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キルタイム

 ツクヨは自身がネーデルにノイズを授けるまでの経緯を語り終えた。


「……こうして陛下は一命をとりとめました」


「ですが……陛下は徐々にノイズの力に魅入られていってしまったのです」


「何か問題が起きればすぐにノイズに頼るようになりました」


「陛下はノイズの力で次々と忠実な下僕を増やしていきました」


「時には敵国の君主でさえも」


「私はそれを止めることが出来ませんでした」


「陛下は暴君なのかもしれませんが、私にとっては命の恩人でした」


「かといって、陛下を正しい方向に導く方法も私にはわかりませんでした」


「幼い陛下がどうすれば正しく国を治められるのか、ただの暗殺者の自分にはわかりませんでした」


「ただ護衛として陛下をお守りしました」


「気がつけば……オーシャンメイルは大陸有数の大国になっていました」


「……陛下にノイズを教えたのは私です。その濫用を黙って見逃したのも」


「どうか、裁くなら私にしてください」


 ツクヨは地面に座り込むと深く頭を下げた。


「こんなことを言っているがな……」


 オーシェはオヴァンに視線を向けた。


 ハルナとミミルのことは眼中に無かった。


「まさか、こんな話で皇帝を見逃そうなんざ思わねえよな?」


 オヴァンは……。


「……そうだな」


「子供の仕業と言うには業が深い」


「彼女は報いを受けるべきだと思う」


 英雄は少女を見捨てた。


 魅了されたことを怒っているわけでは無かった。


 ただ、道理だと思うことを口にしていた。


「そんな……!」


「お慈悲を……どうか……」


 ツクヨは土に頭をこすりつけた。


 オーシェはそれを冷徹な表情で見下ろしていた。


「エルフから助けてやった恩を忘れやがって……」


「だとか、恩着せがましいことは言わねえよ」


「だが……お前は自分の意思でウルヴズに忠誠を誓ったはずだ」


「オルファンの存在意義はノイズの抹消」


「お前達がノイズの知識を与えられるのはそれに対抗するためだ」


「あろうことに、お前はそれを私欲のために使った」


「オルファンの掟を穢した」


「どんな理由であれ、許されると思うな」


「まずは皇帝を殺す。お前は後だ。後悔して死ね」


 オーシェはネーデルに足を向けた。


「お許し下さい……お許し下さい……お許し下さい……」


 ツクヨは土に頭をつけたまま啜り泣いた。


 オーシェは上半身だけでツクヨに振り返った。


「彼女を助けるためにノイズを教えた?」


「お前はな……」


「本当に彼女を生かしたいのなら、二人で遠くに逃げるべきだったんだよ」


「実際に逃げられたかどうか、そんなことは知らねえがな」


 オーシェは一瞬やるせない表情をしたが、直後に酒瓶に口をつけた。


 一口……二口……さらに酒を飲み下す。


 酒瓶から口を離した時、彼は元の冷徹な表情に戻っていた。


 オーシェはネーデルの前に立った。


「ひっ……!」


 暗殺者が迫る恐怖にネーデルは腰を抜かした。


 オーシェは屈み込み、ネーデルの首を掴んだ。


 そのまま吊り上げる。


 ネーデルの足が地面から離れた。


 オーシェの親指がネーデルの頸動脈を撫でた。


「頸動脈を絞められて死ぬのは楽だ」


「だが……お前にはこっちか」


 オーシェの指がネーデルの気道を押さえた。


「が……は……」


 呼吸を止められたネーデルがもがく。


 頸動脈を締められた場合と違い、安易に気絶することも出来ない。


 この場に居るオルファンはツクヨだけでは無い。


 キールがオーシェを見ていた。


 キールはオルファンを継ぐ者だ。


 裏切り者がどうなるのか見せなくてならなかった。


 ネーデルは小さな手でオーシェの手を掻いた。


 鍛えられた暗殺者の手はぴくりとも動かない。


 あと五分もせずにネーデルは死ぬだろう。


(こんな小さい子を……死なせちゃうの……?)


 ミミルは救いを求めるように仲間を見た。


 ハルナはネーデルから目を逸らしていた。


 眼の前の出来事に対して何かをする様子は無い。


 悲しいが仕方のないこととでも思っているのか。


 オヴァンは……。


 人の死を受け入れた目で、ネーデルがもがく様をじっと見ていた。


「止めて!」


 ミミルが叫んだ。


 オーシェは止まらなかった。


 これはオルファンの問題だ。


 ミミルの言葉に従う理由など無かった。


「止めろって言ってるでしょ!」


 ミミルはオーシェの腕に掴みかかった。


 オーシェの手がネーデルの首から離れた。


 ネーデルの体が地面に落ち、尻餅をついた。


「けほっ……はぁ……はぁ……」


 気道を開放されたネーデルが空気を吸い込む。


 首にはくっきりとオーシェの手の痕がついていた。


「今度は何だ?」


 オーシェはミミルを睨んだ。


「まさか、子供を殺すのは可哀想なんて言うんじゃないだろうな?」


「こいつはそれだけのことをやった」


「ノイズを戦争に使い、邪悪な力で人を死なせてきた」


「そんな理屈は通じねえよ」


「私は……その……」


 ミミルは何か言いたかったが、言葉が出てこなかった。


 彼に言い返せるだけの理が存在しない。


 オーシェはネーデルに向き直った。


「言うことが無いのなら、仕事を続けさせてもらう」


 その時……。


「ミミル」


 オヴァンがミミルに声をかけた。


「ブルメイ……」


 ミミルはすがるようにオヴァンを見た。


「お前は何がしたい?」


 優しい声だった。


 オヴァンとミミルの目が合った。


 オヴァンの目は先程の冷たい目では無くなっていた。


 ミミルが大好きないつものオヴァンだった。


 ミミルは胸のつかえが下りたような気がした。


(私は理屈で彼女を助けたいんじゃない……)


(ただ、わがままを言いたいだけなんだ)


「私は、彼女を見殺しにしたくない!」


 ミミルははっきりと自分の意思を宣言した。


「話にならねえな」


 オーシェは興醒めといった感じで酒瓶を傾けた。


 再びネーデルへと手を伸ばす。


「待て」


 オヴァンの声がオーシェを制止した。


「彼女が話している」


 英雄ブルメイの言葉だ。


 小娘の言葉とは重圧が違った。


 オーシェは仕方なくその手を止めた。


「ミミル、続けてくれ」


「うん」


 ミミルは言葉を続けた。


「彼女は罪を犯したのかもしれない」


「ひょっとしたら、死ななくてはならないようなことをしたのかもしれない」


「けど、ブルメイ、私達には関係無いでしょう?」


「だって私達は冒険者で……『ごろつき』なんだから」


「ごろつきの私が理屈で動く必要なんか無かったのよ」


「私はただ……」


「子供を殺すブルメイなんか見たくない。子供を見捨てるブルメイなんか見たくない」


「私の前で、そんな冷たい目をして欲しくない」


「それが私の気持ち」


「だから……お願いブルメイ」


「その子を殺さないで」


「わかった」


 オヴァンは即答した。


 オーシェが目を見開いた。


「嘘だろ……?」


「そんな下らない理由で、俺達を敵に回そうってのか?」


「下らなくはない」


「ブルメイ……!」


 ミミルが微笑んだ。少し涙ぐんでいた。


 オヴァン達の様子を見てキールが言った。


「良くわからないけど、オヴァンは先生の敵に回るってこと?」


「やだな……。ボク、オヴァンとは戦いたくないよ」


「そうだな」


 オヴァンはキールの言葉に同意した。


「俺達が戦えば、お互いタダでは済まんだろう」


「ここは話し合いで解決しないか?」


 そう言いながら、オヴァンは旅袋から金棒を取り出した。


「平和的に話し合おう」


 オヴァンの右腕が紅く輝いた。


「ったく……」


 オーシェは頭を掻いた。


「良いぜ」


「……本当か?」


「ああ。おたくらがこっちの『条件』を飲むってんなら、二人を生かしても良い」


「条件とは何だ?」


「竜人ブルメイ……」


「あんたに命を賭けてもらう」




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