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守護者の矢

 ガルダ=ムゥは地上のプロトガルダを上空から見下ろしていた。


 その操縦席……。


「何のつもりでありますか……?」


 何か別の物へと変形していくプロトガルダの槍を見てオウカは困惑した。


「近接兵装ノ変形ヲ試ミテイルモノカト思ワレルノデアリマス」


「変形? 何に変形するのでありますか?」


「弓矢デアリマス」


「ぷっ……」


 オウカは噴き出した。


「そんな原始的な攻撃、ガルダ=ムゥに当たるわけが無いのであります」


「捻り潰してやるのであります」


 ガルダ=ムゥは降下を開始した。


 一方、プロトガルダの槍は弓矢への変形を終えていた。


 ミミルはプロトガルダの弓へと矢をつがえた。


 弓の弦は紅く光っていた。


 実体の弦ではなく、リメイクちからによって生み出された魔導弦だった。


「それじゃあ、『リミッター』を外すよ。さらに『リメイクブースト』を使う」


「すると、どうなるの?」


「一度だけ、物凄い速さで矢を発射出来るようになる」


「だけど、限界を超えた反動でこの機体は使い物にならなくなるよ」


「良いわ。どうせ外したら次は無いものね」


「来るよ」


 ガルダ=ムゥが高速飛行を行いながらプロトガルダに近付いてくる。


 直線的な動きではない。


 ジグザグと軌道を変えながらの接近だった。


 矢を警戒しているのだろう。


 あるいは、地面に向かって速度を出すことを恐れている。


 ミミルは弓矢を構えたままじっとガルダ=ムゥを見た。


 ただ狙うだけでは当てられない。


 ガルダ=ムゥの軌道を完全に読みきらなくてはならない。


 それは広大な砂漠で砂金を探すが如き難行だった。


 その難しさは誰よりもミミル自身が良くわかっている。


 だが、やるしかない。


 集中する。


 集中し、じっとガルダ=ムゥの動きを見続けた。


 その時……。


「ミミル……?」


 オウガの目にミミルのリメイクちからの流れの変化が見えた。


 ミミル本人はその変化に気付いていない。


 ミミルのリメイクちからは彼女自身の頭部へと集まりだしていた。


 ミミルが被っていた猫の仮面、その額の石が輝いた。


 そして……。


「え……?」


 ミミルは驚いた。


 ガルダ=ムゥが向かう、未来の軌跡が見えたような気がしたからだ。


 これからガルダ=ムゥがどちらへ向かうのか……わかる。


 追い詰められて見た幻覚……。


 そう考えることも出来た。


 だが、ミミルはそのビジョンを信じることにした。


「そこっ!」


 プロトガルダが矢を発射した。


 それはプロトガルダにとっての最大の一撃だった。


 リミッターを解除した反動で弓が弾け飛んだ。


 同時に弓を持っていた手も。


 リメイクブーストが矢を加速させた。


 矢は秒速5000ダカールを超える砲弾と化し、ガルダ=ムゥへと向かった。


 全てをなげうって放った矢はガルダ=ムゥよりも速い。


 確かに速いが……直線的な攻撃を回避するのに相手の速度を上回る必要はない。


 人が自分よりも速い猫車の直進を回避出来るように。


 矢の一撃はガルダ=ムゥの機動力なら避けられないほどでもなかった。


 だが、見えない。


 オウカの目にはプロトガルダの矢が見えなかった。


 あるいは操縦者がキール=オルベルンであれば、この矢を回避することが出来たのかもしれない。


 いくらガルダ=ムゥの速度が優れていても、乗っているのはただの小娘だ。


 オウカがガルダ=ムゥという超兵器のボトルネックになっていた。


 オウカが矢が放たれたと知覚するよりもさらに早く、ガルダ=ムゥの胸部に矢が突き刺さっていた。


「オォォォガァ!」


 オウカはわけも分からずに叫んだ。


 胸部を貫通した矢はそのまま右羽を破壊。


 羽を失ったガルダ=ムゥは地上へと墜落した。


 盛大な土煙が上がる。


 ガルダ=ムゥを包んでいた紅い濃霧も消滅していた。


「やった!?」


「いや……」


 オウガは冷静に操縦席の壁面を見ていた。


 ガルダ=ムゥは立ち上がった。


 そして、プロトガルダを睨んだ。


「主砲と片羽を破壊しただけだ。中枢を破壊するには到らなかったみたいだ」


 ガルダ=ムゥは胸に刺さった矢を抜き取ると地面へと叩きつけた。


 そして双剣を構えた。


「こちらの武器は大破。向こうには実体剣が有る。機体の損傷もこちらが上だ」


「どうやら……一手及ばなかったようだね」


「そんな……」


「まあ、出来るだけのことはやってみるとしよう」


 オウガが操縦席脇の操作盤に手を伸ばした。


 プロトガルダの副兵装が連射され、ガルダ=ムゥへ向かう。


 だが、ガルダ=ムゥはその全てを障壁で弾き飛ばし、プロトガルダへと駆けた。


 もはやプロトガルダにはガルダ=ムゥに抗う術が無い。


「ブルメイ……」


「やっぱり私じゃあ無理だったみたい……」


 ミミルは俯いた。


 ガルダ=ムゥがプロトガルダの前に立ち、短剣を振り上げた。


 そして……。


「よく頑張った」


 声が聞こえたような気がした。


 どぉんと、何かがぶつかるような音がした。


「……?」


 ミミルは顔を上げた。


 すると、眼前のガルダ=ムゥが体を傾かせているのが見えた。


「何……?」


 プロトガルダの操縦席の風景の一部が切り替わった。


 ガルダ=ムゥの肩に見慣れた物体が突き刺さっているのが見えた。


 夜明けの鉄槌。


 オヴァンの武器だった。


「赤い壁の攻略は見せてもらった」


 オヴァンが言った。


 ガルダ=ムゥの周囲を二体のドラゴンが舞っていた。


 スマウスとシルヴァ。


 オヴァンとトルクが操るドラゴンだった。


 オヴァンの後ろにはハルナが、トルクの後ろにはレミルが乗っていた。


「大質量の物質を高速でぶつければ赤い壁は破れる」


 オヴァンが言った。


「この程度でガルダ=ムゥは倒れないであります!」


 オウカの声が周囲一帯にこだました。


「誰が一発で済むと言った」


「え……?」


 ハルナが看板にフレイズを綴った。


 すると、ガルダ=ムゥに突き刺さっていた金棒が浮き上がり、オヴァンの手元に戻る。


 オヴァンの腕が輝く。


 加護の紋様が浮かび上がっていた。


「もう一発だ」


 轟音が響いた。


 再び、夜明けの鉄槌がガルダ=ムゥへと突き刺さった。


 二発では終わらない。


 ハルナが回収し、オヴァンが投げる。


 さらに三発四発とガルダ=ムゥの体に金棒が突き刺さっていく。


 ガルダ=ムゥの装甲が穴だらけになっていった。


 紅い警告文がオウカの周囲へと表示される。


 オウカにはその文字を読むことは出来ない。


 だが、嫌な文字だということはわかった。


「こんな……! こんな野蛮な戦法で……! このガルダ=ムゥが……!」


 オウカの怒声が響き渡る。


「このおおおおっ!」


 オウカは追尾弾をオヴァンに対して発射した。


 弾速が遅い代わりにどこまでも対象を追いかけていく厄介な弾だ。


 だが、すぐさまハルナが防御のフレイズを展開する。


 ハルナが生み出した障壁が追尾弾を迎え討った。


 オヴァン達は無傷。


 ハルナの障壁は追尾弾の威力を完全に殺していた。


「このっ! このっ!」


 攻撃を防がれたオウカは矛先を変えた。


 オウカはトルクに対して無数の追尾弾を放った。


「き、来たぞ!」


 レミルが大声で言った。


 シルヴァの背にリメイカーは居ない。


 そもそも、ハルナ以外のリメイカーにガルダ=ムゥの追尾弾を止めることなど出来ない。


 今度こそ仕留められるはずだった。


 だが……。


 追尾弾がシルヴァに命中しようとした次の瞬間……。


 シルヴァの姿が消滅していた。


「な……!?」 


 目標を見失った追尾弾があらぬ方向へと飛ぶ。


「敵影ノ……超光速移動ヲ確認」


 テッカが言った。


 ガルダ=ムゥの操縦席の側面にシルヴァの姿が映し出された。


 シルヴァは先程居た地点から2000ダカールは離れた地点に移動していた。


「あんな遠くに……!?」


 オウカが驚いてみせた次の瞬間、再びシルヴァの姿が消えた。


 ガルダ=ムゥから距離100ダカールの位置にシルヴァが出現した。


「シルヴァ」


 トルクの合図でシルヴァが旋風のブレスを放った。


 だが、ブレスは紅い壁に阻まれて消えてしまう。


「駄目か……」


 トルクは残念そうに言った。


 それからシルヴァを旋回させ、好機を伺う。


 シルヴァはガルダ=ムゥに被害を与えられなかったが、操縦者のオウカは平静では無かった。


「どういうことでありますか!? ドラゴンがあんな速さで飛べるわけが無いのであります!」


「センサーガリメイクチカラノ急激ナ高マリヲ感知……」


「恐ラクハ……『デュアルソウル』ノ力……」


「え……?」


「デュアルハートト同ジヨウニ……二ツノ魂ヲ共鳴サセテイル……ツマリ……」


「アノドラゴント乗リ手モ……デトネイタート同等ノソウルパワーヲ持ッテイル……」


「そんな……そんな馬鹿な……」


「オウカはこんな体になったのにッ! どうして何もしてないあいつらがっ!」


「許せない……! 許せない許せない……! ッ……!」


 ガルダ=ムゥの巨体が再び震えた。


「あうううっ……!」


 オヴァンはさらに金棒を投擲。


 ガルダ=ムゥの装甲はボロボロだったが、まだ倒れる気配は無い。


「あれは私には真似出来ませんね……」


 オヴァンの蛮行を見てトルクが呆れたように言った。


「全く頑丈だな……」


 オヴァンはため息を付いた。


「頭部を破壊するんだ」


 オウガの声が響いた。


「魔導障壁の発生装置は頭部に有る。頭部を破壊すれば障壁を無効化出来るはずだ」


「させないのであります!」


 オウカは追尾弾を連射した。


 今までにない数の追尾弾がオヴァンに向かって放たれる。


 スマウスが速度を上げた。


 ハルナがフレイズを完成させるまでの時間を稼ぐつもりだった。


 スマウスが作った時間を使い、ハルナは全力でフレイズを綴った。


 一つ、二つ、三つ……。


 ハルナのリメイク障壁とガルダ=ムゥの魔導追尾弾がぶつかりあった。


 爆炎が上がり……そして……。


 追尾弾がハルナの障壁を抜けた。


 追尾弾の爆炎がオヴァンを包み込んだ。


「ブルメイ!」


 操縦席のミミルが悲鳴を上げた。


 爆炎の後に上がった黒煙でオヴァンの安否は見えない。


「大丈夫だ。問題ない」


 黒煙が消えた時、スマウスの上に二本の足で立つオヴァンの姿が見えた。


 仮面に浮かび上がっていたリメイク防御の紋様が消滅している。


 ハルナのリメイクがオヴァンを守ったのだ。


「ふぁぁ……」


 ミミルは安堵のため息をついた。


 オヴァンの右腕が煌めいた。


「喰らえ……鉄屑!」


 再度、オヴァンが金棒を投擲した。


 狙いは頭へ。


 それは今までに無い速度でガルダ=ムゥを穿ち……。


 その頭部を粉々に吹き飛ばした。


「今だ!」


 隙を伺っていたトルクがシルヴァに命じた。


 シルヴァのブレスがガルダ=ムゥを貫いた。


 障壁を無くしたガルダ=ムゥの装甲はただのありふれた金属に過ぎない。


 強力なドラゴンのブレスを受けてはひとたまりも無かった。


 さらに、オヴァンとスマウスもブレスを放った。


 ガルダ=ムゥに三つの大きな風穴が開いた。


「あ……」


 オウカはか細い声を上げた。


 ガルダ=ムゥの巨体が崩れ落ちた。


 ガルダ=ムゥは仰向けに倒れ、砂塵を周囲に撒き散らした。


「やった……!」


 ミミルは勝利を確信した。


「ざまぁみろ!」


 特に何もしていなかったレミルが威勢よく言った。


「いや、これは不味いよ」


 渋い顔でオウガが言った。


「どうして? あれだけやったらもう戦えないでしょう?」


「やりすぎたんだ」


 オウガの視線は操縦席壁面に映し出されたガルダ=ムゥに向けられていた。


「え……?」


 見ると、ガルダ=ムゥの装甲の亀裂から紅い光が漏れ出していた。


「な……何……?」


 ミミルが恐る恐る尋ねた。


「今のショックで機体のリメイクちからが暴走している……」


「このままだと爆発する。逃げるんだ」


「っ~!」


 ミミルは慌ててプロトガルダを転回させた。


 戦闘能力は失われたが、なんとか走ることくらいは出来る。


「君たちも聞こえたね? 今すぐここから離れるんだ」


 それを聞いたオヴァン達のドラゴンもガルダ=ムゥから離れる軌道を取った。


 ガルダ=ムゥの亀裂から発せられる光は徐々に強さを増していった……。




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