実力至上主義
ハルナがマーネヴのリメイク学校に入学したのは彼女が12歳のことだった。
12歳で入学し、18歳で卒業。
それがリメイク学校の大まかな仕組みだった。
クラスは一学年に四つ。
1クラスの人数は20人。
マーネヴでリメイクの教育を受けられる子供は一年に僅か80人だった。
学校で、ハルナとロクは同じクラスだった。
入学当初、ハルナはロクに対して何の感情も抱いていなかった。
家が金持ちらしく取り巻きを連れて威張っていたが、それを気にするハルナでも無かった。
学校は勉強をする所。
自分の勉強が出来れば良い。
少なくとも表面上ではそう思っていた。
それで、特に親しい友人を作るでもなく、勉学に集中して学校生活を送っていく……つもりだった。
「ねえ」
ある日の放課後、ハルナは教室でクラスメイトに話しかけられた。
相手はハルナと同じくらいの身長の男子。
服装は皆と同じ、学校の制服だった。
髪は濃い緑色で、瞳は茶色。
醜男というほどでもないが冴えない風貌をしていた。
「そのイヤリング、テンプレート?」
その男子はハルナのイヤリングを見て興味津々に尋ねてきた。
なれなれしい……とはハルナは思わなかった。
元々ハルナは田舎の育ちで、田舎では密な人付き合いが普通だった。
ハルナは致命的に無愛想だったが、人に声をかけられるのには慣れていた。
「そうですけど……あなたは?」
そう言われて男子は自分が名乗っていなかったことに気付いた。
「ああ、ごめん。僕はルイジ。ルイジ=ラーク」
「どうも。私はハルナ=サーズクライです」
「うん。よろしくハルナ」
「はい。よろしくおねがいします。ルイジ」
「なんで敬語なの?」
「訛りが強いので」
「へぇ? それで僕、テンプレートが好きなんだ。もちろん、オリジナルもね」
「私もテンプレートは好きですよ」
「さっきの質問だけど、そのイヤリングはテンプレートだよね?」
「はい」
「見たことが無いけど、どこで買ったの?」
「これは私が作りました。大した効果は有りませんけど……」
「自分で……!?」
「ノート石なら、故郷の山に落ちていた物を使いました」
「山?」
「はい……私は山奥の出身なので……」
「って、そうじゃないよ。どこでそんなこと習ったの?」
「教科書に書いてある通りにやってみたのですが……」
「教科書って……凄いね」
「そうでしょうか?」
「それで、そのテンプレートの効果は?」
「冷暖房の機能が有ります。快適ですよ」
ハルナは耳からテンプレートを外しルイジの方へ寄越した。
「使ってみますか?」
「ありがと」
ルイジはテンプレートを受け取ると自分の耳に付けた。
「おお~。凄い。けど、もうちょっと涼しい方が良くない?」
「そうですか? 私はそれで丁度いいと思いますが」
「まあ、女の子は冷えやすいっていうから、それでかな」
「かもしれませんね」
「はい。ハルナ」
ルイジはテンプレートを外すとハルナに返却した。
ハルナはそれを自分の耳に付け直した。
その時、ルイジの耳が仄かに赤らんだことにハルナは気付かなかった。
「それにしても凄いね。ハルナはテンプレーターになるの?」
「特に決めてはいないのですが……最低限の収入が得られれば良いと思っています」
「向いてると思うよ。だって、入学したばかりなのにこんな凄い物を作るんだから」
「そうでしょうか?」
「うん」
「それなら……テンプレーターを目指すのも悪くないかもしれませんね」
ほんの些細なやり取りでハルナはやる気になった。
案外、子供の夢というのはそういうものなのかもしれない。
「応援するよ。それで、他には何か作ったの?」
「はい。あと二つほど」
「見たいな。家に行って良い?」
「私は寮暮らしですから。男子は立ち入り禁止ですよ」
「じゃあ僕の部屋に来る? 寮じゃなくて親戚の家に住まわせて貰ってるんだ」
「お断りします。ママが男の人には気をつけなさいと言っていました」
「べ、別に何もしないよ」
ルイジが慌てて言った。
ハルナも特にルイジのことを疑ってはいなかった。
「それはそうでしょうけど、言いつけを破るわけにはいきません」
「……ですから」
「図書館で合流というのはどうでしょうか?」
「うん」
その時だった。
「お前がハルナ=サーズクライか?」
取り巻きを引き連れた男がハルナに話しかけてきた。
ロク=トゥルーブだった。
学校生活は始まったばかりだが、既にクラスのカーストの頂点に立っている男。
マーネヴの名家の生まれらしい。
身長は現在より低い165セダカ。
胸元には狼をモチーフにした首飾りが見える。
ロクは自信に溢れた笑みを浮かべてハルナを見ていた。
「何でしょう?」
他の人にするのと変わらない態度でハルナは尋ねた。
内心ではこの人もテンプレートの話を聞きたいのだろうかと考えていた。
自分が作ったテンプレートを褒められるならそれは嬉しいことだった。
だが、ロクの話題はハルナの想像とは違うものだった。
「入学式で新入生代表だったな」
「はい」
「知ってるか? 代表には入試の最優秀成績者がなるんだ」
「そうなのですか?」
「ああ。貧乏人なのに凄いじゃないか」
ハルナからすれば褒められているのか貶されていくのかわからない言い様だった。
「気に入ったよ」
だが、一応は褒めているらしい。
「はぁ……?」
ハルナは男のとんでもない上から目線に呆気にとられた。
だが、ハルナの驚きはそれだけでは終わらなかった。
「単刀直入に言うぞ。ハルナ=サーズクライ」
「俺の『妾』になれ」
「…………は?」
ハルナは空いた口が塞がらなかった。
いきなり何を言い出すのだこの男は。
それとも、ハイソでセレブな男女交際というのはこういったものなのか。
混乱しつつもハルナの答えは決まっていた。
「お断りします」
即断。
迷うまでも無かった。
「何故だ? 嬉しくないのか?」
ロクは困惑した。
だが、ハルナの困惑はそれ以上だった。
ロクが困惑しているという事実に困惑させられる。
恋人や妻ならともかく、どこの世界に妾になれと言われて喜ぶ女が居るのか。
いや……彼の戸惑いを見ているとそういう女性は案外多いのかもしれないが……。
「どうして私が会ったばかりの人の妾にならなくてはいけないのか、意味がわかりません」
「俺がお前を気に入ったからだ」
「私のような貧相な女のどこが良いのやら……」
「何だ? 自分が俺と釣り合わないのではないかと気にしているのか?」
「俺は女の体だけしか見ない低俗な男とは違う。お前の『才能』を評価している」
「才能と恋愛が関係有るでしょうか?」
ハルナには恋愛の経験が無かった。
男がおかしいのか、自分の了見が狭いのか、良くわからなかった。
「有るさ。女は強い男に惹かれる。その逆もまた然りだ」
「でしたら、筋肉モリモリマッチョウーマンの女性とでも結婚したらどうですか?」
「肉体の強さには興味が無い」
「人の価値はリメイクの才能で決まる。俺はそう思っている」
「お前は家柄が卑しいから正妻にはしてやれないが、何でも好きなものを買ってやるぞ」
「興味が有りません」
実際は……無くは無い。
ハルナの家は貧しい。
学術書。
テンプレートの材料。
お金が有れば欲しいというものは沢山有った。
だが、男に媚びてまでそれが欲しいとは思わなかった。
「一緒にショッピングにでも行けば気持ちは変わるさ。どうだ? これから」
「申し訳ありませんが、彼と先約が有りますので」
ハルナはルイジへと視線を送った。
その時はじめてロクはルイジの存在に気付いたようだった。
それまでのルイジはロクにとって色褪せた背景の一部に過ぎなかった。
ロクはルイジを視界の中央に収め、そして戸惑った。
「こんな冴えない男と……?」
「それは……」
ハルナはロクの言葉を否定しようと思った。
だが、そうしようとして自分はルイジのことをまだ何も知らないと気付いた。
確かに、見比べた第一印象で言えばルイジは冴えない男だった。
容姿だけの問題ではない。
ロクに睨まれたルイジの態度は弱々しく、ロクの人間的圧力に気圧されているようだった。
「だけど……彼はあなたのように人のことを悪く言ったりはしません」
本当のことはわからなかった。
彼とは今日話したばかりなのだから。
「それに、彼の方が私と趣味が合うのです」
「趣味?」
「……テンプレートです」
「なら、一緒にテンプレートの店に行こう。好きな物を選ぶと良い」
「結構です。ルイジ、また後で」
ハルナは教室を飛び出していった。




