メイキングオブクロスオーバー
「おい、行くぞ」
オヴァンが言った。
昇降口へと足を進める。
「はい。わかりました」
ハルナも後に続いた。
「あっ、待ってよ!」
ルイジを加えた五人で旧校舎の中へ入っていく。
中に入ったオヴァン達は教室の一つ一つを順番に調べていくことになった。
オヴァン達は危惧していた敵の奇襲を受けること無く一階の調査を終えた。
それは、二階の調査をしている時だった。
「これは……!」
ルイジが呻いた。
オヴァン達が足を踏み入れたのは『化学生物室』だった。
化学生物室の机の上には大きな『円柱形の水槽』がいくつも配置されていた。
キールが真っ先に水槽に近付いていく。
両の瞳に好奇心が充溢していた。
「うわぁ……なにこれ……」
水槽の中には黒く濁った液体。
そして、虫の化物の『幼体』のようなものが見える。
「ねえ……ブルメイ……これってどういうことなの……?」
ミミルは思わずオヴァンの小指を掴んだ。
オヴァンはそれを気にした様子もなく答えた。
「誰かがここでクロスを作っていた……そういうことだろうな」
「誰かって……? クロスを作って何になるって言うの?」
「それはわからんが……」
「見て!」
いつの間にか部屋の隅の方へ移動していたルイジが大声を上げた。
「どうしたのですか?」
オヴァン達はルイジの方に近付いていった。
皆が近付くと、ルイジは床を指差した。
「あれ……! ハルナなら見覚えが有るだろう……!?」
「それは……」
床に何か『光るもの』が落ちていた。
よく見るとそれは金属製の首飾りだとわかった。
その首飾りの意匠は狼をモチーフにしていた。
そこよりさらに奥には木箱が転がっていた。
「首飾り?」
ミミルが言った。
「はい……」
「あの首飾りはロクが身につけていた物と同じに見えますね」
「ロクって、あの嫌味な男? あいつの持ち物がここに有るってことは……」
「ロクがクロスを育てていたに違いないよ!」
ルイジが大声で言った。
高揚した様子のルイジにハルナは冷静な視線を向けた。
「何のためにですか?」
「それは……わからないけど……」
「けど、ここに証拠が有るんだから」
ルイジは首飾りを拾い上げた。
「それがあの男の物だというのは間違いが無いのか?」
オヴァンが尋ねた。
「うん。いつもあいつが身につけている物さ」
「同じデザインの別物という可能性は無いのか?」
「ちょっと見せて」
キールが言った。
ルイジは首飾りをキールに手渡そうとした。
だが、キールは手で受け取ろうとはせずに顔を近づけ、臭いをかぎ始めた。
「確かに……あの人の臭いがするね」
「確かか?」
「うん。間違いないと思うよ」
「ブルメイ、どうするの?」
「俺達が受けた依頼は虫の駆除だ。探偵ごっこではない」
「見たまま、聞いたままを依頼主に報告すれば良い」
「そう……?」
オヴァンの返答に対し、ミミルは納得いかなそうな様子を見せた。
オヴァンはハルナに声をかけた。
「ハルナ、この部屋以外に虫は居ないのか?」
「ちょっと待って下さい」
狭い屋内なのでハルナの手中に看板は無かった。
ハルナはかがみ込むと床にフレイズを綴り始めた。
その時……。
部屋の隅に有った木箱がゴトゴトと音を立てた。
「キール!」
オヴァンが怒鳴った。
現状、木箱に最も近いのはキールだった。
しかも、キールは木箱に対して背を向けていた。
木箱から虫が飛び出し、無防備なキールの背中に飛びかかった。
まっすぐにキールに向かって飛んでいく。
狙うのは首筋か。
虫の体長は30セダカほどだが、クロスオーバーは剛力だ。
か弱いミャオル族の首など簡単に食いちぎってしまうに違いなかった。
「…………」
刃物が肉を裂く音がした。
キールは無言でナイフを振るった。
キールのナイフが虫の腹部を突き刺していた。
虫は床に墜落すると、やがて動かなくなった。
黒い粘液と化し、蒸発していく。
「うわ~……びっくりした~……」
「けど、子供の虫は柔らかいみたいだね」
「……無事で良かった」
オヴァンが言った。
「そうだね。ナイフが効いて良かったよ。もし弾かれてたらと思うと、ぞっとするね」
「そうか。小さいからと言って無害というわけではないようだな」
「……水槽の虫の処分はどうするべきだと思う?」
オヴァンは周囲に意見を求めた。
「退治した方が良いよ」
ルイジが言った。
「さっきの見ただろ? ちょっと間違ってたらキールさんが大怪我をしていたかもしれない」
「証拠は大切だけど、被害を未然に防ぐのはもっと大事なことだよ」
「ふむ……」
オヴァンはハルナを見た。
「ルイジの言うことはもっともだと思いますよ」
「……良いのか?」
「何かいけませんか?」
「いや……」
(ハルナは反対するかと思ったが……)
「……わかった」
オヴァンは頷いた。
「証拠を集めろという依頼は受けていないしな」
「ありがとう」
ルイジは穏やかな微笑を浮かべた。
……。
オヴァン達は全ての水槽を破壊し、中に居た虫も駆除した。
他に大きな生き物が居ないことを確認し、オヴァン達は学校へ戻った。
学校の、オーシェの個室へ。
オーシェは机の上に脚を投げ出す格好で酒をあおっていた。
「よっ、おかえり」
「ただいま!」
キールが元気よく言った。
「また飲んでいるのですか」
ハルナが書いた。
「別に。チビチビ飲んでるから量は大したことねえよ」
「そういう問題では無いと思うのですが……」
「量で言えばそこの竜人の方が俺より飲んでるぜ」
「それはそうですが……」
「そんなことより、良い報告を頼むぜ」
「良い報告とは限らんが……」
オヴァンは見たままをオーシェに報告した。
旧校舎に複数の虫が巣食っていたこと。
校舎の中に水槽が有り、中に虫の幼体が入っていたこと。
そして、ルイジがロクの首飾りを発見したことを。
……。
「そう……か」
オヴァンの話を聞き終えるとオーシェは頷いた。
「ご苦労だったな。報酬は神殿で受け取ってくれ」
「わかった」
「あの……」
ハルナが看板を挟んだ。
「これから……どうするのでしょうか?」
「さて……まずはトゥルーブに話を聞いてみないとな」
トゥルーブはロクの名字だ。
覚えているかな?
「……そうですか」
ハルナは俯いた。
……。
オーシェの報告を受けてトライアック(特許庁)が動いた。
白い服の神殿兵達が学校にあるロクの個室を訪れた。
「何だ? お前たちは?」
杖で武装した神殿兵に囲まれてロクは困惑した。
「ご同行願いましょう」
神殿兵達の先頭に立った神官が言った。
髪は長い黒髪で、その顔は狐の面で覆われている。
唯一露出した口元から発せられるのは女性の声だった。
「あなたには『クロスオーバーの製造』に関与していたという嫌疑がかけられています」
「クロス……? 馬鹿な。何の根拠が有ってそんなことを……」
神官はローブの合わせ目に手を入れ、狼の首飾りを取り出した。
「製造現場である旧校舎からこれが見つかりました」
「それは……!」
「あなたの物ですね?」
「返せ! それはお前が触れて良いような物では無い!」
「あなたの嫌疑が晴れればお返ししましょう」
「嫌疑だと? 何かの誤解だ! 俺は何もやってない!」
「では、どうしてこれがクロスの製造現場に落ちていたのでしょうか?」
「それは……失くしたんだ」
「大事な物なのでしょう?」
「あの時は仕方がなかった」
「あの時というのは、あなたが旧校舎に行った時ですか?」
「旧校舎には行っていない」
「ですが、あなたが何日か前に旧校舎に向かったという証言も有るのですが」
「旧校舎の見回りは講師の仕事だ。あの日は俺が当番だった。だが……」
「何ですか?」
「旧校舎には行けなかったんだ。途中の森で虫に襲われて……」
「なんとか虫は倒したが、シム……部下が大怪我をした」
「首飾りはその時に落としたんだと思う」
「なるほど。何にせよ、神殿には来てもらいます」
「何故だ」
「ここでは道具が足りませんからね」
神官の額で紅い宝石がきらりと光った。
「俺にうかつな事をすれば、トゥルーブの家が黙ってはいないぞ」
「わかっていますよ。さあ、こちらに」
「…………」
ロクは室内を見回した。
神殿兵は武装している。
従わなければ戦闘になるのは目に見えていた。
ロクはリメイクの名手だが、ここは狭い室内だ。
リメイカーに有利な間合いを作るのは難しかった。
それに、トゥルーブ家は所詮地方の豪族に過ぎない。
世界規模の権力を持つトライアックを敵に回すのは得策とは言えなかった。
噂では有るが、北の大神殿が持つ兵力はオーシャンメイル帝国にも劣らないという。
ロクは渋々立ち上がった。
神殿兵達に囲まれてロクは部屋を出た。
「サーズクライ……」
廊下に出たロクの瞳がハルナの姿を捉えた。
その後ろにはオヴァンとミミルの姿も有った。
神殿兵の一団はハルナとすれ違い、廊下の角を曲がって消えた。
「宿に行くか」
オヴァンが言った。
「そうですね……」
「今日は、疲れました」
ハルナはそう書いて俯いた。
……。
「どうだった? クロスとの戦闘は」
「難しかった。敵が硬くって、なんにも出来なかったよ」
「そうか。何も出来なかったか」
「けどけど、別にクロスになんか勝てなくても良いもん」
「そういうわけにはいかん。もし、仕事の最中にクロスに襲われたらどうする?」
「逃げる?」
「まあ、それも一つの手だな。けど、選択肢は多い方が良い」
「そっかー……。けど、どうしたら良いかわかんないよ」
「テンプレートを上手く使えば大型のクロスにも十分に対応出来る」
「テンプレートか。ボクに上手く使えるかなぁ?」
「やってもらわにゃ困る」
「うん……」
「竜人ブルメイはどうだった?」
「オヴァン? 凄かったよ。物凄く大きい棒を振り回して、硬いクロスの頭もグシャグシャだった」
「それに、『無詠唱』でリメイクも使ってたよ。ねえ、いったいどうやるの?」
「無詠唱でリメイクを使うなんてのは不可能だ」
「どうして?」
「それが世界の法則だからだ」
「けど、使ってたもん」
「なら……それは『女神の加護』かもしれないな」
「加護?」
「ああ。世の中には、女神に力を授かった特別な人間が居るんだ」
「ブルメイはその力を使ったのかもしれない」
「それってズルいよ」
「そうだな。けど、存在するものは現実として受け止めなくちゃならない」
「相手がズルいから負けても良いなんてことにはならないんだからな」
「う~ん……」
「けど、負けないと思うよ」
「そうか?」
「うん。だってあの人……」
「思ってたよりずっと遅かったもん」
「そうか。そろそろ出かけるぞ」
「えっ? どこに?」
「『仕事』だ」




