勇者の機体
オヴァンとレミルの治療が終わると四人は輪を作って立った。
「これからどうしましょうか?」
一番冷静そうなハルナが最初に言葉を綴った。
「オウカを止めないと……」
そう言ったのはミミルだった。
「あのまま放っておいたら、何をするかわからないわ」
「それに、オウガの心臓も取り戻さないと」
「そうだな」
オヴァンが同意した。
それに苦い顔をしたのはレミルだった。
「だが、相手が強すぎるぜ。どうやって止めるつもりだ?」
「それは……」
困ったミミルがオヴァンへと視線を向けた。
「…………」
オヴァンは何も言わなかった。
唇は真一文字に結ばれている。
敗北の苦味を噛み締めているのだろうか。
仮面の下の紅い瞳が濁っていた。
望んでいた言葉が返って来ないのを見ると、ミミルはオヴァンから視線を逸らした。
「どうしようもないの……?」
俯いて呟く。
傍目にはその姿はただの力無い少女にしか見えなかった。
リメイカーであるハルナの瞳にだけ、ミミルから立ち上る強大なリメイクちからが見えた。
いや……それを見ていたのはハルナともう一人。
「一つだけ可能性が有るよ」
オヴァン達のものでは無い声がした。
ミミルが声の方に視線をやると、先程まで居た建物の出入り口にオウガが立っていた。
その立ち姿はしっかりとしていたが、胸に開いた風穴が痛々しい。
「可能性って?」
藁にもすがる思いでミミルが尋ねた。
「もう一台有るんだ」
「もう一台って……」
ナンバー付きのオリジナルは全部で80。
資料に名前が残っているオリジナルは77個。
それにアルエクス00レイクローンを加えると、ナンバーを与えられたオリジナルは78個になる。
そして、ガルダ=ムゥは80番目……。
「オリジンの、79番目のオリジナルが残っている」
「ガルダ=ムゥの試作機、アルエクス78-1、『プロトガルダ=ムゥ』」
「本来は俺達デトネイターの二つの心臓の力を使ってようやく動かせる物だけど……」
「どうやら君は驚くべき力を持っている。君のリメイクちからならアレを動かせるかもしれない」
「それはどこに有るの?」
「プロトガルダはガルダ=ムゥと同じ場所に格納されていた」
「ガルダ=ムゥが解き放たれた今、『格納庫』のゲートは開いているはず」
「遺跡の中央に格納庫へのゲートが有る。そこへ向かうんだ」
……。
山を飛び出したオウカはかつて砂漠だった平地の上をゆったりと飛んでいた。
「変でありますね……」
操縦席周囲の壁には外部の映像が表示されている。
その一部には拡大された地表の光景も映し出されていた。
「砂漠に草が生えているであります。ほんの少しでありますが……」
「いったいどうなっているでありますか?」
オウカは後ろをちらと振り向いた。
ガルダ=ムゥには座席が二つ有る。
前部座席より少し高い位置に有る後部座席の上に、テッカが転がっていた。
「回答不能デアリマス。テッカハガルダ=ムゥノ管理ロボットデアリ、ソレ以外の機能ハ……」
「はぁ。全く……使えないでありますね」
オウカは大げさにため息をついた。
テッカを嫌っているわけではない。
オウカは長年を共に過ごしたテッカに愛着が有った。
彼は遺跡での孤独な生活におけるただ一人の隣人だった。
「さて、これからどうするでありますか」
オウカは究極の力を手に入れた自分の未来に思いを馳せた。
「やはり……世界征服でありますかね……?」
なんとなく漠然としているような気もしたが、他に良い答えが思いつくわけでもなかった。
「まずは……」
その時……。
ガルダ=ムゥの周囲に黒い雨が降り始めた。
「雨……!?」
オウカは狼狽した。
黒い雨の恐ろしさはこの世界の人間であれば身に沁みてわかっている。
ガルダ=ムゥはオリジナルだ。
黒い雨を浴びたオリジナルはデッドコピーになるのでは無かったか。
「問題アリマセン」
「え……?」
テッカがそう言ったおかげでオウカは冷静に周囲を見ることが出来るようになった。
黒い雨がガルダ=ムゥに届くことは無かった。
雨はガルダ=ムゥの魔導障壁に阻まれて蒸発していく。
「この壁は……黒い雨も防ぐのでありますな」
オウカは感心した。
「これで、ガルダ=ムゥがデッドコピーになる心配は無いのであります」
「全く、至れり尽くせりでありますな」
「オウカ」
「何でありますか?」
「前方ニ、高エネルギー反応」
「エネ……何……?」
オウカにはテッカの言葉が理解出来なかった。
「対象ヲ拡大」
テッカが操縦席壁面の景色を切り替えた。
すると、遠くを飛ぶ何かが拡大されて映し出された。
それは、黒い人型の怪物だった。
伝説のパーティ、オクターヴを壊滅させた黒い化物。
オヴァンにとっては仇敵とも言うべき相手だったが、オウカはそれを初めて見た。
「あれは何でありますか……?」
「詳細ハ不明。タダシ、推定ソウルパワー、100万以上……カテゴリー『ゴッド』」
「ソウルパワー? 100万? それって凄いのでありますか?」
「ガルダ=ムゥノ動力ノ十分ノ一程度デアリマス」
「何だ……。大した事ないのであります」
「それでテッカ。あれは敵でありますか?」
「不明デアリマス」
「本当に使えないでありますね……」
オウカは顔をしかめた。
眉間を強張らせながら、口元は笑っていた。
その表情からは大きな余裕が感じられた。
そのとき、黒い化物が人差し指をガルダ=ムゥに向けた。
「……?」
オウカは化物の動きを黙って見ていた。
敵か味方かもわからない。
先制攻撃しようという気分でも無かった。
化物の指先から黒い水が放たれた。
それは鋭い槍のようにガルダ=ムゥに襲いかかった。
「ひゃっ!」
オウカは驚きの悲鳴を上げた。
だが……。
ガルダ=ムゥの紅い壁が水弾を遮って通さなかった。
ガルダ=ムゥの装甲には毛ほどのダメージも無かった。
未知の化物の攻撃もガルダ=ムゥには通用しない。
「攻撃してきたということは敵でありますな」
オウカは楽しくなってニッと口端を吊り上げた。
「戦闘開始。サポートするであります」
「了解」
……。
オヴァン達はガルダ=ムゥの格納庫に居た。
一辺30ダカール程度の広々とした空間。
その奥面右よりに青い巨人が立っていた。
オウガの言うプロトガルダ=ムゥだろう。
ガルダ=ムゥと比べると直線的でゴツゴツとした外見をしている。
奥面左側のスペースには空きが有った。
そこにガルダ=ムゥが立っていたのだと推測出来た。
オウガは移動式の階段を動かすと、階段の上部をプロトガルダの腹部に合わせた。
階段を上ったオウガはプロトガルダの搭乗口を開く。
「こっちに来るんだ」
オウガに促されて四人は階段を上った。
ミミルが搭乗口を覗き込むと、二つの座席が見えた。
「椅子が二つ有るわね」
ミミルは見たままを口にした。
「うん。ガルダ=ムゥは複座型なんだ」
「ふくざ……?」
「操縦を分担するタイプのマニューバファイターのことさ」
「これのモデルになった機体はそうでも無かったらしいんだけどね」
「それじゃあどうしてこの子は二人乗りなの?」
「この機体にはデトネイターが必要だからさ」
「前に『勇者』が乗り、後ろにデトネイターが乗る」
「そういう設計思想なんだ」
「勇者?」
ミミルはオウム返しに聞いた。
オウガの言葉はミミルにはわからないことだらけだった。
「勇敢な者のことだよ。邪悪を討ち倒すには勇気が必要だ」
「へぇ?」
ミミルは迷い無くオヴァンを見た。
「なら、ブルメイが前に乗るべきね」
ミミルにとって勇者とはオヴァンのことだった。
買い被りだとオヴァンは思った。
「そういうわけにはいかない」
オウガはミミルの提案を却下した。
「どうして?」
「まず、君がプロトガルダに乗るのは確定だ。デトネイターだからね」
「そして、二人目だけど……」
「これは俺でなくてはいけない」
「この中でこいつの操縦法がわかっているのは俺だけだからね」
「だけど、俺は怪我のせいで十分に体を動かせない」
「だから、これの操縦はミミル、君にやってもらう必要がある」
「私が? これを動かすの?」
「俺が後ろからサポートする」
「けど……」
ミミルは不安そうな視線をオヴァンへと送った。
オヴァンはミミルの視線に答えた。
「お前は優れた冒険者だ。自分に自信を持て」
その言葉だけでミミルの体内にやる気が充溢していった。
「……うん!」
「私、やるわ!」
ミミルはプロトガルダの搭乗口へと手をかけた。




