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フォグ=チェリー=ルナ

 黒い化物とガルダ=ムゥの戦いは、争いと呼べるほどの出来事も起こらなかった。


 まず、化物の最大の攻撃であるはずの水砲がガルダ=ムゥの障壁には通用しない。


 さらには機動力にも大きな差が有った。


 ガルダ=ムゥは化物とは比較にならない速度で飛び、化物を撹乱した。


 それは一方的な蹂躙だった。


 化物の後ろに回り込んだガルダ=ムゥが化物を地上へと蹴り落とす。


 化物は超高速で地上に衝突し、クレーターが出現した。


 ガルダ=ムゥはダメージを受けて動けない様子の化物の所へゆっくりと降下していった。


 その動きからは強者の余裕が感じられた。


 ガルダ=ムゥは化物を大きな手で掴み上げた。


 化物はガルダ=ムゥの手の中でぴくぴくと震えた。


 もう戦う力は残っていない様子だった。


「もう終わりでありますか? あっけないのであります」


「まあ、きっとガルダ=ムゥが強すぎるのでありますね」


 オウカは上機嫌だった。


「とどめを刺してやるのであります」


 オウカは後部座席のテッカへと振り返った。


「テッカ、ガルダ=ムゥの一番強い武器は何でありますか?」


 オウカの問いにテッカは即座に答えた。


「胸部砲、『ルナバスター』」


「それでは準備を……」


 オウカの言葉をテッカが遮った。


「通常、主砲ノ使用時ニハ『腰部アンカー』ニヨッテ敵機ノ拘束ヲ……」


「細かいことは良いのであります。良いから準備するであります」


「了解デアリマス」


 ガルダ=ムゥは上空高くへと化物を放り投げた。


 ガルダ=ムゥの胸部装甲が左右に開き、巨大な砲門が露わになった。


 オウカは機体を飛行させると砲を空へ向けて体を傾かせた。


 オウカの視界に敵の姿とルナバスターの照準が映し出される。


「撃つであります!」


 オウカが命じた。


 テッカがルナバスターを起動させる。


 オウカの操縦スキルの未熟さから化物の姿は照準から外れていた。


 だが……。


 ガルダ=ムゥの胸部砲門から金色の光球が放たれた。


 そして、光球はガルダ=ムゥの前方6ダカール程度の距離で弾けた。


 光球は巨大な熱線へと変化した。


 その熱線は直径が300ダカールほども有った。


 ガルダ=ムゥの身長の10倍以上だ。


 そんな強大な熱線が大気圏の外まで飛び去っていく。


 周囲に熱風が吹き荒れた。


 もし障壁に守られていなければ、ガルダ=ムゥ自体が熱線の余波で融解していたかもしれない。


 ガルダ=ムゥの主砲はそれだけの威力を持っていた。


 照準から外れていたはずの黒い化物は首だけを残して砂漠へと落ちていった。


 オウカには首の行く末を見ようという気は無かった。


 オウカの手が震えていた。


「こいつは……強力すぎるのであります……」


 使用者であるオウカ自身がルナバスターの圧倒的な威力に驚きを隠せなかった。


 たとえデッドコピーが相手でも明確なオーバーキルになる馬鹿馬鹿しい火力。


 偶然に上に放ったから良いものを、地上に放っていたならば大惨事になっていたかもしれない。


「う……?」


 オウカの胸に鈍い痛みが走った。


 二つの心臓が痛んでいた。


「ルナバスターノ反動ニヨリ、『デュアルハート』ノ出力ガ一時的ニ低下」


「推力90%ニ低下シマス」


「デメリットまで有るのでありますか。こいつは無用の長物でありますね」


「オリジンは何を思ってこんな武器を付けたのか……」


「少し……休憩するのであります」


 オウカは地上へとガルダ=ムゥを着地させようとした。


 その時……。


「オウカ、後方ニ巨大ナエネルギー反応デアリマス」


「反応……? 何が……」


 オウカはガルダ=ムゥ後方の景色が映し出された部分を見た。


「あれは……!」


 オウカは機体を振り向かせた。


「ガルダ=ムゥ……!?」


 オウカの目が驚愕に見開かれていた。


 山の方角からオウカへ向かって飛翔するのは明らかにガルダ=ムゥ……その試作機だった。


「どうなっているでありますか!?」


 オウカはテッカに怒鳴った。


「アレハ、ガルダ=ムゥノ試作機……」


「そんなことは知っているのであります!」


「二つの心臓が無くてはガルダ=ムゥは動かないはずであります!」


「否、厳密ニハ不正解デアリマス」


「ガルダ=ムゥヲ動カスニハ、常人ノ数万倍ノエネルギーゲインガ必要デアリマス」


「エネルギーサエ供給出来レバ、誰デモガルダ=ムゥヲ動カスコトガ出来ルノデアリマス」


「そのエネルギーをどうしたのかと聞いているのであります!」


「長イ耳ノ、頭ノ左右デ髪ヲ結ンダ少女……」


「アノ少女カラ、尋常デハナイリメイクチカラガ観測サレタノデアリマス」


「ツマリ、彼女ハ産マレナガラニシテノデトネイター」


「オウカガ作ラレタデトネイター、『コーディネイティッドデトネイター』トスルナラバ……」


「彼女ハ『ナチュラルデトネイター』トデモ言ウベキ存在ナノデアリマス」


「そんなの……」


「ふざけているのであります……!」


 オウカの手がガルダ=ムゥの操縦桿を叩いた。


 オウカの装甲が操縦桿を打ち、金属音が鳴った。


「オウカがこれを手に入れるのにどれだけの月日がかかったと思っているのでありますか!」


「こんな子供も産めない体になって……! オウカは……!」


「回答不能。テッカノ役割ハ……」


「聞いていないのであります!」


「向こうと通信を繋げられるでありますか?」


「可能デアリマス」


「とっとと繋ぐのであります」


「了解デアリマス」


 オウカの視界に通信が繋がった事を示す文字が表示された。


 オウカにはその文字を読むことが出来ない。


「繋ガリマシタ」


 テッカがそう言ってようやくオウカは言葉を放った。


「聞こえているでありますか。プロトガルダのデトネイター」


「オウカ?」


 ガルダ=ムゥの操縦席にミミルの声が響いた。


 その声音はどこか間が抜けている。


 ミミルにはオウカの声が聞こえてきたことが不思議なようだった。


「その通りであります。そちらに乗っているのはミミルでありますね?」


「俺も居るよ」


 オウガが言った。


「オウガ!?」


 オウガが死んだと思っていたオウカが驚愕の声を上げた。


「生きていたでありますか……!?」


「デトネイターは心臓を失ってもしばらくは生きられる。テッカから聞かなかったかな?」


「聞いていないのであります……!」


「そう? まあ、そういうことなんだ」


 オウガはとぼけた口調で言った。


 オウカの苛立ちを誘う声音だった。


「オウカ、それは俺達には過ぎた力だ。心臓を俺に返してくれないか?」


 オウガは続けた。


「そして、今まで通りのんびりと暮らそう」


「お断りであります! テッカ、武装の準備であります!」


「了解」


「まあ、オウカならそう言うと思っていたよ」


「わかっているなら話が早いであります。今度こそ殺してやるのであります」


「やれやれ、嫌われたものだ」


「お前なんか大嫌いであります。テッカ、通信を切るのであります」


「了解。デスガ、オウカ……」


「現在ガルダ=ムゥノ推力低下中。一時撤退ヲ推奨スルデアリマス」


「テッカは、オウカがあいつに負けるとでも言いたいのでありますか?」


「プロトガルダノ推力ハガルダ=ムゥノ85%未満……」


「スペックニオイテ、未ダガルダ=ムゥハプロトガルダヲ凌駕シテイルノデアリマス」


「なら、黙っているのであります」


「了解デアリマス」


「『スカーレットブロッサム』放出」


 テッカがそう言うと、ガルダ=ムゥの周囲に光の花びらが出現した。


 それは桜の花びらのように見えた。


 薄桃色の花びらは弾け、紅い濃霧へと変化した。


 霧に隠れてガルダ=ムゥの姿が見えなくなる。


「何……? ふわふわの綿菓子……?」


 戦うべき敵の姿を見失い、ミミルは困惑した。


 それに対し、オウガが淡々と解説を始める。


「あの霧が出ると、光学的にガルダ=ムゥを補足することが出来なくなる」


「普通の人間にはガルダ=ムゥの位置すらわからなくなるというわけだ」


「けど、安心して。プロトガルダの『魔導センサー』から光学的な敵の外見を再現出来る」


 ミミルの眼前の景色が切り替わった。


 視界から霧が無くなり、敵機が表示されたが、その風景はやや不鮮明で濁っていた。


 周囲の山などが肉眼で見るよりもカクカクしているように見える。


「変なの」


 ミミルは思った通りを口にした。


「慣れないといけないよ。邪悪な存在と戦う時は、こういう視界がデフォルトになるはずだから」


「どうして?」


「フォグを使って戦うのが基本になるだろうし、それに……」


「邪悪と目を合わせてはいけないからさ」


「ふーん?」


「さあ、敵が来るよ。気をつけて」


「うん……」


 ミミルは猫の面を被った。


 かつてトルクから受け取ったオリジナルだ。


 オリジナルとしての用途はわからないが、ミミルはこの面を気に入っていた。


 可愛いからだ。


「どうすれば良いの?」


「まずは近接武器を構えて。ガルダ=ムゥに生半可な飛び道具は通じない」


「近接?」


「背中の槍を取って。この槍は一応……」


「何?」


「弓矢にもなる。だけど、矢の回収が難しいから実用性は低い。……良いから槍を構えて」


「わかった」


 ミミルが操縦桿を操ると、プロトガルダは背中の槍に手を伸ばした。


 初めての複雑な動作なので緊張したが、無事にミミルはプロトガルダに槍を構えさせることが出来た。


 槍の長さは25ダカールほど。


 ガルダ=ムゥの身長よりも長い。


 ミミルが前を見ると、オウカのガルダ=ムゥも武器を構えているのが見えた。


 相手の武器は槍では無く、二本の短剣のようだった。


 刃渡りは5ダカール程度。


「槍と短剣なら、槍が有利よね?」


 ミミルは聞きかじった接近戦のセオリーを口にした。


「地上戦ならね」


「それってどういう……」


 ミミルが答えを得る前にオウカのガルダ=ムゥが加速した。


 まっすぐにプロトガルダに向かってくる。


 ミミルはリーチの差を活かして敵を迎え撃とうとした。


 あの高速飛行中に槍のカウンターを受ければただでは済まないはず……。


 だが……。


「っ!?」


 槍で突こうとした所でガルダ=ムゥはその軌道を変えていた。


 素早く旋回し、プロトガルダの後ろへと回り込んでくる。


 ミミルはこの光景に既視感が有った。


 ドラゴンの空中戦だ。


「避けて!」


 オウガが強く言った。


「ッ!」


 ミミルはプロトガルダを加速させた。


 素早く機体を上方へ飛ばせることで背後からの攻撃から逃れようとする。


 間一髪でプロトガルダはガルダ=ムゥの斬撃を回避することが出来た。


 だが、戦いはこれで終わりでは無い。


 ミミルはオウカから距離を取ろうとプロトガルダをさらに加速させた。


 オウガが口を開いた。


「機体が武器を振る速度より、機体が飛行する速度の方が早い」


「だから、マニューバファイター同士の戦いでは飛行速度が速い方が有利だ」


「どっちが速いの?」


「こっちは旧型だよ?」


 ミミル達の背後を強い衝撃が襲った。


「何……!?」


「一発貰った。追いつかれたんだ」


「あうっ……!」


 再び、ガルダ=ムゥの短剣がプロトガルダの背中を捉えた。


 操縦席に衝撃が走った。


 紅い障壁のおかげで致命傷には到らないが、確実にダメージは蓄積している。


「このっ!」


 苛立ったミミルは機体を回転させた。


 プロトガルダは振り向きざまに槍を振るったが、ガルダ=ムゥの姿は既にそこには無かった。


 気付けばガルダ=ムゥは500ダカール彼方へと離脱していた。


 それを見たオウガはプロトガルダの火砲を起動させる。


「当たれッ!」


 腹部火線砲、脚部誘導光弾、腰部魔線アンカー。


 絶妙なタイミングで放たれたそれらは全て紅い障壁に阻まれ消滅した。


 ガルダ=ムゥは依然として無傷のまま。


「やっぱり飛び道具は通用しないか……」


 オウガは渋い顔をした。


 再びガルダ=ムゥが襲い掛かってくる。


「つうっ……!」


 ミミルはなんとか回避しようとしたが、肩の装甲を抉られた。


「っ……! どうすれば良いの……?」


「プロトガルダの近接兵装はその槍だけだ。なんとか槍を当てるしかない」


「なんとかって言ったって……」


「スペックは向こうが上だ。腕の差でなんとかするしか無いよ」


「知ってる? 私、今日始めてこれに乗ったのよ?」


「君は優れた冒険者なんだろう? 戦闘経験値は君の方が上のはずだ」


「優れたって……」


「あうっ……!」


 ガルダ=ムゥの短剣がプロトガルダの背中を裂いた。


「不味い……!」


 オウガが焦りを見せた。


「何!?」


「羽をやられた! 速度が落ちるよ!」


 『魔導翼発生装置』がダメージを受けたことでプロトガルダの翼が収縮していた。


「ただでさえ押されてるのに、これ以上速度が落ちたら……!」


 動きが鈍ったプロトガルダをガルダ=ムゥは追撃した。


 二撃三撃と斬撃が加えられ、装甲が斬り裂かれていく。


「冒険者っていったって、私はシューターなんだから……」


「接近戦なんて出来るわけ無いじゃないのよぉっ!」


 ミミルはキレた。


 プロトガルダの光の翼が消滅する。


 意表を突かれたことでガルダ=ムゥの動きも一時停止した。


 プロトガルダは重力に任せて地上へと落ちていった。


 落下したプロトガルダが周囲に砂埃を巻き上げた。


 紅い壁のおかげで機体のダメージはそれほどでもない。


「諦めたのかい?」


 オウガが問うた。


「そうね」


 ミミルは肯定した。


「もう斬り合いなんかしないわ」


 ミミルは機体を立ち上がらせた。


「何をする気だい?」


「撃ち落とすわ。あの機体を」


「どうやって? ガルダ=ムゥに魔導弾は通用しないよ」


「槍を取る時に言ったでしょう? プロトガルダの槍は弓矢にもなるって」


「確かに、弓なら槍を振るよりは速いと思うけど……」


「それでもガルダ=ムゥの飛行速度には及ばないよ」


「こっちが地上で待っていれば向こうは最高速度を出せないわ」


「だって、地面の近くでそんなスピードを出したら、ぶつかってしまうかもしれないでしょう?」


「それは……そうだね」


「それに、機体がいくら速くても、乗っているのは人間でしょう?」


「反応速度には限界が有る。見てから避ける事が出来ないのなら、軌道さえ読めれば当てられるはず」


「だけど、矢は一発っきりだ。外したら後がないよ」


「使い慣れない槍よりは信用出来るわ」


「君の戦闘経験値がそう言っているのかな?」


「……かもね」


「私は……ネコネコ団のシューターなんだから……!」


 ミミルは衝撃でずれていた猫の仮面を被り直した。


 プロトガルダの眼光がガルダ=ムゥを捉えた。



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