手紙が届いたら
それからのハルナの学校生活は穏やかなものだった。
ロクは講義で度々ハルナに張り合おうとしてきたが、男女としてのアプローチは無かった。
シムがロクに何か言い含めたのかもしれないが、ハルナにはわからなかった。
ゆったりと日々が過ぎていく。
そして、一年弱が過ぎ、三月の『進級試験』が近付いていた。
学校では毎年度の最後に進級試験が行われる。
試験に落第した者は留年。
『特待生』であるハルナに留年は許されていなかった。
もし留年となった場合、ハルナは追加の学費と寮費を支払う必要が有る。
貧乏な家の出であるハルナにそんなお金は無かった。
だが、ハルナは物怖じしなかった。
必ず合格出来ると信じていた。
一年近くを学校で過ごしたことで、ハルナは自分の天才を理解しつつあった。
ハルナは余裕を持って試験に臨もうとしていた。
そんなある日……。
「ハルナ、僕と付き合って欲しい」
人気のない学校の廊下。
突然の告白だった。
ハルナには一瞬、相手が何を言っているのか理解出来なかった。
ハルナに告白してきたのは一年を共に過ごした友人、ルイジだった。
「どうしてですか……?」
困惑と共にハルナは尋ねた。
ハルナにとってその告白は青天の霹靂に違いなかった。
「どうしてって……ハルナが好きだからだよ」
ルイジは少しまごつきながらも率直に言った。
「私達は友達のはずです」
「けど、好きなんだ」
「そんなの……おかしいです」
その時、ハルナはかつてシムが言っていたことを思い出した。
「まさか、ルイジは最初からそういうつもりで私に近付いたのですか?」
彼の言っていたことは本当だったのだろうか……。
そんなハルナに問いにルイジは慌てた様子を見せる。
「ち、違うよ。違うけど……」
ルイジはハルナとは目を合わせずに言う。
「一年一緒に居て、好きになったんだ」
「そう……ですか……」
ハルナは愚直に友の言葉を信じた。
「僕は、付き合うなら君意外には考えられない。お願いだハルナ。僕と付き合って欲しい」
「……ごめんなさい」
ハルナは頭を下げた。
「私は……この学校に恋をしに来たのではありません」
「少なくとも、学校を卒業するまでは誰かと付き合うつもりは有りません」
「そっか……」
ルイジは顔を上げて苦笑いを浮かべた。
「ごめんね。変なこと言って」
「いえ。私こそ、気持ちに答えられずに申し訳ありません」
「あの……」
「何?」
「私達、これからもお友達でいられるのでしょうか……」
ハルナは不安気に問うた。
「ごめん」
今度はルイジが頭を下げる番だった。
「僕は今までみたいに自然に接する自信は無いよ」
「いや……本当は前から自然なんかじゃ無かったんだよ」
「君が気付かなかっただけだ」
「だから……しばらくは距離を取った方が良いと思う」
「そうですか……」
「それじゃあ、元気でね」
ルイジは廊下の角を曲がって姿を消した。
それと入れ替わりにロクが姿を現した。
「ハルナ=サーズクライ……」
「ロクさん」
「何か有ったのか? あの男、泣いていたぞ」
「いえ。別に」
「そうは見えなかったが」
「放っておいて下さい」
「相変わらず、無礼な奴だな」
「どっちがですか?」
「勿論、お前がだ」
「……勝手に言ってて下さい」
ハルナはロクに背を向けた。
ルイジが消えたのとは逆方向に歩き出す。
「待て」
そんなハルナをロクが呼び止めた。
「まだ何か御用ですか?」
ハルナは体の側面をロクに向けて彼の顔を見た。
「もうすぐ進級試験だ。入学試験では遅れを取ったが……」
「俺はあらゆる手を尽くしてお前に勝つ。首を洗って待っていろ」
「まるで、決闘の申し込みですね」
「男の誇りがかかっているんだ。決闘と何が違う?」
「あなたは……本当に私に勝つつもりなのですか?」
この一年でハルナの技量はさらに向上していた。
もはや講師ですらハルナに敵わないほどに。
ハルナには負けても仕方がない。
あいつは特別なのだから。
いつの間にか学校中にそういう空気が蔓延していた。
そんな中、ロクだけはハルナをライバルとして見ていた。
実力には大きな開きが有った。
一位と……大きく間の空いた二位。
だが、諦めず自分を追っている存在が居るという事実はハルナにとって良い刺激になっていた。
「私は負けませんよ」
ハルナはくすりと笑った。
知り合い以外には無表情に見える笑顔だ。
「私、天才らしいですから」
「知っている」
ロクも微笑んだ。
「それでも俺が勝つ」
「楽しみにしておきましょう」
本心からそう言って、二人は離れていった。
……。
やがて、試験の日になった。
寮の寝室でハルナはいつも通り目覚めた。
リメイクの最高学府の寮はそこらの宿よりも余程豪華だ。
生徒には金持ちの子が多いという事情も有る。
ハルナは広々とした部屋で毎日を快適に過ごしていた。
洗面所で身だしなみを整えると、ラフな格好で食堂へ。
シェフが作った料理を食べると部屋に戻り、通学用の制服に着替えた。
それから試験に必要な最低限の荷物を持ち、ハルナは寮の出入り口をくぐった。
そこに……シムが立っていた。
あの事件以来、シムがハルナに話しかけてくるということはなかった。
何も話さないというのも気持ち悪いと思っていたので、ハルナから話しかけることはあった。
そうすると最低限の返事はしてくれる。
その程度の間柄だった。
彼は寮住まいでは無いし、そもそもここは女子寮だ。
男子が妄りに近付いて良い場所では無い。
だから、こんな所でシムと出会うのは初めてだった。
「ええと……」
先に口を開いたのはハルナだった。
「誰か、寮の人に御用ですか? もしよろしければ、呼んできましょうか?」
「いや……」
シムは右手を上げた。
その手は何か白い物を掴んでいた。
良く見るとそれは『封筒』だということがわかった。
「それは……?」
「渡せと頼まれた。お前にだ」
「誰からですか?」
「わからん。知らない奴だった」
「そうですか。ありがとうございます」
ハルナは封筒を受け取った。
「確かに渡した」
それだけ言うとシムはハルナに背を向けた。
振り返ること無く去っていく。
ハルナはシムから視線を外し、封筒を開いた。
中には便箋が一枚と、魔導紙が二枚入っていた。
魔導紙とは、周囲の光景を転写することが出来る不思議な紙だ。
外界では写真と言うのかな?
「これは……!?」
魔導紙を見たハルナは青ざめた。
そこに映し出されていたのはハルナの予想もしないものだった。
「シム!」
ハルナは顔を上げてシムの姿を探した。
だが、彼の姿は既に周囲には無かった。
魔導紙の一枚には古い建物が映っていた。
そしてもう一枚には……。
『ロープで椅子に縛り付けられたルイジの姿』が写っていた。
封筒には魔導紙以外にも便箋が入っていた。
ハルナは慌てて便箋を広げた。
「彼の身柄は預かった。返して欲しければ一人で写真の場所にまで来い」
便箋にはそう記されていた。
「ルイジ……!」
次の瞬間、ハルナは駆け出していた。




