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ゼロと使い魔

「お前は……! 何をしに来た……!?」


 予想外の乱入者にルイジは機嫌を損ねた様子だった。


「仲間を助けに」


 オヴァンは短く答えた。


「なら、お望みどおり、あの世に送ってやるよ!」


 ルイジの意思に連動し、夜空に腹を向けていた甲虫が起き上がった。


 オヴァンは虫を見た。


 向かって左側の頭部がべこりと陥没している。


 それでも戦闘に支障は無いようで、虫はオヴァンに向かってきた。


 羽を使わず、細長い足を蠢かせて虫は前進した。


 虫はすぐにオヴァンの正面に移動した。


 それからオヴァンを押さえつけるために右前足を伸ばした。


 オヴァンはその前足をステップでよけると再び金棒を叩きつける。


 頭部へ。


「グィィィィァァァァァァア!」


 陥没箇所が二つになり、虫が低く叫んだ。


「何だこいつ……!? 人間じゃないのか……!?」


 オヴァンの現実離れした膂力にルイジが慄いた。


 まさか、最強の使い魔がたった一人の冒険者に斃されてしまうとでもいうのか……。


「ムジェギゴグ! そいつをこっちに寄越すな!」


 ルイジは使い魔にそう命じると詠唱を始めた。


 初級フレイズを素早く唱える。


 オヴァンは虫を突破しようとするが、防御に徹した化物はオヴァンの一撃を回避してみせる。


 通常のクロスには見られない知性的な動きだった。


 突破口を見いだせないまま、ルイジの足元にサークルが出現した。


 虫と向き合っているオヴァンに初級の攻性フレイズが放たれた。


 直径20セダカほどの火球が虫を迂回するようなカーブを描いてオヴァンへと向かう。


 虫の牽制を受けたオヴァンには火球を回避する余裕が無い。


 直撃する。


 だが、火球はオヴァンの体に届く直前にかき消された。


「リメイク防御か……!」


 ルイジはオヴァンの仮面を見た。


 そこには二対の光る紋様が浮き上がっている。


(防御出来る回数には限りが有るはずだ……)


 ルイジは名門マーネヴの講師だ。


 リメイクのルールは良くわかっていた。


 ルイジは再びフレイズを詠唱する。


 オヴァンがルイジの方へ行こうとすると虫が進路を阻む。


 オヴァンが攻めようとすると虫は退く。


 それを見て、ハルナは焦りを覚えた。


 防性フレイズの効果はあと二回。


 三回目のフレイズを受けた時、オヴァンは呪いによって絶命する。


 全身の痛みに堪えながら、ハルナはフラフラと立ち上がった。


 手元にテンプレートが無い。


 虫に倒された時に落としてしまったようだ。


 周囲に視線を走らせるが、夜は暗い。


 ハルナがテンプレートを見つけられないうちに、ルイジは攻性フレイズを放っていく。


 放たれた火球はカーブを描き、虫の体を回り込むようにオヴァンを襲う。


 二つ、そして三つ。


 最後の紋様が消えた。


 オヴァンのリメイク防御が全て暴かれた。


 その時、ハルナの視界がようやくテンプレートを捉えた。


 テンプレートはハルナから10ダカールほど離れた所に転がっていた。


 ハルナは駆けた。


 だが……駄目だ。間に合わない。


 ハルナがテンプレートにたどり着くより、ルイジのフレイズが完成するのが早い。


 オヴァンは殺される。


 初めて愛した人が、自分のせいで。


 走りながら、ハルナは絶望の視線をオヴァンに向けた。


「ぐああああああああっ!」


(え……?)


 フレイズがオヴァンを襲うことは無かった。


 フレイズを唱えていたルイジの肩に矢が突き刺さっていた。


 ハルナは矢が飛んできたであろう方向を見た。


 ハルナの視力では薄ぼんやりとしか見えないが、わかる。


 校門の塀の上、ミミル=ナーガミミィが弓を構えていた。


 矢傷を負ったことでルイジの精神が乱れた。


 ルイジの意思は化物と繋がっている。


 主人の動揺によって使い魔の動きが鈍った。


(今だ……!)


 好機を見損なうオヴァンでは無かった。


 次の瞬間、オヴァンの金棒が虫の前足を吹き飛ばしていた。


 虫が体勢を崩した一瞬……。


 オヴァンの頭部から強烈な火線が放たれ、虫の体に大穴を穿っていた。


 体の中枢を失った虫の脚から力が抜けた。


 巨体が崩れ落ち、大地を揺らした。


 絶命。


 化物は黒い粘液と化して蒸発した。


 オヴァンの勝利を見届けたハルナはテンプレートを拾うとフレイズを綴った。


 オヴァンの仮面の紋様が元通りになる。


 ハルナは母音の無いため息をついた。


「ブルメイ! ハルナ!」


 校門の方からミミルが走り寄ってきた。


「どう? 私のアシストは」


 自慢気に微笑むミミルにオヴァンが答えた。


「助かった」


 オヴァンは笑んだ。


「お前が居なかったら俺は死んでいただろうな」


「そ、そう?」


 薄闇の中、ミミルの耳が赤みを帯びる。


「『ネコネコ団』で良いぞ」


「え?」


「俺達のパーティの名前だ」


「やった!」


 ミミルは飛び跳ねた。


「さて……」


「あいつはどうしたものかな」


 オヴァンはルイジを見た。


「ひぃぃぃぃ! 痛い……! 痛いよぉ……!」


 ルイジは地面に座り込んですすり泣いていた。


 その肩にはミミルの矢が刺さったままだった。


 ハルナはルイジの前へと歩いた。


 そして、彼の前に立つと看板にフレイズを書いた。


 ルイジの周囲に緑色のサークルが展開。


 彼の矢が抜け、傷が塞がっていった。


 痛みが無くなったルイジは泣き止み、ハルナへと視線を向けた。


 地面に座ったルイジを立っているハルナが見下ろす形になった。


 オヴァンとミミルは敢えて近寄らず、遠巻きに様子を見ていた。


「どうしてこんなことを……」


 ハルナが尋ねた。


「天才の君にはわからないんだろうね。何も持っていないという苦悩が。ゼロの苦しみが」


「悪かったですね。才能が有って」


「全くだよ」


「せっかくあの日、どん底に叩き落したと思ったのに、また這い上がってくるんだもんなあ」


「あの日……? 何を言って……」


「進級試験の日、旧校舎に君を呼び出したのは、僕さ」


(え……?)


「封筒を持ってきたのは……シムさんでした」


「君がロクを疑うように、適当に町の奴に頼んで、シムに封筒を運ばせたのさ」


「上手く行ったよ。君はまんまとロクが犯人だと思いこんでくれたらしい」


「君とロクの仲は引き裂かれた」


「ロクに君を取られずに済んで、ほっとしたよ」


「仲……? 取られる……?」


「君は僕の告白を断った時、学校を卒業するまでは誰とも付き合わないと言った」


「学業に専念するから恋愛なんかしていられないってさ」


「あれは嘘だろう? 恋なんて、するとかしないじゃ無いだろう? 落ちるものだ」


「本当はただ、僕に男としての魅力が無かったのさ。君を恋に落とすだけの」


「ロクには家柄が有り、ハンサムで、君ほどじゃないが才能が有り、そして努力家だった」


「なんとも魅力的な男の子だ」


「もし僕がシムに殴られた事件が無かったら、君は彼と恋に落ちていただろうね」


「決めつけないで下さい」


「どうかな? とにかく、僕は嫌だった」


「天衣無縫の君がいつか僕を置いて居なくなってしまうのが……」


「だから、君という完璧な存在に傷をつけようと思った」


「ゼロの僕が君と並ぶには、君をゼロにしてしまえば良い」


「僕と同じ所まで落ちてくれば良いと思った」


「僕はそうやって君を呪った。だから、君は呪われたのさ」


「呪われた人間がどうなるか、わかっていたのですか?」


「私は……クロスになっていたかもしれないんですよ?」


「怖いとは思ったよ。呪われた君に会いに行けなかったくらいはね」


「だけど……僕だけが置いていかれるよりは良かった」


「君はひょっとして、僕がロクよりも優しい奴だと思ってた?」


「僕もね……そう思い込もうとしていたことが有ったよ」


「僕は才能は無いけど、あいつより心はまともなんだ。だから、あいつより立派な人間なんだってね」


「けど……そんなの嘘だった」


「君にフラれた夜、僕はそれに気付いたんだ」


 ルイジは胸元にあるレンズの首飾りを撫でた。


「僕は『心ですらロクに敵わない』って」


「気付いてしまったんだ……」


「ねえ、ハルナ」


「君は僕の事を友達だと思っていたかもしれないけど……」


「僕は君のことなんか、大嫌いだったよ。嫌味でクソッタレの大天才様」


「……………………」


 友人だと思っていた人物の告白を前に、ハルナは何も言えなかった。


「さて……言いたいことが言えてすっきりしたよ」


「神殿に突き出すなりなんなり、好きにしてくれ」




「その必要は無い」




 何処からか声がした。


(え……?)


 ぼとり。


 ルイジの首が胴体から転がり落ちた。


 噴き出した血がハルナの頬を濡らした。



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