暴れん坊プリンスその2
結論を言えば、オヴァンにはリメイク(魔術)の才能は無かった。
いや、才能が無いとかいうレベルじゃない。全く使えなかったんだ。
オヴァンには生まれつき、『リメイクちから』が存在しなかったんだね。
リメイクちからというのは要するに魔力のことだね。
マリョク? マチカラ? どっちでも良いね。
シュルケは少しがっかりしたけど、すぐに気を取り直した。
リメイク以外の面ではオヴァンは実にしっかりしていたからね。
作法はきっちり守ったし、頭も悪くなかった。
シュルケはオヴァンが立派な跡継ぎになると思っていただろうね。
『リメイクちからが無いなら工業に力を入れて鉄の軍団を組織すれば良いじゃない』といった具合だ。
ちなみに、この世界の鉄に魔力を抑える力なんてものは無いね。
ああ……そういう世界が有るらしいんだ。
鉄が特別な力を持っている世界が。
……エマちゃんに聞いた話だけどね。
けど、この世界の鉄に大した力は無い。
アンチ魔法の剣なんて物も存在しないよ。
そんなしょぼい鉄じゃあ卵も割れやしない。
ガッカリだね。
さておき、心優しい母親のおかげでオヴァンはすくすくと育っていった。
酷かったなまりも徐々に無くなっていったね。
一時期は本当に酷かった。
人でない、ハチュウ人類が話しているかのようだった。
けど、ちゃんと人類に進化したね。
ハチュウ人類滅びの時だ。
さて、特に問題を起こさなかったオヴァンだが、町の子どもたちからは孤立していた。
一つは家柄だ。
オヴァンは名家の産まれだったから、その辺の子供たちとは少し距離が有ったね。
いや、子供たちはそんなこと気にしなかったよ。
だけど、大人が気にしたんだ。
『あの子とは遊んではいけません。ヤツの体内には九尾の狐が封印されているぞ』って具合でね。
九尾の狐なんてこの世界には居ないけどね。
狼なら居たよ。
おっと、町の大人たちの話だ。
彼等は子供達に、オヴァンが『人を見つけ次第殺ってしまうような怖いヤツ』だと思わせたんだね。
子供たちはオヴァンを恐れるようになり、オヴァンも子供たちに近付かなかった。
何よりオヴァンは、通常の子供の遊びに興味を示さなかった。
同年代の子が追いかけっこなんかをしている頃、オヴァンは本物の剣に興味を示すようになった。
リメイクの才能が無いのなら、剣に生きようと思ったのかもしれないね。
彼は愚神との約束を覚えていたはずだから。
邪神を殺すという約束をね。
あんなに格好良く約束したんだから、忘れてもらっては困るよ。
それで、町のとある騎士に教わって、オヴァンは正しい剣の振り方を覚えた。
オヴァンはひたすらに剣の稽古に打ち込んだよ。
剣の振りがサマになってくると、その騎士は稽古をつけてやろうと言った。
真剣を使った実戦的な稽古だ。
オヴァンはそれを受けることにした。
オヴァンの家の庭で、二人は真剣を持って向かい合った。
時刻は確かお昼過ぎくらいだったね。
オヴァンを見る騎士の態度には余裕が有った。
微笑を浮かべていたね。
この時のオヴァンはほんの八歳。
子供だった。
『軽くひねるか』
騎士はそんな甘い気持ちでいたんだと思う。
だけど……。
その笑いは長くは続かなかった。
「あ……ぐ……あ……」
数秒後、騎士の目からぼたぼたと血が流れていた。
オヴァンの剣先は血に濡れていた。
オヴァンの突きが騎士の目をえぐっていたんだ。
オヴァンはただ踏み込んで、力いっぱい突いただけだった。
そんなオヴァンの突きを、騎士は見切ることが出来なかった。
大事になった。
事態はすぐに町中に知れ渡ったよ。
オヴァンは父親にこっぴどく怒られることになった。
ソーダは家で一番広い部屋にオヴァンを呼びつけると、オヴァンを叱った。
ソーダの長い叱責が終わると、オヴァンは謝罪した。
「すいませんでした。大人なのだからあれくらい受けられると思っていました」
と。
まるで挑発するような内容だったけど、言い方には全く悪気が無かった。
ソーダはどう叱れば良いのか困ってしまった。
「……二度と同じことをするな」
「はい」
オヴァンは一週間夕食を抜かれることになった。
それからはオヴァンに稽古をつけようという人は現れなかった。
町の人達も、より一層オヴァンを怖がるようになったね。
オヴァンは黙々と一人で剣を振るようになった。
オヴァンに友達は居なかったけど……。
家族は皆、オヴァンに対して優しかったよ。
オヴァンもそんな家族のことは嫌いでは無かったと思う。
……。
やがて、その事件から二年が経過した。
オヴァンは十歳になった。
ある日、ソーダの元に、町の外に凶悪な『クロスオーバー』が出現するという報せが届いた。
ソーダ直近の部下が、わざわざ彼の執務室を訪れて報せたんだ。
歩いて来たんじゃない。慌てて駆け込んで来たよ。
時刻は……朝九時頃だったかな。
『クロスオーバー』というのは……まあ、この世界の魔物だ。
略して『クロス』と言うね。
クロスが出現する原因は雨だ。
ある時から、この世界には『黒い雨』が降るようになっていた。
黒い雲が出てきて、黒い雨を降らすんだ。
そして……黒い雨を大量に浴びた者は『呪われてしまう』。
人も、動物も呪われるし、生き物でない者が呪われることもあった。
『呪われた動物』は『クロスオーバーという魔物』に変貌してしまう。
クロスと化した動物は凶暴化し、人々を狙うようになる。
そういう魔物の出現を、ソーダの直近の部下が報告してきたんだ。
その時、偶然にオヴァンは執務室に居た。
クロスの出現は割と日常茶飯事だ。
だけど、父の部下がわざわざ報告に現れるというのは初めてのことだった。
オヴァンはその様子に不穏なものを感じ取っていた。
部下が去り、オヴァンはソーダと二人になった。
「父上」
オヴァンは口を開いた。
「何だタケシ」
「タケシではありません。父上」
「……それで、どうするのですか?」
オヴァンは尋ねた。
「どう……とは?」
「クロスオーバーの事です」
「……騎士団に任せておけば大丈夫だ」
「どうして騎士団が動くのですか? クロスオーバーの退治は『神殿』の管轄のはずです」
神殿というのは『トライアック(特許庁)』と言われる組織の支部だ。
トライアックは一応は女神のために動く組織だ。
愚神の部下だね。
……名目上はね。
それで、トライアックの活動の中にはクロスの退治が含まれているんだ。
神殿兵が直接動くことも有れば、冒険者に依頼することもある。
だから、国王直属の騎士団がクロスと戦うということはあまり無いよ。
それで、ソーダが騎士団の話をしたのをオヴァンはおかしいと言ったんだね。
……さて、オヴァンは言葉を続けたよ。
「それに、どうしてそんな顔をしているのですか」
ソーダは沈鬱な顔をしていた。
ソーダは重苦しい口調でオヴァンの質問に答えた。
「騎士団が出るのは、今度のクロスが大物だからだ」
「クロスは倒せるかもしれないが、騎士団には大勢死者が出るだろう」
「まさか、『デッドコピー級』ですか?」
デッドコピー級とは最強ランクのクロスのことだ。
実際はデッドコピー級の中でもピンキリ有るんだけどね。
ある程度強くなると、常人の物差しでは測りきれなくなるから、一括りにされてしまう。
「いや。そこまでではない」
「だが……見知った顔が帰ってこないかもしれないと思うと、辛くなるよ」
「……そうですか」
オヴァンはそう言うと執務室から出て行った。
……。
そして、その夜の話だ。
使用人が家の中を見回りしていた。
そして、オヴァンの部屋を覗いたんだ。
オヴァンは一応は子供だからね。
ちゃんとベッドで大人しく寝ているか確認するのも使用人の役目だったのさ。
普段はオヴァンはきちんと寝ているよ。
だけど、この日は違った。
ベッドはもぬけの殻で、部屋中見回しても人の気配は無かった。
使用人はオヴァンが居なくなっているのに気付いた。
それで、仲間の使用人全員を集めて、家中を探すことになった。
家の外の『猫屋』まで探したよ。
猫を売っている店じゃない。猫を繋いでおく建物だね。
猫屋からは猫が一匹居なくなっていた。
ああ、猫というのはこの世界における一般的な家畜だ。
食用では無く、人や荷物を運ぶために飼われているものだね。
体長はおよそ2、5ダカール程度。
三角形の尖った耳と、低い鼻が特徴だ。
30セダカも無い小型の猫も居て、これらは町猫と呼ばれる。
鳴き声は、にゃあと聞こえると言う人も居れば、みゃおと聞こえると言う人も居る。
稀にみんみーと聞こえるという人も居るけど、愚神はそうは聞こえたことが無いね。
このとき猫屋から居なくなったのは、『サーベル猫』という種類の猫だった。
手足が長く見栄えするということで、戦場で偉い人が好んで乗るすごーい猫だね。
逆に、最前線に立つ戦士は頑丈でずんぐりむっくりした『ダガー猫』を好む。
さて、オヴァンがサーベル猫に乗っていったことはわかった。
だけど、オヴァンがどこに向かったのかまではわからなかった。
オヴァン失踪の報告を受けたソーダ以外はね。
「まさか、オヴァンはクロスの所に行ったのではないか」
ソーダはそう考えた。
「そうだ。そうに違いない」
そうなると、いてもたってもいられなくなった。
ソーダは、槍を持ち、全身に鎧を身に着け、家宝である『竜の仮面』を被った。
口周りだけが露出した仮面だ。
額には、小さな赤い石が埋め込まれていた。
これは『ノート石』と呼ばれるもので、いわゆる『魔石』だね。
リメイクちから……魔力を持った石だ。
その紅い色から、『ブラッドストーン』とも呼ばれているね。
一説では愚神の加護が宿っていると言われている。
ソーダは魔石の嵌った仮面を身に着けたんだ。
家宝とは言うけど、別に、そこまで強い力を持っていたというわけでもない。
家宝になったのも、偶然に先祖が命を助けられたとか、そんな理由だろう。
ちなみに、この世界では仮面を被るという行為は珍しいことでない。
むしろ、『戦場に行く者は仮面を被るのが普通』だったね。
それにはちゃんとした理由が有って、仮面には何故か『補助的なリメイクがかかりやすい』んだ。
つまり、『仮面を被っていると味方の援護を受けやすい』んだね。
だから、彼が仮面を被ったのにもそんなに深い意味が有ったわけでは無かった。
ただ、戦場に行くための完全武装を整えた。それだけだね。
装備を整えたソーダは猫屋に向かった。
ソーダは猫にまたがった。
サーベル猫の、この国で一番良いのだ。
5ダカール6ダカールは余裕でジャンプしてくれる凄いやつさ。
家族や部下は止めたけど、無駄だった。
あいつは話を聞かないからね。
サーベル猫に乗ったソーダは『そりゃあ!』と町を飛び出して行ったよ。