サイカイ
オヴァン達はトゥルゲルより東方に有る『アーリマン』の『温泉』を目指して旅を続けていた。
オヴァンは暢気に温泉など目指していて良いのかと考えなくもなかったが、他に目指すべき場所も無い。
一行はドラゴンであるスマウスを手に入れたことで快適に空を旅出来ていた。
現在地は大陸の南東で覇を唱える『オーシャンメイル帝国』の西端だった。
「温泉温泉~」
スマウスの鞍でミミルは楽しそうに歌っていた。
黒い酔い止めの錠剤をお菓子のようにポリポリとかじっている。
恍惚とした表情だった。
「ねえ、あとどれくらいで温泉に着くの?」
ミミルの問いに対し、彼女の前に座るハルナが答えた。
「そんなすぐには着きませんよ」
「そっかー」
ミミルは少し残念そうに自分の旅袋を見た。
そこにはトゥルゲルの星集めで手に入れた石鹸が眠っている。
「まあ良いわ。旅の途中も楽しまないとね」
「それで……ねぇ、ブルメイ」
「何だ?」
「私達って……仲間……よね?」
「……………………」
「えっ? どうして黙るの? 何か言ってよ……」
「……………………」
「私達は仲間ですよ。ねっ? 優しいオヴァンさん」
「そう。そうよね」
「金でもたかる気か?」
「違うわよ!?」
「そうじゃなくて、仲間っていうことは、パーティでしょう?」
「そうだな」
「パーティには名前が必要じゃない?」
「別に必要ないだろう」
「え~? 何で?」
「俺達は、解呪のオリジナルを見つけるために旅をしているだけだ」
「まあ、お前は温泉に行きたいだけだが……」
「温泉だけじゃないわ。もっと色んな所に行きたいもの」
「とにかく、オリジナルが見つかれば、別れるかもしれない」
オヴァンがそう言うのを聞いてハルナは悲しい気分になった。
ずっとオヴァンと旅を続けていたい。
そう思っていた。
「別れるかもしれなかったら名前を付けちゃいけないの?」
「別れる可能性なんて、誰にだって有るじゃない」
「それは……そうだな」
かつてのオヴァンはオクターヴが無くなるなどとは想像したことも無かった。
だが……オクターヴはもう存在しない。
「……好きにしろ」
「それじゃあ、何にしましょうか。え~と……」
ミミルは名前を閃くと同時に人差し指を立てた。
「ネコネコ団!」
「却下だ」
オヴァンは即答した。
「え~? どうして?」
「確かに、ちょっと可愛すぎますね」
「そもそも俺は猫じゃない。ドラゴンだ」
「それじゃあ、間を取ってドラネコ団っていうのはどう?」
「猫から離れてくれ」
「嫌です~」
あーだこーだ言っている内に、前方に町が見えてきた。
結構な規模が有り、都市と言っても良いほどだった。
「今日はあそこに泊まるか」
町を見てオヴァンが言った。
「賛成!」
ミミルが両手を上げた。
「…………」
ハルナも反対はしなかった。
ただ、無言だった。
オヴァン達はドラゴンを門の所に預けた。
スマウスの巨体に門番は気圧されているようだった。
オヴァン達は町に入り、ぶらぶらと町並みを歩いた。
「なんだか、妙に紅い建物が多いわね」
ミミルが不思議そうに言った。
「紅い色にはリメイクちから(魔力)が宿ると言われています。それが理由でしょう」
「へぇ……。ここはなんていう町なの?」
「俺もこの町に来るのは初めてだな」
「ここは……『自治領マーネヴ』です」
「自治領?」
それは森生まれのミミルが聞いたことのない言葉だった。
「本来はオーシャンメイル帝国の領土なのですが、特別に自治を認められているのですね」
「詳しいな」
「……はい。一時期ここに住んでいました……」
「ここはどんな所なの? 何か面白いモノは有る?」
「面白いかどうかはわかりませんが……」
「ここは……リメイカー(魔術師)達の町です」
その言葉を聞いてオヴァンの体がビクリと固まった。
「リメイカー……だと?」
「はい」
「大陸中に有る『リメイク学校の本部』が有り、リメイク(魔術)の研究が盛ん。住民の半数がリメイカーです」
ミミルは固まったオヴァンの顔を見上げた。
「どしたのブルメイ? ああ……リメイクが苦手なんだっけ?」
「早く町を出よう」
「早くって、来たばっかりじゃない」
「リメイカーが放った流れ弾が直撃したらどうする」
「そんなこと有るわけないでしょ」
ミミルが苦笑した次の瞬間、商店の屋根に爆炎が巻き起こった。
周囲に視線を巡らせると、酒瓶を片手にゲラゲラ笑っている男が居た。
酔っぱらいが放ったリメイクが建物を直撃したらしい。
爆風でオヴァンの仮面のリメイク防御が一つ削れた。
「急ごう」
オヴァンが二人を急かした。
「二度は有りませんよ」
ハルナがオヴァンを窘めようとした次の瞬間、再び屋根が爆発した。
オヴァンのリメイク防御が残り一つに。
酔っぱらいはご機嫌の様子だった。
「殺そう……」
「殺られる前に殺るしかない」
オヴァンは酔っ払いに殺気を向けた。
「落ち着いて下さい」
ハルナは看板にフレイズ(呪文)を書き、オヴァンのリメイク防御を回復させた。
「私がちゃんとサポートしますから、安心して下さい」
「ああ……」
「へぇ……ブルメイでもこんなに慌てるんだ」
「悪かったな」
「どかーん!」
ミミルが両手を持ち上げて叫んだ。
オヴァンの体がビクリと震えた。
「えっへっへ。ひっかかった?」
「…………」
オヴァンのアイアンクローがミミルの顔面へと伸びた。
鍛え抜かれた指がミミルの頭蓋骨を圧迫する。
「いたたたたたたちょっと痛い待って冗談になってない骨が止めて」
タップタップギブアップ。
ミミルがオヴァンの手を小刻みに十回叩いたところでオヴァンはようやくミミルの頭部を開放した。
「とにかく、町を出よう」
「もう……仕方ないわね」
「私も……この町に長く居たくはありません」
ハルナは俯いていた。
「ハルナ……?」
オヴァンはハルナの表情を覗き込もうとしたが、帽子の鍔が邪魔で見えなかった。
「……待って! 何か来る!」
ミミルが身構えた。
ミミルは道の向こうから大きな何かがやって来るのを見た。
「あの方は……」
ハルナは顔を上げた。
歩いてきたのは『九本の尻尾を持つ巨大な狼』だった。
地面から頭蓋のてっぺんまで2、5ダカールは有る。
当然だが、体長はその倍以上。
毛色は透き通るような白。
これほどの異形が出現したのに、町の人々は特に気に留めた様子も無かった。
「よっ、こんにちわ~」
「肉球触らせて~」
などと声をかける者も居た。
九尾の狼はハルナの前にまで歩いてくるとそこで脚を止めた。
「あの……」
ハルナが看板に何か文字を書こうとした。
だが……言葉が続かない。
文字を書く手はそこで止まってしまった。
狼はハルナに顔を近づけるとその頬をぺろりと舐めた。
「……ありがとうございます」
ハルナは礼の言葉を書いた。
用が済んだのか、九尾の狼はもと来た道を帰って行った。
「あの子、ハルナの知り合い?」
ミミルが尋ねた。
「はい。あの方は『ウツロ』さん」
「私に『歌』を教えて下さった方です」
「歌? 狼なのに?」
「馬鹿にしてはいけませんよ。あの方は『この町の長』なので」
「長……? マスコットみたいなもの?」
「違うのですが……」
その時……。
「お前は……!」
ハルナを見て声を上げる者が居た。
その男はリメイカー然とした錆色のローブを身にまとっていた。
銀の長髪をオールバックにし、身長は179セダカ。
手には紙包みを持っているが中身はわからない。
「誰かと思えば、『ゼロ』のハルナじゃないか」
ハルナの姿を確認した男は見下すような笑みを浮かべた。
「ゼロ? 何を言ってるの?」
悪意の片鱗を感じたミミルがハルナの前に立った。
「フン……?」
男は最初、嘲るような視線をミミルに向けた。
だが……。
「お前は……っ……!?」
その直後、男の目が見開かれた。
男は信じられない物を視るようにミミルを見ていた。
「何?」
見るからにおかしい男の様子にミミルは首を傾げた。
「お前……ハルナの仲間なのか?」
「ええ。ミミル=ナーガミミィよ」
「ハルナ……」
男はミミルから視線を外すとハルナを睨みつけた。
「こんな『化物』を連れてきて……お前は何をするつもりだ?」
「化物……? 何を言っているのですか?」
ハルナには男が言っていることの意味がわからない様子だった。
「そう……そうか……」
「お前は……『視る』のだけは苦手だったからな……」
男は一人頷くと冷静さを取り戻していった。
「ちょっと、わけわからないことばかり言わないでくれる? あなたは何者なの?」
焦れたミミルが男に問いを発した。
「『ロク=トゥルーブ』。学校で『講師』をしている。かつてのハルナの『クラスメイト』さ」
「くらす……?」
学校に通ったことのないミミルには聞き慣れない言葉だった。
「言っておくが、そいつとは付き合わない方が良いぞ」
「誰と付き合おうが私の勝手よ」
「そいつは学校始まって以来の『落ちこぼれ』だ」
「そんなはず無いわ! ハルナが落ちこぼれだなんて……!」
「……そうだな。普段の成績は優秀だったよ。だが、プレッシャーに弱かったらしい」
「『進級試験』で前代未聞の『零点』を取り、学校から消えた」
「それで付けられたあだ名がゼロのハルナ」
「彼女は……学校の恥だ」
ハルナの顔が羞恥に染まった。
ハルナは思わずテンプレートを看板に沿わせていた。
言い返すためではない。
ハルナの手は攻性フレイズを綴ろうとしていた。
だが……視界の端にオヴァンが居るのに気付くとその手は動かなくなった。
リメイカー同士の撃ち合いなどすれば、オヴァンが怪我をするかもしれない。
そう判断したのだろう。
動けなくなったハルナに代わり、オヴァンが口を開いた。
「彼女は俺が知る限り、最高のリメイカーだ」
「彼女がゼロと言うのなら、それより下のお前達はせいぜいマイナスといったところだな」
「何だお前は……?」
ロクはオヴァンの姿を眺めた。
「……野蛮な冒険者か。俺が知る限りだと? どうやら世界を知らないようだな」
ロクはローブの内側から短い杖を取り出した。
「現実って物を見せてやろうか?」
杖の先端にはノート石(魔石)がはまっている。
リメイクの威力を上昇させるテンプレート(魔導器)だった。
それに対し、オヴァンとミミルが旅袋から武器を取り出した。
オヴァンは金棒を、ミミルは弓矢を。
オヴァンの武器は尋常の物よりも遥かに大きい。
ぎょっとしたロクだったが、すぐに余裕の笑みを取り戻した。
「見掛け倒しの武器でリメイカーに勝てると思うなよ」
ロクはそう言いながらもオヴァンから距離を取った。
逃げているわけではない。
リメイカーに有利な間合いを作ろうとしているのだ。
「試してみるか?」
オヴァンはロクとの距離を詰めようとはしなかった。
オヴァン達は中距離で睨み合った。
「止めて下さい」
そう書いたのはハルナだった。
「ハルナ、良いの? 言われっぱなしで悔しくないの?」
「私が学校を落第したのは事実ですから……」
「身の程をわかってるじゃないか」
そう言うとロクは杖を下げた。
「今日は俺も手荷物が有るからな。ハルナの態度に免じてここは見逃してやろう」
ロクは杖をローブの内にしまうとオヴァン達とすれ違った。
「フッ。ハハハッ!」
ロクは高笑いしながら姿を消した。
残されたオヴァンとミミルは釈然としない。
「あんな奴、ぶっ倒してやれば良いのに」
「全くだ」
二人してハルナを見た。
「こんなのは、子供の喧嘩です。そんな大きな武器を出すようなことではありませんよ」
「確かに……。素手で十分だったな」
オヴァンは金棒を袋にしまった。
「少し……頭に血が上ってしまったようだ」
オヴァンは頭を掻いた。
「もう……バカにされたのは私ですよ?」
「ハルナが戦わないのは俺のせいではないかと思った」
「俺が居ると、お前は満足にリメイクを使うことが出来ない」
「だから……仲間の代わりに俺が戦おうと思った」
「だが……」
「本人が構わないと言うのなら、俺も気にしないことにする」
「そうして下さい」
「けど、ハルナが落第なんて信じられないわ。本当なの?」
「ええ……」
「呪いのせいか?」
「はい……」
「少し……昔話をしましょうか……」
ハルナはそう書くとかつて学校であった出来事を綴り始めた。




