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スタートオブオーシャン

「脱出するぞ」


 クザンが言った。


「脱出?」


 ハルナが尋ねた。


「レイクローン亡き今、ブルードラゴンは有るべき場所に帰る」


「ここは危険だ。悪いが、私もお前達の乗り物に乗せていって欲しい」


「有るべき場所というのは……?」


 その時、ブルードラゴン全体が震え始めた。


「崩壊が近い。急ごう」


 ……。


 オヴァン達はスマウスに乗ってブルードラゴンから飛び立った。


 オヴァンは上空からブルードラゴンを見下ろした。


 ブルードラゴンは砂漠の上空を旋回しながらその高度を少しずつ下げていく。


「ブルードラゴンが……砂漠に降り立っていく……」


 ミミルが呟いた。


 一方その頃……。


「何だぁ?」


 砂漠から、オーシェ=オルベルンが空を見上げていた。


 オーシェ一行の頭上をブルードラゴンがぐるぐると旋回していたからだ。


 そして、それは徐々に彼等の居る所に下降してくるように見えた。


 このままではブルードラゴンは彼等の上に着陸することになる。


「ひょっとして、ボク達死んじゃうんじゃ……」


 キールが空を見上げながら言った。


 いくらオルファンであっても、単純な質量には抗いようも無い。


「嘘だろ……!」


 オーシェは呻いた。


「ブルメイ! 何をやりやがった!」


「ど、どうするの!?」


 そう言ったのはネーデル。


「どうって……」


「逃げるんだよォ!」


 オーシェは走り出した。


 全力疾走だった。


「やっぱり!?」


 残りの三人もオーシェを追って走った。


 だが……。


「きゃっ!」


 ネーデルが転んだ。


 乗り物に頼ってばかりで運動不足だったし、彼女のドレスは運動をするのには向いていない。


 ツクヨがネーデルに駆け寄った。


「陛下……!」


「駄目だ……! 逃げ切れねえ……!」


 巨大なブルードラゴンの影が四人を押しつぶそうとする。


 だが……。


「あれ……?」


 四人が潰されることは無かった。


 ブルードラゴンは四人の上方100ダカールほどの位置で滞空していた。


 そして……。


 ぽつりと、キールの鼻を水滴が濡らした。


「水だ……」


「先生! 水が落ちてきたよ!」


 キールがはしゃぐように言った。


 さらに、ぽつぽつと水が落ちてくる。


 水は徐々に勢いを増し、集中豪雨の様相を呈してきた。


「うわ~! 先生! 凄いね!」


 キールは両手を上げてぶんぶんと振り回した。


 痛いほどの激しい雨が四人の体を打ち続ける。


 そして、雨を降らせれば降らせるほど、ブルードラゴンの体は縮小していった。


 雨が降り終えた時、オーシェの腰までが水に浸かっていた。


 ブルードラゴンの姿はもう無い。


 辺り一面に広大な池が広がっていた。


「そうか……オリジンはこの地方の水分を使ってブルードラゴンを維持してたんだ……」


 ネーデルは呟いた。


 この地方を救ったはずのオリジンが、実はこの地方を人が住みにくい土地にしていたとは……。


 当時、ベルセルクのせいでこの辺りには人が少なかったと聞くが、なんともはた迷惑な話だった。


「オリジンって話に聞くような良い人じゃあ無かったのかしら……」


 この地方では四百五十年、水を巡った争いが耐えなかった。


 その水が戻ってきたというのなら……。


 これから戦争は無くなっていくのかもしれない。


 ネーデルはそう思った。


 一行がしばらくぼうっとしていると、びしょ濡れのオーシェの隣にドラゴンが降りてきた。


 見覚えのある黒いドラゴンだった。


「大丈夫か?」


 オヴァンがスマウスの上から他人事のような口調で言った。


 その頭の上に小人が乗っているのが見える。


 なんだこのメルヘンな生き物は。


 悪い夢を見ているようだとオーシェは思った。


「……酒が台無しだ」


 オーシェは水浸しになった酒瓶を掲げてみせた。


「乗せてけ。クソ野郎」




 ……。




 昔々、乾いた地であった大陸の南東部では割拠する国々が水を巡っての争いを繰り返していた。


 南東部の国の一つに、オーシャンメイルと呼ばれる国が有った。


 かつては割拠する強国の一つに過ぎなかったその国は、ほんの僅かな期間に南東部有数の大国へとその姿を変えた。


 オーシャンメイルを大国へと押し上げたのは僅か十歳ほどの少女だったという。


 戦姫と言われたその少女は戦に出れば百戦百勝。


 決して敗れることは無かった。


 その恐るべき強さから、敵国の人間からは妖女とも言われ忌み嫌われることにもなった。


 ある日……戦姫は突然として姿を消した。


 時を同じくして、南東部に恵みの雨が降り注いだ。


 雨は川や湖を作り、南東部は草木で満ち足りていった。


 人々はこう語り継いだ。


 曰く。


 戦姫は人々を救うために地上に降り立った女神の化身だったのだと。


 ヤだな。


 あんまり愚神を買いかぶってもらえるとさ。


 本当の所は……。


 さっき、君に話した通りさ。


 さあ、英雄オヴァンの物語を続けようか。




 ……。




 オーシャンメイル帝都の西……。


 つい先刻まで砂漠だった荒れ地で一頭の猫が立ち往生していた。


「チッ……。参ったなこりゃあ……」


 猫の背でローブ姿の女性が呟いた。


 頭に被ったフードの隙間からは美しい金髪が覗いていた。


「急がねぇといけないのによォ……」


 その澄んだ声色から信じられないほどに女性の語調は荒々しかった。


 女性の前には激流が有った。


 突然に、ただの窪地だった場所が大きな川に変貌していた。


 川の流れは速い。


 果たして自分の猫に眼前の川を泳ぎ切ることは出来るのか。


 ローブ姿の女性は苛立たしげな目で流れる水を睨んだ。


 水流は人垣では無い。


 たとえメンチを切ったところでどうなるわけでもなかった。


 その時だった。


「あン……?」


 羽音が聞こえ、女性は空を見上げた。


 白銀の鱗を持ったドラゴンが宙に舞っているのが見えた。


 ドラゴンは徐々に高度を下げてくる。


「お困りですか?」


 ドラゴンの上から若々しい男の声が聞こえてきた。


 はっきりとした口調の凛々しい声だった。


「その"声"……テメェ……"野郎"か?」


 女性が問うた。


「はい。そうですが……?」


「その……ええとだな……」


 女性は困った声で言った。


「あまり近付かねぇで貰えるか? さもないと、"ドタマ"を"ブチ抜く"ぞ?」


 ビキィ!


 女性は背中に抱えていた"弓矢"をドラゴンの上の男に向けた。


「えっ?」


 "彼"にとって女性にここまで冷たくされたのは初めての経験だった。


("顔"が変わるだけでこうも変わるものなのか……)


 竜騎士、"トルク=カーゲイル"はショックを受けて"シルヴァ"の背から転がり落ちた。




第四章 "妖女戦姫" 了


第五章 "デトネイターオウカ"へ続く……。




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