俺の主人とパーティメンバーが修羅場過ぎる件
オヴァン達の居る寝室が揺らいだ。
ネーデルの直下の床面に亀裂が走った。
「ひゃっ……!?」
「陛下……!?」
「ネーデル!」
身動き出来ないネーデルに対し、オヴァンが駆けた。
オヴァンはネーデルを抱きかかえると窓の方へと跳んだ。
それまでネーデルが居た場所を樹木の先端が貫いていった。
オヴァンは窓を蹴り壊すと三階の寝室から飛び出した。
ツクヨと兵士もそれに続いた。
オヴァンはネーデルを抱えたまま『王宮の裏庭』に着地した。
「ありがとう……。オヴァンが居なかったら私……」
ネーデルの感謝の言葉をオヴァンが遮った。
「油断するな。来るぞ」
オヴァンは三階の窓を見上げた。
やがて、窓からはハルナとミミルの二人が飛翔してきた。
ハルナ達は地上に降り立ち、オヴァン達と向き合う形になった。
両者の距離はおよそ15ダカールほど。
ハルナの距離だった。
「オヴァンさん……」
ハルナはオヴァンを見た。
彼女を良く知らない人間にはハルナは無表情に見える。
だが、オヴァンにはハルナが怒っているということがはっきりとわかった。
オヴァンのこめかみを冷や汗が伝った。
「ハ……ハルナ……」
「何ですか? 下らないことは言わないで下さいよ?」
言葉を書き終えてもハルナのテンプレートはぴったりと看板に添えられていた。
いつでも攻性フレイズを放てるという意思表示だ。
一方、オヴァンの仮面では三対の紋様が輝いていた。
「その……すまないとは思っている」
「何がです?」
「俺がネコネコ団を抜けてしまうことだ」
「ブルメイ、本気なの?」
ミミルが悲しそうにオヴァンを見た。
「本気だ」
「どうして?」
「それは……俺がネーデルを愛してしまったからだ」
「ロリコン」
ハルナが容赦なく書いた。
「うっ……」
「オヴァン! 何を下らないことを話しているの!」
ネーデルがオヴァンを叱った。
「侵入者の二人くらい、さっさと倒してしまいなさい!」
「だが……」
「私の言うことが聞けないの?」
「それは……」
「オヴァン、屈んで」
「む……?」
オヴァンは言われるままに頭を下げた。
ネーデルはオヴァンの頭に手を伸ばすと仮面をずらし……。
頬にそっと口づけをした。
「あなたにブルードラゴンの加護を」
オーシャンメイル流の祝福だった。
正式な作法では頬ではなく手に口づけするのだが、オヴァンにはわからない。
ネーデルは赤くなってオヴァンに背を向けた。
「頑張りなさい」
「あ、ああ……」
愛しいネーデルにここまでされてはオヴァンも戦わないわけにはいかない。
オヴァンは旅袋に手を入れ、金棒を構えた。
「オヴァンさん、まさか私とやるつもりですか?」
ハルナは温度が下がった目でオヴァンを見ていた。
「……すまん」
「……そうですか」
ハルナの瞳がぎらりと光った。
「っ!」
オヴァンは駆けた。
ハルナは一秒有れば自分を殺せる。
動かずにはいられなかった。
両者の距離は15ダカール。
オヴァンであれば一瞬で詰められる距離だった。
だが……。
爆炎、爆炎、爆炎、麻痺。
オヴァンがハルナに届くまでにハルナは4つの初級フレイズを完成させていた。
オヴァンはリメイク防御を剥ぎ取られ、そして倒れた。
オヴァンの金棒が落下し、地面を揺らした。
効きの弱い初級の麻痺フレイズであっても抵抗力の無いオヴァンを縛るには十分だった。
呆気なく倒されたオヴァンだが、ハルナを倒せていた可能性は有った。
女神の加護を使っての突進。
そうしていればフレイズが完成するよりも早くハルナを倒すことが出来ただろう。
だが、加護を使った時のオヴァンは力の調節が効かない。
ハルナを殺すつもりが無くては使えない技だった。
一方、ハルナもオヴァンが加護を使う可能性は予期出来ていた。
その時は潔く死ぬつもりだった。
結果はそうはならなかった。
ハルナはしゃがみ込むと動けないオヴァンの髪に触れた。
「ありがとうございます。優しいオヴァンさん」
一瞬微笑むとハルナは立ち上がった。
そしてフレイズを綴り、オヴァンの仮面に再びリメイク防御を充填した。
オヴァンの仮面が輝きを取り戻したのを見るとハルナは皇帝を見た。
「オヴァン……」
皇帝の顔には年相応の揺らぎが見られた。
一方、ハルナの双眸には明らかに怒気が篭っていた。
オヴァンにはリメイク抵抗力が無い。
一歩間違えればハルナはオヴァンを殺してしまっていた。
それがハルナには許せなかった。
ハルナは敵を始末するべくテンプレートを動かそうとした。
その時……。
「動かないでください」
ツクヨが言った。
ハルナの首に締め付けられる感触が有った。
「……?」
ハルナは目を凝らした。
ツクヨの右手中指の指輪からハルナの首へと『銀色の糸』が伸びていた。
ツクヨが詠唱をした様子は無かった。
(テンプレート……?)
ハルナの推測は当たっていた。
ツクヨが用いたのは『操糸』のテンプレート、『ラジャ=マヌゥ』だった。
「ハルナを放しなさい!」
ミミルはツクヨに向かって弓矢を構えた。
ツクヨは矢を向けられても動じた様子が無い。
「投降して下さい」
ツクヨが言った。
「さもなくば、頸動脈を切ります」
ミミルは迷い、ハルナを見た。
ハルナもミミルを見た。
(射って下さい)
ハルナはミミルに対して口を動かして合図した。
「っ!」
ハルナの唇を読み取り、ミミルが矢を放った。
(馬鹿な……!)
若い女二人にここまで躊躇のない行動が取れるものなのか。
ツクヨは驚きながらも銀糸を操った。
銀糸がハルナの首の血管を刈った。
ハルナの首から血液が噴き出した。
さらに、ツクヨは指輪の無い左手でミミルの矢を掴んだ。
「っ……!」
ツクヨが呻いた。
ツクヨの腹がミミルの矢に射抜かれていた。
「矢が一本だなんて言った?」
「あぐっ……!」
予想外の二本目の矢。
ツクヨは地面へと射倒された。
ツクヨの銀糸がハルナの首から離れた。
一方のハルナは失神しそうになりながらも回復フレイズを綴っていた。
ハルナが意識を失う直前……フレイズは完成した。
サークルが展開される。
ハルナの出血は止まった。
ハルナは依然として二本の脚で立っていた。
「ハルナ、大丈夫!?」
ミミルが心配そうに尋ねた。
「はい。リメイクが間に合いましたから」
平然とした様子のハルナにミミルは畏怖を感じた。
同じ場所から冒険を始めたはずだった。
冒険者としての等級は同じ。
だが、ミミルの目には既にハルナは自分の手が届かない高みに居るように思えた。
オヴァンとツクヨが倒れたことで、後にはネーデルと兵士が一人残された。
「っ……! ツクヨまで……!」
ネーデルはハルナに背を向けて駆け出した。
「あっ! 待って下さいよ!」
兵士もネーデルの後を追う。
「待ちなさい!」
ミミルがネーデルの脚に向かって矢を放った。
矢がネーデルにまで届くことは無かった。
ネーデルの後ろを走る兵士が矢を叩き落としていた。
一方、ハルナもフレイズを完成させていた。
地面に落ちていたオヴァンの金棒が浮かび上がり、ネーデルに向かって飛んだ。
ハルナに背を向けたネーデルは金棒に気付いていない。
ネーデルの足元に迫る金棒は……。
再び、護衛の兵士に阻まれた。
金棒が兵士の隣を通過する瞬間、兵士は金棒の側面を強く蹴りつけていた。
金棒の進路が僅かにずれ、ネーデルの隣すれすれの位置を飛翔していった。
金棒に驚いたネーデルは一瞬ハルナの方を振り向いたが、すぐに前を向いて駆け去っていった。
「追いましょう」
ミミルがハルナに言った。
「はい」
ハルナはオヴァンを見た。
「オヴァンさんを正気に戻す方法を聞き出さないといけません」
……。
二人はネーデルを追った。
ネーデルが向かったのは王宮とは離れになっている宝物庫だった。
二人が宝物庫の前に立つと、ネーデルが宝物庫の中から出てくる所だった。
ネーデルは小さな体で大きな青い壺を抱えていた。
「そこまでよ!」
ネーデルがハルナに壺の口を向けた。
「これが有れば、あなたはもうお終いよ」
「だけど、謝って私の軍門に下るのなら、生かしておいてあげても良いわ」
「そうですね……」
ハルナは書いた。
「地に伏して許しを請うなら、オヴァンさんに手を出したことを許してあげても良いですよ」
「そう……。あなた、お終いね。フフッ」
「けど、嬉しいかも。これまで一度も『この子』を使う機会が無かったから」
ネーデルは昏い微笑を浮かべると、壺の側面を擦った。
「あはっ。出しちゃえ」
壺から何者かの頭部が飛び出してきた。
続いて前足、胴体も。
最初小さく見えたそれは、壺から体が出るごとにどんどんと大きくなっていった。
全体が開放されたそれはずしりと大地を踏みしめた。
それは体長16ダカールも有る巨大な虎だった。
「この子、『ベルセルク』は『国喰らい』よ」
国喰らいとは、実際に国を滅ぼしたことがあるデッドコピーに与えられる称号だった。
デッドコピーの中でも上位の実力を持っていると考えて間違いは無い。
「どうして国喰らいが壺の中に……?」
「冥土の土産に教えてあげましょうか」
「450年前、この地方の国々はベルセルクによって滅ぼされたの」
「このままでは大陸全体が危ういというほどの危機だった」
「そこへオリジンが現れて、巨大なドラゴンを召喚してベルセルクを倒した」
「そして、オリジンはこの壺、『ドゥラ=エーモ』の中へとベルセルクを封印したの」
「壺は王家の人間が代々受け継いで守ってきたの」
邪神の小指とベルセルク。
オーシャンメイルは長年これら二つの負の遺産を抱えてきたらしい。
その一つはオヴァンによって消滅したわけだが……。
「なるほど。ドゥラ=エーモと言えば旅袋の原型。有名なオリジナルですね」
「オーシャンメイルが保管していたとは。一つ勉強になりました。ですが……」
「捕まえた化物を出してしまって良いのですか?」
クロスオーバーは人間への殺意で動く。
調教で従えることが出来るような存在では無かった。
「ええ。ベルセルクは完全に私の言うことを聞くもの」
「やはり……オリジナルですか?」
ハルナはネーデルの右手中指の指輪を見た。
「そんなことどうでも良いでしょう? あなた達はここで死ぬんだから」
ベルセルクは唸り声を上げてハルナを睨みつけた。
「ハルナ……どうするの?」
ミミルが不安そうにハルナを見た。
「これは……プランBで行きましょう」
「プランBって何だっけ?」
ハルナは返答することなく看板にテンプレートを走らせた。
「作戦なんて、ベルセルクの前では無駄よ!」
「やっちゃえ! ベルセルク!」
「えっ?」
突然、ベルセルクの足が地面に沈み始めた。
硬い砂地だったはずの地面はいつの間にか泥沼に変わっていた。
ベルセルクは泥沼から抜け出そうと脚を動かした。
腐っても国喰らいだ。
数秒も有れば泥沼から脱出することが出来ただろう。
だが、数秒のロスはハルナの前では致命的だった。
ハルナがテンプレートを天に掲げ、そして振り下ろした。
すると、遥か上方からベルセルクへと高速で飛来する物が有った。
オヴァンの『夜明けの鉄槌』だった。
ネーデルの抵抗を予期してハルナが予め浮かせておいた物だった。
ハルナのコントロールは完璧だった。
大気摩擦で赤熱した鉄塊がベルセルクの頭部に突き刺さった。
高重量かつ超高速の一撃でベルセルクの頭がひしゃげたトマトのように砕け散った。
かつて国々を滅ぼした魔獣は呆気なく絶命し、蒸発した。
「ブッ潰しました」
「え……? 嘘……? どうなってるの……?」
伝説の国喰らいがほんの数秒で殺されたという事実がネーデルには理解出来なかった。
名うての冒険者が束になってかかっても敵わない。
ベルセルクとはそれほどの化物のはずだったのに……。
途方に暮れるネーデルの前にハルナとミミルが立った。
護衛の兵士が二人に向かってくる様子は無かった。
「指輪を渡して下さい」
ハルナが書いた。
「っ……」
ネーデルは観念したのか、素直にハルナの言葉に従った。
ネーデルは指輪を外すと地面に置いた。
ハルナは指輪を拾い上げた。
それから旅袋に手を入れ、顕微鏡を取り出した。
魔導器を解析するための物だった。
ハルナは顕微鏡を使って魔導器の刻印を読み取っていった。
「どう? ハルナ」
「これは……」
「どうしたの?」
「このオリジナルに『人を操る力』は無い……?」
「えっ? きゃあっ!」
油断したミミルにネーデルが飛びかかった。
ネーデルは……。
その指をミミルの服の上に走らせた。
「このっ……!」
ミミルに振り払われ、ネーデルは地面に転がった。
だが、その顔には勝利の笑みが浮かんでいた。
「やったわ……!」
「あなた! そのリメイカーを倒しなさい!」
ネーデルがミミルに命じた。
「…………」
ミミルは無言のままネーデルの方へと歩いて……。
その頬を張った。
「えっ……!?」
ネーデルは呆然として叩かれた頬に触れた。
「馬鹿じゃないの!? そんな命令聞くわけないでしょ!?」
ミミルはネーデルを怒鳴りつけた。
「どうして……!? あなたには私の力が効かないの……!?」
「力?」
ハルナは尋ねた。
「あなたがオヴァンさんを操ったのは、オリジナルの力では無いのですか?」
「それは……」
「答えて下さい」
ハルナがネーデルを睨んだ。
伝説のデッドコピーより強い人間に逆らうなど、ネーデルには不可能だった。
「私は……」
「『ノイズ』っていう力が使えるの」
「ノイズ……!?」
ミミルは驚いた。
それはマーネヴで存在を知った禁呪だった。
「ノイズを知ってるの?」
ネーデルが意外そうに言った。
「はい。とりあえずは……」
「オヴァンさんを元に戻して貰えますね?」
「……わかった」
ネーデルは素直に頷いた。




