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転生ボーイミーツ転生ガール

 ナルガーイ歴985年。


 オヴァン=クルワッセは故郷を出て旅立つことに決めた。


 ……それから12時間以上が経過した。


 夜に旅立って、既に日は高く上っていた。


「参ったな……」


 オヴァンはこれまで二本の足で旅をした経験が無かった。


 転生してから何度か旅行はしたのだけど、全て猫車によるものだったんだね。


 君はどうだい?


 最近の子は歩いて一分の店に行くのにも乗り物を使うと聞いたよ。


 愚神は歩くって気持ちいいと思うんだけど、そうじゃない子も多いのかな?


 特に意味も無く世界樹の上をぐるぐる歩いたりするよ。


 ……別に寂しくないよ。


 この! 長話を延長してやるからな!


 ……とにかく、オヴァンの話だ。


 オヴァンは経験不足が原因で徒歩の旅というものを舐めていた。


 大した荷物も持ってこなかったので、お腹が空いてしまったね。


 空腹のまま道を歩いた。


 それは、『左右を丘に囲まれた見通しの悪い道』だったね。


 次の町は遠く、中々姿を見せない。


 イジワルな町だね。


「はぁ」


 オヴァンは溜息をついた。


「この体がドラゴンだったらひょいっと飛んで行けるんだがな……」


「加護の力を使うか? ……いや、ロクなことにはならんな」


 オヴァンの口調は前世のものに戻っていた。


 あくまで周りに合わせて敬語を使っていただけだからね。


 家を離れれば元の口調に戻るよ。


 さて、空腹のまま歩き続けると、後方から猫の鳴き声が聞こえてきた。


 にゃーみゃおみんみーってね。


 振り返ると、猫車が走ってくるのが見えた。


 ダガー猫が呑気な顔で幌付きの猫車を引いていたね。


 世の中の事なんかさっぱりわからんと言わんばかりの間抜け面だった。


 猫車の大きさは、猫一匹で引く中くらいの奴だ。


 猫車に乗った御者が手綱を握っているのも見えたね。


 見た目40くらいのおじさんだった。


 フサフサの茶髪に白髪が混じっていて、目は細かったね。


 鼻の下には髭を蓄えていた。


 顎髭は綺麗に剃られていたね。


 淡黄色のシャツに、茶色い上着……ズボンは紺色だったかな?


 旅人にしては清潔感の有る格好だったと思う。


 猫車の積荷はよく見えなかったね。


 だけど、旅の猫車なんて、食べ物や飲み物を積んでいるに決まっている。


「これが天の恵みか」


 オヴァンは空を見上げた。


 天……愚神のことかな?


 オヴァンは愚神の恵みに感謝した。


 まあ、愚神はこの時何もしてなかったけどね。


 寝てた?


 いや、起きてはいたけどね。


 オヴァンは食料欲しさに猫車に近付いていった。


 槍を掲げて近付いて行ったね。


 槍と食料を交換してもらうつもりだったんだろう。


 けど、槍を掲げて近付いてくるなんて、明らかにやべーやつだね。


 ヒャッハー! 水を寄越せ! 全部だ! って感じだね。


 おまけに顔には竜の仮面を被っていた。


 そんな奴が近付いてきたら……。


 愚神だったら即座に猫を全力疾走させて逃げ去っていただろうね。


 けど、この時はそうはならなかった。


「こんにちは。坊や、一人かい?」


 御者は挨拶をした。


 当時、オヴァンは子供だったからね。


 多少格好が怪しかろうが、子供なら怖くなかったというわけさ。


 その時だ……。


「クロス(魔物)だ!」


 御者が叫んだ。


 それを聞いたオヴァンは振り返って周囲を見渡した。


 オヴァンから見て右の丘から狼の魔物が駆けてくるのが見えた。


 幾頭もの狼が口の端から黒く濁った唾液を垂らして迫ってくる。


「あいつらも腹が減っているのか……」


 オヴァンはしみじみと言った。


 一方、御者のおじさんは慌てっぱなしだ。


 あまり腕っ節には自信が無いようだね。


 すくなくとも、『俺があの丘を鮮血で染めあげてやる』という気概は無かったようだ。


「やるか……」


 オヴァンは槍を地面に置き剣を構えた。


 広い場所なら剣よりも槍の方が有利なものだけどね。


 あの時のオヴァンの体には槍は少し長くて、それに、剣の方が使い慣れていたからね。


 猫車の前に立ち塞がるように立つと、駆けてくる狼を待ち構えた。


 その時だ。


 何かがオヴァンの頭上を飛び越していった。


 その何かは狼の群れへと向かっていく。


 オヴァンにはそれが何なのか良くわからなかった。


 なぜならば、それの速度がオヴァンの動態視力で捉えられる限界を超えていたからだ。


 何かが近付くと、狼は黒い血しぶきを上げて倒れていった。


 あっという間に全ての狼が倒されていた。


 狼達は黒い粘液となり、蒸発していく。


 すべての敵が倒れると、その何かは動きを停止した。


 何かの全貌が明らかになった。


 それはオヴァンと同じくらいの年……10歳程度の少女だった。


 身長はオヴァンよりほんの少し高い。


 140セダカに少し届かない程度か。


 少女は手にグローブをはめていて、二本のナイフを持っていた。


 そのナイフで狼を斬り倒したらしい。


 ナイフの柄には装飾が為されていて、安物では無さそうだった。


 服は、薄緑色のムラー地方の民族衣装の上に、ぶかぶかのオレンジのマントを羽織っている。


 髪は黒色で、肩の辺りで切りそろえられている。瞳は緑。


 容姿は……将来有望そうな感じだったね。


 少女はナイフを服のお腹の部分に有る『袋』に入れた。


 ちなみに、その袋は『旅袋』というテンプレート(魔導器)だ。


 後で説明するね。


「大丈夫だった?」


 ナイフを仕舞った少女はオヴァンに話しかけてきた。


 オヴァンは少女の態度を見て、自分が下に見られているように感じた。


 それで、とりあえず相手を威圧することにした。


 こういうのを外界では『マウントポジションを取る』って言うらしいね。


 『セクハラ』とも言うんだったかな? 違ったかな?


 オヴァンは少女に対してマウントポジションを取りに行った。


 セクハラだ。


「大丈夫かだと? 別にあの程度……」


 その時、オヴァンのお腹が鳴った。


「…………」


 オヴァンは二の句が継げなくなってしまった。


 腹が減っては戦はできぬ。


 マウントポジションも取れないね。


 結局、この時のオヴァンは少女にセクハラが出来なかった。


 悲しいね。


 もしお腹が鳴らなかったら、オヴァンは少女に思う存分セクハラが出来ていただろうに。


 けど、そうなっていたら、二人が仲良くなれていたかどうかはわからない。


 これで良かったのかな? どうかな?


「お腹空いてるの?」


 少女はくすりと笑った。


「……ああ」


 オヴァンは強い羞恥を感じた。多分。


「何か食べさせてあげる」


「買う」


 オヴァンは憮然として言った。


「え?」


「槍が有る。値打ち物のはずだ。これを売ろう。代わりに食い物をくれ」


「別に、そんなの良いのに」


 笑う少女。


「施しを受ける理由が無い」


「有るよ」


「む……?」


「君は私達のために戦おうとしてくれた。だから、そのお礼」


「俺は何もしていない」


「気持ちは貰ったから」


「……そういうものか?」


「そういうものなのです」


「……そうか。それなら御馳走になるとしよう」


「御馳走って、あんまり凄いのは期待しないでね。旅行食だから」


「今は腹に入るなら何でも良い」


「好きな食べ物は有る?」


「酒だ」


「えっ?」


「……冗談だ」


 これは実は冗談では無いね。


 前世のオヴァンは酒豪だったらしい。


 ウワバミというやつだね。


 この世界ではママが厳しくて飲めていないんだけどね。


 お酒は成人になってから。


 ちなみに、この世界の成人が何歳からかと言うと……。


 止めておこう。何故だか危険な香りがするよ。


「びっくりした。私、ナジミ。ナジミ=オーサ。君は?」


「オヴァン=クルワッセだ」


「よろしくね。オヴァン」


「ああ」


 ナジミは御者の方を見た。


 騒ぎが済んで、御者も落ち着きを取り戻しているようだった。


「おじさん、この子お腹が空いてるんだって。何か食べさせてあげたいんだけど……」


「良いよね? おじさん」


「ああ。もちろんさ」


 御者のおじさんは快諾すると猫車を降りた。


 猫車の後ろへと回り込んで行く。


 食べ物を取り出しに行ったのだろう。


「おじさん? 父親では無いのか?」


「ううん。あの人は私の依頼人」


「依頼人? どういうことだ?」


「私、冒険者なの」


 ナジミは服の首の辺りから胸元の方へと手を突っ込んだ。


 そうして何かを引っ張り出してくる。


 ナジミが取り出したのは冒険者の『等級証』だった。


 その冒険者がどのランクに位置するかを示す、身分証のような物だ。


 金属のプレートで、所有者の氏名などが刻印されている。


 彼女が持つ等級証は『青』かった。


 それは彼女の等級が『インターバル3』であることを示してた。


 冒険者の中では中の中といった立ち位置だ。


 そうは言っても、上の等級へ行けば行くほど人数は少なくなる。


 冒険者の半数はインターバル2以下。


 ナジミはそれなりの功績をあげている優れた冒険者であると言えた。


 彼女の年齢を考慮すると、これは異常なことだと言えた。


「冒険者……」


「俺も冒険者になろうと思っていた」


「えぇ? 君の年じゃあ無理じゃないかなあ?」


 ナジミは困った顔をした。


「お前とそうは変わらないと思うが」


「ん~とね、これ、内緒だよ」


 ナジミはオヴァンの耳に口を近づけた。


「実はお姉さん、『転生者』なの」


「なるほど」


 オヴァンは平然と言った。


「あれ……反応薄いなぁ。意味がわからなかった?」


「いや」


「俺も転生者だ」


「本当!?」


 ナジミは大声で言った。


「……耳元でうるさい」


「ごめん。けど、だって、こんなところで仲間に出会うなんて……」


「仲間?」


「そうでしょ? 一緒に邪神を倒す仲間」


「ふむ……?」


 オヴァンは首を傾げた。


「ねぇ……」


「私とパーティを組まない?」


 ナジミはオヴァンへと手を伸ばした。


「一緒に邪神フラースゾーラを倒そうよ」


 オヴァンはしばらく考えて……ナジミの手を握った。


 伝説の始まりだった。


 ただ、二人がここで出会ったのが良いことだったのかどうか……。


 それは愚神にはわからないね。

 

 後悔は……無かったのかな?




序章『光の虚構散文、その始まり』 了


第一章『スレイヤー達』へ続く



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