スウィートマスク
オヴァンが邪悪の小指と戦った日の二日後……。
正午、皇帝ネーデルのメイド、ツクヨが『ハルナ達の宿』を訪れた。
「ブルメイ様からあなた方への手紙を預かってきました」
ハルナはツクヨの手から手紙を受け取った。
そんなハルナの手元をミミルが後ろから覗き込んでいた。
「手紙……ですか?」
「ブルメイは今どこに居るの?」
ハルナとミミルはそれぞれ質問を発した。
「全てはその手紙にしたためてあります」
ハルナは不思議に思った。
直接会いに来られるはずなのに、どうして手紙などという回りくどい手段を使うのか。
「オヴァンさんはどうして……」
「失礼致します」
ツクヨは強引に話を断ち切った。
ハルナ達に背を向けて寝室から退出してしまう。
後にはハルナとミミル、それと手紙だけが残された。
「ねえ、なんて書いてあるの?」
「ええと……」
ハルナは上質の紙で出来た封筒を開いた。
中にはオヴァンに似合わない可愛らしい便箋が有った。
便箋にはハートマークやウサギの絵などが散りばめられていた。
なるべくそれらを気にしないようにしてハルナは手紙を読み始めた。
手紙にはこう書いてあった。
「俺だ」
「突然だが、俺はネーデルの部下になることに決めた」
「だから、お前たちと旅を続けることは出来ない」
「こんなことになって本当に済まないと思っている」
「だが、ネーデルのような魅力的な人物の誘いを断ることは俺には出来なかった」
「ハルナ、お前は俺が知る限り最高のリメイカーだ」
「俺が居なくてもきっとオリジナルを見つけることが出来ると信じている」
「お前たちの旅が上手くいく事を願っている」
「それでは、元気で」
ハルナは手紙を読み終えた。
「……………………」
「ど、どういうこと?」
動かないハルナの後ろからミミルが急かすように言った。
「どうやら……」
「私は最高のリメイカーらしいです」
ハルナは誇らしげに書いた。
「大事なのそこ!?」
「冗談です」
「いったい、ブルメイはどうしちゃったの……?」
「どうやら……」
「オヴァンさんはロリコンだったらしいです」
「ロリコンって何?」
初心なミミルの脳内には小児性愛という概念が存在しなかった。
自分がスベってしまった事に気付いたハルナは少し頬を赤らめた。
「……それはさておき」
「さて置くんだ」
「オヴァンさんは皇帝にナニカサレタ可能性が高いですね」
「何かって?」
「詳しいことはわかりませんが……皇帝が刺客に襲われた時の事を覚えていますか?」
「ええ。ブルメイが刺客の人を止めたのよね。格好良かったわ」
「そうですね。問題はその後のことです」
「皇帝を憎んでいたはずの刺客が、突然に彼女に心酔するようになった……」
「刺客が豹変したのは皇帝が彼に触れてから」
「そして、皇帝の右手には紅い宝石がはまった指輪が見えました」
「それって……皇帝様がオリジナルで刺客の人を操ったっていうこと?」
「その可能性は高いと思われます」
「ブルメイも、皇帝様のオリジナルで操られちゃったの?」
「おそらく」
「っ……!」
ミミルは寝室の出入り口に足を向けた。
「どこへ行くのですか?」
「どこって……王宮よ! ブルメイを返して貰わなくちゃ!」
「強引な手を使った皇帝が、素直に彼を返してくれるとは思えませんが」
「だったらなおさら、このまま黙っているわけにはいかないでしょう?」
「もし私達が王宮へ行けば、戦いになる可能性が高いです」
「皇帝に歯向かうということは、オーシャンメイル帝国を敵に回すということ……」
「私達は殺されてしまうかもしれません」
「それでも……オヴァンさんを助けに向かいますか?」
「もちろんよ! 私達はネコネコ団なんだから!」
「……良いでしょう」
「ミミルさんも連れて行ってあげます」
「ええ。……え? 連れて行く?」
「危ないので、あなたを置いて私一人で行くつもりだったのですがね」
「そこまで覚悟しているというのであれば私についてきても良いですよ」
「……こっちのセリフよ」
「行きますか」
「ええ!」
二人は宿を飛び出していった。
……。
「もう起きても良いか?」
王宮に有る来客用の寝室の一つ。
天蓋付きのベッドに寝そべってオヴァンが尋ねた。
「ダメよ。あなた、大怪我をしたんだから」
ベッドの端に腰かけたネーデルがオヴァンをたしなめた。
「もう治った」
そう言ってオヴァンは左腕を持ち上げてみせた。
事実、リメイクによってオヴァンの腕は殆ど完治していた。
「こら、動かしちゃダメ。怪我っていうのは治りかけが肝心なのよ」
「…………」
オヴァンは素直に腕を下げた。
「退屈だな」
「我慢しなさい。何か食べたい物が有ったら持ってきてあげ……」
「酒」
ノータイムだった。
「お酒? お酒って怪我の時に飲んでも良いのかしら?」
「問題ない。酒は薬になる」
「そうなの? それじゃあ持ってきてあげるわね」
ネーデルはオヴァンを残して部屋から駆け出していった。
そして……。
何本もの酒瓶を籠に入れて帰ってきた。
ネーデルはベッドに座るとオヴァンに中身が見えるように籠を傾けた。
「私、お酒って飲んだことが無いから、どれが美味しいのかわからなかったわ」
「ねえオヴァン、どれが飲みたい?」
「全部もらおう」
「飲み過ぎは良くないと思うわ」
「俺にとっては腹六分目だ」
「そう……」
ネーデルは酒瓶の栓を開けた。
籠からコップを取り出して酒を注ぐ。
「はい。飲ませてあげる」
ネーデルはそう言って酒を注いだコップをオヴァンの口元に持っていく。
「どう? 美味しい?」
「そうだな」
「良かった」
ネーデルは微笑んだ。
「お前は皇帝だろう。どうしてこんなことをしている?」
「こんなこと?」
「怪我人の世話なんぞ、メイドにでもやらせれば良いだろう」
「メイドって嫌いなのよね」
「どうして?」
「信用出来ないもの」
「そういうものか?」
「メイドに限ったことでも無いけど……。皇帝にもなるとね、色々あるの」
「ふむ……。ツクヨは? あいつもメイドだろう」
「彼女は特別。彼女が信用できるメイドなんじゃなくて、信用してるから彼女をメイドにしたの」
「ふむ?」
「だからツクヨは家事が苦手なのよ」
「駄目じゃないか」
「そこが可愛いのよ」
「良くわからん」
「ふふっ。ねえオヴァン。オヴァンのお話が聞きたいわ」
「良いぞ。何が聞きたい?」
「そうね……。オヴァンは冒険者なんだから、冒険の話を聞かせて」
「良いだろう」
オヴァンはこれまでの旅の話を冗談混じりにネーデルに聞かせた。
ネーデルはオヴァンの話に良く聞き入っている様子だった。
……。
「オヴァンは良いわね。色んな所に行けて」
「行きたければお前も行けば良い」
「……駄目よ。私は皇帝だから」
「この国を守るために戦い続けなくてはいけない。ずっと……跡継ぎが育つまで」
ネーデルは小さな手で自身の腹を撫でた。
「この体じゃあまだ子供は産めないでしょうし、当分先のことになるでしょうね」
「そんなに戦争をする必要が有るのか? 俺が産まれた国では十年間戦らしい戦は無かった」
「そうなんだ? この辺りが特別なのかしらね。どの国も戦争ばっかり」
「きっと……『水』が少ないから……」
「水か……」
「さすがの英雄も、こればっかりはどうしようもないでしょう?」
「……そうだな」
「俺に有るのは腕っぷしくらいだ」
「期待してるわ。オヴァン」
「私の……『ブルードラゴン』になって」
「ブルー……? 俺はドラゴンだが……青くはない。それに……」
「俺は……戦場ではあまり役に立たないと思う」
「そんなこと無いわ。あなたほどの腕が有れば大活躍出来るわ」
「戦場ではリメイクが飛び交うものだ」
「ええ。それがどうしたの?」
「俺は……」
オヴァンの手が竜面に触れた。
呪いのことを言おうかと思い、言い淀む。
大好きなネーデルに幻滅されるかもしれないと思ったからだ。
「ねえオヴァン。あなた、どうして仮面を外さないの?」
「外すと……困ったことになるからだ」
「もう……。命令よ。外しなさい」
「……わかった」
ネーデルの命令に逆らうことなど出来ない。
オヴァンはゆっくりと仮面を外した。
ネーデルは初めてオヴァンの素顔を見た。
「う……」
ネーデルの頬が赤らんだ。
「どうした?」
問いかけるオヴァンからネーデルは顔を逸らす。
「やっぱりあなたは仮面を付けていた方が良いわね」
「どうしてそう思う?」
「困ったことになるからよ」
その時、寝室の扉がノックされた。
「ひゃっ!」
ネーデルの体がびくりと跳ねた。
「だ、誰!?」
「ツクヨです」
「そう。入って」
寝室の扉が開いた。
「ただいま帰還しました」
ネーデルの使いで外出していたツクヨが入室してきた。
「お疲れ様。どうだった?」
「ブルメイ様について質問を受けました」
「それでなんて答えたの?」
「特に何も」
「そう。それで良いわ」
「……どうかな」
ベッドの上のオヴァンが口を挟んだ。
「オヴァン?」
「ハルナは頑固だ。手紙一つで納得するとは思えない」
「やはり……俺が説得に向かうべきだったと思う」
「駄目よ。怪我人でしょう?」
「だが……」
「別に、納得させる必要なんか無いわ」
「そうかな?」
「所詮はインターバル4の冒険者。帝国に歯向かうことなんて出来るはずも無いわ」
「今頃は泣き寝入りでもしてるんじゃないかしら?」
「ネーデル」
真剣な口調でオヴァンが言った。
「何?」
「この世界で俺が自分より上だと認めた人間が三人居る」
「三人も? いったい誰かしら?」
「一人はトルク=カーゲイル。世界で最高の竜騎士だ」
「竜騎士? 格好良いわね。私の部下にならないかしら?」
「一人はキール=オルベルン。奴のナイフからは誰一人逃れることは出来ない」
「まあ、恐ろしい。それで、最後の一人は?」
「ハルナ=サーズクライ」
「え……?」
その時、王宮が揺れた。
「何……!?」
「地震……でしょうか?」
ネーデル達が戸惑っていると寝室の扉がノックされた。
「陛下!」
部屋の外から兵士らしき声が大声で呼ばわった。
「入りなさい。鍵は開いています」
「はっ!」
寝室に一人の兵士が入ってきた。
背の低いミャオル族の兵士で頭には鉄兜を被っていた。
兵士はベッドにオヴァンが寝かされていることに気付いた。
竜人ブルメイがネーデルの傘下に下ったのを知っているのはわずかな重臣だけだった。
「彼は……?」
兵士はオヴァンの竜面を不思議そうに見た。
「あなたに関係がありますか?」
ツクヨが兵士を睨んだ。
「いえ」
「それより、何が有ったのですか」
「それが……何者かが王宮へと攻め入って来ました」
「警備の者達が応戦に当っていますが、抑えきれません。避難して下さい」
「敵の人数は?」
「それが……」
「敵はたった二人です」
……。
ハルナは悠然と王宮の廊下を歩いていた。
兵士たちが断続的に攻め寄せてくるが、ハルナは呼吸でもするかのように容易く撃退していく。
気負って王宮に踏み込んだミミルだったが、彼女の出番は今の所無かった。
ハルナ達が通路の角を曲がると、全身を分厚い鎧で固めた大男が立っていた。
「やあやあ! 我こそは『皇帝の十指』が一人ヘヴォッ!?」
ハルナが放った巨岩が男を壁面にめり込ませた。
リメイカーとアタッカーの戦いでは速度が重要になる。
わざわざ名乗りを聞いてやる余裕など無かった。
それに、ハルナは男の存在に一片の興味も無かった。
一応言っておくと、彼の名前は『ヘヴォッ』では無い。
本名は……忘れた。
まあ、君も興味ないよね。
……。
「居たぞ!」
ハルナ達の背後に兵士の一団が現れた。
一蹴。
ハルナが放った石礫が兵士達を打ち倒した。
白いリメイクちからを持つハルナに使えないフレイズは無い。
だが、ハルナは土属性のフレイズが好きだった。
水や炎のフレイズは殺傷力をコントロールするのが難しい。
石であれば腕や脚に当てれば殺さずに相手を無力化出来る。
それだけの理由だった。
「キリが無いわね」
次々に湧いてくる兵士達を見てミミルが言った。
「そうですね」
ハルナがフレイズを綴った。
すると、ハルナ達の前後に分厚い岩の壁が出現した。
ハルナ達は密室に閉じ込められた形になった。
「道を塞いじゃってどうするの?」
ミミルは困った顔をしたが、ハルナは平然としていた。
「皇帝の位置を『探知』します」
「生命探知では生き物の曖昧な形しかつかめませんが……」
「皇帝は身長が低い。探知出来ると思います」
そう書いてハルナは目を閉じた。
さらにフレイズを綴る。
ハルナはサークルが消えると目を開き、上を向いた。
「背の低い人間が上に二人……二人とも同じ部屋に居るようですね」
ハルナは三度フレイズを綴った。
地面から樹木が出現し、天井へと穴を穿っていく。
ハルナは落ちてくる建材の破片を風のフレイズで弾いた。
さらに、ハルナは飛行のフレイズを綴った。
「きゃっ!」
ハルナとミミルの体が浮き上がり、ミミルはスカートを押さえた。
「ここからは一直線です。行きましょう」




