ダークレッドショルダー
(足が)死にかけていたミミルの姉だったが、ハルナの回復フレイズで事なきを得た。
オヴァンはハルナ達から少し離れた位置で様子を見守っていた。
シルヴァは建物の屋根に陣取っている。
トルクはシルヴァから降りてオヴァンの近くまでやって来ていた。
「ありがとよ……」
治療を受け、ミミルの姉がハルナに礼を言った。
「フレイズを唱えずにリメイクを使うなんざ、外の連中は変わったことをするんだな」
「いえ。それは私だけだと思いますが……あなたはミミルさんのお姉さんなのですか?」
「ああ。自己紹介が遅れたな」
「あーしはレミル=ナーガミミィ。そこに居る、ミミル=ナーガミミィの姉貴だ。よろしくな」
ミミルの姉、レミルはハキハキとした口調で名乗った。
対してオヴァン達も自己紹介を返す。
「ハルナ=サーズクライです。ネコネコ団のリメイカーをやっています」
「オヴァン=ブルメイ=クルワッセ。ネコネコ団のアタッカーだ」
オヴァンの名を聞いたレミルが口を歪めた。
悪意の有る形だった。
「オヴァンブルメイ……。ハッ。ダッセェ名前だな」
「俺の名を侮辱するな」
オヴァンが低い声を出した。
「俺の名を侮辱するということは、『俺に名をくれた父』を侮辱するということだ」
「わ……悪かったよ」
「わかってもらえたのなら良い」
オヴァンは闘気を収めた。
そして尋ねた。
「それで、どうしてシルヴァから飛び降りたりしたんだ?」
「あのくらいの高さなら『ギリギリ行けるかな~』って……思ったんだよ! 悪いか!」
「いや。他人の趣味に文句をつけるつもりは無い」
「趣味じゃねえよ!?」
「つーかてめぇ……男だろう? 見りゃわかるんだぞ。男だてめぇは」
「それはそうだが?」
「あーしらに近付くんじゃねえ!」
レミルは弓矢を構えオヴァンへと向けた。
「お姉ちゃん……?」
「何のつもりだ?」
オヴァンは警告を無視して一歩踏み出した。
「近付くなって言ってんだろ!」
レミルは即座に矢を放った。
オヴァンの足のすぐ前方に矢が突き刺さった。
流石に直撃させるつもりは無かったらしい。
それに動揺したのはミミルだった。
「お姉ちゃん!? どうしてそんなことをするの!?」
「ミミル……だってこいつは男で……」
「ブルメイに酷いことしないで」
ミミルが悲しそうな顔をするのを見てレミルは弓を下ろした。
「う……」
それからオヴァンを睨みつける。
「ううううう……!」
やり場のないうめき声が上がった。
「何なんだいったい?」
オヴァンは同性のトルクに視線を向けた。
トルクはとぼけた表情でオヴァンを見返した。
「トルク……」
「どうしてお前がミミルの姉と一緒に居る?」
「彼女と出会ったのは偶然ですよ」
「最初は彼女が砂漠で困っている所を見かけてお助けしようとしたのです」
「ですが、話を聞いて、ミミルさんを探しているとわかったので……」
「シルヴァに探させて、追ってきました」
「探させた? そう簡単に見つかるものか?」
「オヴァンさん、あなた、ドラゴンだったんでしょう?」
「あ?」
「ドラゴン? どういう意味だ?」
オヴァンの事情を知らないレミルが首を傾げた。
左の人差し指を頬に添える。
独特の仕草だった。
「オヴァンさんは転生者で、前世はドラゴンなんですよ」
「転生……?」
レミルはよくわからないようだった。
物事を飲み込めない時の表情はミミルに良く似ている。
「俺がドラゴンだったら何だと言うんだ?」
オヴァンがトルクに尋ねた。
「ドラゴンは人の何百倍も目が良いんです。オヴァンさんなら知っていると思ったんですが」
「いや? 俺の世界のドラゴンは、そこまで視力が良くも無かった」
「そうなんですか?」
「体が大きければ自然視力も良くなるのでは無いのでしょうか?」
そう書いたのはハルナだった。
「いや。そもそも、目にはあまり頼らなかった。目ではなく、角で風を感じるんだ」
オヴァンはそう答えた。
トルクはオヴァンの説明に感心した様子だった。
「同じドラゴンと言っても色々と違うんですね」
「ああ」
「だが、俺の世界のドラゴンの方が強かったぞ。この世界のドラゴンは軟弱だ」
オヴァンは勝ち誇るように言った。
それに対し、トルクは特に気分を害した様子も無い。
「へえ。乗ってみたいですね。オヴァンさんの世界のドラゴンに」
ただ異世界のドラゴンに興味が有るようだった。
他のドラゴンに乗ってみたいというトルクの言葉にシルヴァは少し悲しそうな顔をした。
(まるで猫だな。やはり、俺達とは違う)
オヴァンはシルヴァの様子を視界の隅に捉えてそう思った。
「お前の嫁が妬いているぞ」
「嫁……?」
トルクはオヴァンの視線からそれがシルヴァのことを言っているのだと気付いた。
「確かにシルヴァは一番ですけど、私はドラゴン乗りですからね」
「知らないドラゴンの事を聞くと血が騒ぎますよ。竜人ブルメイの話であれば尚更です」
「浮気性だな」
「嫌な言い方をしないで下さいよ。これはドラゴン乗りのサガですから」
「ふむ。だが、無理だな。俺達は軟弱な人間を背に乗せたりはしない」
「そう言われると、なおさら乗ってみたくなります」
「俺の世界に転生するようなことが有れば、試してみれば良い」
「お前ならあるいは……俺の世界のドラゴンにも乗れるかもしれない」
オヴァンは憎まれ口を叩きながらもトルクの事を認めている。
自分がドラゴンのままだったら彼を背に乗せても良いかもしれない。
そんな風にも考えていた。
「だが、ひょっとすると、もう俺の世界にドラゴンは居ないかもしれないな」
「どうしてですか?」
「俺の世界は邪神の侵略を受けていた」
「俺達ドラゴンは、神々を守るために戦ったが……」
「俺が死んだのは、敗戦も直前といった時期だった」
「仲間たちは皆、邪神の軍勢に殺されてしまったかもしれない」
「そうですか……辛い話をさせてしまいました」
「いや。もう済んだことだ」
「……それより、今の話をしよう」
オヴァンはレミルを見た。
その視線は少々冷たい。
「お前は矢を放った。友好的な理由で会いに来たのでは無いのだろう?」
「友好? 男と仲良くするつもりなんざねぇよ」
「それは構わんがな。何のためにここに来た? ミミルを追ってきたのでは無いのか?」
「……そうだ。あーしは……」
「妹を森に連れ帰るためにやって来たんだ」
「そんな……! 嫌よ!」
ミミルは大声で拒絶した。
「聞き分けの無いことを言うんじゃねぇ!」
レミルは怒鳴った。
そして、ミミルへと弓矢を向けた。
「お姉ちゃん……?」
ミミルの声が震えた。
「あーしは本気だ。ミミル。大人しく森へ帰れ」
レミルの弓を持つ手に力が篭っていた。
「嫌よ! 絶対に嫌!」
「ブルメイ達と旅をするようになって、とっても楽しいの! 森になんか帰らないわ!」
「ミミル……お前まさか……」
レミルは目を見開いた。
腕の力が抜け、張り詰めた弦が緩んだ。
「まさか、何?」
ミミルは尋ねた。
レミルの言葉の意図を。
「ミミル、お前は一刻も早く森へ帰らないといけない」
レミルは再びぐっと弦を引いた。
「そうしないと……大変なことになる」
「もし嫌だと言うのなら、撃つ。多少の怪我をさせてでもお前を連れて帰る」
「撃てるものなら撃ってみなさいよ!」
ミミルはレミルを挑発した。
元々は仲の良い姉妹だ。
姉が自分を傷つけることなど無いとタカをくくっていた。
だが……。
「あうっ……!」
ミミルの期待は容易く裏切られた。
レミルの放った矢がミミルの肩へと突き刺さった。
傷口から血が滲み、ミミルの肩が赤黒く染まった。
レミルは真剣な眼差しでミミルを睨んだ。
そんなレミルに返ってきたのは驚きと怒りの眼差しだった。
「ぐうっ……!」
ミミルは力任せに矢を引き抜いた。
赤黒い血の雫が地面に落ちた。
「本当に撃つなんて……信じられない……!」
姉への信頼は怒りへと変わった。
ミミルは姉へ憎悪の表情を向けた。
そして、姉とは逆の方向へと走り去っていった。
「待ちやがれ!」
レミルはミミルを追いかけようとした。
だが、それを遮るものが有った。
「待て」
オヴァンだった。
「邪魔するつもりか……!?」
「どうしてもミミルを連れ戻すつもりか?」
「絶対に連れて帰る。それが『ナーガミミィの掟』だ」
「どうしてそこまで古臭い掟に拘る必要が有る」
「掟は意味のない古臭い教えなんかじゃねぇよ」
「掟は……ナーガミミィを呪いから守るためのモンなんだ」
「ナーガミミィ族は……呪いのせいで……」
「森を出て長くは生きられねぇんだ」
「それは……本当だったのですか……!?」
ハルナが書いた。
「知っているのかハルナ」
オヴァンがハルナに尋ねる。
「前に……テルさんと一緒に旅をしていた頃……」
「ミミルさんがそのような事を言っていたのを聞いた覚えがあります」
「ミミルさんは迷信だと思っていたようですし、彼女が平気そうだったので私もそう思っていたのですが……」
「迷信なんかじゃねえよ」
「本当……なのか? ミミルが……死ぬ?」
その時はじめてオヴァンの声に動揺の色が混じった。
「ああ。こんな時に嘘をつくと思うか?」
「あーしが下らねぇ迷信のために妹を射ったとでも思うのか?」
「ミミル……」
「どうやら、思ったより深刻な話みたいだね? シルヴァ」
トルクは建物の上に陣取ったシルヴァを見上げた。
シルヴァは視線を返さなかった。
少し拗ねているようだ。
「手伝おう」
オヴァンが言った。
「え……?」
レミルはオヴァンの言葉に驚きの反応を見せた。
「あいつはネコネコ団の大切な仲間だ。色々と助けられた」
「だからこそ……むざむざと死なせるわけにはいかない」
「良いのか?」
「当たり前だ」
「オヴァン……ありがとよ」
レミルは感じの良い笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「てめぇ、意外と良い奴じゃねぇか」
「優しいオヴァンさんですよ」
ハルナが横から書いた。
「ただし、一つだけ覚えとけ」
「何だ?」
「あーしの側に近寄るな。良いな?」
そう言ってレミルはオヴァンから距離を取った。
「善処はしよう」
オヴァンはミミルが去った方角へと足を向けた。




