複製人間
オヴァン達はクザンの後ろを歩いた。
氷の塔はもう目の前だった。
「ブルードラゴンの主というのは何者だ?」
オヴァンが尋ねた。
「彼は『オリジンの半身』のようなものだ」
「半身?」
「会えばわかる」
オヴァン達は塔の根本へとたどり着いた。
塔の高さは30ダカールほど。
底面は長方形で奥行きが長い。
底面積は100ダブダカールほどか。
塔の入り口には扉は無かった。
オヴァン達は塔の中に足を踏み入れた。
「中も寒そうね」
塔内の床も外と変わらず氷で出来ていた。
塔の一階にはほとんど何も無かった。
一番奥に直径2ダカールほどの丸い台が有り、台の周辺には手すりが設けられていた。
台の真上には台より少し大きいくらいの穴が開いていた。
「あれに乗れ」
クザンが台を指差した。
そのまま台にむかって歩いていく。
オヴァン達もそれに倣った。
全員が台に乗ると、クザンは台の手すりにはめられている紅い石に触った。
すると、台が浮遊し真上に向かって動き始めた。
「凄い! 浮いた!」
ミミルが手すりを持ちながらぴょんぴょんと跳ねた。
「これもオリジナルですか?」
「ナンバーは無い。単なるブルードラゴンの部品の一部だ」
そう言っている間に台は上の階まで到着したようだった。
クザンは台から降りた。
一階の入り口が有った方角へ。
オヴァン達も続いた。
クザンが降りた方角には大きな氷の扉が有った。
クザンが扉の前に立つと、それは自動的に開いていった。
「わぁ~」
次々に起きる珍しい体験にミミルは目を輝かせた。
ハルナは少し緊張した様子で扉の奥を見ていた。
扉の奥に有ったのは、奥行きのある部屋だった。
床や壁が氷で出来ているのは他と変わりがない。
左右の壁には横長の開口部が有り、そこから自然光が差し込んでいた。
部屋の最奥には正方形の台が有り、台の上には背もたれの大きな椅子が有った。
椅子も台も全て氷で作られている。
氷製の椅子には一人の男が座っていた。
「寒そう……」
部屋に入ったミミルが第一声を放った。
椅子に座っていたのは五十過ぎほどの男だった。
ゆったりとした黒いローブに身を包んでいる。
極寒の椅子に腰かけながらも平然とした様子だった。
オヴァン達は男へと近付いていった。
クザンは入り口の近くからオヴァン達の動向を見守った。
「ようこそいらっしゃいました」
オヴァン達が3ダカールほどの距離に近付くと男が口を開いた。
「この人は……!」
男の顔を見たハルナが驚きの言葉を書いた。
「知っているのかハルナ」
オヴァンが聞いた。
「はい……」
「この方の顔は、以前学校で見たオリジン=アルエクスの晩年の肖像にそっくりです」
「オリジンだと……?」
「はい。ですが、私はオリジンではありません」
「それではあなたは……?」
「私はアルエクス00、『レイクローン』」
「オリジンが死後に遺した80のオリジナルの最初の作品」
「そして、オリジンの魔導器製作を補助するために作られた存在です」
「私はオリジンの姿と能力を模倣した存在として、オリジナルの製作に携わってきました」
「といっても、私はそのほとんどを覚えてはいませんけどね」
「どうして覚えてないの?」
ミミルが尋ねた。
「それは、私が欠陥品だからです」
「オリジナルは全部で80有るのですか?」
この質問はハルナ。
「その通りです。オリジンが生前に廃棄しなかった物に限りますがね」
「書物には……オリジナルは全部で77個だと記してありましたが」
「そうですか。オリジンは私に関する資料を残さなかったようですね」
「欠陥品である私は正式な作品ではないという考えだったのかもしれません」
「あの……あなたはどうしてオリジンの晩年の姿をしているのですか?」
「オリジンがオリジナルを作り始めたのは十代の頃だったと聞いています」
「あなたは最初期からオリジナルの製作に関わってきたのでしょう?」
「なぜあなたはオリジンの十代の頃の姿では無いのでしょうか?」
「それは……。っ……!」
ハルナの疑問に答えようとして、レイクローンはうめき声を上げた。
「止しましょう。時間が近付いてきたようです」
レイクローンは自分の手をオヴァン達に見せた。
「それは……!」
それまで人のそれであったレイクローンの手は、木彫りの人形のように変わっていた。
「私が動けば動くほど、私の寿命は近付いて来ます」
「私の時間が終わる前に、話を聞いて下さい」
「オリジンが遺した最後のオリジナルのことを……」
「聞こう」
「とある山の山頂に、オリジンは遺跡を残しました」
「その遺跡に80番目のオリジナルが眠っています」
「それを……あなたに託したい」
そう言ったレイクローンがじっと見据えたのはオヴァンでは無かった。
ハルナでもない。
「私……?」
その視線はミミルへと向けられていた。
ミミルは戸惑いながら自分を指さした。
「はい。あなたに」
「どうして私なの? ブルメイじゃなくて……?」
「あれを動かすには、莫大なリメイクちからが必要です」
「通常のブラッドストーンでは生み出せない、人智を超えた力が……」
「やがてオリジンは力を生み出す術を人の魂に求め……そして……断念しました」
「断念って、どうして?」
「オリジンの方法には、生贄が必要だったのです」
「彼は偏屈な完璧主義者でした」
「道具は誰でも簡単に扱える物でなくてはならない。そう考えていた」
「だから、生贄無しに動かないそのオリジナルに、オリジンは失敗作の烙印を押しました」
「そして、生贄を必要としない完璧な方法を求め、遺跡を後にしました」
「ですが……彼は新たな方法を見つける前に、病魔に倒れてしまいました」
「耳の長いあなた……」
「あなたは生まれつき、凄まじい量のリメイクちからを持っているようだ」
「あなたならば、生贄を用いなくてもあれを動かすことが出来るでしょう」
その時……。
ハルナは初めてミミルを視た。
優れたリメイカーは相手のリメイクちからを視ることが出来る。
優秀なリメイカーであるハルナだが、唯一視ることは苦手だった。
だから、ハルナは普段、他人のリメイクちからを測るようなことはしなかった。
だが……。
「…………!」
ミミルを視たハルナの体がふらついた。
もし声を出せれば悲鳴を上げていただろう。
それほどまでに、ミミルの体から漏れ出す力は規格外のものだった。
「大丈夫か」
倒れそうになったハルナの体をオヴァンの腕が支えた。
いつもなら顔を赤らめるところだが、そんな気分にはなれなかった。
化物。
ハルナはロクがミミルをそう形容したことを思い出した。
あの時は、ミミルの耳を見てそう言ったのだと思った。
だが……。
ミミルが持つ力の量は明らかに人間の限界を超えていた。
数字にするのであれば『ハルナの数万倍』か。
「大丈夫です。ちょっと足が滑ってしまって……」
ハルナは平静を装って姿勢を正した。
ミミルはハルナが平気そうなのを確認するとレイクローンの方に意識を戻した。
「……生贄って、随分物騒だけど、それを私に託してどうしようって言うの?」
「あれは失敗作にしてオリジンが作った最高傑作……あの紅い月にすら届き得る究極の力……」
「もし誤った人間の手に渡れば……世界を滅ぼしかねない力です……」
「ですが……あなたたちはどうやら情け深い……。道を違えることは無いでしょう……」
「あれを用いて……この世界を蝕むものを……滅ぼして欲しい」
「世界を蝕むものってもしかして……あの黒いバケモノのこと?」
「いえ……。あれはおの御方の力の片鱗に過ぎません」
「ラストオリジナルの力で……あの御方を討ち滅ぼして下さい……」
「あの御方?」
「あなた方が……邪神と呼ぶもの……。『フラースゾーラ』様」
「わかったわ。確約は出来ないけど……」
「ありがとうございます……」
レイクローンは言葉だけで感謝を伝えた。
もう頭を下げることも出来ないようだった。
それからレイクローンは眼球だけをクザンへと向けた。
「クザン様……私の懐に……あれの位置を記した地図が有ります……」
「彼女たちに……渡して下さい……」
「わかった」
クザンはレイクローンの前に歩いた。
そして彼の懐から古びた巻物を取り出した。
巻物を持ったクザンはミミルの前に立ち、その巻物を差し出した。
「受け取れ」
「うん……」
ミミルは巻物を受け取ると旅袋に入れた。
「これで……思い残すことは有りません……」
「レイクローン……!?」
クザンはレイクローンの方へ振り向いた。
「クザン様……長い間……私を守っていただいて……ありがとうございました……」
「ブルードラゴンを元に戻します……。あなたは……あなたの道を行って下さい……」
「……わかった。だが、最後に一つだけ言っておく」
「……何でしょうか?」
「オリジンは、お前のことを失敗作などとは思っていなかった」
「そうでなくては、わざわざこの私に守らせたりするものか」
「あいつは最高傑作であるお前のことは、誰にも渡したく無かったんだ」
「だからこんな立派な遺跡を作って、資料も残さなかった。そうだろう?」
「……ありがとうございます」
レイクローンは儚く微笑んだ。
「質問が有る」
その場の情緒を崩すようにオヴァンが口を開いた。
「何でしょう……?」
「俺達は解呪のオリジナルを探している。何か知っていることは無いか?」
「ああ……。あの失敗作ですか……」
「あれを作った記憶は残っていませんが……その他のことであれば……良く知っています……」
「オリジンは……あの作品に相当の悔いが有ったようですからね……」
「失敗作? 呪いを解くことは出来ないということか?」
「いえ……オリジンの価値観の話です。あれは十分にあなたが望む機能を発揮してくれるでしょう」
「なら、それはどこに有るんだ。言え」
「それは……あなたたちも……良く知っている……場所……だ……」
言葉が途切れた。
レイクローンの首ががくりと傾いた。
「おい……!」
レイクローンに掴みかかろうと、オヴァンは前に出た。
だが、一歩踏み出した所でその脚は止まる。
レイクローンの姿は完全に木彫人形のそれになっていた。
オリジン=アルエクスの面影は微塵も無い。
ただの無機質な人形。
もはや何の答えが返ってくるとも思えなかった。
「クソッタレ!」
オヴァンは怒鳴り声を上げた。
オヴァンのカカトが思い切り地面を打った。
ブルードラゴンが揺らいだ。
オヴァンの足元に巨大なクレーターが出現していた。




