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暴れん坊プリンスその1

 オヴァンが転生したのはノベールナロー大陸の中央部に位置する小国だった。


 彼はその国で一番裕福な家の長男として産まれた。


 愚神の粋な計らい……というわけではない。


 オヴァンが裕福な家に産まれたのは全くの偶然だったが、とにかく、経済面での不自由は無かった。


 オヴァンが産まれてすぐ行ったのは、泣くこと……では無かった。


 彼は産まれるとすぐに二本の足で立ち上がったと言う。


 それから天地を指差し、『天上天下唯我独尊』と言った。


 嘘だが。


 えっ? 意味がわからない? ごめんね。


 まあ、冗談はさておくよ。


 立ち上がったのは本当だ。


 それから口を開いたのもね。


 だけどそもそも、彼はこの世界の言葉がわからなかった。


 愚神は女神だったから意思疎通が出来たというだけなのさ。


 それで、周りの人間に対して何か言おうとしたが、伝わらなかったらしい。


 体は赤ん坊だったから、普通に声を出すのも難しいのかもしれない。


 とにかく、そんな彼を見て彼の母親や使用人は大層驚いたようだった。


 オヴァンママ、『シュルケ=ケルヴァン』がオヴァンパパ、『ソーダ=ケルヴァン』に言った。


「あなた、これはいったいどういうことでしょう?」


「ふむ……」


 ソーダは自分の顎を掴んで思案した。


「生まれながらにして独立独歩の気概が有る。素晴らしいことだ」


「そうなのですか?」


「そうだ」


「そうなのですね」


 そういうことになった。


 両親は納得したようだけど、使用人達は気味悪がっていたらしい。


 さらに、オヴァンは生後三日で開脚前転をマスターしてみせた。


 シュルケが夫に尋ねた。


「あなた、これはいったいどういうことでしょう?」


「ふむ……」


 ソーダは自分の顎を掴んで思案した。


「息子は伝説の英雄タケシの生まれ変わりに違いない」


「そうなのですか?」


「そうだ」


「そうなのですね」


 そういうことになった。


 ちなみに、タケシというのはこの世界の英雄じゃあ無い。


 外界にそういう英雄が居たのだと、エマちゃんが言っていた。


 タケシは早熟で、幼くして人々のリーダーとなり、世界を良い方向へと導いていったらしい。


 その話を面白いと思った愚神がこの世界にタケシの伝説を広めたのさ。


 ひょっとすると、タケシも転生者だったのかもしれないね。


 それとは関係無いけど、その日、ケルヴァン家の使用人が二人辞職したらしい。


 どうしてだろうね?


 ……。


 オヴァンは言葉を覚えるのも普通の子達より早かった。


 ただ、言葉には独特のなまりが有って、なかなか直らなかったね。


 これは転生者には良くあることなんだ。


 君も転生したらなまりに苦労することになると思うよ。


 ……。


 オヴァンはお腹が減っても泣くこともなく「ショクジ」と言って母乳をねだった。


 トイレにも自分で行った。


 流石に不気味に思ったのか、シュルケはソーダに尋ねた。


「あなた、これはいったいどういうことでしょう?」


「ふむ……」


 ソーダは自分の顎を掴んで思案した。


「息子は天才だな。特別に頭が良いんだ」


「そうなのですか?」


「そうだ」


「そうなのですね」


 そういうことになった。


 間違ってはいないね。


 この頃のケルヴァン家の使用人は入れ替わりが激しかったと聞くね。なぜか。


 ……。


 オヴァンが産まれてから二ヶ月くらいした頃、ちょっとした騒ぎが起きた。


 オヴァンが、言ったのさ。


「フツウノゴハンタベル」


ってね。


 わかりにくかったかな?


 『普通のご飯食べる』だよ。


 それで、オヴァンもケルヴァン家の食卓に着席することになった。


 椅子なんか全然サイズが合わないから、台を使ったね。


 念のため、オヴァンの皿には柔らかい食べ物ばかりが盛られた。


 そして、皿の前にはナイフとフォークが置かれていた。


 普通ならありえないことだ。


 生後二ヶ月の子供にナイフを持たせるなんていうのはね。


 けど、オヴァンは少し大人びていたから……。


 ナイフも使いこなせると思ったんだろう。


 シュルケはオヴァンに言ったよ。


「それはナイフとフォークです。こう使うのですよ」


 そう言って、シュルケは食べ物を一口だけ食べてみせた。


 オヴァンはナイフとフォークを見た。


「ネイフ……フォク……」


「ダイジョブダ。モンダイナイ」


 そうは言っても一応は0歳児だ。


 両親は緊張してオヴァンの行動を見守った。


 その時、オヴァンは何をしたと思う?


 普通にナイフとフォークで食事をしたと思うかな?


 だけど、そうはならなかった。


 オヴァンは素手で食べ物を掴んだのさ。


 普通の一歳児がするみたいにね。


 そしてそのまま食べ物を食べた。


 何の料理だったかな?


 確か……魚?


 大陸中央では魚は高級品だけど、オヴァンの家はお金持ちだったからね。 


 とにかく、オヴァンの行動にシュルケは釈然としなかったらしい。


「ナイフの使い方がわからないのですか?」


 シュルケは咎める口調で言った。


「ワカル」


「それならば、どうしてナイフを使わないのです」


「テデ……タベル……オイシイ」


 オヴァンが素手で食べようとしたのは、どうやら好みの問題だったらしい。


 柱の上で食べるとお饅頭が美味しいとか、そういうことだね。


 けど、シュルケはそれが気に食わなかったみたいだ。


「美味しい不味いの問題ではありません」


「あなたは一家の長男なのですから、それに相応しい作法を身につけてもらわなくてはなりません」


「さあ、ナイフとフォークを手に取るのです」


「イヤ」


「オレ、テデタベル」


 その時だったね。


 プチンと言う音が聞こえてきたよ。


 ほら、頭の血管が切れる音さ。


 いや、実際にはそんな音は無かったのだけど、そっちの方が面白いだろう?


 オヴァンママの血管は切れた。切れて面白くなった。一番太いやつだ。


 そういうことでよろしく頼むよ。


 え? 頭の血管が切れたら死ぬんじゃないかって?


 まったく、人体に血管が何本あると思ってるんだい?


 一本くらい切れたって平気さ。


 当然、シュルケは無事だったさ。


 血管が切れたくらいじゃビクともしなかった。


 ピンピンしてたね。


 おまけに鬼のような顔をしていたよ。


 血管が切れた鬼。


 しかも、一番太い血管が切れた鬼だ。


 聞いただけでも恐ろしくなるね。


 美人なんだけどね。


 美人が鬼のような顔をしていた。


 美人が怒ると怖いよ?


 つまり、愚神も怒ると怖い。


 ……何だい? その顔は。


 ……。


 さておき、オヴァンが再び食べ物に手を伸ばした時、美人が短く言葉を呟いた。


 すると、美人の周囲の地面に青い不思議な紋様が出現した。


 次の瞬間、オヴァンの手の前に氷が突き立っていた。


 オヴァンはこう思っただろうね。


(どうしてこんな所に氷が刺さっているんだろう?)


 試しに天井を見上げてみたけど氷柱なんて見当たらなかった。


 当然だ。屋内なんだから。


 オヴァンは食べ物を見ていたから、シュルケの周囲に浮き出た紋様なんて見ていなかったしね。


 それで、氷をポイっと放ってもう一度食べ物に手を伸ばした。


 すると、シュルケはさっきよりも長い言葉を呟いた。


 ダダダダダダッと、オヴァンの周囲に大量の氷柱が突き刺さった。


 オヴァンは無傷だったけど、周囲に刺さった氷で身動きが出来ない有様だった。


 それで、首だけを動かしてシュルケを見た。


 オヴァンはその時ようやく、母親が鬼の顔をしていることに気付いたようだ。


(上等な肉にハチミツをブチまけられた時のような顔だ……)


 オヴァンはそう思ったに違いない。


 怖かっただろうね。


 母親の手刀で鎖骨から心臓までをブチ抜かれると思ったかもしれない。


 冷や汗を流しながらオヴァンは母に問いかけた。


「シュルケ、ナニシタ?」


「シュルケではありません。母上と呼びなさい」


「ハハウエ」


「はい」


「ナニシタ?」


「私が今使ったのは、『リメイキング』という力です」


 もうわかっていると思うが、『リメイキング』とはこの世界における『魔法』だ。


 略してリメイクと呼ぶから、わざわざリメイキングと言う人は少ないね。


 シュルケはリメイキングと言った。


 育ちが良いんだね。


 シュルケの周囲に出ていた紋様は『リメイキングサークル』だ。


 これも『リメイクサークル』と略して言うけど、別にサークルとだけ言っても通じる。


 リメイクを使うと必ず出現する……言わば、『魔法陣』だね。


 それからシュルケはリメイクの説明をオヴァンにしたけど、長いから割愛するよ。


 説明の最後にシュルケはこう言った。


「もしあなたが一家の跡継ぎに相応しい作法を身につけるつもりが無いと言うのなら……」


「次はあなたの頭上に氷柱を降らせても良いのですよ?」


「ハハウエ」


「はい」


「オレ、ナイフ、フォーク、ツカウ」


「よろしい」


 こうしてオヴァンは礼儀作法を覚えた。


 良い子になったんだ。


 良いことだね。


 おめでとう。オヴァン。



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