ゴールデンエッグその1
……。
ハルナは夢を見た。
リメイク学校に入学する前の夢だ。
村娘として平凡な日々を送っていた頃の夢。
ハルナが産まれた村は、大陸の南の島、そのさらに南端に有る小さな村だった。
これといった産業も無い。
ただ、極貧というほどでも無かったのは村の中央に有る『人面樹』のおかげだった。
人面樹とは、その名の通り人の顔の形をした木のことだ。
『伝説の戦士ミズハ』と同じ名前が付いたこの木は、その珍しさから旅行客を集める観光資源になっていた。
人面樹には様々な逸話が有った。
曰く、人面樹には意思が有り、人語を話すことが出来る。
曰く、百年に一度だけ黄金に輝く木の実を成らせる。
噂の真偽はともかく、村の人間にとってはありがたい存在だった。
さておき、ハルナがリメイカーになりたいと思ったのは、村を訪れた旅芸人がきっかけだった。
旅芸人の一人がリメイカーで、リメイクを自在に操って夜闇を華麗に彩って見せた。
それはチャチな初級フレイズだったが、ハルナの目には何よりも美しく映った。
ハルナはその翌日、母アルキナにリメイカーになりたいとせがんだ。
ハルナの居る島に、リメイク学校などという立派なものは無かった。
リメイク学校に通うには、海を渡る必要が有った。
アルキナは早くに夫を事故で亡くしている。
娘と二人暮らす程度の収入は有ったが、それ以上の余裕など到底無い。
アルキナは娘にきっぱりと無理だと言った。
その日の夕方、ハルナは人面樹の前に座り込んでいた。
その表情は暗い。
目尻に涙を滲ませていた。
「お嬢ちゃん、どうしてそんな顔をしているのかね?」
突然に声がした。
しわがれた老人の声だった。
ハルナはびっくりして周囲を見渡した。
木の枝の上まで見てみたが、誰の姿も見えなかった。
「誰……?」
顔を上に向けながらハルナは尋ねた。
「ワシじゃよ。ワシ」
その声はハルナのすぐ後ろから聞こえてきた。
ハルナは声の方へと振り返った。
その時、ハルナの視線が動く人面樹を捉えた。
人の顔の形をした木が、人と同じようにその顔を動かしていた。
「人面樹……様?」
「様なんて大袈裟じゃのう。ワシはミズハ=ミトゥール。ミズハさんで良い」
「ミズハ様?」
「さんを付けなさい。このデコちゃんや」
「デコちゃん……」
「それで……ミズハさんは、喋れたんですね」
「そうじゃな」
「どうして普段は黙っているんですか?」
「もし、ワシが喋るとするじゃろ?」
「はい」
「喋る木なんて珍しい。観光客でウハウハ。村は大儲けじゃ」
「良いことじゃないですか」
「そうでもない」
「……?」
「何事もほどほどが一番じゃ」
「そういうものですか……」
「けど、それなら、どうして私には話しかけてくれたんですか?」
「ワシは昔から、女の涙に弱くてのぅ」
「かつても女神様のために命を賭けて戦ったものじゃ」
「その体で戦えるんですか?」
ミズハの体は木で、その根はびっしりと大地に根付いていた。
戦うどころか、その場を動くことさえ出来そうになかった。
「人間、気合さえ有ればなんとかなるものじゃ」
「人間じゃなくて木じゃないですか……」
「そうじゃったな。ほっほっほっ」
ミズハは好々爺の笑みを浮かべた。
「それで、お嬢ちゃんはどうして泣いとったんじゃ?」
「泣いてません」
「ほう?」
「少しは泣きそうになったかもしれませんが、半泣きです。ギリギリセーフです」
「気の強いお嬢ちゃんじゃな。それで、話してくれるかのぅ?」
「……わかりました」
ハルナはミズハにこれまで有ったことを話した。
リメイクの魅力に惹かれたこと。
島にはリメイクの学校が無いこと。
家は貧乏で大陸の学校に行くだけの金銭的余裕が無いこと。
「良くある話じゃな」
人面樹は少女の話を一蹴した。
ハルナはむっとしてミズハを睨んだ。
「この世には、お嬢ちゃんよりもっと苦しい目に会っとる子達が沢山おる」
「自分が恵まれとるということを自覚すれば良い」
どこかで聞いたような説教だ。
ハルナは白けた気持ちでミズハの言葉を聞いた。
「私が恵まれてるんだったら……学校に通えている人達は何なんですか?」
「お嬢ちゃんよりもっと恵まれとるということじゃのう」
「それを望んではいけないんですか?」
「人は真ん中より上の場所に居たら、それで満足しないといけない生き物なんですか?」
「そうでもないがのぅ……」
ミズハは少し困った風に笑んだ。
「じゃが、人の欲望には際限が無い」
「例えばお嬢ちゃんが世界で一番のリメイカーになったとする」
「それで、お嬢ちゃんは世界一幸せになれると思うか?」
「なれるんじゃないですか?」
自分の夢が叶うこと以上に幸福なことなど有るものだろうか。
「なれんよ」
ミズハは断言した。
「苦しみとは人の欲が生み出すものじゃ」
「例え世界一になっても、欲が有る限り、新しい悩みが生まれ、苦しみが生まれる」
「……どんな苦しみですか?」
「たとえば、一番から転がり落ちるんじゃないかという苦しみ」
「誰かが後からやって来て、自分の一番を奪ってしまうんじゃないかと思う」
「それに怯え、苦しむ。そのような生き方に幸福は無い」
「真に幸福になるには、欲をコントロールする術を身に着けねばならん」
「それさえ出来ればホレ、このような不自由な体でも幸せに生きていける」
ミズハはそう言って枝をわさわさと揺らした。
ミズハは常緑樹だった。
葉の何枚かが落ち、そのうちの一枚がハルナの頭に乗った。
ハルナは頭に乗った葉を手に取るとそれを齧った。
「苦いです」
「食い物じゃないからのぅ」
「私には……ミズハさんが言うようには出来そうにありません」
「それは困ったのぅ」
「はい……困りました」
ハルナは短くフレイズを唱えた。
小さな火線が生じ、ぐるぐると空へ浮かんでいった。
「この先の世界が見たかったです」
「お嬢ちゃん……リメイクが使えるのか?」
ミズハは感嘆した。
「一つだけです。旅芸人の方に教わりました」
「ほう……気が変わった」
「え……?」
「これも何かの縁じゃ。お嬢ちゃんを援助してやろう」
「援助……? 何が出来るんですか?」
「馬鹿にしちゃいかん。これでもかつては『女神の騎士』と呼ばれた男ぞ」
「はぁ」
「信じとらんな」
「まさか、あなたの下に埋蔵金でも埋まっているんですか?」
「いや」
「なんだ……」
「がっかりするでない。もっと良いものをくれてやると言うのに」
「良いもの?」
「うむ。とても良いものじゃ」
言うと、人面樹が仄かに紅く輝き始めた。
ハルナがじっと見ているうちに、ハルナの頭上の枝に大きな大きな木の実が成った。
木の実は自然に枝から離れ、ぽとりと落ちる。
ハルナは慌ててそれを受け止めた。
ハルナの両手にずしりとした重みがかかった。
木の実はピカピカと金色に輝いていた。
「それを持ってマーネヴまで行くと良い」
マーネヴとはリメイク学校の本部が有る町だった。
本部とはすなわち、この世界における最高学府を意味している。
「そして、木の実を学校の『校長』に見せるのじゃ」
「校長に?」
「うむ。それを見せ、ミズハに言われてきたと言えば、便宜をはかってもらえるじゃろう」
「ありがとうございます」
「けど、マーネヴまでは何日もかかります。木の実が腐ってしまうかもしれません……」
「ワシの実は根性が有る。ちょっとやそっとの日数じゃ腐ったりせんよ」
「根性……?」
「ただし……それを校長以外に見せてはいかん。厚い布でくるんでしまっておくのじゃ」
「見せたらどうなるんですか?」
「困ったことになるじゃろうな」
「わかりました」
「……お母さんにも見せたらダメですか?」
「その人が信頼できると思うのなら見せれば良い」
「はい。ありがとうございます」
ハルナはにこりと頷いた。
「お嬢ちゃんの笑顔はわかりにくいのう」
樹木はそう言って笑った。
ハルナは木の実を両手に抱え、少しふらつきながら自宅へと歩いていった。




