キール十四歳
オーシェを学校に残してオヴァン達は『旧校舎へと続く森』に入った。
道がわかるハルナを先頭にして木々の間を歩く。
「ねえねえ、オヴァン」
普通に歩くのが退屈なのか、キールはオヴァン達の周りをぴょんぴょんと跳びはねていた。
忙しなく動きながらオヴァンに話しかけてくる。
「何だ?」
「オヴァンって、世界一強いんでしょ?」
「ふむ……」
そうだ。
そう答えようとして、オヴァンの脳裏にある男の姿が浮かんだ。
「……いや。空には一人だけ、俺よりも優れた男が居た」
「へぇ……。どんな人?」
「ドラゴン乗りだ。誰よりも上手くドラゴンを乗りこなす」
「オヴァンはその人より下なの?」
「空ではな。地上でなら俺が勝つ」
「けど、ドラゴン乗りに地上で勝ったって自慢にならないよね?」
「む……」
オヴァンはその通りだと思った。
「オヴァンって、案外大したこと無さそうだね」
「ちょっと! 失礼じゃない!」
ミミルがキールを怒鳴りつけた。
「けど……」
キールが何かを言い返そうとした……その時だった。
「来ます」
周囲を警戒していたハルナが簡潔に書いた。
オヴァンも周囲に意識を向けると、耳障りな羽音が近付いてくるのが聞こえた。
やがて、森の上空に件のクロスの姿が見えた。
数は一体。
化物はオヴァン達の前方で滞空した。
「うわ~! すっごーい!」
キールは化物を見て驚嘆した。
「クロスを見るのは初めてか?」
オヴァンが尋ねた。
「あんなに大きいのはね」
「試しにやってみるか?」
オヴァンはそう提案した。
オーシェに頼まれた以上、何もさせないわけにもいかないと思った。
「うん!」
元気よく答えると、キールはフレイズを唱え始めた。
リメイクに詳しいハルナにはそれが初級の攻性フレイズだということがわかった。
「リメイカーか……」
オヴァンは呻いた。
ここがリメイクの町である以上は半ば当然と言えたが、オヴァンは苦い顔をした。
キールの詠唱が終わり、彼女の足元に赤いサークルが出現した。
キールの頭上に火球が出現。
キールが手を伸ばすと火球は化物へ直進した。
速度は矢よりも少し遅い。
化物は横にスッと飛翔し火球を回避した。
「甘いよっ!」
キールは伸ばした手を胸元に引き寄せた。
すると火球が軌道を変え、化物の背へと向かった。
直撃。
爆炎が上がる。
だが……。
「あれっ? 効いてない?」
キールが間の抜けた声を上げた。
フレイズの直撃を受けても化物は健在だった。
逆にキールを睨みつけ、黒い水を吐きかけてくる。
「っと」
キールはぴょんと飛んで黒い水を回避した。
(身のこなしは悪くないようだが……)
オヴァンにはキールがあの化物を倒せるとは思えなかった。
「ミミル」
オヴァンは仲間に声をかけた。
「任せて!」
既に一度攻略した相手だ。
オヴァン達の動きに迷いは無かった。
ミミルが二本、化物に向けて風の矢を放った。
そうして削れたオヴァンのリメイク防御をハルナがすかさず充填する。
矢は見事に化物の羽を貫き、その機動力を奪った。
オヴァンは高く飛び上がり、体勢を崩した化物に対し金棒の一撃を叩き込んだ。
そのまま着地して追撃し、化物を絶命させた。
オヴァン達は以前と同じやり方で、以前よりも滑らかに化物を倒してみせた。
「すごーい!」
キールが感嘆の声を上げた。
「今、何ダカール飛んだの!? 本当に人間!?」
「どうだかな。お前……リメイクはあまり得意じゃないのか?」
オヴァンの目にはキールのリメイクは凡庸なモノのように見えた。
「普通だと思うよ。ボク、まだ二年生だもん」
「二年……年はいくつだ?」
「14だよ」
(14……)
オヴァンはかつての仲間の顔を思い浮かべた。
人間だった頃の顔とネズミの顔、両方の顔を。
(ラックならこの年でももう少し上手くやったはずだ)
(リメイクの才能が有るから俺に預けたのでは無いのか……?)
オーシェの意図が読めない。
オヴァンの心中にもやもやとした物が残った。
「お前の実力はわかった。あとは下がって見ていろ」
事情を知らないキールが下手にリメイクを乱発するとそれだけで致命傷になりかねない。
だから、オヴァンは釘を差しておくことにした。
「えー? だけど……」
キールは不満気だった。
「今すぐ引き返すか?」
「……わかったよ。このまま帰ったらまた師匠に怒られちゃう」
「よし。行くぞ」
「は~い」
……。
それからしばらく森を歩くと、ハルナがテンプレートを動かした。
「近いです。気をつけて下さい」
「わかった」
「ええ」
一行は木々の間から建物が見える所まで歩いた。
「居るな」
オヴァンが呟いた。
建物、旧校舎の屋根にごそごそと蠢く影が見えた。
遠目に見ただけでも虫が一体や二体では無いことはわかった。
「ミミルが二発撃つ、ハルナがフレイズをかける。これを徹底しろ」
「ええ」
「はい」
「フレイズって、何のフレイズ?」
キールが疑問を口にした。
「お前には関係がない」
「むぅ……」
「ちょっと待ってくださいね」
ハルナが看板にフレイズを書いた。
「何だ?」
「『生命探知』をかけました」
「何それ?」
キールが尋ねた。
「近くに居る生き物の位置と数を探ることが出来るリメイクです」
「へぇ~。そんなリメイクが有るんだ」
キールは感心した様子を見せた。
「知らないのですか?」
「うん。何年生で習うのかな?」
「講義では習いませんよ。このフレイズは自力で身につけました」
「へぇ……。ハルナは凄いんだね。ハルナって本当にあのゼロなの?」
「無駄話は止めろ」
ハルナの表情が翳ったのを見てオヴァンがキールを遮った。
「仕事を続けるぞ」
「……わかりました。建物の外の化物は全部で7体です」
「中にもいくつかの反応が有りますが、かなり小さいので幼虫かもしれません」
「わかった。行くぞ」
オヴァン達は木々の間を抜け、旧校舎の周辺の開けた場所に出た。
土質の問題か、校舎の周辺には草木が生えていない。
見上げると、巨大な虫達が何体も校舎の屋根や壁にへばりついているのがはっきりと見えた。
虫達はオヴァン達の方へじっと視線を向けていた。
警戒しているようだ。
ミミルが言った。
「飛んでる奴が居ないわ」
敵が羽を開いていなければミミルの矢は通用しない。
「飛ばせれば良い」
オヴァンはそう言うと校舎の屋根に顔を向けた。
オヴァンがブレスを放った。
斜め上方へと強烈な火砲が放たれる。
不意を打たれたのか、屋根に居る虫の一体がブレスの直撃を受けた。
虫は頭部をふき飛ばされ絶命。
黒い粘液と化し蒸発していった。
「無詠唱でリメイクを!?」
オヴァンのブレスをリメイクだと勘違いしたキールが驚嘆の声を上げた。
オヴァン達はそれを無視して敵へと注意を向ける。
仲間が一体やられたことで、残り全ての虫が飛翔していた。
虫達にとっての警戒体勢だったが、ミミルにとっては良い的だった。
弱点をさらけ出した虫に対し、すかさずミミルが矢を放つ。
風の矢を二本。
矢を放った直後、ミミルはハルナへと視線を向けた。
見ると、ハルナは既にフレイズを完成させている。
すぐにオヴァンのリメイク防御が充填される。
一瞬のうちにミミルは次の矢を撃つことが可能になっていた。
ミミルが二体目を射抜く頃には一体目がオヴァンによって斃されていた。
(三人の動きが噛み合ってる……)
ミミルの口元が綻んだ。
(なんだか……嬉しいわね)
オヴァン達の連携の取れた動きによって虫達は次々に数を減らしていった。
黒い水や急降下で攻撃を仕掛けてきた虫も居たが、オヴァン達に傷を与えることは叶わなかった。
やがて、特に問題も無くオヴァン一行は敵を壊滅させた。
全てのクロスが粘液と化し蒸発していった。
「すごいね。こんなに早くやっつけちゃうなんて」
一仕事終えたオヴァンにキールが話しかけた。
「そうだな。今のパーティはバランスが良い」
「バランス?」
「もし俺が三人居てもこれほど楽には戦えなかったということだ」
「良くわかんないや。良くわかんなかったけど……」
「ハルナは何をしてたの?」
「…………」
「オヴァンの仮面の模様が増えたり減ったりしてたけど……」
「体を強化してるの? あのパワーはリメイクのおかげってこと?」
「そういうことにしておいてくれ」
「なーんだ。あれはオヴァンの実力ってわけじゃないのか」
「俺が戦えるのは仲間のおかげだ。……ガッカリしたか?」
「そうだね。すごい人だって聞いてたのに」
「伝説なんてものは尾鰭がついているものだ」
「ちぇー」
「さて、中を調査させてもらおうか」
「そうですね。『小型の虫』が居ると思われます。注意して下さい」
「良し。一応ナイフを装備しておけ」
オヴァンは旅袋からナイフを取り出すと仲間に放った。
その時……。
「ハルナ!」
森の方から男の声がした。
一行は声の方へと体を向けた。
すると木々の間から見覚えのある姿が出現した。
「ルイジ……?」
現れたのはルイジだった。
「どうしたのですか? こんなところで」
「実は……後をつけて来たんだ」
「どうしてです?」
「ハルナが危険な事をするって聞いたから、何か役に立てないかと思って」
「……けど、余計なお世話だったね」
ルイジは苦笑した。
「あんな大きな化物を簡単にやっつけちゃうなんて……」
「見ていたのですか?」
「うん……。手助け出来なくてゴメン」
「いえ」
「ハルナは凄い人達とパーティを組んでいるんだね」
「そうですね」
ハルナは否定しなかった。
そして……。
「オヴァンさんは英雄です」
さらにそう付け加えた。




