スタンドアローン
オヴァンはよろよろと力無く南への道を歩いていた。
そうしてどれだけ歩いたか……。
やがて彼の行く先に林が見えてきた。
林に入るとオヴァンは木の一本に体をもたれさせた。
ざらりとした感触がオヴァンの背を撫でた。
「あ……」
「ああああああああああああああああっ!」
オヴァンは天を仰いで叫んだ。
それからボロボロと涙をこぼし、地面へと崩れ落ちた。
「あぁ……ああぁ……」
大陸で最強の戦士が情けなく震え、地面で藻掻いていた。
「オヴァン」
「あ……」
聞き慣れた声に、オヴァンはその顔を上げた。
嗚咽が止まらないオヴァンの隣に、ぶかぶかのローブを着た大きなネズミが立っていた。
ラックだった。
「やっぱり……悲しかったんだ」
「当たり前だ……!」
オヴァンは吐き出すように言った。
「ナジミ……ずっと……ずっと一緒に居たのに……大切な仲間だったのに……」
「他にどうすれば良いのかわからなかった……!」
「殺した……俺が殺してしまった……!」
「オヴァン……悲しかったのなら、皆にもそう言えば良かったのよ」
「言う……? 言ってどうする……!? 許しを請えとでも言うのか……!?」
「俺がしたことは……決して許されるようなことじゃない……」
「私は許すわ」
ラックはオヴァンの隣にそっと寄り添った。
暖かかった。
「だって、仲間だもの」
「仲間じゃない……俺はナジミを殺した……」
「私を助けてくれたわ。……あなたが居なかったら、私はきっと死んでいた」
「だから……誰があなたを恨んでも、私は恨まないわ」
「ぁ……」
「あ……ああぁ……」
オヴァンはラックの小さな体にすがりついた。
それから涙が枯れ果てるまでオヴァンは泣き続けた。
そして、泣き疲れたまま眠った。
……。
翌朝、目が覚めたオヴァンの体に毛布がかけられていた。
「おはよう。調子はどう?」
オヴァンが目覚めたことに気付くとラックが声をかけた。
「妙にすっきりしている」
オヴァンはいつもどおりの口調で答えた。
「あれだけ泣いたからね」
「勝手に泣いて、勝手に満足したというわけだ……」
オヴァンは複雑な心地だった。
「やはり、俺は泣くべきでは無かったのかもしれない」
「良いじゃない。それで」
ラックは慈悲深い微笑をオヴァンへと向けていた。
「人の罪がいつまでも続くのなら、それは悲しいことだわ」
「だが……あれからまだ一晩しか経っていない」
「良いのよ」
何が良いというのか。
オヴァンにはわからなかった。
だが、昨日と同じ涙を流すのは不可能だとわかっていた。
「さ、朝ごはんにしましょう」
ラックが用意した朝食を二人は隣り合って食べた。
簡素な朝食を終えると二人は立ち上がった。
南へと脚を向ける。
「どうして仮面をしているの?」
ラックはオヴァンの顔を見て問うた。
オヴァンの顔にはドラゴンを模した仮面がつけられていた。
「泣きはらした顔を見られたくない」
「別に、そんなの気にしないわよ」
「そうか」
そう言いながらもオヴァンは仮面を外さなかった。
徒歩なので林を抜けるのにも結構な時間がかかった。
乗り物を使わなかったのはナジミの思いつきだ。
そのナジミはもう居ない。
次からは猫を使おうとオヴァンは考えた。
林を抜けてからさらにしばらく歩くと町の外壁が見えてきた。
「次の町に着いたみたいね」
「ああ」
「町に着いたら猫を借りましょうか」
「俺もそう思っていたところだ」
町の外壁から二百歩離れた辺りでラックは脚を止めた。
オヴァンも少し遅れてその歩みを止めていた。
「オヴァン」
「わかっている」
オヴァン達は右方へと体を向けた。
狼のクロスが駆けてくるのが見えた。
かなりの数だ。
三十体は下らない。
町の周辺にこれだけのクロスが出現するのは珍しかった。
あの黒い化物のせいだろうかとオヴァンは思った。
「多いわね。私が片付けるわ」
そう言うとラックはフレイズの詠唱を始めた。
オヴァンはラックの隣に立った。
詠唱が終わるまでラックを守るのがオヴァンの役目だった。
武器を構えようと旅袋に手を入れて、オヴァンは自分が大剣を捨ててきたことを思い出した。
(素手で十分か)
オヴァンは飛びかかってくるクロスを一体二体と叩き殺した。
黒い体液を飛び散らし、クロスが絶命していく。
絶命したクロスは黒い粘液と化し、蒸発していく。
その様子にナジミの死を重ね、オヴァンの気持ちは沈んだ。
それでも動きを鈍らせることなく自らの役目を果たしていく。
四体目のクロスを吹き飛ばした所でラックの詠唱が終わった。
全てのクロスの下にリメイクサークルが出現した。
地面から爆炎が吹き上がり、クロス達を空中高くへと舞い上げていった。
何十体も居たクロスが業火に焼き尽くされ、その全てが蒸発していった。
その時……。
ぐらりと、オヴァンの体が揺らいだ。
「オヴァン……?」
ラックはオヴァンを見た。
オヴァンの体は仰向けに地面へと倒れていった。
オヴァンの背が大地を叩いた。
「ガ……ハッ……」
オヴァンが吐血していた。
「オヴァン!?」
ラックにはオヴァンが倒れた原因はわからなかった。
ラックは慌てて回復のフレイズを詠唱し始めた。
……その後。
オヴァンはなんとか一命をとりとめた。
……。
それから、オヴァンは神殿へと運び込まれ、神官の診断を受けることになった。
神殿には呪いの症状を判別するテンプレートが有る。
それでオヴァンを診てもらうことになった。
神殿のホールでラックが座っていると、奥の通路からオヴァンが姿を現した。
「オヴァン! どうだったの!?」
ラックは小さな脚をせわしなく動かしてオヴァンに駆け寄った。
「ここでは話せない。外へ行こう」
「ええ……」
二人は宿屋に移動すると部屋を一つ取った。
宿の寝室でオヴァンとラックは二人きりになった。
「…………」
二人になってもオヴァンは中々話しだそうとしなかった。
ラックは辛抱強くオヴァンの言葉を待った。
やがてオヴァンは口を開いた。
「今の俺には……」
「リメイク抵抗力が全くないらしい」
オヴァンの言葉を聞いたラックは愕然とした。
「嘘でしょ……?」
「嘘なら良かったんだがな……」
オヴァンはほんのりと苦笑いを浮かべた。
「今の俺は、ほんの火花程度のリメイクで命を落とすか弱い存在なのだそうだ」
「今回助かったのはこの仮面のおかげらしい」
そう言ってオヴァンは仮面の額の部分をトントンと叩いた。
そこにはノート石が嵌められていた。
血のように紅い魔石が。
「こいつには、ほんの少しだけリメイク抵抗を高める力が有る」
「この仮面の力で辛うじて生き延びることが出来た」
「俺はどうやら……出来損ないの冒険者だ」
「……どうするの?」
「南へ行く。それは変わらない。……オクターヴを終わらせてくる」
「それからは?」
「まだわからない」
「……金なら十分に稼いだ。故郷に帰ってのんびり暮らすのも悪くないかもしれないな」
「それで良いの?」
「どうかな。だが、この体質で冒険者を続けるのは不可能だ。そうだろう?」
「……そうかもしれないけど」
「それで……お前とはここで別れようと思う」
「どうして……?」
「俺と居ると、リメイカーはその実力を発揮することが出来ない」
「特に、お前は攻性フレイズを得意とするリメイカー……」
「お前の才能を殺したくない」
「そんなの、気にしないわ」
「長所を発揮出来ない冒険者など足手まといだと言ってるんだ」
オヴァンは冷たく言った。
本心では無かった。
ラックにもそれはわかっていた。
オヴァンにこんな嘘を言わせたことがラックには悲しかった。
「そう……足手まといじゃしょうがないわね」
「ああ……」
「俺の前から……消えてくれ……」
「それじゃ、失礼させてもらうわ」
ラックは寝室のドアの前まで歩き、そしてドアを開いた。
「私、故郷に帰ろうと思うの」
廊下に一歩踏み出してからラックは振り返った。
オヴァンの視線はラックに向けられてはいなかった。
「もしあなたが無事に冒険を終えられたら……」
「いつでも会いに来て。歓迎するわ」
「……すまない」
「リメイカーじゃなくて……剣士でも目指せば良かったかな……」
ラックは呟くようにそう言った。
扉が閉じられた。
こうしてオヴァンは一人になった。




