オリジン
大型のロボットを仕留めたオヴァンにオウカが言った。
「大型が居たと言うことは、近くにプラントが有るということであります」
「プラントの守護はオウガにとって最優先事項のはずでありますから」
「おそらく、あの中であります」
オウカは建物の一つを指差した。
建物には扉が有るようだが、ぴっちりと閉じられて開く様子は無い。
「あの壁を破壊するであります」
オヴァンの膂力を見込んでオウカが言った。
「わかった」
オヴァンは素直に従うことにした。
オヴァンはオウカが指差した建物の前に立った。
そして右上段に構えた金棒を思い切り振り下ろした。
壁の一部が吹き飛び、中の様子が明らかになった。
まずオヴァンの目に映ったのは、台の上を青いロボットの胴体がスライドしていくところだった。
台に大きなベルトが巻かれていて、ベルトが動くことで物を運搬する仕組みになっているようだ。
ロボットの胴体はどこか別の区画に運ばれていくらしい。
「これが450年前の遺跡だと言うのですか……」
これと同じレベルの建造物は大陸のどこを探しても見つけることは出来ないだろう。
ハルナは驚嘆を隠せない様子だった。
「オリジン=アルエクス……本当に底が知れませんね」
「それで、どうすれば良い?」
オヴァンはオウカに尋ねた。
「ここら一帯更地にすれば良いのか?」
「出来るのでありますか?」
「出来なくは無いが、少し面倒だな」
「ほむ。どこかにプラントの『コントロールルーム』が有るはずであります」
「そこを破壊すればプラント全体の動きを止めることが出来るのであります」
「それはどこに有る?」
「まずはあの壁をどけるであります」
「わかった」
オヴァンはオウカが指し示した壁の前に立ち、金棒を振るった。
壁面を粉砕し、部屋の外へ。
すると、広い通路に出た。
「こっちであります」
オウカは迷いなく通路を進んでいった。
一行はオウカに続き通路を進む。
すると、眼前に大きな扉が見えてきた。
高さ3ダカール程度の分厚そうな扉だった。
「この扉は結構頑丈でありますが、開けられるでありますか?」
「そうなのか。ふむ……どうするかな」
オヴァンは首を傾げた。
それからハルナに視線を送る。
「ハルナ、この向こうに生命反応は有るか?」
「ええと……」
ハルナは目を閉じると看板にフレイズを書いた。
ハルナの足元にサークルが出現する。
やがてサークルが消滅し、ハルナは目を開けた。
「いえ。大きな生き物は居ないようですね」
「そうか」
オヴァンは金棒を旅袋に仕舞った。
そして、ブレスを吐いた。
オヴァンの放った熱線が頑強な扉を二枚とも吹き飛ばした。
周囲に埃が舞い上がった。
「……」
ハルナは母音の無い声で咳き込んだ。
「悪い」
オヴァンが詫びた。
「いえ」
ハルナが看板にフレイズを書いた。
そうすると、埃は風に流されてどこかへ消えていった。
埃が消えたことで視界が明瞭になった。
オウカはコントロールルームに踏み込んだ。
「どれを壊せば良い?」
そう言ってオヴァンもオウカの後に続いた。
「いえ……」
「もう十分であります」
部屋の中はオヴァンのブレスによって惨憺たる有様になっていた。
部屋の壁や機材には吹き飛ばされた扉の破片が突き刺さっていた。
コントロールルームの中枢とも言うべき大きな機械には大穴が開き、儚げな火花を撒き散らしている。
「オウカの勝利であります!」
オウカは拳を天に突き上げた。
……。
勝利宣言をするとオウカはコントロールルームから駆け出した。
「オウガの所に行くであります」
オヴァン達を振り返ることも無く先へ先へと走っていく。
「あっ、待ってよオウカ!」
ミミルは慌てて後を追った。
オヴァン達も続く。
オウカは一旦建物の外に出て、それから別の建物に入っていった。
建物の通路を進むと扉が見えた。
ミミルにとっては見覚えのある扉だった。
それはオウカが居た部屋の扉と同じデザインをしていた。
「オウガ! オウカの勝ちであります! 開けるであります!」
オウカは扉の前で喚いた。
すると、扉は誰が触れるでもなく、ひとりでに開いていった。
オウカの後ろのミミルからも部屋の中が見えた。
部屋の内部は通路と同程度に明るいようだ。
オウカは部屋の中へ駆け込んでいった。
オヴァン達も続いて部屋に入った。
部屋の内装はオウカが居た部屋と酷似していた。
部屋の奥には光る箱が有り、その前の椅子に一人の少年が座っていた。
顔立ちはオウカと良く似ている。
身長は彼の方がほんの少し高いか。
彼がオウガで間違い無いだろう。
彼の足元に球状の金属球が転がっていた。
直径30セダカ程度の白いボールだった。
二箇所ほどに赤い小さな球がついている。
ひょっとして、目なのだろうか。
「テッカもそこに居たでありますか」
オウカが球状の物体を見て言った。
この球状のロボットがテッカらしい。
「オウカ、久シブリデアリマス」
球状のロボットの赤い部分がピコピコと点滅した。
「オウガと二人で何をしていたのでありますか?」
オウカがテッカに尋ねた。
「少しね、世間話をしていたんだ」
質問に答えたのはテッカではなく少年の方だった。
少年が微笑した。
外見年齢に見合わない落ち着いた物腰をしていた。
「オウカ達に世間など無いであります」
「有るさ。人が二人集まれば、その間に世間というものは存在する」
「下らないのであります」
「そうだね。だけど、人が楽しく生きるにはそういう下らないことが大切だと思うよ」
「オウガはまだ自分が人間のつもりなのでありますか?」
「違うかな?」
「……どうでも良いのであります。オウカが勝ったのであります」
「そうだね。負けるとは思わなかったな。別に、勝つとも思っていなかったけどね」
「作戦勝ちであります」
「うん。驚いたね。竜面の彼はとても強い」
オウガはオウカの後方に立つオヴァンの顔を見た。
「ひょっとして、彼こそが……」
オウガが何か言いかけたのをオウカが断ち切った。
「もう無駄話は良いのであります」
オウカは前に出た。
オウガは動かずに椅子でじっとしていた。
オウカはオウガの真正面に立った。
そして……。
オウガの胸に手を突き入れた。
「え……!?」
ミミルが驚きの声を上げた。
「オウカ……! 何をしているの……!?」
「決まっているであります」
オウカの手はオウガの胸の金属板を貫き、彼の体内にまで達していた。
やがて、手が引き抜かれた。
引き抜かれたオウカの手には赤い物体が握られていた。
その赤い物体はどくどくと脈打っている。
心臓……と言うにはその物体は金属的すぎた。
だが、その脈動を見るとそれは心臓としか言いようがないようにも思えた。
ミミルだけはその物体に見覚えが有った。
確か、オウカの体内にも同じものが有った。
オウカはその物体に繋がっていたコードをブチブチと引きちぎった。
オウガの体がバタリと地面に倒れた。
「どういうことなの……!」
ミミルがオウカを睨んだ。
「プラントっていうのを壊せば終わりだって……そう言ったじゃない!」
「嘘だったのであります」
「嘘……?」
「まず、お前達のせいでオウガのロボが攻め入ってきたというのは嘘なのであります」
「赤いロボはオウカの物。オウガのロボは青」
「オウカのロボを使ってオウカが襲われているように見せかけたのであります」
「それに、プラントを壊して戦いを終わらせるというのも嘘だったのであります」
「勝負はお互いの心臓を抜き取った方が勝ち……」
「敗者を生贄として、二つの心臓を手にした者が完全体……真のデトネイターとなる」
「これはそういうゲームだったのであります」
「そして、ついにオウカはゲームに勝利したのであります」
「ゲーム? そんなのゲームじゃないわ! 殺し合いよ!」
「家族で殺し合うなんて……そんなのおかしいわ……」
「下らないのであります」
「オウカはずっと強大な力に憧れていたのであります」
「そのためなら、周りの連中がどうなろうがどうでも良いのであります」
「お前達もオウカの野望のために利用させてもらったのであります」
「お前達は間抜けであります」
「これで究極の力はオウカの物なのであります」
「良くわからんが……」
オヴァンが口を開いた。
「要するに、お前をぶん殴れば良いのか?」
オヴァンはそう言いながらも足を動かせずに居た。
子供を殺さない。
ミミルとそう約束していた。
オウカは年齢はオヴァンより上かもしれないが、外見は子供だった。
だから、オヴァンはあまり破壊的な気分になれずにいた。
そんなオヴァンの事情などオウカにはわからない。
「その馬鹿力で殴られてはひとたまりもないのであります!」
オウカは走り出した。
「テッカ! 来るのであります!」
「了解デアリマス。デトネイター、オウカ」
テッカはオウカに従ってゴロゴロと転がり始めた。
テッカの赤い部分が点滅すると、部屋の壁の一部がスライドし出口が生まれた。
「待ちなさい!」
ミミルはオウカを追おうとした。
だが、オウカが通り抜けると出口はぴったりと閉じられてしまう。
金属の壁がミミルを阻んだ。
ミミルはオヴァンの方へと振り返った。
「ブルメイ! この壁を壊して!」
「わかった」
「止めておいた方が良い」
オヴァンが金棒を取り出そうとした時、それを止める声が上がった。
声の方を見ると心臓を抜き取られたはずのオウガが立ち上がっていた。
オウガは淡々と言った。
「奥は広大な迷路になっている。テッカの案内無しでは道に迷うだけだ」
「亡くなられたのでは無かったのですか?」
平然と立ち上がったオウガにハルナは驚きの表情を見せた。
(皆驚くと思ったのに、この人は無表情だな)
オウガの方ではそんな風に考えていた。
そんな内心はさておき、オウガは話を続けた。
「体内の貯蔵庫に今までに蓄えられた動力が貯蔵されている」
「だから、しばらくは動けるけど、心臓を取り戻さないとそのうち死んでしまうだろうね」
「だったら、早く取り戻さないと!」
ミミルが気負って言った。
「無理だと思う」
オウガは首を左右に振った。
「もうじきオウカは究極のオリジナルの力を手にする。あれには誰も敵わないだろう」
「究極のオリジナルって、いったい何なんだよ?」
レミルが聞いた。
「それは……」
その時、建物全体が大きく震えた。
「な、何だぁ……!?」
レミルは慌ててオヴァンにしがみついた。
「オリジナルが目覚めたんだ」
「今、オウカさんはどこに居るのですか?」
「外だ。アレが動き始めた」
「行きましょう」
ミミルが駆け出した。
今まで通ってきた通路を逆走し、外へと駆け出していく。
オヴァン達もミミルの後に続いた。
負傷しているオウガだけは歩いてオヴァン達を追った。
オウガを除く全員が建物の外に出た。
そして、見上げた。
究極のオリジナルの姿を。
「何故だ!」
その姿を見たオヴァンが叫んだ。
その声音からは狼狽と怒りの色が見て取れた。
「オヴァン……?」
オヴァンの手を掴んでいたレミルが不安気に言った。
レミルにとってはオヴァンが取り乱すのを見るのはこれが初めてだった。
決して取り乱さない、鋼のような男。
オヴァンと出会ったばかりの者は彼にそういう印象を抱くことが多い。
だが、実態はそうでは無い。
揺らがない人間などこの世には存在しない。
「どうして貴様がそこに居る!」
オヴァンは再び叫んだ。
明らかな敵意をもってオヴァンはそれを見上げていた。
敵意だけではない。
オヴァンは恐れてもいた。
オヴァンが見上げた先に居たのは、空に浮かぶ『紅い鉄の巨人』だった。
いや、巨人というのは正確ではない。
それは人ではなかった。
それはラストオリジナル。
それは人型の戦闘兵器。
それはオリジンの究極、ジ=オリジン。
それはマニューバファイター……機動戦機のオリジナル。
後世の資料に記述は無いが、与えられたナンバーは78。
故に、それはアルエクス78。
その名は……ガルダ=ムゥ。




