バランスオブパワー
「卑猥! 変態! 人間のクズだてめぇは!」
オヴァンは目を覚ましたレミルに散々になじられていた。
「気安く女の体に触るなんて! 何考えていやがる!」
「悪い……」
オヴァンは項垂れた。
「そこまで嫌がられるとは思っていなかった」
「あ……」
言い過ぎたと思ったのか、レミルは口を閉じた。
「その……別に、嫌だったわけじゃねぇよ。ただ……」
「掟で決まってるんだ。ナーガミミィの女は男と接触しちゃいけないって……」
それを聞いてオヴァンに疑問が生じた。
「トルクと同じドラゴンに乗ってきたんじゃないのか?」
同じドラゴンに乗るのであれば、少なからず体が接触するはずだ。
「トルク? あいつは男じゃあねえだろ? トカゲだぜ? トカゲ」
「……トルクの春は遠いな」
オヴァンは空を仰いだ。
「あン?」
「……いや。掟というのはわかったが、あまり離れられると守りにくい」
「なるべく俺の近くに居ろ」
「それは……」
「わかった。非常事態だからな……ちょっとくらいは仕方ねぇよな……」
「行こう」
オヴァンは歩き出した。
そのすぐ後ろにレミルが続く。
「あ……」
レミルが吐息のような声を出した。
「何だ?」
それを聞いてオヴァンが振り返る。
「いや……」
レミルはオヴァンの目を見ずに答えた。
「男っていうのは、背中が大きいんだなって思って」
「そうか」
「あっ」
レミルが何かに気付いたような声を上げた。
「今度は胸板の話でもするのか?」
「違うっての! ドタマ射ち抜くぞ! じゃなくて、膝から血が出てるっつーの」
見ると、オヴァンのズボンの膝の所が破れていた。
先程の戦いで怪我をしたらしい。
「流石に硬かったか……」
オヴァンは脚で鉄の塊を蹴り飛ばしたことを少しだけ反省した。
「動くんじゃねえぞ」
レミルがオヴァンの前でしゃがんだ。
懐から布を取り出すと、傷を拭う。
それから舌を出してオヴァンの傷をぺろりと舐めた。
「何をしているのですか」
「ひうっ!」
後ろから声をかけられレミルは飛び上がった。
「えっ、ええと……悪い……」
「別に謝ることでは無いと思いますが」
ハルナは無表情に書いた。
家族友人でない者が表情から彼女の感情を読み取るのは難しい。
レミルは顔を赤らめた。
「そ、そうか? あーしの一族は怪我をこうやって治すんだよ」
「リメイクで治せますから、必要ありませんよ」
「そ、そういえばそうだな」
レミルはなんとなく追い詰められているような気分になって退いた。
代わりにハルナがオヴァンの前に立った。
そして、フレイズを綴る。
あっという間にオヴァンの傷が治癒した。
「さあ、行きましょうか」
ハルナが歩き出した。
「ああ……悪い……。ごめん……」
「さっきから何を謝っている?」
オヴァンが尋ねた。
「な、何をだろうな? 変だな。あーし」
「実戦は初めてか? 気が昂ぶっているのかもしれない」
「そう……そうかもな。うん。そうだ」
「少し休憩するか? 俺一人で先を見てきても良い」
「大丈夫だ。ミミルのためなら休んでなんかいられねぇ。行こうぜ」
「……わかった」
三人は足を進めた。
レミルはオヴァンの真後ろで俯いていた。
……。
ロボットが全滅するまでの様子をオウカ達はロボットの『カメラ』を通じて見ていた。
今までオヴァンを映していた画面にはザーザーと砂嵐のような絵が映っている。
「オウカのロボットが一瞬で……あの男は何者でありますか……?」
「お姉ちゃん! 何やってるの!」
オウカの疑問に答えることなくミミルが叫んだ。
急に近くで叫ばれて、オウカはびくりと驚いた。
「な、何がでありますか?」
「ナーガミミィは男の人に触れちゃいけないのよ」
「それを……掟破りなのはお姉ちゃんの方じゃない」
「全く……信じられないわ」
ミミルは腹立たしげだった。
「ナーガミミィというのはどうやら窮屈な民族でありますね」
「しかし、男性に触れられないというのなら、どうやって子孫を残すのでありますか?」
「結婚した相手以外には触れてはいけないということでありますか?」
「いえ。ナーガミミィは子供を作らないの」
「実際、村には私より下の子は居なかったわ」
「それでは一族が滅びてしまうと思うのでありますが」
「ええ」
ミミルは平然と答えた。
「長老様は、ナーガミミィを滅ぼすつもりらしいの」
……。
遺跡の道を歩きながら、レミルはオヴァンに話しかけた。
「なぁ、妹は……どうだ?」
「どう、とは?」
オヴァンの位置からは後ろを歩くレミルの姿は見えない。
「世間知らずで迷惑をかけてないか? ちゃんと生活出来てるか? お腹壊したりしてないか?」
「そうだな……。確かに世間知らずな所は有る。それに、旅の最初の頃はよく乗り物酔いをしたな」
「そうか。そうだよな」
「だが、頼りになる仲間だ」
「え……?」
「俺達に足りない部分を補ってくれている」
「……そうなのか?」
「ああ」
「そっか。あのミミルが……」
「なあ、お前らとミミルの話、もっと聞かせてくれるか?」
「良いぞ。俺達が最初に出会ったのは……」
オヴァンとレミルはミミルに関する話で盛り上がり始めた。
二人の前を歩いていたハルナはその様子をちらと振り返って見た。
(気のせいでしょうか……)
(レミルさんがオヴァンさんを見る目に熱が篭り始めているのは……)
……。
「はっくしょん!」
ミミルは大きくくしゃみをした。
「大丈夫でありますか?」
「ええ。ただのくしゃみだから。きっと埃のせいね」
「それにしても、困ったのであります」
「何?」
「……来たのであります」
オウカは部屋の入り口に視線を向けた。
釣られてミミルもそちらを見る。
入り口には一体の赤いロボットが出現していた。
「オウガのロボットであります」
オウカはそう言った。
「ということは……」
「敵であります」
「っ!」
ミミルは慌てて弓を構えた。
力をこめ、風の力を纏わせる。
ロボットがゆっくりと近付いてくる。
ミミルは矢を放った。
矢は見事に命中。
ロボットを沈黙させた。
驚異が去ったらしいのを見てオウカが口を開いた。
「お姉さん達が予想以上に強く、戦力を大分削られてしまったのであります」
「オウカの戦力が減ったので、オウガが攻め入ってきたのであります」
「ごめんなさい。私のせいで」
ミミルは申し訳なさそうに言った。
「こちらこそ、お役に立てずに申し訳ないのであります」
「私達が来たせいであなたを危険にさらしてしまったみたいね」
「また来たのであります!」
部屋の入り口に再びロボットが出現した。
今度は三体。
「任せて!」
ミミルは素早く矢を連射した。
矢は寸分違わずロボットの目を射抜いていた。
ミミルの矢はロボット三体全てを沈黙させた。
「ミミルの強さも大したものでありますね」
「別に……ブルメイ達に比べたら全然よ」
「ブルメイ……あの男でありますね」
「ええ。オヴァン=ブルメイ=クルワッセ。英雄ブルメイ。有名人らしいんだけど、聞いたこと無い?」
「いえ。オウカはずっとこの遺跡に居るので……」
「そう……」
「それはそうと、こうなってしまったのには私に責任が有るわ」
「だから、私があなたを守る」
「ミミル……」
その時だった。
ミミル達から見て左側の壁が吹き飛んだ。
壁の破片がごろごろと部屋の反対側まで転がっていく。
「敵!?」
ミミルは壁に開いた穴の方を見た。
「どうだろうな」
聞き慣れた声がした。
そこには……。
夜明けの鉄槌を構えたオヴァンが立っていた。
後ろにはハルナとレミルの姿も見える。
「見つけたぞ! ミミル!」
レミルが怒鳴った。
「お姉ちゃん!? ブルメイ!?」
「ハルナの探知に引っかかったが、出入り口が見当たらなかった」
「悪いが壁をブチ抜かせて貰った」
「相変わらずムチャクチャするわね……」
そう言うミミルは呆れていたが、どこか楽しそうでもあった。
「ミミル、話をしよう」
オヴァンが言った。
ミミルの表情が翳る。
「後にして。今はそれどころじゃないの」
「どうした? 何があった?」
ミミルは視線でオウカの存在を示した。
「この子を守らないといけないの」




