第五章 ミナグロ退治開始
補足、この「平成ニホンオオカミ伝」の世界では、日本国の公用語は日本語とアイヌ語であり、学校では「第二公用語」としてアイヌ語が教えられるのだ。
一週間後、ミナグロに対し、町から「有害鳥獣駆除」の許可が下り、「狩人衆」の全員が出発した。その足元には、十数匹のいかにも強そうな犬が尾を振っている。
「狩人衆」の10人が山に入ってゆく。その背中には、黒光りする猟銃があった。
その夜、神主さんに、山津見たちについていきたいと言うと、あっさり許可された。ただし、雄太がボディーガードとしてつくという条件付きで。
次の日、しっかりと用意をしたわたしと雄太は、山に入った。
いつもの場所で、山津見の群れが待っていた。
「みんな、紹介するね。わたしのおさななじみの春野雄太。わたしのボディーガード。」
雄太は、いつもの格好に加えて、マタギナガサを腰につって、とぎあげた槍を背負っている。
マタギナガサは、東北地方の猟師「マタギ」が使う山刀だ。この近辺では、山に入る人ならだれでも持っていて、わたしも腰につりさげている。
《よろしく》
山津見の《声》が聞こえた。なんかいつもよりも重々しい声だ。
《一度、ミナグロを追ったことがあるが、あいつは普通のクマじゃない。妖力で守られてるんだ。》
実は、山津見は、先祖から受け継いだ神通力を持っている。その能力は、「ほかの者が考えていることがわかる」、「霊力や妖力が見える」、「月が昇る夜は化けられる」の三つだ。
わたしは、いつもの格好にマタギナガサ、電池式のトランシーバーを身に着けている。
《じゃあ、いくか》
オオカミたちの後について、獣道に入る。
獣道は、たくさんの動物(人間も含む)に踏み固められ、歩きやすい。事前に秋葉さんから聞いたところ、ミナグロもこの獣道を使って移動している可能性が高いそうだ。
狩人衆も獣道を中心にミナグロの痕跡を探すという。山津見たちは、できる限り犬や人間には会いたくないみたいで、犬の鳴き声が聞こえると、近くの藪に身をひそめて、通り過ぎるまで待つ。
その間、わたしたちも藪にもぐることになるのだ。
オオカミたちは、その鼻の良さを生かして、ミナグロの痕跡を見つけようとしているけど、今日のところは、足跡どころか、毛も見つからなかった。
三日後・・・・・・・・・・・
トランシーバーで麓と連絡を取ると、駆除隊は犬がミナグロにやられて全滅、人間も一人大けがを負って、全員下山したそうだ。見かねた町は警察の機動隊と自衛隊に出動を要請。自衛隊郡山駐屯地の一師団と福島県警機動隊が、ミナグロ退治のために出動し、それに同伴して駆除隊も入山するとのことだった。
自衛隊郡山駐屯地からここまでは、一時間ほど。警察の機動隊も同じくらいかかるだろう。
夕日が山肌をオレンジ色に染め上げて、沈んでいく。
「アォオォォン、アオ、アオ、アオォォォン!オー」
山津見が遠吠えで合図をすると、群れのメンバーたちが集まってきた。わたしと雄太を囲むようにして、人間二人が夜を過ごせる場所を探す。その時だった。
ガサガサ、ガサ、ガサガサ
獣道の脇の藪が揺れた。
《ミナグロか!?》
山津見の感情が聞こえてくる。
ガサッ、ドテッ
藪から飛び出してきたものは、思いっきり転んだ。
「うううううう」
顔上げた瞬間、牙をむき出して自分を見ているオオカミたちに気づく。その顔が恐怖でひきつるのが、夜目にもはっきりと見えた。
『人間だ!?』
わたしと雄太の叫び声。
《なに、人間だと!?》
山津見の感情が、すごく頭の中に伝わってくる。
たしかに、人間だ。歳は、わたしと同じくらいだろうか。弓と矢を背負い、独特の文様が描かれた着物を着ている、歴史で習ったアイヌの着物「アットゥシ」にそっくりだ。足には、ピタッとしたズボンのようなものをはいている。ちょっとくせっけの頭を布で覆っている。
「ホロケウ・・・シサム?(オオカミに・・・・和人?)」
少年は、立ち上がろうとしたけど、またすぐにうずくまった。足をくじいているようだ。
「エニカメス ヤン(助けてください。)」
「だいじょうぶ?」
腕をつかんで立たせて、肩に手を回させた。
「イヤイライケレ(ありがとう)」
少年が何か言うけど、あいにくわたしはアイヌ語がわからない。あぁ、第二公用語の授業、ちゃんと聞いてるんだった。
雄太が、適当な枝を切り取って、添え木にして少年の足に置くと、包帯で固定した。
わたしは、とりあえず名前だけは言っておこうと思った。自分の顔を指さす。
「愛美」
少年は、しばらく考えると、自分の胸に右手を置いた。
「カニ、アナクネ ウォセ クネ イランカラプテ(俺の名前はウォセ、はじめまして。)」
とりあえず、この子の名前が「ウォセ」ということはわかった。
オオカミたちは、ウォセの周りによって、においをかいでいる。
「****、****」
ウォセが何か言って、獣道の向こうを指さした。どうやら、家に案内するらしい。
《こいつのにおいは嗅いだことあるぞ。山人のにおいだ。》
山津見が言うけど、いまいちピンとこない。
「山人?」
《そうだ。山で、愛美たちとは全く違う暮らしをしている人間だ。この先に、彼らの村がある。行こう。》
「わかった。よいしょっと。」
わたしは、背中のリュックサックを雄太に預けると、ウォセをおんぶした。
ウォセは、目を真ん丸にして驚いている。
山津見が先頭に立ち、わたしと雄太がそのあとに続いた。
わたしたちは獣道をたどって、山人の村に向かったのだった。
本日のオオカミ講座は、講師の都合により休講といたします。