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井戸の中のカエルは空の本当の広さを知らない

 トルクの父、『ロコル』達が『谷底』に『ドラゴン』を着陸させた。


 トルクの後ろにはトルクの妹であるシルクの姿も見えた。


「何なのだこれは!? どうしたというのだ!?」


 誰に向けるともなくロコルが怒鳴った。


 それからロコルはドラゴンを降り、オヴァン達の方へ詰め寄ってきた。


 『ロコルの部下達』や『シルク』も『ドラゴンの背』から降りた。


 ロコルはオヴァン達を一人ずつ睨み、そして最後にトルクを見た。


「貴様!」


 ロコルは『トルクの眼前』に立った。


「どうして『トルクの鎧』を着ている! 息子をどこへやった!?」


「父上……私がトルクです」


 トルクは言いにくそうに答えた。


「何を言っている! 息子はそんな不細工なツラではない!」


「『呪いの雨』を浴びてしまいました。この体はそのせいです」


「馬鹿を言うな! このトゥルゲルに雨は降らん!」


「『化物』が現れました。そいつが『黒い雨』を降らせました」


「馬鹿な……そんな馬鹿な……」


 ロコルの手がわなわなと震えた。


「失せろ! 貴様など私の息子ではない!」


「……わかりました」


 トルクはそう言うとシルヴァの背に跨った。


「お兄様!」


 シルクが兄を呼び止めた。


 それからシルクは父に言葉を向けた。


「お父様、あの方はお兄様です! そうでなければシルヴァが背を許すはずがありません!」


「だとしたら何だと言うのだ……!」


 姿は変わってもトルクの『声』は以前と変わりなかった。


 『息子の声』を聞き違えるようなロコルでは無かった。


「お父様……」


「あんな化物に……家を継がせられるはずが無い……」


「トルクは……死んだのだ……」


「そんな……」


「シルク、カーゲイルのことはお前に任せた」


 トルクは鞍の上から妹に語りかけた。


「無理です……私にお兄様の代わりなんて……私如きでは……」


「いや。私よりお前の方がカーゲイルには向いているよ」


 そう言ってトルクはシルヴァの背を撫でた。


「一人のドラゴンに執着するなんて、私はカーゲイル失格だ」


「だからきっと……こうなる運命だったんだと思う」


 トルクは妹に向かって微笑んだ。


 その笑みは寂しそうだったが、どこか晴れやかでもあった。


「お前の方が上手くやれる。カーゲイルを盛りたてていける」


「シルク、元気で。そしてさようならです。父上」


 トルクがそう言うとシルヴァは翼をはためかせた。


 宙に舞い上がったシルヴァは『ゴール』を目がけて突き進んでいった。


 トルクはあっという間に『妹達の視界』から消えた。


 既にレースは無茶苦茶だ。


 『完走』しても何の意味も無いだろう。


 そう思いながらもトルクはシルヴァを舞わせた。


 シルヴァの体から『薄緑色の光』が舞い散っていた。


 光の量が増すごとに、シルヴァは速度を増していった。


 やがて『最後の直線』に出た。


 トルク達の瞳に『ゴールゲート』が映った。


 彼等とゴールゲートの間には『800ダカール』ほどの距離が有った。


「シルヴァ、ラストスパートだ」


 その時、シルヴァの体が強く強く輝いた。


 『二人の体』が『緑の閃光』と化した。


 次の瞬間、二人は『ゴールの遥か向こう側』まで『一瞬で飛翔』していた。


 『ゴールの周辺』にはまだ『観客』が大勢残っていた。


 だが、その誰一人として『トルクがゴールを抜けた事』に『気付いた者は居なかった』。


 トルクとシルヴァは誰に祝福されることもなく『大空』へと飛び去っていった。


 ……。


 『黄昏時』になった。


 トゥルゲルの山地の中でも『人の住まない奥地』……。


 『草も生えない荒れ地』の上に『トルク』は佇んでいた。


 『シルヴァの隣』に立ち、遠くを眺めている。


「探したぞ」


 『上方』から『声』がした。


 『オヴァン』がスマウスの背からトルクを見下ろしていた。


 オヴァンはスマウスを『シルヴァの隣』に着陸させた。


 トルクが鞍を見るとそこにはハルナとミミルの姿も有った。


「オヴァンさん、何の御用ですか?」


「暇が出来たからな。『同情』でもしてやろうかと思った」


「それはどうも」


「これからどうするつもりだ?」


「そうですね……」


 トルクは冗談めかして笑った。


「トカゲ顔の男でも好きになってくれる女性でも探そうかと思います」


「そうか。まあ頑張れ」


「そうだ。これ……」


 トルクがオヴァンの方へ『何か』投げて寄越した。


 オヴァンはそれを受け取って正体を確認した。


「これは……」


 額に『大きな石』がはまった『猫の面』。


 『賞品のオリジナル』だった。


「ウチの家宝です」


「どさくさに紛れて持ってきてしまいました。よろしければどうぞ」


「良いのか?」


「それはレースの『優勝者』の物です」


「レースを優勝したのは私です。誰にも文句は言わせませんよ」


「そうだな。お前がナンバーワンだ」


 いざこざは有ったが、レースに勝ったのはトルクだ。


 オヴァンもそのことを疑ってはいなかった。


「当然です」


 トルクは謙遜せずに言った。


「そうだ。『参加賞』に『トゥルゲル特産の石鹸』が貰えるんですが、受け取りましたか?」


「いや。別に石鹸なんていらない」


「私持ってる! 『星集め』の賞品!」


 ミミルが旅袋から取り出した『石鹸の箱』を誇らしげに掲げた。


「良かったな」


「うん! それとブルメイ、あなた、レースに『永久出入り禁止』だって」


「むぅ……」


 オヴァンは竜の仮面を外すと『猫の仮面』を被ってみた。


 『オリジナルの効果』を試すつもりだった。


「どうだ?」


「似合ってない。可愛い」


 ミミルが笑った。


「特に『変化』は見られませんね」


 ハルナが書いた。


 オヴァンは猫の仮面を外すと元の竜面をかぶり直した。


「ふむ……?」


「装着者の『リメイクちからを消費』するタイプのオリジナルかもしれませんね」


「オヴァンさんには『リメイクちからが無い』という話ですから」


「そうか」


「むぎゅっ」


 ミミルが呻いた。


 オヴァンはミミルの顔に仮面を被せてみた。


「どうだ? 力が湧いてきたり、地獄の苦しみに苛まれたりしないか?」


「別に……なんともないけど……」


 少なくとも外観上はミミルには何の変化も無かった。


「本物のオリジナルなのか?」


 オヴァンがトルクに尋ねた。


「そのはずです。『先見さきみの仮面エト』という名前らしいですよ」


「先見……『解呪のオリジナル』では無さそうだな」


「そうですね」


 ハルナは頷いた。


「解呪? そんなものが有るんですか?」


「ああ。俺達はそれを探している」


「なら、見つけたら私にも貸して下さい。このままだとモテませんからね」


「わかった」


「これからどちらに向かうおつもりですか?」


「次の目的地は決まっていない。オリジナルを探して適当に旅をするつもりだ」


「せっけん!」


 急にミミルが叫んだ。


「どうした? 薬が切れたか?」


 オヴァンは旅袋から『酔い止め薬』を取り出して聞いた。


「違う。けどちょうだい」


 ミミルはオヴァンの手から薬瓶を奪い取った。


「それで、せっかく『石鹸』を手に入れたんだから、『お風呂』に入りたいわ」


「入れば良いだろう」


「次の目的地は『温泉』にしましょう」


「ふむ……」


 オヴァンは思案した。


「良いですね。私も温泉に行ってみようかな……」


 トルクがのんびりとした口調で言った。 


「東に『アーリマン』という『有名な温泉地』が有りますよ」


「聞いたことがあります。夏には『花火大会』が有るらしいですね」


 トルクの話にハルナが補足を加えた。


「花火? 何それ」


「火薬を空で弾けさせるもので、綺麗なものですよ」


 ハルナが花火の説明をするとミミルの瞳が輝いた。


「見たい! 決定! 次の目的地はアーリマンね!」


「勝手に決めるな」


 オヴァンは文句を言った。


「なら、他に行く所が有るの?」


「いや。無いが」


「なら良いじゃない」


「……そうだな」


「それでは、縁が有ればアーリマンでお会いしましょう」


「ああ」


「またね」


「お元気で」


 シルヴァが飛び上がった。


「トルク!」


 飛び上がったトルクにオヴァンが声をかけた。


「『トカゲ呼ばわり』したことを撤回しよう。この世界のドラゴンには俺が知らない『未知の力』が有る」


「はい」


 トルクはにこりと微笑むと『東』へ向かって飛んでいった。


「私達も行きましょうか」


 トルクの姿が消えるとハルナがそう書いた。


「そうだな」


「ちょっと待って」


「何だ?」


「『クロー』は? 町で別れてから会ってないけど」


「どうしましょう?」


「あいつは置いていく」


「良いの?」


「行くぞ」


 オヴァンはスマウスを飛翔させた。


 15ダカールの体躯が『東』へと飛び立っていく。


 夕日に照らされる彼らを『遠巻きに見ている者』が居た。


 遠く『羽猫』の上から『禁制品』であるはずの『望遠鏡』を覗き込む男。


「やれやれ……置いて行かれてしまいやしたね」


「流石に、あの『イカ』は露骨すぎたでしょうか……」


 クローは自身の旅袋に手を入れ、一つの『小瓶』を取り出した。


 小瓶の中では『黒々とした粘液』が渦巻いていた。


「ですが……力のほどは見せてもらいやした」


「竜人ブルメイ、彼で『決まり』ですかね」


「さて……確か旦那は……彼と知り合いでしたね」


「仲介を頼むとしやしょうか……」


 ……。


 日が暮れた。


 トルクとシルヴァは白い雲を突き抜けて『雲下』に出た。


「ひゃっほぅ!」


 歓声を上げる。


 トルクの眼下に『広々とした下界』が広がっていた。


「そうか……『雲の上』だけが『空』じゃない。『雲の下』だって『空』なんだ……!」


「空は広いぞ……!」


「どこまでも行こう! シルヴァ!」


 一族のしがらみ、重圧。


 あらゆるものから開放され、二人は空で自由だった。


 初めて空を飛ぶ子竜のようにはしゃぎながら、二人は白い雲の下を飛び続けた。





  第ニ章 『ドラゴン発見伝』 了


  次章 『ロクでなし魔術講師と禁呪詠唱』へ続く……。




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