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答えよ獣

「う……!?」


 最初に『うめき声』を上げたのは、無傷だったはずのラックだった。


「どうした!?」


 怪我をしていないはずのラックが何故苦しんでいるのか。


 オヴァンは心配してラックに駆け寄った。


 そして、目を見開いた。


「な……!?」


 ラックの柔肌の上に見慣れない物が生えていた。


 『獣毛』だった。


 獣毛は少しずつ長さを、本数を増していた。


「これは……ぐっ……!?」


 異常が生じたのはラックだけでは無かったようだ。


 オヴァンの全身に痛みが走っていた。


 外傷は無い。


 だが……体中が焼けるように熱かった。


「まさか……」


 オヴァンは自身の予測を口にした。


「呪い……!?」


 通常、黒い雨に少し打たれた程度で呪われることはない。


 個人差は有るが、最低でも十分は打たれなければ呪われることは無いと言われている。


 オヴァン達と化物との戦いはほんの短時間の出来事だった。


 雨が振り始めてから三分もしない間にオヴァン達は化物を撃退していた。


 そして、化物が倒されてすぐに雨雲は消えた。


 ……消えたというのに。


 あの化物が降らせた雨は、どうやら尋常の黒い雨では無かったらしい。


 規格外の化物がもたらした雨を通常の黒雨と思い込んだオヴァン達が愚かだったのか。


 だが……もし雨の危険性がわかっていたとして、他に打つ手が有っただろうか。


 化物はオクターヴのメンバーの半数を一瞬で戦闘不能にまで追いやった。


 オヴァン達に出来たことは、全力で化物を撃退することだけだった。


 それ以外に何が出来たと言うのだろうか。


 もし他に打つ手が無かったと言うのなら……。


 あの化物の襲撃を受けた時点で彼等は詰んでいたのだろうか。


 呪われたのは自分とラックだけではないはずだ。


 オヴァンは自身の苦痛に耐えて顔を上げた。


 オヴァンが視界を巡らせると、他の仲間達も苦しんでいるのが見えた。


 一人……ナルカミを除いて。


「皆さん、大丈夫ですか……!?」


 ナルカミが周囲に呼びかけた。


 その首には首輪……傘が見える。


 素早く傘を身に着けたことで呪いから逃れられたらしい。


 だが、他の皆は違った。


 それぞれが呪いが齎す痛みに苦しんでいた。


 どうしようもないままじっとこらえているとオヴァンの痛みは消えていった。


「痛みが……消えた……」


 オヴァンは背筋を伸ばした。


 それからまず自分の手の平を見た。


 いつもどおりの自分の手だった。


 毛が生えたり色が変わったりした様子は無い。


 顔に触れたり体に触ってみたりするが、特に異常は見られない。


 呪いの症状には『精神』に異常をもたらすものも有るらしいが、自分の心が変わったとは思えなかった。


(いったい……何の呪いだ?)


 わからないことは考えても仕方がない。


 一旦自分のことは捨て置くことにした。


 オヴァンは順番に仲間たちの様子を見た。


 ナルカミは無事。


 ヤンダーは特に異常も無く立っているように見える。


 サンドは何故か左手で口を押さえている。


 ナジミはうずくまっているが、遠くて良くわからない。


 一方で、ラックの症状は深刻だった。


 全身が毛で覆われ、背は縮んでいた。


 頭は大きくなり、長かった脚は短く。


 変化が収まった時、ラックの体は『身長100セダカほどの大きなネズミ』へと変貌していた。


 彼女が本来持っていた美貌は跡形もなかった。


「オヴァン……」


 ラックが震える声で言った。


 声だけはいつもと変わらない美しい声のままだった。


「私……どうなったの……?」


 ラックの眼下には短くなった彼女自身の手が有った。


 いや……手では無く前足と言った方が正解だろうか。


 ラックの問いに対し、オヴァンは何も言えなかった。


 気休めで大丈夫だと言えば良かったのか。


 オヴァンにはわからなかった。


「おい! ナジミが!」


 ヤンダーが辺り一帯に響く大声で叫んだ。


 普段の彼はあまり大声で話さない。


 珍しいなとオヴァンは思った。


 彼が叫ばなくてはならないほどのことが起きているのか。


 オヴァンは言いようのない焦燥感に駆られて駆けた。


 皆がナジミの方へ駆け寄って行った。


 ナジミは地面に座り込んでいた。


「あ……あぁ……」


 オヴァンが側に来ると、ナジミはか細い声を上げた。


 彼女の症状が軽い物で無いということは一目見ればわかった。


 ナジミの『肌の色』が『黒く変色』し始めていた。


 ナジミは体をかたかたと震わせながら目に涙を溜めていた。


「怖い……怖いよオヴァン……」


 ナジミの瞳がすがるようにオヴァンを見ていた。


「私が……私でなくなっていく……」


「大丈夫だ」


 オヴァンが言った。


「たとえどんな姿になっても、俺達がついている」


「違う……違うの……!」


 ナジミが甲高い声を上げた。


「心が……私の……私の心が変わっていくよ……」


「殺したい……」


 そう言ってナジミは薄笑いを浮かべた。


「ねえ……オヴァン……」


「私……あなたを殺したい……変かな……?」


 取り返しのつかないことが起こってしまった。


 オヴァンはそう悟った。


「俺は強い。殺されたりはしない」


 オヴァンは真顔で言った。


 ナジミはへらへらと笑っていたが、目尻からは涙が零れていた。


「オヴァン……だったら私はあなたを殺すけど……」


「だけど出来たら……」


「あなたが私を殺して?」


「お願い……」


 それがナジミが人としての姿を保っていた最後の瞬間だった。


 ナジミの顔がめきめきと膨らんでいった。


 それに合わせて体も大きく膨らんでいく。


 膨れた風船のように醜悪なそれは、すぐに人としての形を失ってしまった。


 ナジミの体は名状し難い『不定形の軟体生物』へと姿を変えていた。


 愛らしい少女だったナジミはこの世から完全に消滅した。


「いやあああああああああああああっ!」


 ラックが絶叫した。


「そんな……」


 ナルカミは呻いた。


「……」


 サンドは口を押さえたまま動かなかった。


「ナジミッ!」


 ヤンダーはすがるように叫んだ。


 一行は質量を増したナジミに対し、後ずさることしか出来ない。


 何も出来ないオクターヴに対し、かつてナジミだった化物は異形としての権利を行使すべく動いた。


 不定形の化物から先の尖った鋭い触手が伸びた。


 それは槍のようにオクターヴの仲間たちに突きかかってきた。


 オヴァン、ヤンダー、ナルカミはその触手を容易く回避することが出来た。


 サンドはオヴァン達から離れており、触手が届かない位置に居た。


「あうっ……!」


 ラックの腹を触手が貫いた。


 精神的動揺によるものか、それとも、変化した体を御しきれなかったのか。


 小さなラックの体を触手が持ち上げた。


 ラックの口からゴポゴポと血が流れた。


「おい! ナジミ! 返事をしろよ!」


 らしからぬ大声でヤンダーが呼びかけた。


 ナジミからの返事は無い。


 声を放つ器官が有るのかどうかも怪しかった。


 化物は触手で貫いたラックの体を自分の本体へと引き寄せた。


 そして、化物はラックの体をずぶずぶと飲み込み始めた。


「ナジミ! 止めろ! ラックをどうするつもりだ!」


 ヤンダーが悲鳴を上げている。


 殺すつもりだろう。


 オヴァンは妙に冷えた頭でそう考えた。


 オヴァンは前に出た。


 彼は戦士だ。


 戦士は大剣を構えた。


「どうするつもりだ!? オヴァン!」


 オヴァンの殺気に気付き、ヤンダーが問いかけた。


「殺す」


 オヴァンが跳んだ。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ヤンダーは叫んだ。


 彼の制止もむなしく、オヴァンの大剣がナジミの体を切り裂いていた。


 体を両断されたナジミはビクビクと震えた。


 そして……動かなくなった。


 動きを止めたナジミは黒い粘液へと姿を変え、煙を上げて蒸発していった。


 かつてナジミだったものはこの世から完全に消失した。


 後には彼女の剣と負傷したラックだけが残った。


 オヴァンの手から大剣がずるりと滑り落ちた。


 ナルカミはラックに駆け寄ると回復フレイズを唱え始めた。


「この野郎!」


 ヤンダーがオヴァンに掴みかかった。


「あれはナジミだったんだぞ!? わかっているのか!?」


「他に方法が有ったと言うのか?」


「だからって! お前には人の心が無いのか!?」


「どうすれば良いんだ?」


 オヴァンは冷えた目でヤンダーを見た。


「謝れば良いのか? 泣けば良いのか? 喚いたらそれで満足か?」


「それとも……仲間が嬲り殺されるのを黙って見ていれば良かったか?」


 オヴァンの冷たい言葉にヤンダーはぎりぎりと歯を食いしばった。


「そんな言い方!」


「どけ」


 オヴァンはヤンダーを突き飛ばした。


 強く押されたヤンダーは体勢を崩し、地面に尻餅をついた。


 オヴァンはヤンダーを一瞬見下ろすと落とした大剣を拾いもせずに歩き出した。


「どこへ行くつもりだ!?」


「『南』へ……」


 オヴァンは淡々と言った。


「オクターヴ『最後の依頼』を終わらせに行く」


「最後……」


 そう呟いたのは誰だったか。


 本当は誰もが気付いていた。


 もう、終わってしまったのだと。


「これで『解散』ってわけだ。じゃあな」


 今まで黙っていたサンドが口を開いた。


 口元を手で押さえた彼はオヴァンに背を向けると反対方向へと歩き出した。


「俺はお前を許さないからな! オヴァン!」


 ヤンダーもオヴァンに背を向けた。


 オヴァンと仲間たちの距離が離れていく。


 この日……。


 伝説のパーティ、『オクターヴ』は消滅した。


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