長耳と香辛料
「……旦那が死んだ? 本当ですか?」
時刻は午後の10時。
とある宿屋の一室で、クロー=マクロがそう問いかけた。
「はい。一足遅かったようです」
椅子に腰かけたクローの前に、白ローブの長身の男が膝をついていた。
窓にはカーテンがかかり、部屋の明かりは天井に有る小さなテンプレート一つ。
頭に被った純白のフードが男の顔に濃い影を差していた。
「いったい……誰が旦那を殺したというのですか?」
「オルファン……」
白ローブの男は端的に答えた。
「まさか、マーネヴのウルヴズですか?」
「その通りです。オヴァンはオルファン01と敵対し……そして相討ちになった」
白ローブの男はクローに嘘は言わなかった。
ただ、知っていることを言わなかっただけだ。
オヴァンが死後に蘇生されたということを。
「確かに……オルファンであれば旦那を殺すことも不可能では無いかもしれません……」
「それにしても相討ちですか……。旦那と……それに匹敵する才能を同時に失うとは……」
「これでは……計画は白紙ですね」
「私にお命じ下さい」
白ローブの男は体を前に乗り出して言った。
「私はついに最強の矛を手に入れました。もはや何者にも敗れることはありません」
男の声音は自信に満ちていた。
「どうかご命令を……」
「考えておきましょう」
「ありがたき幸せ」
「もう……帰りなさい」
「はっ」
白ローブの男が退出し、クローは寝室で一人になった。
(本当に……あの旦那が殺されたというのですか……?)
(旦那は規格外の強さを持っていた)
クローの視線は男が去った扉の方へと向けられていた。
(あの小僧……自分が旦那の代わりになれるつもりのようですが……)
「器ではない」
クローは木製の丸テーブルを見た。
そこには酒瓶と、小さなグラスが置かれていた。
(ままなりませんね。ここまで来て計画が頓挫するとは……)
「う……」
クローの上体が揺らいだ。
クローは瞼を押さえた。
眠気が襲いかかり、クローの意識を鈍重にしていく。
(近付いている……。呪わしき眠りの時が……)
(とにかく、時を引き伸ばさねば……少なくとも……私が再び目覚める時まで……)
(たとえ、どんな手を使っても……)
クローの瞳に昏い決意が宿っていた。
……。
大陸の南東部に、世界で唯一の『砂漠地帯』が有った。
水源は各地に点在するオアシスのみという乾いた地域だ。
古い歴史書によると昔は普通に草木の有る水に恵まれた地域だったらしい。
だが、いつの頃からかこの地域からは水や草木が失われてしまったのだという。
その砂漠の上をオヴァンのドラゴン、スマウスが飛んでいた。
スマウスに乗るオヴァン達の視界に大きな都市が見えた。
「あれは? 大きな町ね」
ミミルが虹色の酔い止め薬をかじりながら尋ねた。
「あれは、ここオーシャンメイル帝国の『帝都メイル』ですね」
「帝都?」
「帝国の中心都市ということです」
「へぇ。帝国って何? 王国と何が違うの?」
「ええと……」
「規模が大きく、領土拡大に意欲が有る王国が帝国と名乗ることが多いようですね」
「王国の大きいのが帝国?」
「簡単に言うと世界の覇権を狙う大国家では無いでしょうか?」
「悪いやつらなの?」
「……難しい問題ですね。国家とは少なからず悪徳を内包しているものですから」
「ふ~ん?」
「降りるぞ」
オヴァンはそう言うと帝都西側の外壁の前にスマウスを下ろした。
スマウスから降りるとオヴァンは空を見上げた。
「日差しが強いな。ハルナ、スマウスのために日除けを作ってやってくれるか?」
「わかりました」
ハルナがフレイズを綴ると地面の砂が盛り上がり、広い屋根を持った東屋が出来上がった。
「凄い……!」
ミミルが感激の声を上げた。
ハルナは照れてミミルから顔を逸した。
「それほどでは……。行きましょうか」
「ハルナはそんな格好で熱くないの?」
7月になり、オヴァンとミミルは以前よりも涼しい格好をするようになっていた。
だが、ハルナだけは以前と変わらない服装をしていた。
「私にはこのテンプレートが有りますから」
そう言ってハルナは自身の耳にかかったイヤリングに触れた。
「へぇ。便利ね」
「お二人の分も作りましょうか?」
「良いの?」
「はい。少し時間はかかりますが……」
「ありがとう!」
ミミルはハルナに抱きついた。
「いえ……仲間ですから……」
ハルナは顔を赤らめながらミミルの腕を解いた。
……。
一行は持ち物検査を受けると帝都の中へ入った。
所謂中央通りを歩く。
偶然か、それとも意図したものか、砂の色をした建物が多く立っていた。
帝都というだけあって、広い街路が人々で賑わっていた。
「人がいっぱいね」
ミミルはきょろきょろと街を見回した。
すると観光客狙いの出店がちらほらと目に入った。
「ブルメイ、何か奢ってあげましょうか?」
ミミルがオヴァンへと笑顔を向けた。
「どういう風の吹き回しだ?」
「マーネヴの依頼で結構な額の報酬が手に入ったでしょう?」
ミミルの胸で冒険者の等級証が煌めいた。
色は緑。
これまでの旅を通してハルナとミミルの等級は『インターバル4』になっていた。
中級上位。
冒険者になって半年も経っていないことを考えるとこれは驚異的な飛躍と言えた。
「トゥルゲルではいっぱい奢って貰ったし、そのお返しよ」
「そうか。それなら御馳走になろう」
「何が食べたい?」
「酒」
「食べ物だってば。ブルメイったら、濁りすぎよ」
「なら、辛いものが良い」
「それじゃああれにしましょう」
ミミルはいかにも辛そうな、香辛料まみれの肉料理の屋台を指差した。
旅行客に高価な水を買わせるために考案された料理で、名物ではあるが地元の人間はあまり食べない。
一本食べると三杯は水が欲しくなるということで商売人の間では評判だった。
屋台には料理の値段よりも大きく水の値段が張り出されていた。
ミミルは串肉を三本買うと、オヴァンとハルナに一本ずつ手渡した。
肉を頬張りながら通りを進んでいく。
「ねえブルメイ……」
串肉を齧りながらミミルが言った。
「何だ?」
「喉が渇いたわ」
「奇遇だな。俺もだ」
「…………」
ハルナは商売のからくりに気付いていたが、ミミルの興を削がないために敢えて言葉にはしなかった。
実際、串肉の味自体はそれほど悪い物でもない。
「酒場に行くか」
オヴァンが言った。
「こんな昼間からお酒?」
ミミルは呆れたような顔をする。
「情報収集でしょう?」
ハルナが書いた。
「…………ああ。勿論だ」
妙な間を置いてオヴァンが答えた。
「この国に有るというオリジナルの情報を集める必要が有る」
……。
オヴァン達は通行人に道を尋ね、酒場へとたどり着いた。
店内に入るとオヴァンを先頭にしてマスターの所に向かう。
「いらっしゃい」
柔和そうな五分分けの中年男性がオヴァン達を出迎えた。
オヴァンはカウンターに金貨を乗せた。
「オリジナルについて知りたい」
オヴァンが言った。
「旦那、オリジナルが欲しいのかい? 確かに、この国にはオリジナルが有ると言われているけど……」
「何だ?」
「手に入れるのは無理だと思うよ。あれは王家の物だから」
「王家?」
「この国の王族は四百年以上前からとあるオリジナルを管理している……らしい」
「門外不出の品らしいから、譲ってもらうのは無理なんじゃないかな?」
「金なら有るが」
「この国が買えるほどじゃないだろう」
「……そのオリジナルがどんなものなのか分かるか?」
オヴァン達はオリジナルを集めてはいるが、目当ての物で無ければ無理に手に入れる必要は無い。
とりあえずはオリジナルの情報が手に入ればそれで良かった。
「さあ? そこまではわからないね」
「そうか。国王はどこに居る?」
「皇帝だね。最近はそう名乗ってる。……まさか? 会いに行くつもりかい?」
「オリジナルの話を聞く必要が有る」
「無茶はしない方が良いと思うけど……。皇帝様は普段は王宮に居るね」
「普段……今は?」
「今、皇帝様は軍を率いて北の方へ行っている」
「戦争か?」
「そうだね。ガイウスとの戦争。無事に勝利したとして、いつ帰ってくるかはわからないな」
「そうか」
オヴァンはマスターに背を向けて仲間達に話しかけた。
「ハルナ、ミミル」
「何でしょう?」
オヴァンは真剣な顔をしていた。
「実は、マスターと内密な話が有る。先に出ていて欲しい」
「内密って……私にもナイショなの?」
「すまん」
「そう……仕方ないわね」
ミミルはしょんぼりとオヴァンに背を向けた。
ハルナもそれに続く。
二人の姿が消えるとマスターが口を開いた。
「それで、内密の話というのは?」
「……酒をくれ」
……。
酒瓶を三本ほど空にして、オヴァンは通りに出た。
「……!?」
オヴァンの目に、ミミルが具合悪そうにうずくまっているのが見えた。
「どうした……!?」
オヴァンは慌てて彼女に駆け寄った。
「わかりません。急に……」
ハルナがそう書いた所でミミルはすっくりと立ち上がった。
「別に、何でもないわ」
オヴァンはミミルをじっくりと見たが、特に顔色が悪い様子も無い。
「ですが……」
ハルナが心配そうに書いた。
「地面に変な虫が居たの。もうどこか行っちゃったけど」
「それなら良いのですが……」
「結局、何でもないのか?」
「ええ」
「そうか……。これからどうする?」
「『図書館』に行ってみるというのはどうでしょうか?」
ハルナがそう提案した。
「図書館……?」
「はい。これだけ大きな都市であれば間違いなく有ると思います」
「図書館に行ってどうするの?」
「この国のオリジナルは歴史ある物のようです」
「オリジナルに関する伝承が残っていてもおかしくはないと思うのですが」
「へぇ。そういうものなんだ」
「推測ですが」
「行ってみるか」
……。
三人は図書館を目指して道を歩いた。
「ねえねえブルメイ」
途中、ミミルが立ち止まった。
ミミルは進路の右側に有る広場を指さした。
「何か有るわ」
「あれは……」
オヴァンはミミルが指さした方を見た。
広場には大きな砂の坂が有った。
坂の上を動く物が有った。
よく見るとそりに乗った人々が坂を滑り降りているのがわかった。
「『砂ぞり』だな」
「楽しそう。行ってみましょう」
ミミルはオヴァンの手を引くと広場へと足を踏み入れた。
広場にはレンガの小屋が有り、そこでそりを貸し出しているようだった。
ミミルは小屋でそりを借りるとオヴァン達の所へ戻った。
「さ、滑りましょう」
ミミルは両腕にそりを抱えながら言った。
「俺は……」
オヴァンは躊躇した。
「似合わないと思うが……」
「そうかしら?」
「二人で楽しんでくると良い」
「ダメよ。ブルメイも行きましょう」
「だが……」
オヴァンはミミルから逃げるようにハルナの方を見た。
「…………」
ハルナは無言のままオヴァンをじっと見ていた。
「……わかった」
オヴァンは両手を上げた。
降参のポーズだった。
……。
三人は坂の上に移動した。
そりの先頭にハルナ、真ん中にオヴァン、一番後ろにミミルが乗った。
そりは二人乗りのサイズで、ハルナが小柄なのを考慮しても三人で乗るには狭かった。
三人はぎゅっと密着してそりに座った。
オヴァンに体を抱かれるような体勢になり、ハルナは動揺した。
(あ……ああ……)
ハルナの両目がぐるぐると回転する。
一方のオヴァンは……。
(良いのだろうか?)
オヴァンの背中にミミルの乳房が押し当てられていた。
あまり健全な状況とは言い難かった。
位置を変えるべきか……。
オヴァンはミミルの様子を確認するために首を回そうとした。
「こら、ブルメイ。前を見てないと危ないでしょう」
振り向こうとしたオヴァンの頭をミミルの両手が挟んだ。
(本人が気にしていないのなら良いか)
オヴァンは前を見た。
だから、ミミルの耳が赤く染まっていることに気付かなかった。
オヴァンは地面を蹴った。
そりが砂の坂を滑り落ちていった。
そりは途中で横転し、三人は坂の下で重なり合った。




