オルファンズ
ハルナ達はネーデルを連れてオヴァンの所に向かった。
護衛の兵士も一人ついてきたが、敵対するつもりが無いようだったので放置することにした。
ネーデルはオヴァンの前に立った。
後ろからハルナ達が彼女の様子を見張る。
「さあ」
ハルナが急かすとネーデルはオヴァンの胸に触れた。
そして、指を動かしていく。
「あなたはオリジナルを触れさせていたのではなく……」
「指で『呪文を書いていた』のですね?」
「ええ。そうよ」
ネーデルは頷いた。
呪文を書き終えるとネーデルはオヴァンから離れた。
「起きて下さい」
ハルナが回復フレイズを綴った。
オヴァンと……ついでに近くで倒れていたツクヨも治療する。
サークルが消えてしばらくすると二人共立ち上がった。
ツクヨは油断ならない目でハルナ達を見た。
だが、ネーデルに戦意が無いのを見て体から力を抜いた。
「俺は……」
オヴァンはハルナと向き合って立った。
「しょうきにもどったみたいですね」
「すまん。面倒をかけた」
「いえ。お互い様ですよ」
「そうだ……」
オヴァンはズボンのポケットに手を入れた。
「ミミル……」
オヴァンはズボンから抜き出した手を開いた。
そこにはグシャグシャに壊れたミミルの髪飾りが有った。
「壊してしまった。すまない」
「ブルメイが無事なら良いのよ」
「そうか。これのおかげで助かった。感謝している」
「良かった」
「……さて」
オヴァンはネーデルを見た。
「どうしたものかな」
「オヴァン……私……」
オヴァンを見返すネーデルの目には怯えの色が有った。
その時……。
「どうなってやがる」
男の声がした。
オヴァンは声の方を見た。
「あなたは……!」
男を見たツクヨが震えだした。
「オーシェ=オルベルン」
マーネヴの暗部、ウルヴズの一員。
オルファンオブウルフを束ねる男がそこに立っていた。
オーシェは酒瓶を片手にぶらぶらとオヴァン達に近付いてきた。
「何だこの騒ぎは? どうして竜人ブルメイが王宮に居るんだ?」
「それはこっちのセリフだ」
「わかってるだろう? 俺達の仕事は」
「ネーデルを殺しに来たか」
「その様子だと、皇帝が『ノイズ使い』だってのは間違い無いようだな」
「そのようだ」
「……良し」
「ワン子、殺せ」
オーシェの言葉と共に、護衛の兵士が短剣でネーデルに切りかかった。
「陛下!」
ツクヨがネーデルと兵士の間に入った。
「うっ……」
ネーデルを庇ったツクヨは腹に斬撃を受けて倒れた。
ツクヨの体から流れた血がネーデルの靴を汚す。
「ひっ……!」
ネーデルは尻もちをついた。
兵士は鉄兜を外した。
キールの素顔が外気に晒された。
「キール!?」
「気付いていなかったのですか?」
驚きを見せたミミルに対し、ハルナは冷静に書いた。
キールはツクヨを斬り倒したまま動きを止めていた。
「どうしたワン子。どうして刃を止める」
「先生……」
キールは倒れたツクヨの顔を見下ろした。
「この人、オルファンだよ。ボクの速さに対応しようとした」
「本当か?」
「うん。多分……」
「チッ……」
オーシェは回復フレイズを唱えた。
ツクヨの傷と裂かれた衣服が修復される。
精神的なショックが大きいのか、傷が治ってもツクヨの意識は戻らなかった。
「どうするの?」
キールが尋ねた。
「話を聞く必要が有る。そっちの皇帝も一緒にな」
「とりあえず、ここを脱出するぞ」
「二人を連れて?」
オルファンは隠密の手段に長けるが、それは足手まといが存在しない場合に限る。
「……ブルメイ、手伝え」
オーシェがオヴァンに言った。
「わかった」
そう言うとオヴァンは顔を空へと向けた。
オヴァンのブレスが空へと放たれた。
「何のつもりだ?」
オーシェが尋ねた。
「少し待て」
「あんまり悠長にしている余裕は……」
「来た」
空を見上げたままオヴァンが言った。
「こいつは……」
羽音が聞こえた。
オーシェは音の方を見た。
オヴァンのドラゴン、スマウスが王宮の上を舞っていた。
「関所破りは重罪ですよ」
ハルナが書いた。
ハルナの言葉にオヴァンは苦笑した。
「何を言っている」
「王宮に攻め入っておいて、いまさら重罪も何も無いだろう」
「確かに」
オヴァン達はツクヨとネーデルを連れてスマウスに飛び乗った。
その時、兵士達が裏庭になだれ込んできた。
「陛下!」
兵士達が槍を構えてスマウスに殺到してくる。
兵士の槍が届くよりも早く、スマウスは空へと舞った。
為す術無い兵士達の上空を黒竜が飛び去っていった。
……。
オヴァン達は『帝都から離れた砂漠』に移動した。
帝都にも羽猫やドラゴンの備えは有っただろう。
だが、全力で飛ぶスマウスを追える者など帝都には存在しなかった。
「さて、話を聞かせてもらおうか」
オーシェはツクヨに問うた。
「お前は……誰だ?」
「私は……」
ツクヨは怯えを隠せない様子で答えた。
「私は『サキ』です。先生」
「えっ? サキちゃん?」
「サキだと?」
キールとオーシェの二人が同時に驚いてみせた。
「お知り合いなのですか?」
ハルナが尋ねた。
「サキは『オルファン02』だった。仕事中に行方不明になって死んだと思われていた。だが……」
「何ですか?」
「顔が違うんだよ」
「匂いも違うよね」
「それは知らん」
「どういうことですか?」
「呪いのせいです。黒い雨を受けて、私の容姿は別人のようになりました」
「なるほど。ウルヴズのネットワークから逃れられたわけだ」
「それで、何だ? どうして皇帝の腰巾着になった? 皇帝のノイズで操られでもしたか?」
「……いえ。私は操られてなどいません」
「どうかな」
「本当です。私は……私が……」
「陛下にノイズをお教えしたのです」
……。
ツクヨがネーデルと出会う少し前。
ツクヨはオーシャンメイル王都の北東に有る町でオルファンとしての任務を終えた。
そして相棒のオルファン03と共に帰りの旅路を歩んでいた。
任務はさほど難度の高いものでも無かった。
二人は軽々と任務を終え、町から脱出することが出来た。
あとは任務の達成を王都に居る連絡員に報告するだけ。
そのはずだった。
だが……。
油断していた二人を突然に巨大な烏が襲った。
「大きい……! まさかデッドコピー!?」
烏の嘴がツクヨの腕を捕らえた。
ツクヨを咥えたまま空へ飛び上がっていく。
ツクヨは元居た地点からぐんぐんと遠ざかっていった。
「ぐうっ……! 放せ……!」
ツクヨはテンプレートの糸を烏の羽に巻きつけた。
烏は体勢を崩した。
嘴の力が緩み、ツクヨは宙へと投げ出された。
地上には広大な砂漠だけが有った。
ツクヨは足から地上へと落下した。
「あぅっ……!」
ツクヨは呻いた。
高所から落下したことで両脚を骨折していた。
激痛が彼女を襲う。
「あ……あぁ……」
ツクヨの両目から涙が溢れた。
ツクヨは助けを求めて周囲を見た。
烏の怪物は飛び去ったらしい。
姿は見えなかった。
周囲には砂しか無い。
ツクヨは適正が無く、回復フレイズを使えなかった。
傷の治療は相棒のオルファン03の役目だった。
旅の物資を持っているのもオルファン03の方で、ツクヨ自身は軽装だった。
この体では歩行は不可能。
這って動くにしても、どちらに行けば人里が有るのかもわからない。
ツクヨの気力は萎え、ぼんやりと横たわった。
……。
一日が経過した。
砂漠の一日はツクヨの想像以上に過酷なものだった。
朦朧とするツクヨの頭上に『黒い雲』が出現した。
傘などという便利な道具は持っていない。
黒い雨が容赦なくツクヨに降り注いだ。
雨はツクヨの体温を容赦なく奪っていく。
雨に打たれていると、ツクヨの側頭部がズキズキと痛みだした。
頭の皮膚を突き抜けて頭蓋骨が飛び出してきた。
「あああっ……!」
頭から血が流れた。
ブチブチと頭の皮膚を切り裂きながら頭蓋骨は頭上へと伸びた。
やがて飛び出た頭蓋骨は変質し、『山羊のような尖った角』へと変貌していた。
角が生え終わると頭の痛みは消えていた。
だが、痛みが消えても今の状況が良くなるわけでは無かった。
折れた脚はそのまま。
雨に体力を奪われた分、状況はさらに悪化している。
(これで自分は死ぬんだな……)
ツクヨはそう思った。
死を受け入れて目を閉じたその時……。
「やっぱり! 人が居るわ!」
幼い少女の声がした。
ツクヨは目を開けた。
「ねえ、大丈夫!?」
十歳にも届かないほどの小さな少女がツクヨの顔を覗き込んでいた。
ツクヨは少女に答えようとした。
「ぁ……」
衰弱したツクヨは満足に声を出すことが出来なかった。
彼女の喉からは、かすれた声がほんの僅かに漏れ出た。
「生きてるわ! 誰か!」
少女の声を受けて鎧を来た男達が駆け寄ってきた。
どこかの兵士のようだった。
ツクヨを見た男の一人が口を開いた。
「これは……」
「なんという禍々しい角だ……」
兵士達はツクヨの角に嫌悪感を抱いたようだった。
「角って、ただのアレンジでしょう?」
「お言葉ですが陛下。このような角の生えたアレンジなど、聞いたことが有りません」
「ここで始末しましょう」
兵士の一人が動けないツクヨに槍を向けた。
「駄目よ! 可哀想でしょう!」
ネーデルはツクヨを庇って彼女に覆いかぶさった。
「邪悪な存在かもしれません」
「邪悪な存在なら、こんな所で死にかけてたりなんかしないわ」
「国王命令よ。助けてあげて」
「ですが……」
「お願い。きっと、これが最初で最後の命令だから」
「陛下……」
兵士達は顔を見合わせた。
「わかりました。お前達、このアレンジを猫車に運べ」
「はっ!」
ツクヨは猫車の中に運ばれた。
そこで意識が途絶えた。




