセのほうに歩いていく。一言二言話すと、ウォセがこっちを向いた。
(お願い)
わたしがうなずくと、ウォセもうなずき返して弓矢を取った。
みんなが家に入るのを見届けると、わたしはリュックサックからスマホとヘッドアップディスプレイを取り出した。
ヘッドアップディスプレイの端子をスマホについてる三つの差込口に差し込み、左目に装着。耳にイヤフォンもねじ込む。右目の前には、見慣れたスマホのホーム画面。
このヘッドアップディスプレイとスマホは、わたしたち「日本国ニホンオオカミ保護観察官」に支給される特別な品だ。
視線を「テレビ電話」のアプリに向けると、自動的にアプリが開いた。さらに、電話帳から、秋葉さんを呼び出す。
「愛実ちゃん。ミナグロ追跡の調子はどうですか?」
右目の前に、インカムを付けた秋葉さんの映像が映った。
「重大な手掛かりを見つけました。犠牲者です。」
秋葉さんが息をのむ。
「場所は?」
「山の中にあります。山人の村です。」
「山・・・・・・・・人?」
「みてもらったほうが早いです。現在地座標を送信します。」
素早く視線を走らせて、現在地の座標を送信する。
秋葉さんは、少しの間黙ると、口を開いた。
「あいにく僕は多忙です。代わりに、僕の代理人を向かわせます。環境庁の信用が置ける職員です。現在地を動かないでください。そちらにヘリコプターで向かいます。」
「その方の名前は?」
わたしの問いに、秋葉さんは一枚の書類を見せて言った。
「冬野菜実・・・・・僕の大学の先輩です。」
「わかりました。」
わたしはテレビ電話を終了し、ヘッドアップディスプレイを外すと、家の中に入った。
御先愛美のオオカミ講座 皆さんからの質問にお答えします。
皆さん、こんにちは!日本国ニホンオオカミ保護観察官、御先愛美です!今回は、みなさから寄せられた質問にお答えしようと思います。
まずは、アメリカ合衆国ハワイ州にお住いのアマンダ・サトウさんからのご質問です。「ニホンオオカミの標本が見られるところはどこですか?教えてください」・・・・・
はい!これはですね・・・・・剥製ということでよろしいのでしょうか・・・・・・
剥製でしたら、東京都は上野にあります国立科学博物館、和歌山県立自然博物館、東京大学大学院農学生命科学研究室、オランダのライデン自然史博物館、などにあります。また、毛皮や頭骨は民家などから発見されることもあります。
では、今回はここまで!また次回お会いしましょう!
当講座への質問大募集中です。感想、または作者のTwitterに書き込んでくだされば、内容を吟味したうえで愛美がその質問に答えます。