シュガーアンドブラスフェミィ
日が暮れた。
王宮の広い中庭でオヴァン達は豪勢な夕食を振る舞われることになった。
テンプレートの照明が設置されているので日が暮れても中庭は明るかった。
オヴァン達はネーデルと共に丸テーブルを囲むことになった。
ネーデルの背後には不動の姿勢で角の生えたメイドが控えていた。
通常、貴人というものは長方形の長テーブルを好むものだ。
長テーブルは丸テーブルと比べ、席の上座下座が分かりやすい。
国王などは長テーブルの上座に座るのが常識と言えた。
丸テーブルでも部屋の扉の位置などによって上座が決まるのだが……。
中庭には入り口が複数有り、椅子の角度も微妙にずらされていて上座が曖昧になっていた。
特にオヴァン達が席を指定されることも無かった。
形式が嫌いな王なのだろうか。
オヴァンはそう考えた。
……。
「まあ、オヴァン。あなたが有名な英雄ブルメイなの?」
「そう呼ぶ奴も居る」
「それじゃあお二人はナジミにラックかしら?」
「違う」
「私はハルナ=サーズクライです」
「ミミル=ナーガミミィよ」
「あら……。あなた達はオクターヴでは無いの?」
「オクターヴは解散したんだ。俺達は……」
「ネコネコ団よ」
ミミルは楽しげに言った。
自分がパーティの名付け親になれたのが今でも嬉しい様子だった。
「そう……。可愛らしい名前ね」
「いい名前でしょう?」
「そうね。ところで……」
「何だ?」
「オヴァン=ブルメイ。あなたは世界最強の戦士と言われているわね」
「そうだな。俺もそう思っていたがな……」
オヴァンは苦笑した。
「どういうこと?」
「最近になって考えを改めた。世界は広い。そして、人間は強い」
「俺の強さは……せいぜい上から四番目といったところか」
「興味深いわね。けど……今私が興味有るのはあなたのことよ」
ネーデルは食卓に有った呼び鈴を鳴らした。
すると中庭の隅に控えていた男がネーデルの隣にやって来た。
男は身長190セダカでこの地方の典型的な民族衣装を身にまとっていた。
服の色はオレンジと白。
髪は長髪で黒く、肌は浅黒い。
瞳は青く、衣服越しにでも屈強な肉体が見て取れるようだった。
「彼はジーキ。この国で十本の指に入ると言われている戦士よ」
「それで?」
「彼と手合わせをしてみない? あなたの強さが伝説通りなのかどうか……興味が有るわ」
「俺の武芸が見たいというわけだ」
「ええ」
「気に食わんな」
「え……?」
「俺は客として食卓に招かれたはずだ。芸でもてなすのはホストの仕事。違うか?」
「貴様! 無礼だぞ!」
ジーキがオヴァンを怒鳴りつけた。
大声に辟易したミミルが自分の耳を押さえた。
ジーキは腰に差していた幅広の曲刀を抜刀し……。
オヴァンへと切りかかった。
オヴァンはちらとネーデルを見た。
ネーデルの顔には微笑が浮かんでいた。
「…………」
オヴァンは椅子に座ったまま手の甲で曲刀を殴りつけた。
刃がへし折れ、ネーデルの方へと飛んだ。
刃はネーデルの直前で見えない壁に阻まれたかのように静止した。
そして一瞬後にテーブルへと落ちた。
(怖がらせてやろうかと思ったが……)
刃を受けないという確信が有ったのか、ネーデルは平然としていた。
「まだやるか?」
オヴァンはジーキを睨みつけた。
「いや……遠慮する」
ジーキは刃の欠けた刀を鞘に収めた。
(激昂して斬りかかってきた割には……妙に引き際が良いじゃないか)
オヴァンは呆れた目でネーデルを見た。
「下がりなさい。ジーキ」
「はっ」
ネーデルに命じられ、ジーキは中庭から退出していった。
「部下の教育がなっていないようだな」
オヴァンが言った。
「ごめんなさい」
「私は見ての通り、小娘でしょう? 兵達にも侮られてしまって……」
「侮られているだと? それでよく国が治まるものだ」
「治まらないから戦争ばかりしているのかもね」
「…………」
「あなた、私に仕えるつもりは無い?」
「悪いが……」
オヴァンは首を左右に振った。
「待遇は保証するわ。金銀財宝、それに女。なんでも思いのままよ」
「俺が金に困っていると思うのか?」
「英雄ブルメイは財宝なんて見飽きているというわけね。それなら……」
「女の人はどう? 私のモノになるのならツクヨを抱かせてあげても良いけど」
「陛下!?」
無表情を保っていたメイドが驚きの声を上げた。
「冗談よ」
ネーデルはくすくすと笑った。
「ツクヨは私のモノ。オヴァンにもあげられないわ」
「別にいらん」
「ツクヨほどの美人はそう居ないと思うけど……」
ネーデルはミミルを見た。
ツクヨも美女ではあったが、ミミルはそのスタイルも含めて大陸一と言って良いほどの美貌だった。
「なるほど。彼女が居れば十分というわけね」
「ミミルは仲間だ。そういう関係じゃない」
「あら。それならどういう子が好みなのかしら?」
「ひょっとして……彼女?」
ネーデルはハルナを示した。
ハルナはドキドキとオヴァンに意識を向ける。
「別に、女に興味は無い」
「まあ、あなた、ゲイなの?」
(やっぱり!)
ハルナはオヴァンを睨んだ。
「違う。男にも興味は無い」
「そう? タンパクなのね」
「オリジナルの話を聞かせてくれ」
オヴァンはうんざりとした様子で言った。
「良いわよ。オヴァン。あなたに『王家に伝わるオリジナル』を見せてあげる」
「良いのか?」
「恩人だもの。だけど、一つ条件が有るわ」
「条件?」
「ええ。私を……私達を、オリジナルの場所まで『護衛』して欲しいの」
……。
翌日。
帝都の北東に位置する王家の谷。
「フッ!」
オヴァンの金棒がサソリ型のクロスを叩き潰した。
危なげのない勝利だった。
クロスは黒い粘液と化し蒸発していく。
「流石ね。オヴァン」
戦いを終えたオヴァンにネーデルが声をかけた。
「兵達に任せていたら負傷者が出ていた所だわ」
ネーデルは護衛の兵士達に囲まれていた。
彼女の隣にはメイドのツクヨ。
ハルナとミミルの姿は無い。
この場にネコネコ団はオヴァン一人だった。
聖地である王家の谷に部外者を何人も入れるわけにはいかないというのが一応の理屈だった。
オヴァンは胸元に手を伸ばした。
そこには『ミミルの髪飾り』が首飾りとしてかけられていた。
一人パーティを離れることになったオヴァンを心配してミミルが持たせたお守りだった。
オヴァンは百戦錬磨だ。
戦勝をお守りなどに祈る癖は無かった。
ただ、戦いを終えた時になんとなく、お守りに手が伸びるようになっていた。
「ねえ、オヴァン」
ネーデルが言葉を続けた。
「何だ?」
「私、疲れてしまったわ。おんぶして貰える?」
「断る」
「どうして?」
「人を背負いながら戦えると思うか?」
「あら、あなたなら足だけでもクロスを倒せそうな気がするけど」
「それは……」
「出来なくもないな」
「それじゃあ決まりね」
ネーデルがオヴァンとの距離を詰めた。
それに対してオヴァンは一歩下がる。
「そこのメイドにでもおぶってもらえ」
「私はあなたにおんぶして欲しいのよ。英雄のあなたにね」
「嫌だ」
オヴァンは譲らなかった。
「もう……。強情ね」
「悪かったな」
「仕方無いわね。それじゃあ休憩しましょう」
……。
兵士が絨毯を敷き、ネーデルはその上に座った。
「あなたも来なさい」
そう言われてオヴァンも絨毯の上に座った。
「ツクヨ、喉が乾いたわ」
「わかりました」
ツクヨは荷物運びの兵士の所に行き、革袋とコップ、それと『紅い棒』を持って帰ってきた。
ツクヨはコップに紅い棒を入れてから革袋の中の液体を注いだ。
どうやら果物のジュースのようだった。
ネーデルはコップを受け取ると紅い棒でコップの中身をかき混ぜた。
「何だ? その棒は」
「テンプレートよ。水を綺麗にしてくれるの」
「この辺りは水が少ないから、飲み物が古くなってもとっておいて、こうやって清めて飲むの」
「そうか。大変だな」
「そうね」
「陛下」
ツクヨがネーデルの背後から声をかけた。
「何?」
「実は私、お菓子を用意して参りました」
「遠慮しておくわ」
ノータイムだった。
「今度は自信作です」
「いったい何度目の自信作かしら?」
「何か問題なのか?」
「ツクヨは……料理が物凄く下手なの」
「そんなことは無いと思うのですが……」
ツクヨは首を傾げた。
「いつもこう言ってるのよ」
「ふむ……いただこうか」
「本当ですか?」
ツクヨの目が輝いた。
「止めておいたほうが良いと思うけど……」
「たかが菓子だろう?」
「……ほどほどにね」
「どうぞ」
ツクヨはどこからともなく木箱を取り出して開いた。
木箱の隅には保冷用のテンプレートが有り、そして中央には……。
名状し難い冒涜的な七色の円柱がそびえ立っていた。
「邪神崇拝のシンボルか何か?」
ネーデルが愚神に唾を吐きかけるような色彩をしたシンボルから体を遠ざけながら言った。
「これはケーキです」
「……俺が知っているケーキとは少し趣が異なるようだな」
「言ったでしょう? 止めておきなさい。オヴァン」
「フォークを頼む」
「ちょっと、本当に食べる気?」
「ケーキ(?)如きに負けていては男がすたる」
「それはそうでしょう。……それが本当にケーキだったらね」
「ケーキですってば」
「フォークだ。とにかくフォークを寄越せ」
「どうぞ」
ツクヨがオヴァンに使い捨ての木製フォークを手渡した。
オヴァンはフォークを手に邪教のシンボルと向き合った。
恐る恐る、フォークの側面でシンボルを切断しようとする。
ぶちゅり。
シンボルの断面から緑色の液体が漏れ出した。
「……何だこの液体は」
「わかりません」
「味見はしたのか?」
「はい」
「マジで?」
「マジですが」
「味は……どうだった?」
「大変美味しゅうございました。私の自信作です」
「……ケーキ(?)の材料は?」
「卵と小麦粉と、ミルクと砂糖と……」
ツクヨが羅列した材料は全て一般的なケーキに用いられる物だった。
オヴァンが知らないような材料は一つとして用いられていない。
それらの材料をどのように用いれば眼前に有るような冒涜的なオブジェが完成するのか。
オヴァンには想像もつかなかった。
オヴァンは全身を戦慄かせながらツクヨを見た。
その側頭部から尖った角が生えているのが見えた。
(そうか……!)
オヴァンの内面に閃きが産まれた。
(彼女は料理を作れない呪いに違いない)
(するとこれは……ただのケーキではない)
(邪悪な呪いが作用した、もっと別次元の……)
(彼女がケーキの異常性に気付けないのも呪いのせいか……)
(ああ……どうして俺は……これを食うなどと言ってしまったんだろう)
「ブルメイ様……?」
フォークを持ったまま固まったオヴァンをツクヨが心配そうに見た。
もしケーキ(?)を食べなければ彼女を傷つけることになる。
(……食おう)
オヴァンの肚は決まった。
「男に二言は無い」
オヴァンのフォークがケーキ(?)の塊を捉えた。
ゆっくりとオヴァンとケーキ(?)の距離が縮まっていく。
(父上……母上……)
オヴァンはケーキ(?)を口に放り込んだ。
……。
外界では不味過ぎる料理のことを『食戟』と言うそうだ。
戟とは槍の一種で、突くのにも裂くのにも使える。
食の戟……つまり、『舌を切り裂くような味』ということらしい。
ツクヨのケーキはまさに食戟だった。
「!!!!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
オヴァンの口腔から灼熱が噴き出した。
オヴァンのブレスが谷の上空へと飛び去っていった。




