ナ=デーポ
次に目が覚めた時、ツクヨは温かいベッドの中に居た。
天蓋付きの豪華なベッドだ。
そこらの安宿や民家で無いことは明らかだった。
「う……」
ツクヨは上体を起こした。
手足を動かしてみる。
折れた脚は繋がっているようだった。
おそらくはリメイクの治療を受けたのだろう。
「目が覚めた?」
すぐ近くから少女の声が聞こえてきた。
ツクヨは声の方を見た。
ベッドの端で少女が微笑んでツクヨを見ていた。
「あなたは……?」
「私はネーデル=メッサーよ。あなたは?」
ツクヨは『オーシェに貰った名前』を言うべきか悩んだ。
「……ツクヨ。ツクヨ=アルジェント」
そして適当に思い浮かべた名前を口にした。
「そう。良い名前ね。私はここ、オーシャンメイル王国の女王なの」
「一応ね」
ネーデルは苦笑した。
「一応……というのは?」
「私は多分、もうすぐ殺されると思うから」
「穏やかではありませんね」
「そうね。それを言うなら、ここら一帯穏やかじゃないわ」
「水が少ない地域だから、それを巡っての争いが絶えないの」
「争いが耐えないから、家臣は強い王を欲しがる」
「だから、お飾りの弱い王は、そのうち消されてしまうでしょうね」
「お飾り……?」
「ええ。少し前の戦争で前国王が戦死して、私は世襲で国王の位を継いだ」
「だけど、私に王としての能力が無いことなんか、皆わかってるわ」
「今、この国で一番力を持っているのは私のおじさま」
「要は、前国王の弟ね」
「皆、おじさまが王位を継ぐことを望んでいるのよ」
「そのためには、私一人を消せば良いというわけ」
「だから、私はそのうち消されてしまうの」
「あなたは……年の割には聡明に見えます。王の資質が無いとは思えない」
「そう? ありがとう。けど、周りはそう思っていないから」
……。
それから数日が流れた。
メイド達はツクヨの角を怖がって近寄ろうとしない。
それで、ネーデルがツクヨの看護をしていた。
あるいは、メイドがネーデルに従わないのは彼女の叔父の意向かもしれなかったが……。
……。
「今日はさよならを言いに来たの」
ある日、ネーデルが言った。
ツクヨは変わらずにベッドの上。
ツクヨの体は殆ど完治していたが、ネーデルは心配して外に出してくれなかった。
「今夜、おじさまにお食事に呼ばれているの」
「だから多分……今夜なんだと思う」
「そうですか」
「明日は来られないと思う。ごめんなさい」
「……あの」
「何? かしこまって」
「一つだけ……あなたが助かる方法が有るかもしれません」
「何?」
「私があなたの叔父を始末します。そうすればあなたが殺されることは無い」
オルファンにとってノイズ使い以外を殺すことはご法度だった。
だが、今のツクヨは掟を守るよりも命の恩人を助けたいと考えていた。
「始末って……そんなこと出来るわけ無いでしょ?」
「出来ます」
そう言ってツクヨは右手を上げた。
指輪から銀糸が伸び、ネーデルの体に巻き付いた。
「これは……?」
「暗殺用のテンプレートです」
ツクヨは銀糸を指輪へと戻した。
「これを使ってあなたの叔父を殺します」
「暗殺って……あなた、何者なの?」
「それは……話せません」
「そう……。だけど、ダメよ」
「どうしてですか?」
「たとえおじさまが居なくなっても、私に王としての力が無いことには変わりが無いもの」
「私が玉座に座っている限り……私の命を狙う者が消えたりはしない」
「だって……皆がそう望んでいるんだから」
ネーデルの目尻から涙が溢れた。
今までネーデルがツクヨに涙を見せたことは無かった。
これで最後だから……。
最後くらいは泣いても良いと思ったのかもしれない。
ツクヨの胸が締め付けられた。
その時……。
ツクヨの耳元で何かが囁いた。
邪悪の囁き。
それはウルヴズにとって最大の禁忌のはずだった。
「それなら……」
「もし……力が得られるとしたらどうです?」
「え……?」
「あなたにある秘術を授けます。『ノイズ』と言われる邪悪な力ですが……」
「きっとあなたを守ってくれると思います」
「邪悪……? あなた、何者なの?」
「……それは話せません」
「そう……。だけど、その力さえ有れば私は殺されずに済むのね?」
「はい。上手く行けば」
「ただし、この力を使う者には、常に暗殺の危険がつきまといます」
「それでもよろしいのでしたら……」
「暗殺の危険? そんなの、今と変わらないじゃない。いえ。今よりはずっとマシだわ」
「教えて。私に生きる方法を」
「わかりました」
……。
その夜、ネーデルは一人で叔父の食卓を訪れた。
ツクヨも同行を申し出たが、部屋に近付くことすら許されなかった。
招かれた部屋には長いテーブルが有り、その上座に叔父、ウヴァ=メッサーが座っていた。
ウヴァの額は剥げ、頭頂から後頭部にかけては赤い癖毛が生えていた。
身長は平均的で、顔は四角く、やや肥えている。
眉は太く目つきは鋭い。
服装は濃紺の西方風だった。
彼に続いて息子と妻が座っている。
いずれも西方風の装いだった。
叔父の後ろには警護の兵が四人備えていた。
左右の壁にはメイドが一人ずつ。
上座は王の物だ。
これは王をもてなす態度ではない。
ネーデルは今夜自分が殺されるのだと確信した。
ネーデルは右手をぎゅっと握った。
その中指には紅い宝石がはまった指輪が有った。
王位の証であるオリジナル。
本来の用途は鍵だが、リメイクを強めてくれる効果も有った。
ノイズにも効き目が有るのかは不明だが、今のネーデルにとっては大切なお守りだった。
「お招きくださってありがとうございます」
ネーデルは笑顔を浮かべた。
本心の笑顔では無い。
無礼なもてなしを受けたのだ。
王としては憤怒して当然だった。
敵意を悟られないための、媚びた笑顔だった。
物事を何も知らない子供のように、にっこりと。
「座れ」
叔父は短く言った。
ネーデルは一番下座へと歩いていく。
椅子の前まで来て、ネーデルはこのまま座って良いのかと疑問に思った。
ツクヨはノイズの一つを教えてはくれた。
だが、この呪文が効力を発揮するには相手の体に直接呪文を書く必要が有った。
このまま食事をすれば、毒を盛られて殺されるかもしれない。
大人しく席に着くわけにはいかなかった。
貴人が着席する時、本来ならメイドが椅子を下げるはずだが、メイドは何もしなかった。
叔父がとことんまでネーデルを軽んじているのが見て取れた。
「おじさま」
ネーデルは勝負をかけることにした。
「常日頃、未熟な私のせいで政務を任せることになり、申し訳なく思っています」
「お詫びの印として、おじさまの肩でも揉ませていただければと思うのですが」
叔父はぎろりとネーデルを見た。
本心か、媚びているのか、それ以外の意図が有るのか、見極めようとした。
叔父の目にはネーデルが怯えているように見えた。
事実、ネーデルにとって叔父は恐ろしい存在だった。
(……媚びか)
叔父はそう判断した。
(媚びるということは、この歳で力関係が理解出来ているということ)
(愚物なら生かしても良いかと思ったが、やはり、消す必要が有るな)
「おじさま……?」
ネーデルが叔父の顔色を窺う。
「良いだろう」
「ありがとうございます」
ネーデルが叔父に向かって踏み出そうとした時……。
「身体検査をしろ」
叔父がメイドに言った。
「え……?」
メイドがネーデルの体に手をかけた。
まずは指輪が奪われた。
大切な指輪だったが、あっさりとメイドの手に渡ってしまった。
次に、ネーデルの衣服が乱暴に脱がされる。
身体検査と言うにもやりすぎだった。
一国の王に為されていい行いでは無かった。
だが、異議を挟む者は一人も居ない。
部屋の全てが冷たい目でネーデルを見ていた。
いや……。
ただ一人、叔父の息子、カーパだけが驚いた目でネーデルを見ていた。
彼はネーデルより幼い。
この日、王宮というものの一端にようやく触れたのだろう。
ネーデルと目が合うとカーパは気まずそうに目を逸らした。
脱がされた衣服が返されることは無かった。
裸のままネーデルは立ち尽くした。
「それでは、肩でも揉んでもらおうか」
何事もなかったかのように叔父が言った。
ネーデルは青ざめた顔でよろよろと叔父の後ろへ向かった。
彼女の前には無防備な叔父の背中が有った。
あまりにも隙だらけの背中だった。
ナイフが一本有ればネーデルでもこの男を殺せたかもしれない。
だが、今のネーデルに一切の武器は無かった。
たった一つ、ノイズを除いては……。
ネーデルはツクヨの言葉を思い返した。
「たとえテンプレートが無くても、指先一本でもノイズを成立させることは可能です」
彼女を信じるしか無かった。
ネーデルは叔父の背中に触れた。
自分にノイズの才能が有るかどうかはわからない。
だが、やるしか無かった。
ネーデルの指先が黒く光った。
素早く、一瞬で呪文を……。
「あ……」
ネーデルは吐血した。
警護の兵の槍がネーデルの背中を貫いていた。
「こいつ! 怪しい動きを!」
兵士が叫んだ。
ネーデルは倒れた。
血がどくどくと流れていく。
育ちきらないネーデルの体に対し、槍の穂先はあまりにも大きかった。
体に力が入らない。
もう立ち上がれそうには無かった。
次の瞬間……。
叔父が立ち上がった。
「貴様!」
叔父は警備兵から槍を奪った。
そして……。
警備兵を斬り倒していた。
「ウヴァ様……!?」
残った兵士が困惑の声を上げた。
今夜、この場所で、ネーデルを殺すのでは無かったのか。
斬られた兵士に何の落ち度が有ったというのか。
「ネーデルを傷つける者はこの私が許さんッ!」
ウヴァが叫んだ。
禁呪ナ=デーポは完成していた。
ウヴァはネーデルに『魅了』され、その虜となった。
ネーデルは叔父の支持という最大の地盤を手に入れた。
ネーデルの覇道が始まった。




