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序章 オオカミと人

 日が暮れかかっている。

 まわりが暗い。

 わたし―伊藤夏波(いとうかなみ)は、立ち止まって、あたりを見回した。

 熊笹が茂ってよく見えない。

 背丈より高い熊笹をかき分けて進む。

「きゃぁ!!」

 突然、下に落ちた。熊笹の葉で、額が切れる。

 グキッ!

 足をくじいちゃった。

 日はすでに落ちて、辺りは暗い。

「アオー、ウアオー、オォォン、オー」

 突然、何かの声が聞こえた。不気味だけど美しく、悲しみも含んでるような声。 

「なに、この声。」

「ウォォォン、ウアオー、ウォォォン」

 声はどんどん近づいてくる。




 ガサガサ

 熊笹が揺れた。

 ガサッ

 出てきたのは、一頭の大きな黒い犬だった。おでこのあたりに傷跡があって、肌が見えている。

「クゥン、クゥン」

 優しい声を上げながら近づいてくると、犬は、わたしの額の傷をなめてくれた。

(くすぐったい。)

 なめられているうちに、わたしは眠ってしまった。












「・・・そろそろ、目覚めるころだろう。」

「それにしても、あれは何なんですかねぇ。犬のようで犬じゃない・・・・。」

「オオカミかもしれん、奥山には、まだいるってゆうからなぁ。」

 すぐ近くでした声で、わたしは目を覚ました。

「あれ、ここ、どこ?」

 まわりを見ると、わたしの家だった。

「おお、目が覚めた。よかった。山で行方不明になったっていうから、みんな心配してたんだよ。」

 お医者さんが言った。 

 まわりを見ると、近所の人がみんな集まっている。

「足首は、軽い捻挫ですね。おでこの傷は、もうふさっがってるのでだいじょうぶだと思います。痛みを訴えるようだったら、この薬を飲ませてください。痛み止めです。」

 お医者さんはそう言って、袋を置くと、帰ろうとした。

「ねぇ、犬はどこ行ったの?」

 みんな、不思議そうな顔をする。

「犬?そんなのいないよ。」

 お父さんが言った。

「いたんだもん!おっきくて黒い犬が来てね、おでこなめてくれたの。」

 大人たちがざわっとした。

「アレか」

「あの獣」

「そうかそうか、犬に見えたか。」

 一人がこう言った。

「おい!!あの獣のおりを持って来い!!」

 男の人が二人、出ていくと、大きなおりを持って帰ってきた。

「グルルルルァーー!!!」

 ズシン、ズシン!!

 おりの中のものが、すごい声でうなって、おりに体をぶつけている。

 それは、あの犬だった。

 犬は、わたしの顔を見ると、うなるのをやめた。

 お父さんが言う。

「よく見ろ、これは犬じゃない。オオカミだ。」

「オオカミ?」

「そうだ。日本には、いないと思われてたんだが・・・・。」

「これからは、気をつけろよ。こういうやつに、襲われないようにな。」

 近くに住んでるおじさんが言った。

「ちがうもん!!この子はそんなことしないもん!!」

 わたしは叫んでいた。

「その通りだ。」

 この中では最長老のジュン爺が言った。

「オオカミは、人を恐れる。であったとしても、そっちから逃げる。人なんて襲わねぇ。人を喰うなんて、迷信だ。」

 話を聞くうちに、わたしはまた、眠ってしまった。

 そのあと、このオオカミは、電波発信機をつけられて、放されたらしい。

 それ以降は、わからない。


今は亡きニホンオオカミたち、わたしに動物のすばらしい生き方を教えてくださった動物作家アーネスト・トンプソン・シートン氏、戸川幸夫氏、椋鳩十氏、オオカミの研究と保護に生涯をささげられた方々に捧ぐ。

                                           七日町 糸

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