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愚者に捧ぐ歌

 狼の歌が町に響く。


 歌の始まりと共に、ミミル達の足元が輝き始めた。


 いや、足元だけでは無い。


 その輝きは町全体にまで広がっていた。


 それは巨大なリメイクサークルだった。


「これは……?」


 ミミルは戸惑いと共に地表を走る輝く線を見た。


「これは校長のリメイクです」


 ハルナが書いた。


「校長? あの狼さんが?」


「はい」


「あっ……!」


 ミミルはオヴァンの傷口がふさがり始めていることに気付いた。


 さらにはキールの千切り飛ばされた腕が浮かび上がり、彼女の体に引き寄せられていた。


「あの狼さんの歌がブルメイを治しているの……?」


「元々、『リメイクの起源』は歌なのです」


「女神が世界を創る時に歌った、長い長い創造の歌……」


「フレイズとは、その歌の歌詞を分解した、歌の一部分でしか無いのです」


「つまりリメイクとは、女神が行った天地創造の理を小規模で再現しているものに過ぎません」


「校長は長大な創造の歌の一部分を歌い、奇跡を起こす事が出来ます」


「良く知ってるわね?」


「はい。私は校長に歌を教わりましたから」


 ……。


 やがて狼の歌が終わりを迎えた。


 街全体を覆った巨大なリメイクサークルは光を失い消滅した。


「う……」


 地面に倒れていたオヴァンが上体を起こす。


「ブルメイ!」


 ミミルがオヴァンに抱きついた。


「良かった……。本当に良かった……」


「……?」


 オヴァンを視線を巡らせた。


 狼は学校の屋上から姿を消していた。


 オヴァンには心臓が止まっていた間の意識は無い。


 事態が掴めないままオヴァンは呟いた。


「俺は……」


「どうやら、死に損なったらしいな」


「向こう見ずなオヴァンさん」


 ハルナがオヴァンの側面に立っていた。


「どうしてあんな無茶なことをしたんですか……。死ぬところでしたよ?」


「ドラゴンは仲間のために命を賭ける。無茶かどうかは関係が無い」


「そんなこと、私は頼んでません」


「そうだな……」


「負けたのが悔しかったというのも有る。俺は男だからな」


「だったら、人を理由にして勝手に死なないで下さい」


「……悪かった」


 オヴァンは校舎の方へと顔を向けた。


 そこにはキールが二本の足で立っているのが見えた。


 隣にはオーシェの姿も見える。


「俺は……人間というのは脆弱な生き物だと思っていた……」


「だが……空ではトルクに敗れ、地上ではキールに敗れた」


「人を超えたいな」


「だったら、長生きして下さい」


「そうだな。なるべくそうしよう」


 オヴァンは立ち上がった。


 ……。


 後日、ハルナは霊園のルイジの墓の前を訪れていた。


 事件の顛末はオーシェによって神殿に報告された。


 ルイジがクロスオーバーを作っていたという事実は世間に公表されることは無かった。


 禁呪、ノイズの存在も。


 表向き、ルイジの死は『実験中の事故』ということになった。


 神殿に連行されたロクは無罪と判断され開放された。


 ハルナはルイジの墓に花束を供えた。


 その時……。


 学生服を着た少年少女の一団がハルナの後ろに立った。


「こんにちは」


 ハルナは振り返り、挨拶を綴った。


「こんにちは」


 少年少女達は各々が挨拶を返した。


 元気よく挨拶する者も居れば、軽く頭を下げるだけの者も居た。


「先生のご友人ですか?」


 一団の先頭に立った少年が尋ねた。


「まあ……」


 ハルナは曖昧に答えた。


「あなた達は、ルイジがクラス担任をしていた生徒ですか?」


「いえ」


「……それでは何故?」


「ルイジ先生にはとってもお世話になったんです」


「世話?」


「マーネヴってやっぱレベル高くて……講義の内容についていくのも精一杯で……」


「だけど、ルイジ先生の教え方、凄くわかりやすくて……」


「担当してない教科のことも丁寧に教えてくれて……」


「俺達、先生が居なかったら落ちこぼれて退学してたかもしれない……」


「優しい先生だったのに……どうして……」


 少年の声が震えた。


 その後ろでは涙をこぼす少女の姿も有った。


「ルイジは……慕われていたのですね」


「はい……」

 

「それでは、失礼します」


 ハルナは一団に会釈するとルイジの墓前から離れていった。


(ルイジ……あなたは……)


(本当に……ゼロだったのですか?)


 ハルナは離れて立っていたオヴァン達の方へ歩いた。


「もう、大丈夫なのか?」


「大丈夫なんかじゃありません……」


 ハルナはオヴァンにもたれかかった。


 全ての体重を預けるようにハルナは脱力した。


 看板を落とし、オヴァンの胸に文字を書く。


「嫌われていたかもしれないけど、私にとってはたった一人の友達だったんです」


 ハルナは泣いていた。


 ハルナの涙がオヴァンの服を濡らしていく。


 どれだけ泣いても声は出なかった。


「そうか」


 オヴァンはハルナを抱きしめた。


 長くハルナを包容するうち、オヴァンはいつの間にかミミルの姿が無くなっているのに気付いた。


 ミミルは近くに生えていた大木の影に居た。


 彼女は気を利かせて居なくなったわけでは無かった。


 ミミルはうずくまり、胸を押さえていた。


 オヴァンがハルナを抱きしめた辺りから、急に胸が苦しくなったのだった。


 ズキズキと鋭い痛みがミミルを苛んだ。


(何……? 病気……?)


(もし重い病気だったらどうしよう……)


(もしかしたら……ブルメイに置いていかれるかもしれない……)


 そう思うとミミルの胸はさらに痛んだ。


 痛みは段々と強くなり、気絶しそうなほどになる。


「そこに居たか」


 ミミルの隣にオヴァンが立っていた。


 その後ろにはハルナの姿も有る。


 抱擁の時間は終わったらしい。


「大丈夫か?」


 ミミルの顔色を見てオヴァンが尋ねた。


「別に……」


「ふむ……?」


 オヴァンは屈んでミミルの額に触れた。


「熱は無いようだな」


 その時、スッとミミルの胸の苦しみが薄らいでいった。


 ミミルは何事も無かったかのように立ち上がった。


「だから、なんともないって言ってるでしょ?」


 ミミルはにこにこと笑って言った。


「それなら良いが」


「もう済んだの?」


 ミミルはオヴァンの後ろのハルナに声をかけた。


「はい」


「それじゃ、温泉目指して出発しましょう!」


 三人は町の外壁目指して歩き出した。


 街路を歩く。


 途中、大きな狼が道の中央に座り込んでいた。


 ハルナはまっすぐ彼女の方へ歩いていくとその毛皮に顔を埋めた。


「お世話になりました」


 狼は何も言わず、ハルナの顔をぺろりと舐めた。


 そして去っていった。


「結局、あの狼は何なんだ?」


 オヴァンがミミルに尋ねた。


「学校の校長先生なんですって」


「……変わった学校だな」


 そこへ……。


「ハルナ=サーズクライ!」


 ハルナを呼び止める声が有った。


「ロクさん」


 ハルナが振り返るとロクとシムの主従が立っているのが見えた。


「何の御用でしょうか?」


「その……なんだ」


 ロクは言いにくそうにぽつぽつと言葉を発した。


「俺が助かったのは……お前のおかげらしいな……」


 ロクは事件の関係者であり、マーネヴの名家の長男でもあった。


 断片的ではあるが事件のあらましを知らされていた。


「別に、そうでも無いと思いますよ」


 無実である以上、ロクはいつかは開放されていた。


 ハルナはそう考えていた。


「細かいことは良い!」


「勝負だ! サーズクライ!」


 ロクは杖を構えた。


「お礼を言いに来たんじゃないの?」


 ミミルがロクを睨んだ。


「構いませんよ」


「元々……私達はそういう関係でしたから」


「行くぞ!」


「かかってきなさい」


 力むロクに対し、ハルナは妖艶に微笑んだ。


「あれ? ブルメイ?」


 オヴァンは建物の屋根に跳躍し、全力で逃亡していた。


 ……。


 ……勝負はハルナの完勝だった。


 圧倒的なリメイク展開速度を誇るハルナに対し、ロクは一矢報いることも出来なかった。


「もう良いか?」


 屋根の上からオヴァンが声をかけた。


「はい」


 ハルナの返答を聞いてオヴァンは地上へと戻った。


 オヴァンの仮面からはリメイク防御の紋様が一つ削れていた。


「また……俺の負けか……」


 ロクは街路の中央に大の字になって倒れていた。


「私は『天才』のようですから」


「……ハルナ=サーズクライ」


「はい」


「ここに残るつもりは無いか? 要職につけるよう、俺が口添えしてやる」


「そして……俺の妻になれ」


「その件はお断りしたはずですが」


「愛人じゃない。正妻として誘っているんだ」


「私は呪われていますから、お世継ぎは産めませんよ」


 呪いは一代だけのものではなく、子供に受け継がれることが多い。


 名家の妻が呪われているなど有ってはならないことだった。


「呪い……?」


「知らなかったのですね。私はそれで声が出せないのです」


「そうだったのか……。だが、構わない」


「そうですか」


「私……あなたが嫌いでした」


「俺を? どうしてだ?」


「あなたは傲慢でした。自分の力をひけらかし、周りを見下していた」


「俺が優れているのは事実だ」


「そうかもしれませんね。ですが、事実を明け透けに言われて傷つく人も居るのです」


「……負け犬の気持ちなど知ったことか」


「あなたが言う負け犬には、私の隣人も含まれていました」


「だから、私はあなたのことが少し嫌いでした」


「ですが……」


「人を見下す心というのは、本当は皆が持っているのかもしれません」


「私の中にもそういう気持ちは確かに有ったんです」


「そう思うようになって……あなたのことも以前ほど嫌いでは無くなりました」


「あなたは……私が最初に思っていたよりずっと魅力的な男性だと思いますよ」


「それなら……」




「だけど、お断りします」




「どうしてだ?」


「今の私はもっと素敵な方を知っていますから……」


 そう書いてハルナはオヴァンをちらりと見た。


 それだけでロクはハルナの想い人がわかったようだ。


「お前、名前は?」


 ロクは上体を起こすとオヴァンに問うた。


「オヴァン=ブルメイ=クルワッセ」


「ブルメイ……まさか……竜人ブルメイか?」


「そうだ」


「なるほど……」


 ロクは溜息をついた。


「シムの言った通りだったな」


「ハルナ=サーズクライ。お前は俺の器には入り切らんようだ」


「幸せにな」


 ロクは立ち上がった。


「行くぞ。シム」


「お怪我は……」


「かすり傷だ」


「少し……痛いだけだ」


 ロクはハルナに背を向けた。


 そして後ろにシムを従え、道の向こうへと消えていった。


 ……。


 学校の屋上。


 キール=オルベルンは仰向けに寝転がり、空を流れる雲を眺めていた。


「あっ、ドラゴンだ。大きいな」


 キールの真上の空を黒いドラゴンが通過していった。


 ドラゴンは速く、あっという間にキールの視界から消える。


「こら、ワン子」


 キールの視界にニュッとオーシェの顔が入ってきた。


「講義をサボって何してやがる」


「先生もサボってるくせに」


「俺のは仕事だ。まあ、途中でちょっと酒場に寄ったりはするがな」


 オーシェは酒瓶をゆらゆらと左右に振った。


「ほんと、先生はロクでなしだね」


「まあな」


 そう言ってオーシェは酒を一口飲む。


「ボク……オヴァンの事を考えてた」


 キールが体を起こした。


「へぇ。珍しいこともあるもんだな」


「多分……ボクが初めて『負けた』相手だからだと思う」


「負け? お前のナイフは確かにあの男を殺しただろう」


「けど……ボクの負けだよ。ボクはあの時、オヴァンの心臓を刺すことしか出来なかった」


「首を斬るとか目を突くとか、他の選択肢を取る余裕は一切無かった」


「つまり……オヴァンが胸に防具を身に着けていたら、ボクはオヴァンを殺せていなかった」


「そんなの……本当に殺せたことにはならないよ」


「だから……ボクの負けだ」


「そうか。負けたか」


「うん。びっくりしたな。あんなに凄い人が居るなんて」


「まあ、女神様の加護っていうのはズルいけどさ」


「それでも……世界は広いや……」


「安心しろ。あんな化物は世界中を探しても一人っきりだ」


「なーんだ。ちょっとガッカリかな?」


「ガッカリ?」


「うん。ボクね、オヴァンの事を考えると胸がドキドキするんだ」


「顔も熱くなるし、とっても変な気分になる」


「変なんだけど、嫌な気分じゃないんだ」


「これって、オヴァンが凄い人だからだよね?」


「だから、ボクをドキドキさせてくれるのがオヴァン一人しか居ないなんて、残念だな」


「そうか……」


「良かったな」


 オーシェはキールの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「わっ! 良かったって……全然良くないよぉ……!」


 オーシェは無抵抗なキールの頭をかき混ぜ続けた。


 ……。


 しばらくするとオーシェはキールの頭から手を離した。


「ワン子、『仕事』だ。東に行くぞ」


「え~? また? 勉強が遅れちゃうなあ」


「講義をサボってた癖に何言ってやがる」


「別に、いつもサボってるわけじゃないよ!」


「良いから行くぞ。教科書も持っていけ。俺が道中勉強を教えてやる」


「先生……教えるのヘタじゃん」


「うるせー」


 オーシェは歩き出した。


「あっ、待ってよ」


 キールがオーシェの後を追う。


 血の匂いのする獣道を、かつては猫だった狼は楽しそうに駆けていった。






 第ニ章 『ロクでなし魔術講師と禁呪詠唱』了


  次章 『妖女戦姫』へ続く……。


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