ゴールデンエッグその2
ハルナはミズハに貰った『黄金の実』を持って家に帰った。
そして、あったこと全てを母のアルキナに話した。
アルキナは最初、娘が嘘を言っているのかもしれないと思った。
まず、木の実はハルナがこしらえた偽物かもしれないと思った。
だが、木の実はハリボテでは無く、顔を近付けると確かな香りがした。
次にアルキナは木の実は盗品かもしれないと考えた。
だが、翌日になっても誰かが木の実を盗まれたという話はついに聞かなかった。
小さな村だ。
もし盗難事件が有ればアルキナの耳に入ってこないはずが無い。
こんな珍しい木の実の話が広まらないはずも無かった。
アルキナは徐々にハルナが真実を話しているのだと思うようになった。
アルキナは娘を連れてマーネヴに行く決意をした。
食堂の仕事を休ませてもらうため頭を下げ、旅の支度を整えた。
『貨物猫車』に乗せてもらい、さらには船に乗り、二人はマーネヴまで旅をした。
この時代の女の旅というのは決して安全なものではなかったが、無事に目的地までたどり着くことが出来た。
マーネヴに付いたアルキナは不安気に辺りを見回した。
「お、大きな町ね」
アルキナは村で生まれ、村で育った。
マーネヴのような都市は彼女にとっては大都会だった。
水のように人が流れていく光景をアルキナは恐ろしげに見ていた。
「お母さん、もっと堂々としてよ」
「ごめんなさい。私、こんな人が居る所初めてで……」
「町なんだから人くらい居るでしょ。行きましょう」
ハルナが歩きだし、アルキナは慌てて娘の後を追った。
二人は学校の前に移動した。
マーネヴを代表する名所だけあって、その位置はわかりやすかった。
特に迷うこともなくハルナ達は校門前に辿り着くことが出来た。
校門の前には二人の守衛が立っていて、辺りを見張っていた。
ハルナ達が校門を通ろうとすると二人は守衛に呼び止められた。
「おい、何だお前達は」
守衛はハルナ親子を威圧した。
「ひぃっ! ごめんなさいごめんなさい!」
アルキナはぺこぺこと頭を下げた。
「お母さん、怖がりすぎ……」
本当はハルナも少し怖かったのだが、母のおかげで逆に冷静になれていた。
ハルナは母と守衛の間に立った。
「私は校長さんに贈り物を持ってきました」
「贈り物……?」
「はい。この包みです」
ハルナは両手に風呂敷包みを抱えていた。
「あんた達が、校長に……?」
「はい」
守衛達はハルナを胡散臭げに見た。
どうみても田舎の貧乏親子だ。
学校に入学出来るほどの財力が有るようにも見えない。
校長の友人だとは到底思えなかった。
「あまり変な物を渡されたら困る。モノを見せてもらおうか」
「それは……」
ハルナは木の実を『他人に見せてはいけない』と言われていたことを思い出した。
果たしてこの人に木の実を見せて良いのか。
「何か問題でも有るのか?」
躊躇うハルナを守衛が睨んだ。
逆らえば物騒なことになってしまうかもしれなかった。
「いえ……。問題ありません」
ハルナは手に抱えていた風呂敷の包みを開いた。
中から現れた黄金の木の実を見て、守衛達はごくりとツバを飲み込んだ。
木の実は以前より成熟し、甘い香りを周囲へと漂わせていた。
それは尋常の木の実ではありえない、人を誘惑する香りだった。
その場に居た全員が木の実の香りに陶酔した。
ハルナは木の実を食べたいという欲望をぐっと我慢した。
これは自分がリメイクを学ぶために必要なものだ。
だが、守衛にとってそれはただの極上の木の実に過ぎなかった。
「美味そうだな……」
誘惑に耐えきれず、守衛は木の実へと手を伸ばした。
非力なハルナの手から強引に木の実が奪い取られた。
「何をするんですか……!?」
ハルナは守衛を非難し、木の実を取り戻そうとした。
だが、若いハルナには成人男性から物を取り返すほどの力は無かった。
「うるさいな。毒味だよ毒味」
守衛達の目の色が完全に違ってしまっている。
完全に『木の実の魔力』に魅入られていた。
守衛の一人が腰に下げていた鞘から短刀を引き抜いた。
そして、木の実に突き立てようと振り上げる。
この場で食べるつもりのようだった。
「それは校長さんに差し上げるんです! 止めて下さい!」
非力なハルナの制止は何の役にも立たない。
光る刃が木の実へと振り下ろされようとしていた。
「何をしているのです?」
その時、澄んだ女性の声がした。
皆が声の方へと視線を向けた。
「こ、校長……!」
守衛の一人が呻いた。
そこに居たのは、九つの尻尾を持った巨大な狼だった。
その野性的な外見からは想像もつかないほどに声は美しい。
「い、いえ。この娘が校長へ贈り物だと言うので、毒が無いか確認を……」
「まあ……それはご苦労さまでしたね」
校長はゆったりとした歩みで木の実を持った守衛のすぐ前に立った。
そして鼻先を木の実へと近づけた。
「だけど、毒なんて有りませんわ。わたくし、鼻が良いからわかりますもの」
「は、はい……」
それから校長はハルナを見た。
「それで、この木の実はわたくしへの贈り物ですの?」
母は腰を抜かしていたが、ハルナは校長を怖いとは思わなかった。
むしろ優しい印象を受けた。
「はい。そうです」
ハルナは真っ直ぐに頷いた。
「それではいただきましょうか」
校長は守衛の手の上に有る木の実へと舌を伸ばした。
そして器用に口の中へ放り込んでしまった。
校長は木の実をゆっくりと咀嚼し、そして飲み込んだ。
その味を想像し、ハルナは思わず唾を飲み込んでしまった。
「美味しいですわね。相変わらず」
「校長先生は以前にもその木の実を食べたことがあるんですか?」
「ええ。あれは三百年ほど前だったかしら……」
「三百年……?」
「あら……そういえば、自己紹介がまだでしたね」
「わたくしはスヴェル=レマイカ。この学校の校長をしておりますの」
「私、ハルナ=サーズクライです」
「は、母のアルキナです。どうも」
アルキナは地面に尻をつけたままぺこぺこと頭を下げた。
「それでお嬢さん、どうしてわざわざ木の実を届けて下さったのかしら?」
「私、この学校に入りたいんです!」
「だけど、お金が無くて……それで、ミズハさんに話したら……」
「木の実を校長先生に持って行けって……言われました」
「そう。彼が? 珍しいことをするものですわね」
ミズハは首を傾げた。
「彼は贔屓とかそういうことをしない人だと思っていたのだけど……」
「私を学校に入れてもらえませんか?」
「そうですわね……。木の実のお礼も有りますし……」
「けど……『条件』が有りますわ」
「条件?」
「二ヶ月後、この学校の入学試験が行われます」
「あなたには試験用の教材を貸し与えましょう」
「試験で上位五番以内の成績をおさめること」
「そうすれば、『特待生』としてあなたの学費、生活費の一切をこちらで負担しましょう」
「五番……」
それがどれほど困難なことなのか、ハルナには想像も出来なかった。
「ええ。特別扱いをして欲しいのなら、それ相応の輝きを見せなさい」
「わかりました。それで、試験の内容というのは……」
「試験の内容は実技と筆記の二種類。とは言っても、入学前の生徒に大したことは期待していません」
「まずは初級フレイズを一つ、しっかりと使いこなすこと。これが実技試験の内容です」
「初級フレイズ……」
「これは初級フレイズに入るでしょうか?」
ハルナはフレイズを唱えた。
ハルナの足元にサークルが出現する。
ハルナが生み出した火線が縦横を飛び回った。
「あら……」
スヴェルは吐息混じりに言った。
「あなた、誰からリメイクを教わったの?」
「旅芸人のお兄さんです」
「そう……」
ハルナの年齢でこの程度のフレイズを使える者は、この町では珍しく無かった。
それはリメイカーである親や家庭教師が子供にフレイズを教えるからだ。
だが、旅芸人にリメイクを教わったなどと言う子供をスヴェルは初めて見た。
それに、彼女から放たれるリメイクちから……。
優れたリメイカーは視ることで相手のリメイクちからがわかる。
ハルナの体から沸き立つ白い力は彼女の将来を期待させるには十分なものだった。
「筆記試験、しっかりと頑張りなさい」
スヴェルは穏やかに言った。
「はい! 頑張ります!」
ハルナは柄にもなく大声で答えた。
二ヶ月後、ハルナは一番の成績で試験に合格し、学校に迎え入れられたのだった。




