ルナティックドラゴン
オヴァン達はスマウスに乗ってオーシャンメイル帝国の領内を旅した。
オヴァンはゴタゴタを起こした帝都メイルを避けて進むことにした。
今頃メイルは大騒ぎになっているはずだ。
それをわざわざ確認しようという気にはなれなかった。
オヴァン達はメイル近辺の町を経由して『帝国の北東部』を目指した。
そして、『目的地の山の最も近くに有る村』を訪れた。
この村で物資を揃えてから山に向かうつもりだった。
田舎の村なので規模は小さく、クロス避けの外壁すら無かった。
「ド、ドラゴン!?」
オヴァンがスマウスを着陸させると村人達が驚いた様子を見せた。
「ドラゴンだ! ドラゴンが来たぞ!」
村人達は一斉に家の中へ駆け込んでいった。
屋外にはオヴァン達三人だけが残された。
「どういうことだ?」
オヴァンが疑問を呈した。
「何って……スマウスが怖かったみたいだけど」
ミミルがそう言うとスマウスは自慢気な表情を作った。
人から恐れられたいお年頃らしい。
「この世界のドラゴンは大人しい生き物のはずだ。それをこうも恐れるとは……」
「ここの人達はドラゴンに馴染みが無かったとか」
「ふむ……?」
そんな簡単な問題だろうか。
オヴァンは釈然としなかった。
「ひょっとして……『はぐれ』が出るのでは無いですか?」
ハルナが別の解答を提示した。
「はぐれ!? って……なんだっけ?」
「狂って人を襲うようになったドラゴンです。『ルナティックドラゴン』とも言いますが」
「そう言えば、トゥルゲルで聞いたような気がするわ」
その時、民家の扉が少しだけ開いた。
オヴァンが視線をやると、村人の一人が恐る恐るといった感じでスマウスの様子を伺っていた。
村人とオヴァンの視線が合った。
「人……?」
村人がそう呟いた。
「皆! こいつはあのドラゴンじゃないぞ!」
一人がそう言うと、家の中から村人達がぞろぞろと姿を現した。
そして少しずつオヴァン達に近付いて来た。
「その……申し訳ない」
村長と思われる年配の村人がスマウスの前に立ち、気まずそうに詫びた。
「あんまり大きいので……いつもの奴かと思いまして……その……」
「いや。こっちこそ悪かったな。驚かせたようだ」
「この辺りにははぐれドラゴンが出るのですか?」
「はぐれ? 人食いドラゴンのことですか?」
「はい」
「……そうですね。この辺りの村は山に住むドラゴンに度々襲われるのです」
「まあ大変。ブルメイ、なんとかしてあげましょうよ」
「助けていただけるのですか……!?」
「ふむ……。山というのはあの山のことか?」
オヴァンは北東に見える山を指差した。
「はい……。ドラゴンはあの山の麓を住処にしているようですが……どうしてわかったんですか?」
「麓……山頂では無いのだな?」
「はい。それが何か……?」
「別に。俺達があの山を目指しているというだけの話だ」
「それで……なんとかしていただけるのでしょうか……?」
「俺達は冒険者だ。報酬さえ貰えるのならいくらでも働いてやる」
「その……見ての通り、貧しい村でして……」
「別に、お金なんていらないじゃない。もう十分に持ってるんでしょう?」
ミミルがオヴァンを咎めた。
「ミミル、冒険者はボランティアじゃない。報酬は必ず貰う」
「もう。意外とケチなんだから……」
「正当な対価を取る。これは大切なことだ。……そうだな」
「水と食料。それに、宿を一晩。それで手を打ってやる」
はぐれドラゴン退治の報酬としては破格だった。
オヴァン一人であればもう少し報酬を吊り上げていただろう。
ミミルの顔に免じてのことだった。
「ありがとうございます! どうかよろしくお願いします!」
村人達はぺこぺこと頭を下げた。
「オヴァンさんは相変わらずミミルさんに甘いですね」
ハルナが書いた。
「そんなことは無いと思うが……」
オヴァンはなんとなくハルナから目を逸らした。
そしてスマウスの背から飛び降りた。
……。
オヴァン達は村人達の歓待を受け、そして夜になった。
この村に宿屋というものは無かった。
オヴァンは民家の粗末なベッドの上で横になり、目を閉じた。
そして……。
オヴァンは夢を見た。
夢の中でオヴァンはドラゴンだった。
二枚の翼で力強く空を飛んだ。
気持ちよくは無かった。
不快だった。
その空はあまりにも狭かった。
空を……敵の群れが埋め尽くしていたからだ。
鉄巨人の群れだった。
ドラゴン達は鉄巨人と戦っていた。
異世界から侵略してきた邪神の兵だった。
ドラゴン達は勇敢に敵に立ち向かった。
だが、数で勝る鉄巨人を相手に一頭、また一頭と落とされていった。
「父上!」
オヴァンは叫んだ。
強かった父の翼に大穴が空いていた。
「息子よ……」
よろめきながら、父が息子に言った。
「お二人を……神々をお守りするのだ……」
それが最期の言葉だった。
父は地上へと墜ちていった。
「父上ーッ!」
「オヴァン! 危ない!」
戦場から意識が逸れたオヴァンの前を彼の母が飛んだ。
鉄巨人が放った光線が母の頭を撃ち抜いた。
先程まで母の頭が有った場所を血飛沫が埋め尽くした。
頭部を失った母が夫の後を追って地上へと消えた。
「そんな……! 母上……!」
家族を失ってもオヴァンは戦い続けなくてはならなかった。
世界の守護者たるドラゴンの数はもう十分の一も残っていなかった。
明らかな敗北。
守るべき人々は殺されるか、邪神に支配される。
きっと、全ては終わっていた。
それでもオヴァンは戦い続けなくてはならなかった。
偉大な竜王の名を継ぐ者として、オヴァンは最期まで戦い続けた。
……。
「父上……母上ッ……!」
オヴァンは目覚めた。
見回すと、そこは村の小さな民家だった。
オヴァンは汗ばんだ自分の手を見た。
そこにドラゴンの爪は無かった。
ドラゴンは汗をかかない。
そこにあるのは小さな……貧弱な人間の手だった。
……。
夜が明けた。
「どうか、よろしくお願いします」
「任せて!」
頭を下げる村人達に対し、ミミルは威勢よく答えた。
オヴァン達は村人達に見送られながら出立した。
まっすぐに目標の山を目指す。
やがて山が近付いてきた。
標高は2000ダカール程度。
山の南方は砂漠だった名残で草木は少ないが、山の麓から山頂にかけては木々が生い茂っていた。
オヴァンは山と地図を見比べてみた。
「印の位置は……山の頂上か」
その時……。
「ブルメイ! あそこ!」
ミミルが山の麓を指差した。
そこできらりと何かが光った。
山の麓からオヴァン達の方へと雷撃が伸びた。
「ふっ!」
オヴァンはブレスを放った。
熱線と雷撃がぶつかりあった。
熱線がじりじりと雷を押す。
雷撃が消失し、熱線が地上へと突き刺さった。
「来る……!」
ミミルが言った。
山の麓からドラゴンが飛び上がった。
その体躯はスマウスよりも大きい。
体長20ダカールの黄金色のドラゴンだった。
普通、狂ってしまったドラゴンはその親に殺されてしまう。
だが、体つきが優れていれば親から逃げのびられる可能性は上がる。
だから、はぐれには巨体の者が多かった。
この黄金色のドラゴンは自分を殺そうとした親を逆に食い殺した化物だった。
ドラゴンはクロスオーバーでは無いが、クロスだとすれば間違いなくデッドコピー級。
それも、デッドコピーの中でも上位の怪物と言えた。
怪物が飛翔し、スマウスへと迫る。
黄金のドラゴンは並の冒険者では立ち向かうことすら困難なほどの威圧感を備えていた。
ミミルは身を竦ませながらなんとか弓矢を構えた。
スマウスと金色のドラゴンは相手の側面を取ろうとして旋回を始めた。
機動力は敵の方が若干上か。
このままではいずれ横腹に食いつかれるだろう。
弓を持つミミルの手に汗が滲んだ。
「足止めを頼む」
「はい」
オヴァンとハルナは冷静だった。
ハルナがフレイズを綴ると、黄金のドラゴンの前方に茨の網が出現した。
高速で飛行していたドラゴンは網に正面から突っ込んだ。
ドラゴンの四肢が、翼が、茨の網に絡め取られた。
ドラゴンが動きを止めたその瞬間、オヴァンは跳躍した。
オヴァンはドラゴンの首に飛び乗り、思い切り金棒を振った。
オヴァンの金棒がドラゴンの頭を吹き飛ばした。
頭部の残骸が宙を舞った。
それが母が殺された時のようで、オヴァンの眉間が狭まった。
オヴァンは頭の無い死骸と化したドラゴンの首から跳躍し、スマウスへと帰還した。
そして何事も無かったかのように鞍に座った。
ミミルは何の役にも立たなかった弓矢を慌てて旅袋に仕舞った。
誰も怪我をせずに戦いを終えられた。
喜ばしいことのはずだった。
だが、ミミルの心中には後ろめたさが生じていた。
(ブルメイは強い……。ハルナも……)
(私は二人が好き……。一緒に居たい……。だけど……)
(私は……二人みたいに強くない……)
ミミルの左胸がズキズキと痛んだ。
「良かったのですか?」
ハルナがオヴァンに尋ねた。
「何がだ?」
「ドラゴンを殺してしまって。あなたの前世は……」
「別に、この世界のドラゴンを仲間だと思ったことは無い」
「こいつは別だがな」
そう言ってオヴァンはスマウスの背を撫でた。
スマウスの表情は苦かった。
黄金のドラゴンに負けた。
そう感じていた。
……。
はぐれドラゴンとの戦いを終え、オヴァンはスマウスを上へ上へと向かわせた。
やがて、スマウスの高度が山の標高を超えた。
「ほう。大したものだな」
山頂全体にオリジンの遺跡らしい物が広がっていた。
桜の花のような形をした、左右対称の遺跡だった。
平らに均された土台の上に、立方体の金属質の建物がボコボコと立ち並んでいる。
面積は広く、4ダブナダカは有った。
オヴァンは遺跡の一端にスマウスを着陸させた。
スマウスの背から降りる。
建物のせいで視界は悪かった。
「地図には大まかな場所しか印されていない」
「じっくりと探す必要が有りそうだな」
その時……。
「っ!?」
突然、オヴァンの足元に矢が突き刺さっていた。
「敵……!?」
オヴァンは視線を巡らせた。
「上よ!」
ミミルが上空を指差した。
見ると、上方に大きな影が見えた。
「シルヴァ……?」
オヴァン達の上方に見慣れたドラゴンが滞空していた。
陽光に煌めく白銀の鱗。
トルク=カーゲイルのドラゴン、シルヴァだった。
トルクはオヴァンの敵ではない……はずだが。
シルヴァはオヴァン達の方に徐々に高度を下げてきていた。
「クソ野郎! ミミルに近付くんじゃねえ!」
シルヴァから、トルクのものではない声が聞こえてきた。
怒鳴り声だった。
「女の声……?」
「この声は……」
「はっ!」
シルヴァから飛び降りる人影が有った。
その人影は、ミミルの正面へと着地してきた。
ぐきり。
嫌な音がした。
「ぐあああああ! 足がああああ! 足があああああ!」
ドラゴンから飛び降りてきた人物は地面を転がりまわった。
その人物はトルクでは無かった。
服装はミミルの物によく似ている。
ミミルの服装が緑を基調としているのに対し、この人物の服装は赤い。
髪は金のセミロング。
そして……その耳はミミルと同様にピンと尖っていた。
「お姉ちゃん!?」
ミミルが驚きの声を上げた。




